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セッション61 可変

 ロキが鎖を鞭として振るう。手首のスナップを利かせ、絶え間なく振るう。鎖の先端速度は音速を超え、衝撃波が鳴る。生み出された残像は最早ドームの如きだ。触れる物全てを削り抉り取るドームがロキを中心に展開されていた。


「そら、そらそらそらそらァー!」

「くっ……!」


 偃月刀を突く。鎖で突き上げられる。両刃剣を振るう。鎖で叩き落とされる。僕もステファも武器を振るってロキに接近しようとするが、届かない。肉薄するどころかドームに弾かれて、その場に踏み止まる事すら出来ない。後退を余儀なくされる。

 攻撃力が足りないのだ。であれば、


「『槍牙一断(ソウガヒトタチ)』――!」

「『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』――!」


 刃に魔力を纏わせる。攻撃力の増した偃月刀と剣でドームを打ち砕かんとする。突破は出来ない。だが、弾かれる事もなくなった。

 しかし、常時『一断(ヒトタチ)』展開はきつい。技というのは消耗が激しいものだ。故にわざわざ名付けて、ここぞという時にしか使わないよう意識付けをしている。こんな戦い方をしていてはあっという間に魔力が枯渇してしまう。その前にどうにかしなくては。


「お前、本当に重傷かよ!?」

「ん? ……ああ。ええ、本当よ。浅間梵と戦っていた時と比べたら、戦闘能力は半減といった所だわ。それでも、貴女達には荷が重かったかしら?」

「このっ……馬鹿にしやがって……!」


 悔しさに歯軋りするが、現状は変えられない。

 字面通りに捉えるなら、本調子のロキは今の倍は強いという事か。そんな相手に致命傷を負わせたという桜嵐。二人して想像を絶する化け物だ。


「ほらそこ! 手ぬるいわよ!」

「きゃあっ!」


 剣撃の僅かな隙間を縫ってロキの鎖が一際強く振られる。『一断』の上からだというのに鎖は剣を弾き飛ばし、ステファがバランスを崩して退いた。


「ふっ!」


 ステファを退けた一瞬にロキが偃月刀を狙う。先程と違う鎖の振り方だ。鎖は蛇の如き動きで刃に巻き付き、偃月刀を絡め取った。ロキが鎖を引くと同時に鎌を振りかぶる。僕の武器と行動を封じた上で鎌で切り裂くつもりだ。

 だが、それは誤った判断だ。


「――『解』!」


 偃月刀に魔力を流す。柄の刃に近い箇所が分かれ、偃月刀が曲刀と柄の二つとなった。これこそが『バルザイの偃月刀』――偃月刀と曲刀の二つの顔を持つ可変武器だ。


「何ですって!?」

「『槍牙一突(ソウガヒトツキ)』――!」


 否、三つの顔を持つというべきか。

 刃を失った柄に魔力を纏わせ、杖術として真っ直ぐに繰り出す。虚を衝かれたロキの鳩尾に杖が叩き込まれる。ロキの呼吸が止まった一瞬の間に、宙ぶらりんになった曲刀を左手で取り、鎖から抜き取る。そして、即座にロキの右肩へと振り下ろした。


「かっ――がっ――!」


 血痕を散らしながらロキがたたらを踏む。

 よし、成功した。今のは『バルザイの偃月刀』を買った時から試してみたいと思っていた戦法だ。偃月刀と曲刀の二面を持つこの武器だが、柄の方も何か使えないかと考えていた。それがうまくイメージ通りに出来た。

 追撃しようと踏み込む。が、それよりも早くロキが勢い良く顔を上げた為、足が竦んだ。


「……やるじゃない。それ、なかなか面白い使い方をするわね。右肩の傷に斬撃を重ねてくるのも効果的だわ。相手の弱まっている所があるのなら、そこを狙うのは定石だものね」


 だが、


「定石過ぎるわね。一直線過ぎて動きが分かり易かったわ。どこに斬撃が来るのか分かっていれば、避けるのも不可能じゃないのよ」

「ちっ……!」


 見れば、血痕はそれ程多くはなかった。斬撃は躱され、切っ先が塞がりかけた傷を撫でただけで終わったのだ。僕の斬撃がもう少し速ければ、肩を斬り落とす事も可能だったのだろうが、ロキの方が速かった。


「……もう一度訊くぜ。お前、本当に重傷か?」

「ええ、そうよ。だから気張りなさいな。こんなチャンスは二度と降りてこないわよ」

「畜生が」


 思わず悪態が漏れるが、やはり現状は変わらない。

 ロキが再び鎖を振るい、ドームを形成する。風切り音が耳を(つんざ)き、風圧が生じる。再びロキに迂闊には近寄れなくなる。高速で暴れ狂う鎖はまさに攻防一体だ。ロキにダメージを与えるにはこれを突破しなくてはならない。


「藍兎さん、どいて下さい!」


 ステファの声が背後から飛んできた。振り向くと、視界に塞ぐ勢いで盾が迫っていた。驚きつつも咄嗟に飛び退く。

 ステファが盾に『亀甲一片(キッコウヒトヒラ)』を展開させながらロキへと突っ込んだ。鎖の連打が結界(バリア)を砕くもステファの突進までは止められず、盾はロキを殴り付けた。


盾での突撃(シールドアタック)……!」

「試してみたい事があったのは藍兎さんだけじゃないって事ですよ」


 ステファが得意げに笑う。攻防一体はロキの専売特許ではなかった。ステファもまたそれを可能にする案を持っていたのだ。


「ふふ、貴女もやるじゃない」


 突き飛ばされたロキが足元をふらつかせる。盾はロキの胸部にぶち当たった。それで右肩の傷を更に痛めた様子だ。シールドアタックは確かに効いていた。


「もう一発……!」


 勢い付いたステファが再度シールドアタックを繰り出す。一方のロキは両手を下した状態だ。鎖を振るうのは間に合わない。このまま二発目もぶちかませる。そう思った。だが、


「けど、見誤ったわね。私の武器は鎖鎌だけじゃないのよ」

「…………え?」


 嗤いを深めたロキにステファがきょとんとする。その刹那の隙をロキは見逃さなかった。


「――『大神呑み込む狼王(フェンリル・ミゼーア)』――」


 ロキが差し出してきたのは鎖鎌ではなく左手だった。()()()()だった。手刀は結界(バリア)を容易く抜き、盾を紙の様に貫いた。更には盾を持っていたステファの右手をも引き裂く。


「あ、す……ステファ――――ッ!」


 ステファの右腕が千切れて落ちた。

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