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セッション24 魔象

 ギリメカラ。

 仏教の魔王マーラが騎乗する悪魔。黒い象の姿をしている。魔王マーラは煩悩の化身であり、我欲(ぼんのう)の塊であるゴブリン共がマーラの騎獣を使役するというのはなかなかにお似合いだ。





「Z――!」


 ギリメカラが拳を振るう。僕の顔面を狙うそれをすれすれに躱す。そのまま脇腹に潜り込み、刀で斬り付ける。だが、斬れない。堅くも弾力のある皮膚が刃を通さない。


「はっ!」


 イタチがギリメカラの背後から矢を放つ。矢はギリメカラの後頭部を直撃した。軽くバランスを崩すギリメカラ。が、倒れない。後頭部も少量の出血しかしておらず、大してダメージを受けていないのが伺える。

 地面を蹴り、ギリメカラの脇腹から抜け出す。ギリメカラが僕を追って腕を伸ばす。僕と入れ替わりにステファがギリメカラの前に立ち、ギリメカラの手に剣を叩き下ろす。中指と薬指の間に刃が入る。しかし、やはり斬れない。刃は僅かに皮膚に喰い込んだものの、肉にまでは到達していない。


「ZZZ」


 ギリメカラが斬られたままステファの剣を握る。剣が抜けず、顔を強張らせるステファ。そんなステファをギリメカラは剣ごと振り回し、投げた。数瞬ステファの身体が宙に浮き、地面に激突する。


「ステファ!」

「…………っ! 平気、です……っ!」


 剣を支えに身を起こすステファ。平気とは言ったもののダメージは深い様だ。あれだけの勢いで投げられたのだから無理もない。


「海神。ダーグアオンを冠するもの。渦巻く絶唱。逆巻く絶叫――」

「Z――」


 三護が魔術を詠唱する最中、ギリメカラが鼻から息を吸う。それだけで大気が軋み、周囲に強風が吹き荒れた。


「――波頭は砕け、羽搏(はばた)き、鎮まり、昇る。我は深淵の底を」

「Z!」


 息を吐く。強風は反転して暴風となり、僕達を襲う。あまりの風力に踏ん張る以外の行動が出来ない。


「…………! くそ、魔術を邪魔された!」


 三護が舌打ちする。今の暴風に耐える事を優先した結果、魔術の詠唱を中断せざるを得なかったのだ。

 魔術は級が上がるにつれて詠唱の節が増える。上級ともなれば十節が必要だ。高位の魔術師であれば、詠唱を破棄して魔術を発動させる事は可能だが、楽をした分威力は大幅に下がってしまう。一節減らす毎に威力が一段階下がると思って良い。出来る限り詠唱はしたい。


「――強い」


 このニャルラトホテプは強敵だ。ゴブリン共とは格が違う。これが多数の生贄によって召喚された獣の力か。


「犠牲者の数だけ強くなる、か。悪趣味だな、オイ」


 長共の結界といい、こんなのばっかりか、ここは。


「特に防御力が厄介じゃな。ダメージさえ与えられれば戦術も変わって来るのじゃが」

「通常の武器攻撃では有効打になりませぬ。どうすれば……」

「決まっている」


 イタチが矢を弓に番える。その先端には水が集まっていた。


「通常ではない攻撃をすれば良い」

「成程。けど、魔力の消費が激しくなるぜ。……()つのか?」

()()たないを考えている余裕はない。ここを生き延びねば意味が次などないのだ。だろう?」

「……確かにな」


 言いつつ自身の刀に魔力を送る。『剣閃』の準備だ。

 僕が肯定すると、皆も頷いた。作戦――という程ではないが、方針は決まった。であれば、後は征くのみだ。


「行くぞ!」

「応!」


 イタチの号令に従い、突撃する。吶喊する僕達に先行してイタチが矢を放つ。


「『伏龍一矢(フクリュウイチヤ)』×『初級流水魔術(ウォータージェット)』――『喰鮫(クイザメ)』!」


 水弾を鏃に纏った矢が一直線にギリメカラの喉元を突く。矢が破裂し、血飛沫を散らした。重心を崩したギリメカラがたたらを踏む。


「効いたぞ!」

「うむ、初めて与えた有効打じゃ!」

「続け続け!」

「御意! ――『島風(シマカゼ)』!」


 理伏が刀を水平に構え、ギリメカラへと跳躍する。弾丸と化した理伏の身体がギリメカラの腹部に吸い込まれる。斬られたギリメカラから生温かい血が噴出する。


「ステファ! 合わせろ!」

「はい!」


 ステファと共にギリメカラの元へと駆ける。狙うは足。首、腹と来てバランスの崩れているギリメカラを追撃する。


「『剣閃一断(ケンセンヒトタチ)』同時二撃――『二重桜(フタエザクラ)』!」


 ステファの剣と僕の剣が交差し、ギリメカラの左足を捉える。ちょうど鋏の形だ。ギリメカラの皮膚が幾ら弾力あるといっても限界を超えれば切断されざるを得ない。歪な一文字傷がギリメカラに刻まれ、鮮血が地面を濡らす。


