セッション23 攻防
刀を振るい、ゴブリン共を斬り払って行く。蹴散らした敵を後方へ後方へ、突き進む己を前方へ前方へ。兎にも角にも駆け足で進んでいく。
「ギィ、ギィ、ギィ!」
だが、蹴散らしても蹴散らしてもゴブリン共の勢いは収まらない。絶え間なく迫る様は怒涛の如きだ。
一体一体は弱いといってもゴブリン共の数は多い。ましてやこれで全員ではないのだ。山に散らばった仲間はまだまだいる。早く決着を着けないと確実に敗北する。
狙いは長。あの髪の毛が生えたゴブリン七体だ。あいつらさえ倒せば他のゴブリン共も抑える事が可能になる。あくまで可能性があるだけだが。
「誰」「だ」「!」「?」
迫る僕達を前に、七体のゴブリンが全く同時に喋った。
「冒険者にして覇王・阿漣イタチ様だ!」
イタチが魔力の込めた矢を長達へと射る。が、矢は長達の手前の虚空で爆ぜた。何やらバリアの様なものが環状列石を囲んでおり、矢はそれを突破出来ずに砕けたのだ。
「ちっ、さすがにいきなり将を射れる程甘くはないか!」
イタチがカットラスを抜き、突貫部隊に加わる。
やはりそうそう都合良くは行かないか。ならば、次の展開はどうする。理伏達の方はどうなっているのか……?
「解放したぞ!」
声の方に目を向ければ、理伏と三護が村人達を解放していた。
良し、まずは第一段階成功だ。これで次は、ゴブリン共が焦って村人達を追ってくれれば――
「クソ、オエ!」
「ニガスナ!」
「オサノ、イケニエ! ダイジナ、イケニエ、ダ!」
「待て」「お前ら!」「私の」「指示」「なく」「動く」「な!」
――釣れた!
やはり蛮族。目先の事柄にしか目が行かない。
しかし今、手下のゴブリン共を制そうと長が発した言葉は、またしても七体同時だった。同時に喋っていた。いや、そもそも喋り方が通常のゴブリンに比べて流暢なのが疑問だ。何なんだ、このゴブリンは?
村人達を追うゴブリン共を横目に長達への進撃を続ける。
やがて長の目前にまで到達した。
「はあ――っ!」
ステファが渾身の力で剣を叩き付ける。だが、バリアを突破出来ない。剣は弾き返されてしまい、ステファがたたらを踏む。
「無駄だ!」「この結界は」「一〇〇〇人もの」「生贄を使って」「作られた!」「ゴブリンの命一〇〇〇個分だ!」「そう簡単には破れない!」
「はっ、犠牲者の数を誇るかよ、外道が!」
他人の命で守られている事を自慢する長共。こういう手合いが相手なら斬る事に些かの罪悪感もない。
「聖なる蟇蛙。暗黒世界に眠るもの。惑星。無色。中心。失墜。地を這う怪鳥。飛翔する百足。我は不可視の鎖を握る者、汝の心を不可避に縛る――『上級大地魔術』!」
三護の魔術が長達を襲う。重力の操り、相手を捻り潰す大地魔術だ。結界は砕けない。だが、永遠のものなどない。ダメージを与え続ければ――生贄による防御力のストックを削り切れば、いずれは壊れる筈だ。
「くっ!」「おの」「れお」「のれ」「おのれ!」「お前ら」「戻れ!」
長達もそれが分かっているから焦っているのだろう。手下ゴブリン共に戻って来るよう命令を下す。全員は戻ってこなかったが、百数体かのゴブリン共が戻り、僕達に棍棒を向ける。
「畜生! おい、どうする!」
「三護と俺様が広範囲攻撃で雑魚を払う! 貴様らは結界を叩け!」
イタチと三護が手下ゴブリン共に攻撃する。僕、ステファ、理伏の三人が長達へと向かい、武器を叩き付ける。状況は大分混戦してきた。勝利の鍵は僕達がこの結界をどれだけ早く破壊出来るかか。
そう思った矢先だった。
「仕方」「ない」「これは」「とって」「おき」「だった」「が……」
長達が七体同時に指を鳴らす。
直後、手下ゴブリン共が自らの首を掻き切った。
「は……?」
