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セッション29 五渾

 自身の状態について冷静に分析する。

 蘇生したばかりだが、体力も魔力も満タン。僕の蘇生能力は他者の生命力を奪う仕組みだが、それで回復したようだ。何の生命力を奪ったかはまるで見当が付かないが。

 所有しているスキルは『初級治癒聖術(ヒール)』、『弱体回復聖術(リカバー)』、『剣閃一斬(ケンセンヒトキリ)』、『剣閃一突(ケンセンヒトツキ)』、『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』、『剛力』、『捕食』、『有翼』、『着火』、『火炎無効』。これを組み合わせてどう戦うか。

 考える。考えながら則天との間合いを詰める。だが、


「『中級大地魔術(スタラグマイト)』、『中級流水魔術(スプラッシュ)』、『中級疾風魔術(ダウンバースト)』、『中級迅雷魔術(ライトニング)』、『中級氷結魔術(フロストフラワー)』!」


 当然、則天はそれを許さない。同時多発する魔術が僕を襲う。跳び退き、躱し、距離を取る。それでも逃げられず、雷が僕の足を穿ち、花弁を模った氷塊が腹部を殴打する。込み上げる嘔吐と激痛に蹲りそうになる。


「ぐっ……!」

「アッハハハ! さあ、まだまだ行くヨ! 五連『中級疾風魔術(ダウンバースト)』!」


 しかし、則天はそんな暇を与えない。五つの風圧が僕の頭上から落ちて来る。痛みを堪えて地面を転がり、どうにか逃避する。立ち上がろうとする僕。そこへ、


「五連『中級流水魔術(スプラッシュ)』!」


 水流の砲撃が迫る。地に伏せたままの状態では避けられない。打たれ、突き飛ばされ、弾かれる。僕の身体が地面を無様に転がっていく。


「くっそ……!」


 息も絶え絶えにどうにか半身を起こす。則天はケラケラと笑っていた。

 愉しんでやがる。先刻は上級魔術を使っていた癖に、今は中級しか使ってこないのが良い証拠だ。一思いには殺さず甚振(いたぶ)ろうという魂胆なのだろう。

 舐めている。だが、それこそが勝機だ。どうにか彼女が油断している隙に突破口を開ければ良いのだが……


「五連『中級迅雷魔術(ライトニング)』!」


 五本の稲妻が雲もないのに僕に降り注ぐ。まさしく青天の霹靂だ。地面が砕かれ土煙が舞う。


「フフ。クッフッフッ!」


 僕には一本も当たっていない。躱したのではない。わざと外されたのだ。今のは僕をビビらせる為に放った攻撃だ。本当に舐めてやがる。


「さあて、そろそろ手足の一本でももごうカ」


 則天の笑みが深まる。

 まずい。手だろうと足だろうと一本でも失ったらもう回避すら出来ない。相手が油断している、いないに関わらず逆転の目が一切なくなる。最早策を練っている時間はない。



 ……クソ。こうなれば仕方ない。腹を括るか。

 時間稼ぎではなく、こいつを倒すつもりで戦う。



 元よりイチかバチか。勝ち目の薄い戦いだったのだ。であれば、もう最善を模索しようなどと思わない。今、思い付く限りの手段を全部注ぎ込むだけの事。

 乾坤一擲、ここが命の張り所だ。


「五連『中級氷結魔術(フロストフラワー)』!」


 五つの氷花が則天から放たれる。美しい見た目に反してその威力は砲弾並みだ。防げる筈もなし。回避も全弾は無理だろう。


「『有翼』、『着火』、『火炎無効』、『剣閃一断』――」


 背中に翼を生やし、自らに火を着ける。『火炎無効』によって僕は炎熱のダメージを受けない。『剣閃』を刀に纏い、攻撃力を極限にまで高める。剣にも炎が移る。そして、


「――『剛力』!」


 強化した脚力で思い切り地面を蹴った。

 疾駆するというよりも飛翔する勢いで、自身を前方へと射出する。『有翼』で更に加速し、実際に飛翔する。砲弾と化したその身で氷の砲弾の隙間を抜ける。全部を抜けられる訳ではない。どんなに上手く躱しても三発は僕の身を削る。それを炎の鎧で軽減する。雀の涙程度だが、それでもダメージを抑えられる。


「『初級治癒聖術(ヒール)』、『初級治癒聖術(ヒール)』、『初級治癒聖術(ヒール)』!」


 氷花を抜ける間も、抜けた後も連続して治癒聖術を使う。これで受けたダメージもある程度は回復出来た。まだ走れる。


「!? 五連『中級大地魔術(スタラグマイト)』!」


 地面から岩槍が生える。横一列に並ぶその様は密集陣形(ファランクス)に似ていた。僕を近付けさせまいというつもりなのだろう。


「『初級治癒聖術(ヒール)』、『初級治癒聖術(ヒール)』、『初級治癒聖術(ヒール)』!」


 その岩槍を甘んじて受ける。脇腹や肩の肉が抉られるが、前進を止めない。その間にも治癒聖術を使い続け、ダメージを軽減する。こうもダメージが連なれば焼け石に水だが、それでもどうにか立ち止まる事は防げた。


「『剣閃一斬』!」


 岩槍の隙間を抜け、斬撃を飛ばす。『一断』で強化された刀から放たれた『一斬』だ。しかも火炎付きだ。その威力は倍以上に引き上げられている。代償に刀身が耐え切れず折れてしまったが、仕方ない。


