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セッション19 御家

 理伏を案内した先にあったには、一軒の屋敷だった。

 ここはイタチの屋敷だ。朱無市国で活動する為の拠点として彼が購入した。さすがは金持ち、冒険者デビューからいきなり一国一城の主とは資金力が違う。

 と思ったら、この屋敷を購入した時点で金が尽きたとの事。もっと金は計画的に使えよ。

 とはいえ、ケチは付けられない。何故なら常時パーティーを組む事と宿代を払う事を条件に僕もステファもここに住まわせて貰っているからだ。しかも、通常の宿代よりかなりの安値で。イタチ様の懐の深さに感謝の念が止まらない日々です。

 しかし、奇遇というものはあるものだ。

 だって、この屋敷が建っているこの場所は、



「一〇〇〇年前、僕の家があった場所だもんなあ」



 長い年月の間に所有権どころか建物すらなくなったが。今あるこの屋敷は見知らぬ誰かが建てたものだ。それをイタチが買った。

 懐古の情とだけでは言い切れない複雑な気持ちを抱えつつ、扉を開ける。そこには、


「だから、貴方の覇道は秩序には成り得ないのですよ!」

「何故だ? 覇王の絶対的な支配、それは秩序に他ならないのでは?」

「そこに至るまでにどれ程の闘争を重ねる気ですか? それに、覇王はあくまで力で支配する者。逆らう者がいなくても、それは我慢しているだけであって、逆らう意志は常に潜在しているんです」

「ふむ……だが、結局は力でしか支配出来ないのではないか? 安全とは害あるものを排して得られるもの。国家が軍隊を持つという事はそういう事だろう」

「それは一面だけです。民草は安寧を求めています。治世とはマイナスを防ぐだけでなく、プラスをもたらさなくてはなりません。それを民草に約束出来ない限りは――」


 ステファとイタチが何やら熱い議論を交わしていた。

 ステファは公女、イタチは総長の孫とどちらも上流階級の生まれだ。しかも、ステファもイタチも家柄を捨てた身だ。ステファは布教を、イタチは覇王を目指しているが、どちらも指導者側の思想だ。似ている部分もあれば非なる部分もある。となれば、盛り上がる話もあるのだろう。


「はいはい、二人とも落ち着きな。お客さんだよ」


 手をパンパンと叩き、二人の注意を引く。それで議論を止めた二人が僕に振り向く。


「あ、お帰りなさい、藍兎さん」

「……ああ、ただいま」


 本当に『ただいま』だ。


「客だと? 何者だ?」

「り、理伏と申します! お見知り置きを!」


 睨め付けるイタチに理伏が勢い良く頭を下げる。


依頼(クエスト)を持って来たんだが、お前ら今暇だし、金もないだろう? ちょっと話を聞いてくれねーか?」

「ふむ、確かに」


 イタチは尊大に頷くと椅子に腰掛け、


「申してみよ」


 理伏に話を促した。





「ほう、一万のゴブリンを倒せと来たか。また厚顔無恥な依頼をする奴がいたもんだな」


 理伏から依頼の内容を聞いたイタチは開口一番そう言った。口元には意地の悪い笑みを浮かべている。


「あぅ……」


 返す言葉もない理伏はそのまま項垂れる。


「こいつの護衛をしたい。せめてこいつの両親だけでも救出出来ないかと考えているんだが、どうだ?」

「私は引き受けます。一刻も早く参りましょう!」


 ステファは二の句も告げず賛同した。こいつはこういう奴だ。助けを求める誰かがいて、自分が近くにいたなら条件反射で手を差し伸べる。猪突猛進タイプの狂人だ。


「さあ救いましょう、それ救いましょう、やれ救いましょう! 早く(ハリー)、ハリーハリー、ハリーハリーハリー!」

「まあ待て。覇道とは焦らず堂々と歩むもの。そして、その為には情報が不可欠だ」


 一方のイタチは落ち着いていた。誇大妄想は強いが、彼は現実が見えていない訳ではない。むしろ己の願望を如何に叶えるか段取りをきちんと考える為、実は仲間内で誰よりも冷静に立ち回れる。強かな狂人だ。

 まあ、偏執病って強い妄想を懐いているという点以外では人格や職業能力面において常人と変わらないのが特徴だしな。


「村の位置はどこだ? 秩父盆地には他にも複数の村があった筈だが」

「東端です。他の村の様子はきちんとは分かりません……」

「ふむ、森に逃げ隠れればワンチャンあるか……? いや、ゴブリン共も森の行軍には慣れているか。隠れるのではなく、追っ手を撃破しつつ逃げ続ければ、あるいは……」


 考え込むイタチ。頭の中では既に作戦が組み上がっているようだ。頼もしい。


「そうだ。藍兎がゴブリンの軍勢に一人で突っ込むというのはどうだ? 力尽きるまで戦ったら近くのゴブリンを喰らって復活して、で、また力尽きたらまたゴブリンを喰らって……というのを繰り返してだな。そうすれば時間さえ掛ければ一万の敵を平らげる事も……」

