セッション2 起床
シロワニの襲撃から翌日。
「…………どう見てもあのお嬢だな、こいつは」
とある木造建築の一室にて、鏡に映った己を見て溜息を吐く。
鏡に映っているのはミイラではなく、かつての自分でもなく、お嬢と呼ばれていたあの少女だった。額の角もちゃんとある。
ひょっとしたら夢でも見ていたんじゃないかと思ったが、一晩眠って目が覚めてみてもこの有様だった。やはり、僕の意識が少女に宿ったとしか考えられない。
「いや、あるいはミイラの僕がお嬢の肉体を吸収したか。まあ、どっちでもいいか。僕と彼女が一体化した事に変わりはねー。だが、まさか一〇〇〇年後の世界で性転換する事になるとはな……」
世の中、何が起きるか分からないものだ。
死んだと思ったら剣と魔法の世界にいたなんて、異世界転生モノみたいな展開だ。であれば、転生者御用達の交通事故トラックはあの蛸頭になるのか。嫌だなあ、あんな全方位に物騒なトラック。
……いや、そもそも僕は死んではいないから転生とは違うか。ミイラになっても僕はまだ生きていた。死んでない以上は転生モノとは言えない。居場所も異世界化してはいるが地球のままだし、転移モノとも異なるな。
「まあそれはともかく……男になる方法とかねーのかな」
当たり前だが、今まで男性だったので女体がどうも落ち着かない。元に戻れるんなら戻りたい所だが……。
なんせ僕ときたら二十九歳にもなって女性経験が……ゲフンゲフン。三十歳を過ぎると魔法使いになるという話もあるし、最近少し焦りを感じていて……いやいや何でもねーよ。
「ま、自由に動き回れる肉体が手に入っただけでも御の字か」
身動き出来ないミイラは辛かったな、やっぱり。
「…………。……おお」
鏡に映った自分を見ていたら、ふと気になって、自分の胸を揉んでみた。柔らかい。ボリュームはないが、それでも絶壁という訳でもない。成長期の乳房だ。
股にも触れてみる。何もない。タマもチンもない。
……いやチカンじゃねーですよ。自分の肉体ですよ今は。
そういえば、胸と二の腕の柔らかさは同じと聞いた事があるが、本当だろうか。確かめてみようと二の腕をプニプニしてみる。すると、
――コンコンと扉を叩く音が不意に響いた。
滅茶苦茶びっくりしながら扉を叩いた誰かに応じる。
「なっっ……え、あっ、な……何だ!?」
「昨日の者です。入ってもいいですか?」
「あ、ああ……どうぞ」
扉が開き、入ってきたのは昨日の女騎士だった。
「具合はどうですか?」
「ああ、特に問題はねーよ。……ええと」
「ステファーヌです。ステファーヌ・リゲル・ド・マリニー」
「そうか。有難う、ミス・マリニー」
「ステファでいいですよ」
にっこりと微笑む女騎士ステファ。人の良さそうな笑みだ。良過ぎて陰キャには眩しいが。
ステファから聞いた話によると、僕が今いる国は『朱無市国』というらしい。かつて埼玉県があった場所にある国で、異世界ファンタジー感のある街並みが広がっている。駒形切妻屋根の家や石壁などが建ち、二十一世紀風の建物など一切見当たらない。
一方で所々に鳥居や狛犬があったり看板には漢字が使われていたりと妙な形で和風が残っている。雑踏にも和装が多いし、こういうのも和洋折衷というのだろうか。
昨晩、市国近くの山道でステファに発見された僕は彼女が泊まっている宿屋に案内された。女体化して混乱していた僕を惨劇により茫然自失しているものと思い、宿屋で一晩保護してくれたのだ。
「それで、貴女の名前は?」
「……あー。藍兎。古堅藍兎だ」
お嬢の名前で名乗るべきか一瞬迷ったが、彼女の名前を知らない事に気付いた。とりあえず、かつての自分の名を名乗る。少女の肉体で男性名を名乗るのは違和感があろうが、仕方ない。
「フルカタラントさんですか。関東風の名前ですね」
「そうなのか?」
「はい。私の国では漢字を使う人は少ないですから」
そうか……昔の日本では漢字は普通だったんだが、時代は変わったものだ。
「何はともあれ、藍兎さんが無事で良かったです。藍兎さんが人身売買の為に盗賊に捕まっていたという話を聞いた時は背筋が寒くなりました」
「あ……ああ、うん。そうだな……」
ステファには僕の事情を正直に言わず、『ここより遠い村に住んでいた所を盗賊に攫われたが、その盗賊達が口論から同士討ちをして全滅。途方に暮れていた所を助けられた』という説明をした。『一〇〇〇年前の人間がミイラとして盗掘された挙句、少女と一体化した』などと言っても信じないだろうし、身の上は分かり易い方が良いだろうという判断だ。どうせシロワニ以外に真実を知っている奴なんて生き残ってないし。
……あいつ、またこっち来る事あるのかな。出来りゃ顔を合わせたくないのだが。躊躇なく人間を殺す残酷さもさながら、僕がミイラだったという事実を知っているのが不味い。
まあいい。どうせ他人の行動など読めないし、その時はその時だ。
「では、これからどうしましょう。村に帰りますか? 送りますよ」
「ん、んー……い、いや、まだいいかな~。そ、外の世界も見てみたかったし~。む、村に案内しろと言われてもここからじゃどこにあるか分からないし~。ステファにもお礼をしたいしさ」
「まあ、まあまあまあ。良い心掛けです。いえ、恩に思って下さる必要はないのですが。人にお礼をしたいという思いは大変素晴らしいですとも!」
「あー、おう、そうかい……」
単に帰る村なんてないので、適当に誤魔化しただけだったのだが。予期せず人を騙すっていうのは思いの外気まずいな。
「でしたら、そうですね。一つお願いをしたいのですけど」
「何だ?」
「私とパーティーを組んで頂けませんか? そろそろ路銀も尽きそうなのでお金を稼がないといけないのです」
「パーティー?」
首を傾げた僕にステファはにっこり笑顔で頷いた。