セッション38 結婚
イタチ邸に帰ったら、イタチが書類仕事をしていた。
「……む? うむ、帰ったか」
イタチが僕達の帰宅に気付き、顔を上げる。隣には理伏が立っており、お茶を出したり必要な資料を運んで来たりしていた。彼女がイタチ邸に来てから二~三日以内にはイタチとこういう関係になっていた。特に何もない時はただ黙ってイタチの傍で佇んでいる事も多い。
「理伏もすっかりイタチの秘書が板に付いてきたな」
忍者なのに。心の上に刃を置く者なのに。
半分皮肉を込めた言葉だったが、言われた理伏はキラキラした目でこちらを見返して来た。
「はい! 人に仕えるのめっちゃ楽しいで御座りまする!」
「……そうか。良かったな」
理伏が楽しいなら、僕としては何も言えまい。
いるよな、こういう従者根性染み付いている奴。
「うむ。良い働きをする。素晴らしい部下だ」
「有難きお言葉に御座りまする」
イタチもすっかり御満悦だ。こいつは自分を覇王と信じ切っているからな。自分を持ち上げてくれる奴がいるのは気持ちが良いのだろう。僕もステファも三護も他人に傅く事はないしな。
調子に乗ったイタチは更にこう言った。
「いつまでも手元に置いておきたい逸材よ。こやつが風魔の長になる事が確約されていれば、政略結婚も考えていた所だ」
「は……えっ!? けっ……!?」
「結婚!?」
イタチの発言に一瞬思考が固まる。
結婚って……イタチと理伏がか?
「不思議か? 婚姻して関係を強固に結び付け、家と権力を纏めるのは貴族として一般的だろう?」
「いや……そりゃそうだけどよ……」
そんな簡単に考えて良いもんじゃねーだろ、結婚って。
そう思ってしまうのは僕が一〇〇〇年前の人間だからか。僕の考え方が古いのかなあ。
「まあ、とはいえ、理伏を嫁にする予定は今の所はないのだがな。理伏を介して俺様が忍の軍勢を手中に収められれば、天下統一もより近付けたのだが……ん? いや、待てよ。風魔の長の選出方法によっては理伏を長にすることも可能か? 今は年齢的に無理でも将来長になれるのであれば……。
おい、理伏。風魔の長とはどうやって選ばれるのだ?」
「…………」
「理伏の奴、聞こえちゃいねーぞ」
「む?」
見れば、理伏は顔を真っ赤にしたまま直立していた。手も足も背筋もピクリとも動かない。彫像を言われれば信じてしまいそうな程に彼女は硬直していた。
「何だ、初心な奴め。仕方あるまい。覇王の寵愛をくれてやるのはまだまだ先だな」
動かなくなった理伏に本気で呆れた顔をするイタチ。
……いやいやいやいや、呆れたいのはこっちだから。
やはり一〇〇〇年前とは考え方がまるで違う。さすがは生き死にが過去より身近になっている異世界化日本。結婚に対するこの即決即行ぶりよ。晩婚が流行りの二十一世紀出身の僕には想像もつかない思考回路だ。早熟な奴め。
「ところで、何の書類なんだ、それ?」
「冒険者ギルドへの申請書だ。冒険者ランクの査定はギルドでしか行っていないからな」
「ああ……」
イタチはギルドから独立した冒険者――フリーランスだ。しかし、フリーランスだからといって自由に冒険者ランクを上げて良い訳ではない。ランクはギルドが基準を定めており、ギルドの保証がなければランクの信頼は得られないのだ。
先日のゴブリン事変解決の功績を称えられ、僕達の冒険者ランクはCに上がった。Aではない。ゴブリン事変はAランクの危機だった筈だが、それを解決しても一ランクしか上がらなかった。冒険者に飛び級制度はないらしい。
「でも、申請書? なんでだ? 最近ランクが上がる様な事したっけか?」
フリーランスになってから受けた依頼は小さなものばかりだった。雑魚モンスター狩りや護衛、小規模ダンジョンの調査。どれもランクが上がる様な大した成果ではなかった筈だ。
「最近ではない。これから上がるのだ。明日から始める依頼によってな」
「依頼? 新しく貰ったんですか? どんな依頼なんです?」
イタチはにやりと笑い、
「竜殺しだ」
と答えた。