「やんねーよ! 僕を何だと思ってんだ! 足の生えた爆弾か!」


 やっぱり頼もしくねーわ、こいつ。

 イタチ達には僕のスキルについては既に説明してある。三護と雑談している時にポロっと喋ってしまい、イタチ達にも漏れてしまった。

 あの魔術オタク、オタクやっているだけあって目が聡い。ついうっかり蛇竜やウィッカーマンとの戦いの話をしたせいで、そこから僕の異質性がバレてしまった。お陰でその日からイタチと三護が「こいつは死に難いし、別に庇わなくてもいいな」という目で見てくる。ステファだけが例外だ。畜生め。

 なお、三護の知識をもってしても僕のスキルがどういったものなのか分からなかった。一体どういう由来なのだろう。


「話題を変えよう。……そういや、談雨村ってどこの国に所属してんだ?」

「朱無市国ですね。ですが、あくまで名義だけであって実質的な統治はほとんどしていない筈です。なんたって市国ですから。市以外には基本関与しません」

「そっか……」


 とはいえ、万が一の場合には国に動いて貰う事も選択肢として視野に入れられるか。


「いや、駄目だ。市国には期待出来ん」

「なんで?」

「朱無市国の国力は高い。が、それは財政力の占める割合が大きくてな。この国は冒険者によって栄えていると言っても過言ではない。だが、それは一つの弊害を生み出した。……即ち、冒険者への依存だ」


 それはつまり、


「この国では何かあると、まず冒険者に依頼を出す。そして、大抵は冒険者が解決する。その結果、国の仕事は次第に縮小して行ってな。軍事力で言えば、今では市内を警護する程度しかない」

「つまり、市外に回す余裕はないと?」

「そういう事だ。で、恐らくは国に頼った場合、国はまず冒険者ギルドに依頼する事を選ぶだろうが……果たしてそれがクエストとして制定されるまでにどれだけの時間が掛かるか」

「問題をソッコーで解決するには、私達が動かなくちゃいけないという事ですね」


 マジか。割とガタガタな国だったんだな、朱無市国って。


「しかし、一万匹か……秩父にそんなにゴブリンがいたのか?」

「あの周辺のゴブリン全員掻き集めればそれ位の数になるかと」

「そうか……解せんな」

「何が?」


 僕が聞き返すと、イタチはこう答えた。


「俺様の知る限り、ゴブリンという種族はほぼ野生の獣に近い。十数匹程度で群れるのなら分かるが、一万もの数で団体行動出来るとは思えんのだ。一体どうやって……?」

「新たなリーダーが出来たのかもしれんぞ」

「三護先生!」


 二階から階段を下りて、三護が現れた。この屋敷には三護も住んでいるのだ。


「野生に近い単純思考の者共だからこそ、洗脳するのは容易い。彼の邪神クトゥルフは精神感応(テレパシー)を使って信者に指示を出していたという。それと同じ様にゴブリン達を纏め上げている奴がいるのかもしれん」

「成程。随分具体的だが、もしや他にも前例が?」

「ある。ゴブリンではなく、アンデッドの話だが」


 三護が言うには、遺跡を守護するのにスケルトンやゴーストといった不死者(アンデッド)を衛兵として用いる事は良くあるのだという。そして、その不死者を統括するのに精神感応を応用した魔術が使われているのだとか。コンピューター管理されている防衛システムみたいだ。


「となれば、潜入してリーダーを倒すのもアリだな。頭を潰せば、ゴブリンの群れなど所詮は有象無象の集まり。自ら瓦解しよう」

「リーダーが潜入可能な場所にいるとも限りませんが」

「そうだな。まずは現場を見てみなくては話にならんか」


 イタチが椅子から立ち上がる。


「理伏とやら。まずは村に案内せよ。その上で依頼を完遂するかどうかの判断を下す。場合によっては全てを救えんが、覚悟しておけ」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 理伏が跪き、首を垂れる。

 何と言うか、どちらも様になっているな。初対面同士の筈なのに古くからの主従のようだ。イタチが常時ふんぞり返っているせいと、理伏が傅く事に慣れているせいなのだろうが。


「貴様ら! 何をボケッとしている! とっとと準備せんか!」

「あ、はい!」

「あいよ」

「んじゃ、いってらっしゃーい」

「三護! 貴様もパーティーだ! 一緒に来い!」

「えー。我、魔術の探究に関係ない依頼とか興味ないんじゃけどー」

「貴様、俺様の家に住む条件を忘れたか! 俺様とパーティーを組む事だったろうが! 行・く・ぞ!」

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