セッション20 寒村
「拙者の一族は元々北条共和国におりまして」
馬を走らせる事数時間、僕達は秩父山地の麓に辿り着いた。
秩父は一〇〇〇年前から森林地帯だったが、現代では輪を掛けて木々に埋め尽くされていた。馬ではこれ以上進めない為、僕達は徒歩で山地を登って行く事にした。風化しているとはいえアスファルトが残っていたので、思っていたよりは歩き易かった。
その道中で理伏が身の上を話してくれた。
「北条……ああ、風魔の姓は風魔一党のものだったか」
「拙者らの名を御存知でしたか?」
喜び混じりの顔で理伏が目を丸くする。
風魔一党。
戦国時代、神奈川県足柄峠を拠点に暗躍した忍者集団。甲賀、伊賀と並ぶ有名忍軍であり、代々後北条氏に仕えた。主家の滅亡後は江戸近辺で盗賊に身をやつし、密告によって全滅したという。それがまさか現代まで残っていたとは。
……というか、そもそも忍びが有名ってのもどうなんだ? 忍んでねーじゃん。
「風魔忍者は魔術を忍術と称して操る者です。しかし、昨今の共和国では才能に左右されがちな魔術よりも万人向きな機械の方が好まれまして。風魔の居場所が狭くなってしまいました。それで、拙者の祖父の代で風魔の一部はこちらに移り住んだので御座いまする」
「ほー」
イタチが興味あるんだか無いんだか、緩い頷きを返す。
「魔術を忍術と称して、ねえ……『風』魔だけあって風属性の魔術が得意だとか?」
「はい、そうで御座いまする」
「うむ、風魔忍軍と言えば日本随一の風の使い手として有名じゃな」
「有名なんだ……」
だから、忍者として有名なのは駄目なのではないか?
いやでもファンタジー世界の忍者なんてそんなもんか。
「あー……そういえば」
風魔忍軍は仏教徒だと聞いた事があるな。北辰妙見菩薩という仏を信仰していたのだとか。実際の所はどうだったのだろう。今も信仰を続けているのだろうか。
「なあ、ちょっと訊きたいんだが……」
「しっ、もう着いたぞ」
雑談をしていたらいつの間にやら村の近くまで来ていたようだ。
遠目からだが、村は何処にでもありそうな村だった。簡素な木造建築が疎らに建ち、土地面積の殆どが田畑で占められている。村の四方に塀はなく、獣除けの柵が植えられていた。
「とりあえず、その辺の家の陰に隠れて様子を伺おう」
「うむ……いや、待て」
適当な柵を乗り越えようとした所でイタチが待ったを掛ける。
「血の臭いがする。それに異様に静かだ」
「!」
予感が氷柱となって背骨に突き刺さった。急いで村の中へと入る。そして、予感が的中していた事を悟った。
そこにあったのは二つの死体だ。
胴を括られて木に吊るされた男女の死体だ。二人の全身には幾つものナイフが突き立てられていた。的当てだ。吊るされた二人を的に誰かがナイフを投げて遊んでいたのだ。手足なら五点、心臓なら一〇点といった風に。地面に染み込んだ血液の量から察するに、死因は出血多量だろう。的当てでは即死を避けられ、じわじわと殺されたのだ。
的当てにされていたのは、理伏の両親だった。
「あ……あぁあああああっ!」
泣き崩れる理伏。その隣で僕達も言葉を失っていた。
理伏の両親が殺された理由は見せしめだろう。理伏を村の外へ逃がした事で、ゴブリン共は二人が自分達への叛意を懐いたと判断したのだ。だが、それだけでここまで嬲り殺しにするものか。これは明らかに愉悦を目的とした殺し方だ。あまりに惨い。
「……おい。ゴブリンっつーのはこういう事するのか?」
「……いえ、凶暴とは聞いていましたが、残忍とまでは」
「新しく出来たリーダーのせいやもしれんな」
「リーダーの影響でゴブリン共の凶悪さが増したと? ……ふむ」
改めて周囲を見渡す。
理伏の両親以外に村人の姿は見えない。伽藍としてる。隠れ潜んでいるというのではなく、本当に人っ子一人いない。それが雰囲気で伝わってくる程の静けさだった。
「村人達はどこに行ったのでしょう?」
「十中八九、ゴブリン共に攫われたのだろうが……奴らの本拠地とはどこだ?」
「周辺のゴブリンの巣を虱潰しに当たってみるかのぅ?」
「そもそもゴブリン共は何故は村人達を攫ったのか……」
……惨殺死体が目の前にあるっていうのに冷静だな、こいつら。
かくいう僕も思った以上にショックは受けていないんだが。何体も魔物を倒して来た事で死体に見慣れてしまったか。
「ともあれまずは村の中を捜索してみないと……」
ガサッ、と物音がした。
先程まで確かに誰もいなかった筈。だというのに音がしたという事は誰かが来たという事だ。
誰だ。村人が戻って来たか。あるいは、
「ニンゲン。ニンゲンダ」
「マダ、ノコッテイタノカ」
全員の視線が向いた先、そこにいたのは十数体の小人だった。
「ゴブリン……!」
「ゴブリン? あれが?」
改めて小人を見る。
容姿自体は人間に近いが、どことなく両生類に近い。頭部には毛がなく、頭蓋骨がドーム状になっている。身長は長身の者であっても一二〇センチメートル以下。衣服は寒ささえ防げればいいという程度にボロボロだ。手にした雑な棍棒と小さく引っ込んだ目からは知性が伺えず、一目でケダモノなのだという事が伝わってくる。
こいつらがこの世界のゴブリンか。
「貴様らが、貴様らがァァァ――ッ!」
理伏が激情を吐きながらゴブリンへと走る。その手には既に小太刀が握られていた。止めようにも最早手が届かない。太刀筋は風が如く、ゴブリンの一体を裂く。斬られたゴブリンが悲鳴を上げ、他のゴブリン共が戦闘態勢に入る。
「ギィ! ギィィィ――ッ!」
「ああクソ、戦うしかないか!」
出来ればゴブリン共にこの状況について尋問したかったが、こうなっては仕方ない。戦闘だ。
「運良く生き残った奴がいれば訊けばいいか」
「行きます――!」




