セッション14 再三
「GGGGG――!」
案山子が右の手刀を振り下ろす。斜めに放たれたそれは僕達三人を纏めて薙ぎ払おうという魂胆だ。僕とイタチは咄嗟に後退して躱し、ステファは剣で受ける。手刀の威力は重く、ステファの脚が轍を作った。
「ぐっ……!」
「ステファ! 平気か!?」
「平気、です……! 防げない威力ではありません、が……!」
歯間から苦悶の声を漏らすステファに、案山子が左の掌底を落とす。
まずい。一撃目は耐えられたが、二撃目は今のステファには無理だ。
「『剣閃一斬』!」
振り払った刀身から魔力の斬撃を放つ。斬撃は案山子の左前腕を貫いた。腕を斬り落とす事は叶わなかったが、掌底の速度が落ちる。その隙にステファが後退し、案山子の攻撃範囲から脱した。
「感謝します!」
「いいから! 前向け!」
案山子が足を上げ、ステファを踏み潰そうとする。僕の喚起でそれに気付いたステファは後方に跳躍し、案山子の踏み付けを躱した。
「体が大きい割に結構速いですね……!」
「木製だからな。見た目程重くねーんだろーよ」
その軽さ故、体重を乗せた攻撃をされても大ダメージにならないのが幸いだ。とはいえ、ダメージ自体は免れないのだが。
「むん――っ!」
などと僕達が攻防を繰り広げている間に、イタチが案山子の背後に回っていた。イタチの武器はカットラス。日本語では舶刀と呼ばれる、刀身六〇センチメートル程の片刃剣だ。
閃光の如き斬撃が案山子の腰を裂く。しかし、一メートルにも満たない刃では案山子の胴を両断するにまでは至らない。イタチに斬られた事に気付いた案山子がその手をイタチに伸ばす。
「ふふん」
だが、届かない。案山子の腕よりもイタチの脚の方が速い。摺り足で移動したようにしか見えなかったのに、案山子の掌が地面を叩いた時には数十メートルは距離を空けていた。
「にしても、こいつ幾ら斬られても全然動きが鈍らねーな」
「そりゃあ案山子ですから。元から神経も筋肉もないですし」
「どっかに本体か何かがあれば良いんだが……」
やはりこういう時は頭だろうか。大概の怪物は頭か首か心臓のどれかを潰せば死ぬ。案山子のボディに心臓はないし、大動脈もない首を断っても無意味だろう。であれば、思考を司る頭が潰すべきか。
「しかし、あそこまでは跳躍しても届かないですよ」
「だったらこういうのはどうだ? ――『有翼』!」
僕の背中から蝙蝠に似た翼が生える。飛竜から奪ったスキル『有翼』の効果だ。こういう時の為に服は背中が空けているものを着てきた。
広げた両翼の幅はニメートル程度。どう見ても人間を飛ばせる長さではないのだが、広げた瞬間ジェットコースターみたいに身体が上昇した。案山子の頭長部よりも高い位置にまで到達する。
「『剣閃一断!』」
魔力を纏って威力の上がった唐竹割りが案山子の脳天を裂く。鍔まで叩き込まれた脳天は普通の生物なら即死となる傷だ。
「Ga――!」
だが、案山子は死ななかった。僅かの停滞もなく案山子は腕を伸ばし、僕を掴んだ。そのまま胸部の内側に僕を押し込んだ。
案山子が燃え出す。火種などなかった筈なのに、炎は瞬く間に案山子の全身を包んだ。しかし、どれ程炎が猛ろうとも案山子が灰になる事はなかった。
――中にいる僕を除いては。
「あっちちちち! こいつ、まさかウィッカーマンか!?」
ウィッカーマン。
古代ガリアで用いられていた祭儀用の人形。人身御供の一種で、巨大な人型の檻に家畜や人間を閉じ込め、生きたまま焼き殺すというエゲツない代物だ。
「あ、あ、あぁああああああああああっ!」
「藍兎さん!」
熱い。火の勢いが強い。炎が僕の肉体を燃やしていく。肌が黒い炭へと変わっていく。息が出来ない。吸い込んだ空気が熱過ぎて肺も喉も焼けてしまった。「熱い」という情報以外が脳から消え失せ、その脳も真っ暗闇に落ち――意識が、遠く――
「少し待て! ――海神。ダーグアオンを冠するもの。渦巻く絶唱。逆巻く絶叫。波頭は砕け、羽搏き、鎮まり、昇る。我は深淵の底を知る者。凪の水面を抉りて壊す」
イタチが何やら言っているがもう遅い。
僕はここで焼け死に、
――――ドクン!
音なき衝撃と共に生き返った。
「――『上級流水魔術』!」
案山子が膝を突く。それとほぼ同時に渦潮が案山子を襲った。回転する水流が案山子の四肢をへし折りながら鎮火を果たす。案山子が弱った隙を突いて僕は檻を蹴破り、案山子の体外に脱出した。
「はあっ、はあっ……助かった!」
「うむ。感謝せよ」
「藍兎さん! 御無事ですか!?」
ステファが四つん這いで蹲る僕に駆け寄る。イタチは腕を組んで悠然としていた。お前、もうちょっと僕を心配しろよ。燃やされたんだから。
「しかし、頭斬っても死なないな、こいつ」
「全ての木材をバラバラにするしかないのでしょうか?」
「骨の折れる作業だな。ちっ、俺様の手を煩わせおって」
言いながらイタチが剣を鞘に納める。戦意を喪失したのかと思いきや、彼は弓矢を取り出した。矢を番え、引き絞られた弦に込められた戦意はむしろ逆。今か今かと待ち構える猟犬の如しだ。
「切り崩していくなら足からだな」
「だな。僕がもう一回飛んで注意を引き付ける。その隙に足を」
「了解」
「今度は助けんぞ」
「あいよ。――行くぞ!」
案山子の顔面を目掛けて飛翔する。イメージはそう、イタチが持つ矢の如く。案山子の頬ギリギリを擦り抜ける。顔に迫る何かを無視出来る者はそう多くない。案山子の視線が僕を追う。
「『伏龍一矢』――!」
同時、イタチの矢が解放された。魔力の込められた矢は案山子の右足に命中し、足首が粉微塵に吹き飛んだ。矢が当たった程度とはとても思えない、まるで大砲の様な威力だ。己が戦果を確認しながらイタチは疾駆する。
一方の左足にはステファが剣を叩き込んでいた。両足を失った案山子が自重を支えられなくなり、膝を突く。
「もういっちょ!」
案山子の後頭部に急降下でキックを喰らわす。前のめりになった案山子の脇腹を左からステファの剣が切り裂き、右からイタチの矢が穿つ。
「G――G……!」
案山子が低く呻く。だが、ここで手を止める僕達ではない。
上から僕が、右からイタチが、左からステファが案山子の首を断つ。三方向から同時に攻撃を受けた首は胴から離れ、地面に転がる。
「――――」
案山子の身体を構成していた木材がばらばらと地面に落ちる。ようやく体力が尽きたのか、あるい実は首が弱点だったのか。それは分からないが、散乱した木材は再び結合する事はなく、案山子は二度と動かなかった。つまり、
「……おし、勝ち!」
僕達の勝利だ。




