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セッション30 黙祷

 談雨村を含め、秩父地方を襲った悲劇――後に『ゴブリン事変』と呼ばれる事件が起きたその日の夜、僕は四度目の黒夢を見た。

 目の前にはいつもの三体に加え、ギリメカラもいる。全く覚えていないが、いつの間にか僕が喰ったらしい。



 それと、もう一体。

 そいつは僕の背後にいた。

 振り返らなくとも容姿が分かる。何故か伝わってくる。泡立つ黒雲、山羊の蹄、蠢く触手。身の丈は数百メートルにもなるだろう巨体が立っていた。

 重ねて言うが、僕は振り返っていない。なのに、容姿が分かるのは神様の不思議パワーだろうか。


 シュブ=ニグラス。『自然』を司る神。


 神々の内、血肉を持つものは全て彼女から生まれたと三護が語っていた。血肉を持つ神というのが具体的に何なのか、いまいち理解出来なかったが、あの邪神クトゥルフさえ彼女の仔だというのだから、余程の大神なのだろう。

 そんな大神が僕の背後にいる。

 今の所、彼女が何かをする気配はない。他の居候共と違って確かに視線を感じるが、見ているだけだ。見守られていると言うべきかもしれない。


 気付いた事がある。僕が一〇〇〇年間閉じ込められていた闇。あれはシュブ=ニグラスに関係しているものではないだろうか。

 朱無市国は朱無(しゅぶ)とも読める。これはシュブ=ニグラスが由来ではないのか。ならば、地下にシュブ=ニグラス関係の何か――神殿でもあったのではないかと僕は考える。ミイラ化してもなお死ななかったのは彼女の加護を与えられたからなのではないかと――女神の生命力を分け与えられたからなのではないかと考える。


 そういえば、僕が一〇〇〇年間浸かっていたあの液体の温かさ、それがシュブ=ニグラスが現れてから感じるようになった気がする。やはりあの闇は彼女と関係があったと考えるのが妥当だ。

 先の戦いでは、彼女が僕から召喚されたのだという。これまたさっぱり覚えていないが。どういう原理なのかはさて置いて、召喚された理由の一端は僕がシュブ=ニグラスの加護を受けているからなのかもしれない。

 確証など調べる由もないが。

 女神召喚の仕組みも、あのミイラがどんな生物なのかも結局不明だ。



 ミイラ化といえば、安宿部明日音だ。

 彼と僕は同じ一〇〇〇年前の人間だ。当時は気付かなかったが、邪神クトゥルフに襲われた時恐らく僕の近くにいたのだろう。同じように地下に沈められ、闇に眠り、今日まで生き延びた。


 地続きとはいえ、今やこの時代は異世界同然だ。であれば、僕や安宿部はさしずめ転生者か。シュブ=ニグラスは転生を司る女神のポジションだ。

 一〇〇〇年前の人間。邪神と遭遇しながらも生き残った者。ミイラ化を経た者。異種族に吸収され(融合され?)、その肉体を乗っ取った怪物。僕と同じだ。


 彼と僕との相違点を上げるとするなら運だろうか。肉体を得た直後に出会った相手が悪かった。

 僕はステファに出会えた。お人好しでちょっと頭のおかしい白銀の騎士に。

 安宿部が出会ったのは『膨れ女』だった。帝国に君臨する『五渾将』の一人、他人の命を吸って咲く悪の華だった。

 こればかりは彼のせいではない。運の問題だ。もし彼に手を差し伸べた人物が違っていたら、彼はここまで暴走しなかっただろうか。どうだろう。分からない。


 更に相違点を挙げるなら、過去への執着か。

 安宿部は一〇〇〇年前の世界に帰りたかったようだが、僕は違った。

 僕はあの世界が嫌いだった。憎んでいる、とまではいかないが、好きにはなれなかった。確かなものが何も得られなかったあの世界が、あの頃の僕が嫌いだった。だから、この時代に来ても元の時代に帰ろうなんて気にはならなかった。

 だが、彼は違ったのだろう。死に際に彼は母を呼んだと聞いた。元の時代に帰り、母親に会いたかったのだろう。故にこその今回の暴走か。


 村々を襲い、理伏の両親を嬲り殺し、同胞さえも鏖殺(おうさつ)した。

 悪行三昧だ。到底許される所業ではない。だが、その目的だけは否定出来ない。帰りたい、戻りたいという願い。回帰願望は人間誰しもが持っているものだ。

 僕と安宿部は鏡だ。同じでありながら正反対な面もある。左右対称に映る鏡像の如き関係だ。



 故にこそ僕だけは彼に黙祷を捧げよう。

 その魂の冥福を。二度と彷徨わぬように。彷徨って苦しまぬように。何も感じず何も覚えず、どうか安らかに眠り給え。

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