突然の凄惨な光景に思考が追い付かない。ゴブリン共はそんな僕達に構わず、血を噴出しながら円陣を組む。地面に流れた血液は円陣も含めて魔法陣のようであり――まさか。
「イア! シュグオラン」「出でよ」「アイ! シュゴーラン」「我らが神」「『ギリメカラ』!」
円陣の中心が輝き、巨大な黒い影が現れる。
全長は五メートル前後。皮膚は真っ黒で鯰のようにザラザラしている。耳の位置には翼のようなヒレ、手足には水掻きがあり、水棲生物を連想させる。そして顔には象の鼻の如き細長い器官があった。インド神話の象神ガネーシャに似ていると言えば似ている。
「やっぱり召喚魔術か!」
召喚獣――象の怪物が威圧感たっぷりにこちらを見下ろす。先日戦ったウィッカーマンよりは小さいが、僕達人間にとっては充分巨体で脅威だ。
円陣を組んでいたゴブリン共は全員倒れていた。ギリメカラを召喚した代償に命を奪われたのだ。
「Z――!」
ギリメカラの鼻がイタチに迫る。跳躍して躱すイタチ。目標を逃した鼻が地面を砕く。
「イタチ!」
「構うな! 長共を倒す事が勝利条件なのは依然変わりない! 貴様らはとっととその結界を壊せ!」
イタチの援護に回ろうとしたら拒まれた。確かに長共を倒す事が先決か。
「馬鹿め」「ギリメカラが」「それを」「許す程」「甘いと」「思っ」「たか!」
結界内から長共が吠える。同時、ギリメカラが鼻で大きく息を吸い込んだ。大気がギリメカラの肺に吸い込まれて――否、これは息を吸うとかそういうレベルではない。
「お、おお……!?」
ギリメカラの吸い込みに足が引き摺られる。気を抜くと足が浮きそうになる。というか、浮き掛けている。信じられない。この風力は台風に匹敵する。
「ギィ、ギィ――ッ!」
イタチ達よりも近い位置にいたゴブリンが宙に浮き、ギリメカラに引き寄せられる。鼻がゴブリンを捕らえた途端、肉の潰れる嫌な音がした。ギリメカラの吸引力にゴブリンの内臓が耐えられず潰れたのだ。
「ギィ……ッッッ!」
「ZZZ――Z!」
ギリメカラがなおも吸引する。ゴブリンがひしゃげ、鼻の中に呑み込まれていった。まるで昔のアニメの様な、冗談みたいな光景だ。
鼻息を吐く。それまで吸い込まれていた大気が暴風となって山頂を圧した。ゴブリンの血肉混じりの暴風に僕の身体が飛ばされ、バリアに背中を強かに打ち付ける。
「いてて……おい、おいおいおい! マジかよ!」
なんつー威力だ。ギリメカラから距離を取っていた僕がここまで飛ばされるとは。
僕よりも近い位置にいたイタチ達はもろに暴風を受けていた。尻餅を突いて、今すぐには立ち上がれそうにない。そこへ、
「Z――!」
ギリメカラの掌底が振り下ろされる。
「危ないッ!」
落石の如きギリメカラの掌底とイタチとの間にステファが割り込む。戦士職故、今の暴風にも耐えられたのだ。
剣で掌底を受け止めるステファ。だが、パワーが足りない。咄嗟に割り込んだ事もあって体勢も不充分だ。掌底に押し負け、ステファの両足が地面に沈む。
「忍術『島風』――!」
理伏がギリメカラの腕を斬る刃は両断はおろか骨に到達する事すら出来なかったが、肉は傷付けた。出血と痛みに思わずギリメカラが腕を戻す。重圧がなくなった隙にステファがギリメカラの間合いから抜け、姿勢を正す。
「ったく、行動の速ぇ奴らめ」
僕も起き上がり、イタチの横に並ぶ。
刀の先にいるのは当然ギリメカラだ。
「貴様ら! 長共を先に叩けと言っただろうが!」
「いやこれ無理だろ! お前と三護だけじゃ無茶だ! 五人で掛からねーと倒せねー!」
「ちっ……忌々しい象だ!」
イタチは舌打ちをしたが、否定はしなかった。今の攻防で彼もこの象擬きが強敵だという事を理解しているのだ。
イタチを中心に僕、ステファ、理伏、三護が並ぶ。
ギリメカラが僕達の戦意に呼応して一際大きく唸った。
「ZZZZZ――!」