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セッション51 変事

 皆の視線がその議員へと集まる。


「もうちょっと潜伏していたかったんだけどねえ……いやはやまさか、栄ちゃんがこんな大胆な事を考えていたなんて。こんなに小さな女の子がねえ。見誤っていたわねえ……」


 視線の集中砲火を浴びながら、議員は意に介せずぶつぶつと呟いていた。他の議員達が怪訝そうに顔を見合わせる。栄も同様だ。 


「あれ……? こいつ……」


 彼の顔には見覚えがあった。

 確か……そうだ、蛇宮だ。カダスの神殿で出会った蛇宮ハクの父親。ニャルラトホテプかノーデンスのどちらかに礼拝に来ていた男。山岳連邦の貴族という話だったが、議員だったのか。

 というか、女みたいな喋り方だな。オカマだったのか。


「ま、仕方ないわね。巷で厭戦感は募ってきていたのは知っていたし。この辺りが引き際かしらね」

「――忍術『島風(シマカゼ)』!」

「あ、理伏!」


 気付いた時には既に理伏は飛んでいた。蛇宮議員を不審として、何か起こす前に無力化しておこうという判断だろう。

 テーブルを越えて、理伏が蛇宮議員に逆手の刀を繰り出す。目にも止まらぬ一閃が蛇宮の胸部を狙う。が、


「『獣憑きビースト・ポゼッション』――!」


 その直前、蛇宮が指を鳴らした。幽霊の如き薄っぺらい何かが彼の背後から現れる。馬の様なシルエットだ。幽馬は素早く理伏に飛び掛かり、彼女の腹部を穿った。

 否、穿ってはいない。理伏の腹部を突いた幽馬が背面から出てこない。幽馬は彼女の体内に入り込んだのだ。理伏がテーブルの上で蹲る。刀は蛇宮には届かなかった。


「うふふ……あはははははははははは!」

「貴様……! 俺様の従僕(しもべ)に何をした!」


 イタチががなるが、蛇宮は涼しい顔だ。


「貴方は……貴方は何者なんです!? 私の知っている蛇宮議員は、そんな喋り方でもなかったし、そんな魔術も使った事ないですよ!」

「嫌ねえ。蛇宮掛爪(かけづめ)本人よ。まあ、別の名前もあるけど」


 蛇宮がゆったりと立ち上がる。直後、蛇宮の体が炎に包まれた。熱を発さない炎は彼の全身を覆い隠して見えなくする。炎が消えた時、そこに立っていたのは中年男性とは似ても似つかない姿だった。

 男か女か定かではない中性的な顔つき。肩幅や胸の大きさからして恐らく男性だろう。仕草はなよっとしていながらも筋肉は堅牢そのものだ。年齢は二十代後半。髪は黒色だが瞳は灰色で、顔つきもアジア人とは異なる特徴だ。

 その顔にも僕は見覚えがあった。


「テメー、『五渾将』の……!」

「『狡知の神』ロキよ。改めて初めまして」


 蛇宮改めロキがニタリと嗤う。

 ゴブリン事変の時、シロワニと共に己則天を迎えに来た四人。その内の一人に彼の姿があった。遠目だったが確かに僕は視認した。


 彼の名乗りにその場にいた全員が青褪(あおざ)める。当然だ。今、帝国の侵略についての話をしていたのだ。その帝国の幹部が現れたのだから、戦慄するのが当然の反応だ。

 しかも、議員の一人に化けていたとあれば尚更だ。議員であれば様々な国家機密を振れているものだ。それが国外に洩れていたという事なのだから。


「……一体いつから?」

「いつから議員だったのかって? 最初からよ。議員になるよりも前、十数年前からアタシは蛇宮掛爪と成り代わっていたわ」

「なっ……!」


 栄が絶句する。それはつまり機密情報は全て漏洩していたという事になる。


「色々やったわよ~。連邦内での王国への敵愾心を煽ったり武器商人を蔓延(はびこ)らせたり。じゃんじゃん戦争させて、連邦と王国のどっちの国力も削るように工作したわ。でも、それも今日でお終いね。もう戦争しないって言うんだから」

「貴方が……この国を……!」

「うふふ。そう怖い顔しないの。美人が台無しよ」


 栄が鬼気迫る顔をするが、ロキは余裕の微笑だ。


「じゃあ、最後は議員を皆殺しにして終わろうかしら。国のトップが皆いなくなっちゃえば、国は上から下への混乱でしょうからね。混乱、混沌、うふふ。首をもがれた蛙を殺すなんて容易い事よねえ」

「…………!」


 ロキが笑う横で理伏がゆらりと立ち上がった。上半身だけを捻ってこちらを見る。眼光は獣性を宿し、人間のものではなくなっていた。


「俺様の理伏に何をしたと聞いている! 答えろ!」

「あら、『俺様の』だなんて。独占欲剥き出しで良いわねえ。情熱的で好きよ、そういうの。――何をしたと聞かれたら、獣を憑かせたと答えるわ」

「獣を憑かせた?」

「この娘はもう私のペットって事よ」


 ロキがニカッと笑ったかと思うと、窓へと猛ダッシュした。窓を突き破って逃げる気だ。


「逃がさん!」

「梵、ロキを追って!」

「分かった」


 イタチと桜嵐がロキを追う。しかし、それを理伏が妨害した。彼女はイタチの胸に飛び込むと、ロキが向かっている窓とは別の窓へと進んだ。四人ともガラス片と共に窓の外へと身を投げ出し、落下する。


「理伏! イタチ! 桜嵐!」


 僕も窓まで駆け寄り、外に乗り出す。しかし、遠い。会議室から地面まで数十メートルもの高さがある。イタチと理伏がそこにいるのは見えたが、無事であるかどうかまでは判別出来ない。桜嵐とロキの姿は既にいなくなっていた。


「くそ、ここから追い掛けるのは危険か」

「階段を使って降りましょう。時間は掛かりますが、怪我をしては元も子も……」


 窓から離れて扉に向かおうとする。その時、


「ぎゃあああああっ!」


 廊下から悲鳴が(つんざ)いた。


「今度は何だ!?」

「ぞ、ゾンビだ!」

「ゾンビぃ!?」


 一人の男が慌てて部屋に駆け込んできた。栄が雇った冒険者だ。


「へ、蛇人間の餓鬼が急に襲ってきて……衛兵も傭兵も殺されたと思ったら、そいつらがゾンビになって襲ってきやがった……! ぞ、ゾンビなんて見慣れたもんだけどよぉ、元が兵士となると強さが段違いだ! 俺の仲間も……あああああ! 畜生! 畜生っ!」

「…………っ!」


 男の報告に息を呑む。

 当たってしまった。

 イタチの煽りが――栄の危惧が本当に当たってしまった。いつかダーグアオン帝国が侵略してくると。王国との戦いに拘泥する連邦を横合いから殴り付けてくると。それが現実のものとなってしまった。


「『五渾将』が攻めてきやがった……!」

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