「そこまで動きを封じてくれたなら、詠唱も終わるというものよ!」


 三護が吠える。天に翳した彼の掌上には極大の火玉が浮いていた。三護が手を振ると火玉はギリメカラへと落下した。


「――『上級火炎魔術(プロミネンス)』!」


 劫火がギリメカラを呑み込む。轟々という音がギリメカラを燃やす。ゴブリン共も焼き払った炎だ。あの灼熱地獄の中では大抵の生物は生きていられないだろう。だが、


「やったか!?」

「いやそれやった事にならねー台詞(フラグ)だから!」


 フラグ通りギリメカラは死んではいなかった。

 それどころか、未だ両の足でしっかりと地面に立っている。首にも腹にも左足にも深手を負っているというのに、殆ど堪えていない。


「……まだ火力が足りんというのか……!」

「Z!」


 ギリメカラが鼻息を鳴らす。それだけで暴風が山頂を払い、劫火が散って消えた。上級魔術など物でもないと誇っているかのようだ。


「どうする? 今より強ぇ攻撃技なんて持ってっか?」

「我にはないぞ」


 僕だってねーよ。

 そもそもこんな化け物の前に立って良いランクですらねーよ。蛇竜よりは間違いなく強いから最低でもBランクはあるだろう、こいつ。僕はEだというのに。あーもー帰りたい。


「……拙者はもう一つ技を持っておりまする」

「おお!」


 理伏が右手を上げる。(にわ)かに皆の期待が高まる。が、理伏は次に首を横に振った。


「しかし、普通に撃っただけでは『島風』と威力は変わらないかと」

「普通に撃っただけでは? どういう事ですか?」

「はい。この技の威力を上げるには高さが必要で御座いまする。しかし、ここは山頂。登れるような場所もありません。拙者の跳躍力がもっとあれば良かったのですが……」

「ふーん……」


 理伏の話を聞いて皆が顔を見合わせる。


「高い所ねえ……」


 そして、理伏を除く皆の視線が僕へと集中した。


「えっ? 何故皆で藍兎殿を見ているので御座いますか?」


 ああ……それはな――





「お、おおおお……!」


 震える理伏の声を腹部で聞きながら空を行く。

 スキル『有翼』で理伏を腕の中に抱えて僕が飛んでるのだ。


「ら、藍兎殿がこんなスキルを持っていたなんて……ほ、本当に食屍鬼(グール)で御座いますか?」

「その辺は僕も自信がねーな」


 何しろ中身は一〇〇〇年前の人類だしな。純粋な食屍鬼かと聞かれればノーと答えるしかない。


「さあて、どこまで飛ぶ?」

「飛べる限りで!」

「言ってくれるな! あいよ!」


 理伏のリクエストに応じて飛んで飛んで、遂には雲上まで到達する。これ以上の高さも望めるが、空気は高い場所になる程薄くなる。性能を発揮する為にはこの位が限度だろう。

 下を見れば、豆粒程の大きさとなったギリメカラが見えた。身長が五メートルだろうとこの高みからでは他の人間と大差ないサイズだ。ステファ達がギリメカラの足止めをしているのも伺える。


「行くぞ! 落下――否、突撃する!」

「はい!」


 言って、下方へ飛ぶ。重力を加速装置に風を切っていく。強烈な風圧に全身が軋み、頬肉が震える。それでもなお目は閉じず、ギリメカラを逃さず見据える。


「近付いたぞ! ギリメカラだ!」


 豆粒程だったギリメカラが今や拳大の大きさになっていた。このまま行けば瞬く間に激突となるだろう。頃合いだ。


「離すぞ!」

「はい!」


 理伏から腕を離す。理伏はそのまま急降下。僕はJの字に曲がって地面との正面衝突を避ける。

 そして、理伏は、



「『剣閃一突(ケンセンヒトツキ)』×『中級疾風魔術(ダウンバースト)』――忍術『天津風(アマツカゼ)』!」



 刀が風を纏う。下降気流である『中級疾風魔術(ダウンバースト)』は上からの攻撃が最も威力を発揮する。理伏が高所が良いと言った理由がこれだ。既に加速済みでありながら風は一層の推進力を発揮し、理伏の身体を真っ直ぐに射出する。

 ギリメカラの脳天に刀が叩き込まれた。

 土煙が舞う。僅かな時間、全てが茶色に隠されて見えなくなる。最早刺突というより殴打と言うべき荒々しさだ。僕は地面を転がり、速度を落としてからようやく身を起こした。

 さて、結果は――

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