「――チッ!」


 則天が左腕を振るい、斬撃を掻き消す。『五渾将』ともなると斬撃を素手で防げるのか。魔法使いとしてだけではない。身体能力もとんでもないレベルだ。

 だが、斬撃を防ぐ為に腕を伸ばした姿は隙だらけだった。


「『捕食』!」


 刀を捨てて則天の左腕を取り、彼女の首筋に牙を突き立てる。柔らかな肌に犬歯が喰い込み、粘着く血液が僕の口内に流れる。


「ぐあっ!」

「…………っ!」


 しかし、そこまでだ。肉を喰い千切れない。艶やかな肌にこれ以上牙が突き刺さらない。ゴムの塊を噛んでいるような気分だ。

 魔人は皮膚からして魔人だった。僕の攻撃力では『膨れ女』の防御力を突破出来ない。

 そして、この体勢はまずい。今度は僕の方こそ隙だらけだ。否、体勢以前にスキルを無理に連続使用したせいで全身が軋んでいる。痛みに意識が明滅し、最早碌に動けない。


「っ――よくも、小娘が……!」


 則天の怒気が殺意と共に膨れ上がる。

 殺される。背中に冷たい汗が流れた。その時、


「――はい、そこまで」


 穏やかな、しかし有無を言わせない声が僕達を制止した。


「その声は……」

「……皇女殿下?」


 驚いて則天の首から口を離す。則天も目を丸くしていた。

 そこに立っていたのは帝国の皇女シロワニ・マーシュだった。


「則天、『自分に手傷を付けられたら満足する』って約束していたでしょ? 駄目でしょ、約束は破っちゃ」

「話、聞いていたのかヨ……」


 則天がげんなりした顔をする。


「それに、やりすぎて藍兎を殺しちゃったら、またシュブ=ニグラスが出て来るかもしれないよ? アレと戦うのは則天でも無茶だよ」

「ちっ……」


 舌打ちをする則天。だが、反論はない様子で何も言わなかった。


「……シロワニはなんでここに?」

「寄り道。ギルド本部での用事がようやく終わってさー。今、帰り」


 シロワニは先日総長グランドギルドマスターに会いにギルド本部に行っていた。あれから数日が経っているが、結構長い滞在期間だったようだ。


「で、他の連中も東日本(こっち)での仕事が一段落したっていうから、一緒に帰ろっかって事になって」


 シロワニが空を見上げる。彼女の視線を追えば、巨大な何かがいた。

 細長いシルエット、漆黒の鱗、蝙蝠に似た翼。全長は三〇メートルを超えるか。竜と言えば、先日飛竜と戦ったが、あれとは明らかに生物としての格が違う。格上の怪物、真竜だ。

 竜の背には四人が乗っていた。一人は見知った顔――ナイだ。残り三人は知らない顔だ。だが、直感で分かる。『膨れ女』がここにいて、空に『ナイ神父』がいるとなると残りの面子は必然だ。


「『五渾将』だ……!」


 和鎧に身を包んだ偉丈夫がいた。

 男か女か分からない美形がいた。

 ファラオマスクを被った少年がいた。

『五渾将』のメンバーには『悪心影』、『狡知の神』、『暗黒のファラオ』がいる。和鎧が『悪心影(おだのぶなが)』、ファラオマスクが『暗黒のファラオ』だろうから、残りの一人が『狡知の神』か。

 彼らがダーグアオン帝国の幹部か。西日本の支配者達か。


「ちなみに、あの竜の名前はニーズヘッグ――『狡知の神』の飼い竜だよ。あいつ色々ペット飼ってるんだよね」


 言いながらシロワニは人差し指と中指を重ねた。


「じゃあ、またね。今の特攻、格好良かったよ、藍兎!」


 シロワニの指が鳴る。途端、シロワニと則天の姿が消えた。どこに行ったのかと視線を巡らそうとして、直感的に竜を見た。二人は竜の背に乗っていた。空間転移の魔術だ。「時空」の概念魔術(ヨグ=ソトース)によって山頂から竜へと瞬間移動したのだ。


「D――!」


 竜が吠え声を上げ、一際大きく羽ばたく。高度を上げ、そのまま西の空へと消えていった。

 残されたのは僕とステファとイタチと三護と理伏の五人。四人は瀕死で、立っているのは僕だけだ。


「…………は」


 ゴブリン共は全滅した。ゴブリン討伐せよ(スレイヤー)という目標は概ね達成出来たと言える。安宿部明日音の野望も潰えた。村人も何十人かは助かった。理伏の両親は残念だったが、村を救うという目的も達成の内に入れて良いだろう。

 そして、則天との勝負は、


「はは……はははは……!」


 勝った。みっともない有様だ。だが、勝った。

 見逃されただけだ。舐められた扱いだ。だが、元々は則天に手傷を負わせればクリアというルールだった。ルールに則って則天を退かせる事が出来た。結果、僕達五人は命拾いをした。僕がこの四人を守ったのだ。

 一〇〇〇年前を思い返す。あの頃の僕は順風満帆とは程遠い人生だった。低迷と挫折ばかりだった。劇的な事件など何も起きなかった。生まれた時からやり直したいくらいだった。

 そんな僕が()()を得た。


「ああ……そうか、これが……!」


 一〇〇〇年後の世界で、僕はようやく()()を得たのだ。

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