セッション34 神殿
ステファに案内された先は荘厳な神殿だった。
建材として使われている鉱物は縞瑪瑙。山門や回廊、多宝塔に似た建造物などがあり、西洋の神殿よりも日本の寺院を連想させるデザインだ。各部には金色の渦巻装飾や唐草模様が施されている。
『カダスの神殿』――職業を司る地球神達、その神官の殿だ。
「カダスの神殿にようこそ。転職を御希望ですか?」
「はい、そうです」
神殿のホールで受付嬢に頷く。
「では、こちらの番号札をお渡しします。番号を呼ばれましたら指定の部屋に向かって下さい」
受付嬢から番号札を受け取り、待合室のベンチに座る。ベンチも縞瑪瑙製だった。当然質感は硬い。長時間座っていると尻が痛くなりそうだ。
「そういえば僕、神殿に関わるのは初めてなんだけど。神殿って他にはどんなのがあるんだ?」
「そうですね……冒険者達の拠点なだけあって、朱無市国には多種多様な神殿がありますけど、主要なものとして挙げるなら五つですね」
「五つか。結構少ないのな」
「はい。一つはここカダスの神殿。職業を司り、転職を担う管理機関です。他には」
ステファが指を四本立てる。
「地・水・火・風。この四元素をそれぞれ司る神殿ですね」
この世界は元素で構成されている。僕達の肉体は一〇〇〇年前と相変わらず化学の元素によるが、魔法で作られたものは異なる。
地・水・火・風の四元素。この四つによって成り立っている。
十九世紀頃までは実在すると信じられ、化学が常識となった以後はオカルトとして忘れられた物質。対神大戦以降に魔術と共に再評価された異常識。聖剣魔剣や人造人間の類はこの四元素によって構成されている。
四元素は世界の全てと対応関係にある。例えば方位なら、地は北、水は西、火は南、風は東に対応している。故に神殿も北方に地の神殿、西方に水の神殿、南方に火の神殿、東方に風の神殿という配置になっている。四方を囲み、その内側にある都市に加護を与えているのだ。
それぞれの神殿に祀られているのは以下の神々。
地の神殿には『聖なる蟇蛙』ツァトゥグァ、
水の神殿には『海神』ダゴン、
火の神殿には『生ける炎』クトゥグァ、
風の神殿には『名状し難きもの』ハスターだ。
この四柱が地・水・火・風の魔術をそれぞれ管理し、人間に教授している。全ての魔術はこの四元素を基礎としているので、この四柱に仕える神官の権威は非常に強い。
「迅雷魔術や氷結魔術の管理もこの四柱がやってんのか?」
「いえ、その二つは四元素の複合から成っているのですが、使用者が多い為権威が強く、管理している神々は別にいます。神殿も独立していますね。具体的には、
迅雷魔術は『千の仔を孕みし森の黒山羊』シュブ=ニグラスの、
氷結魔術は『凍れる灰色の炎』アフーム=ザーの管轄下にありますね」
「ふーん。あるのか、シュブ=ニグラスの神殿」
「ええ、朱無市にもありますよ。やっぱり興味が?」
「あー……まーな」
先日の戦闘ではシュブ=ニグラスが僕の死体から召喚されたという。その件は僕自身は記憶にないが、僕の闇の中にも常にその姿を見せている。僕と強い繋がりのある女神だ。気にならない筈がない。
それに以前、僕は朱無市国とシュブ=ニグラスが関係あるのではないのかと考察した。実際の所はどうなのか知りたい。今度、暇があったら神殿に行って調べてみるか。
「ていうか、色々名前が多くて覚えてらんねーな」
「覚えなくて良いと思いますよ。自分に必要な神様の名前だけ覚えていれば」
「さよか。そういえば、ステファの神様の神殿はないのか?」
「大帝教会の礼拝所は神殿ではなく教会と呼びます。名前の通りですね。……で、あるかないかですが……朱無市国にはないですね。個人で崇めている人がいるくらいです」
しょんぼりするステファ。
そうか、少ないのか。まあそうでなくてはステファがわざわざ祖国を脱して、布教の旅に出る筈もないか。
「ていうか、そもそも神様って何? どういう存在?」
ふと根本的な疑問を思い付いた。
一〇〇〇年前までは信じられつつも姿の見えなかった超常存在――神。
それは如何なる存在か。何をもってして神であり、何でないならば神でないのか。人々が崇め、畏れ、奉る対象。その正体をは何か。それを訊いてみた。
訊いた後で、宗教家に質問するのは不味かったかもと思った。神を敬愛するのが宗教家だ。敬愛する相手の正体は探ろうなどと失礼な真似だったかもしれない。
「信仰された怪物ですね」
しかし、僕の杞憂を他所にステファはあっさり答えた。
「思念は集まると現実を歪めます。願望でも恐怖でも呪詛でも、信仰でも。信仰され、思念を自らの血肉とした怪物は神性を獲得します。それが神です」
「怪物と神は同じなのか?」
「はい、核としては。故にこそ神々は信者に恩恵を与えるのです。魔術の知識や加護といった恩恵を。人々から信仰され続ける為に、元の怪物に戻らない為に」
成程。信仰も相互利益の関係という訳か。ビジネス的というか何というか。信仰というお金で恩恵という商品を買っているみたいだ。
「あの邪神クトゥルフやノーデンスでさえもそうなのか?」
「クトゥルフであっても、です。まあクトゥルフ級の怪物となれば、仮に信仰がなくなったとしても充分脅威なのですが。
イグとかその辺りの神となると、信仰がなくなるのは不味いかもしれませんけど」
「イグ?」
「はい、イグという神は――」
「――番号札二十二番でお待ちのお客様。一番の部屋にどうぞー」
受付嬢のアナウンスが待合室に響く。二十二番は僕が受け取った番号だ。
「おっと、呼ばれちまったな」
「ですね。では、話の続きは次の機会で」
「ああ。じゃあ行ってくる」
「はい、待っています」
ステファを待合室に残し、一番の表札がある部屋へと入った。