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セッション26 再死

「一〇〇〇年前、だと……?」


 イタチが驚愕と疑念が半々となった顔で長共を見る。

 長共――安宿部はイタチの視線を嗤って浴びた。


「貴様、もしや対神大戦の経験者か?」


 対神大戦。一〇〇〇年前に起きた邪神と人類の戦争。

 邪神を崇める信者と魔法を知った人間との魔術合戦。

 僕の日常を終わらせた、あの絶望。今のこの世界の始まりとなった日。あれを安宿部も経験しているというのか……!?


「その」「通り」「だ」


 果たして安宿部は頷いた。


「私は一〇〇〇年前の」「あの日」「朱無市にいた」「そして遭遇したのだ」「邪神クトゥルフにな!」「私は為す(すべ)なくクトゥルフに殺された」「――そう思っていた」


 そう、僕も同じだ。僕もあの日死んだと思った。

 だが、違った。


「突然大地が割れ」「私は地割れの中へと落ちた」「落ちた先は謎の液体で満たされており」「私の体を受け止めた」「謎の液体は生命を保つ性質を持っていたらしく」「私は一〇〇〇年もの間」「死ぬ事も飢える事もなかった」


 そうだ。しかし、死は免れても肉体の劣化は避けられなかった。液体が為してくれた事は生かす事まで。十世紀の間に四肢は痩せ細り、ミイラの有様になった。

 ミイラとなってまでも生きていた方が良かったのか、それともあの日に死んでいた方が楽だったのか。幸運にも動ける様になった今の僕では分からない。

 結局あの液体は何だったのだろう。朱無市の地下に一体何があったのだろうか。もしくは……何が『いた』のだろうか。


「ミイラとなった私に」「意識はあれど意思はなかった」「ゴブリン共が偶然私を見付け」「長共への献上品とした時にも」「思う事はなかった」「長共が私を七等分にし」「喰らった時も何も感じなかった」


 七等分とは、四肢に加えて頭部、胸部、腹部及び腰部の三つで分割しての七つである。雑な刃物で安宿部は七つに切り分けられ、七人の長共がそれぞれを喰らった。

 だが、


「私の全てが喰われ」「長共の腹に収まった」「その時に変化が起きた」「私の意識が覚醒し」「同時に長共を」「乗っ取っていたのだ」「七人の長共全員の意識をな」

「……それで七人同時に喋っているのか、お前」


 一人の意識が七人全員に宿っていたのか。一人で七つの肉体を統括――いや、七人纏めて一つの肉体であると言うべきか。七人同時に喋っているのはその特異性故にだった訳だ。一つの肉体に口が七つある様なものだな。

 しかし、七つに切り分けられた上、喰われてもなお生きていられるとは。本当に何なんだ、あのミイラ化は。僕達を一体どういう存在に作り替えたんだ?


「長共は便利なスキルを」「持っていたよ」「同族を従える魔術『統率』というスキルをな」「この魔術で私は」「秩父地方一帯の」「ゴブリン共を搔き集め」「我が従僕にした」


 ゴブリン共の死体に目を向ける。

 正直、同情する。こいつらは結局、最初から最後まで消費されていただけだった。各村襲撃からギリメカラ召喚、ヨグ=ソトース召喚に至るまで、安宿部に良い様に使われていた。道具扱いどころではない。消耗品扱いだ。理伏の両親にした事は許せないが、それはそれとして同情する。


「……貴様が何を言っているのか、理解が追い付かん」

「はは」「追い付かんで」「結構」「テンションが」「ハイになって」「勝手に喋っている」「だけだ」


 イタチの抗議を、しかし安宿部は嗤って流す。

 そりゃあそうだろう。一〇〇〇年前の人間でミイラ化して他人の肉体を乗っ取って復活、なんて突拍子もない話、すぐに呑み込める人間がいる訳がない。話している方だって信じて貰えるなど全く思っていないだろう――僕と同じで。


「結局、貴方の目的は何なんですか?」


 安宿部への理解を諦めたステファが、結論を促す。


「私の目的はヨグ=ソトースの手によって」「一〇〇〇年前に戻る事だ」「ヨグ=ソトースは時間と空間を統べる神だ」「時間を遡るなど造作もない」「この神の力を使って私は」「対神大戦以前の時に戻り」「私の日常を取り戻す」「それが私の動機だ」

「それは……」


 僕には理解は出来る。僕だってかつての日常に戻る事を夢見た事がない訳ではない。過去に強い思い入れがなかったから夢以上には願わなかっただけだ。僕以外の人間であれば過去の世界に執着する事もあるだろう。

 だが、それはここまでの犠牲を払ってまで願う事か? 談雨村を、理伏の両親を、同族のゴブリン共さえも犠牲にして叶えるべき願いか? こんな制御出来るかどうかも分からない怪物を呼び出してまで実現すべき試みか……?


「その前に」「私の邪魔を」「してくれた」「貴様らは」「ここで」「殺してやろう」「ヨグ=ソトース!」


 安宿部の人差し指が天を衝く。

 空の球体が瞬く。球体の内の一つが群体から外れ、こちらに向かって落下してきた。否、落下という速度ではない。射出だ。球体を砲弾として撃ってきたのだ。

 球体の直径は五〇メートル。迫る様は隕石だ。球体の目標地点にいるのは僕とステファ。球体の速度、それに攻撃範囲は――駄目だ! 回避は間に合わない!

 だったら――


「えっ、あ……!?」


 ステファの背中を刀の峰で掬い上げる。『剛力』のスキルを発動し、ステファを渾身の力で打ち上げた。走るよりも速くステファが飛んでいく。これでステファは球体の攻撃範囲から逃れられた。

 ホッとした事で口元が緩む。

 直後、球体が僕を押し潰した。

 僕の蘇生能力は他者から生命を奪う事で発動する。だが、周囲に生物はいない。球体から生命力を奪えれば良いのだが、恐らくこいつはただの遠距離攻撃だ。生命力は持っていないだろう。

 奪える命がなければ、僕はこのまま死ぬだけだ。



 あーあ。何やってんだろうな、僕。なあなあで生きていたかった癖に、他人を助けて自分は死ぬだなんて。これじゃあ英雄みたいじゃねーか。

 ……ま、いっか。僕のつまんねー命でステファが救えたんなら、お釣りが来るというものだろう。



 ああ、畜生。

 死にたくねーなあ……。

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