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幕間11 今屯灰夜という人物

 朱無市国――否、カプリチオ覇王国朱無市の街中を四人が行く。シロワニ一行だ。道の真ん中を悠々と進んでいく。民衆は彼女達の存在に気付いているが、遠巻きに見るばかりで関わろうとする者はいない。

 彼女達はダーグアオン帝国の外では指名手配された身であり、朱無市国でもその顔は知られている。だが、誰も彼らを捕えようとはしなかった。戦っても万一にも勝ち目がない事、あまりに威風堂々とした歩き姿に誰も彼もが気圧されてしまっているからだ。


 そんな中、たった一人だけ彼らに近付く者がいた。

 メイド服を纏った女性。ボーイッシュな雰囲気を醸す青髪のショートカット。冒険者ギルドの元受付嬢にして今はイタチの側近でもある人物――今屯灰夜だった。


「やあ」


 シロワニ達の真正面から、何でもないように灰夜が挨拶する。四人は彼女のすぐ前で立ち止まった。


「御機嫌よう。貴女は灰夜だったかしら? イタチから話は聞いているわ」

「うん。そういうキミはシロワニ嬢だね。初めまして。そっちは信長にネフレンだね。それと――」


 灰夜が四人を順繰りに見、最後にナイを見据える。その視線にナイは愛想の良い笑みを応えた。


「『久し振り』と言うべきでしょうか? 灰夜さん」

「『初めまして』でも良いのだよ。どうせボクの事など大して覚えていまい」


 クスリと灰夜が笑う。


「全ての存在は死ねばその魂は霊脈へと還り、霧散する。ニャルラトホテプは霊脈に潜み、次の器が現れるのを待つが、その(ことわり)にまでは逆らえない。魂の表面は削れて(ほど)けて散らばり、記憶の大部分は消失する。残るは無味乾燥な情報や行動の方向性だけとなる」


 一部の例外を除いてね、と灰夜は付け加える。

 その例外は神としてあるものだ。神性を持つ魂は霊脈の中でも霧散し辛い。全く霧散しない訳ではないが、普通の死者に比べると段違いに残り続ける。そして、現世の生物に憑依した時――転生を果たした時に生前の記憶を引き継ぐ。

 しかし、それは良い事ばかりではない。転生を繰り返し、記憶を蓄積していった結果、狂気が悪化した者がいた。『狡知の神』ロキ。彼の者は親しき者を失い続けた果て、虚無主義の狂気を強めた。

 逆に神でなければそこまでの大事には至らない。記憶は薄れ、過去は捨てられ、狂気もある程度はリセットされる。この二人――灰夜とナイのように。


「しかし、それでもなおキミが『久し振り』と言うのなら、それに応えよう。知らない関係ではないしね」

「……そうですね。貴女と私は他のニャルラトホテプに比べれば近しい関係ですから」


 ナイが懐かしげに目を細める。


「確かにきちんと覚えている訳ではありません。しかし記憶はなくとも記録は(ここ)に残っています。貴女と共に戦場を駆け抜けた日々を」

「えっと……どういう事?」

「一〇〇〇年前の話だ。対神大戦の真っ只中に五人のニャルラトホテプがいた。核兵器や戦闘機など今や失われた兵器群がまだ現役だった時代に、それでもなお常勝を誇っていた化け物だ。そいつらは今では『初代五渾将』と呼ばれている」


 信長がナイの代わりにシロワニに答える。ナイも信長に頷くとシロワニに顔を向けた。


「ここでシロワニ様、お勉強のお時間です。『初代五渾将』の内訳については答えられますか?」

「そんなの簡単だよ。『ナイ神父』、『土曜男爵』、『煙る鏡』、『赤の女王』、そして『這い寄る混沌』の五人でしょ?」


 シロワニが胸を張って言う。『初代五渾将』の知識は帝国民にとっては常識中の常識だ。対神大戦から始まる十世紀もの歴史。その最初の一ページ目として教科書にも載っている名前だ。日本史における卑弥呼レベルの不確かな存在ではあるが。


「という事は、この人も『初代五渾将』なの?」

「ええ、そうです。この私、『ナイ神父』と同じ『初代五渾将』の一人。

 今屯灰夜(いまむらかいや)――灰夜今屯(はいよるこんとん)。『()()()()()()』偽預言者。それが彼女のニャルラトホテプとしての名前です」

「へえ。じゃあこの人、歴史上の偉人の転生者って事? 凄いじゃん」


『這い寄る混沌』偽預言者。そう呼ばれた灰夜の表情は変わらない。余裕の笑みを湛えて、現『五渾将』の前に泰然としている。


「でも、それがどうして朱無市国にいるの? ニャルラトホテプで、しかも昔の帝国の重鎮だったら今も帝国にいる方が自然じゃん」

「ああ、それはだね……」

「戦争をしたかったから、と言いたいんだろう?」


 ネフレンが灰夜を仮面越しに睨む。


「この女は帝国において危険人物としてマークされている。帝国と戦争をしたがっていると。もう二〇〇年近く前の話になるから帝国幹部でも極一部の者しか覚えていないけどね」

「二〇〇年前……?」


 思わぬ数字にシロワニが訝しげな目で灰夜を見る。灰夜の外見年齢は十代後半、どう高く見積もっても二十代だ。とても二〇〇年という年月が関わっているとは思えない。恐らくは不老系の魔術を使っているのだろうとシロワニは推察した。


「冒険者ギルドの創設。『冒険者教典カルト・オブ・プレイヤー』の配布。パラメーターの設定。初級・中級・上級と魔術を段階的に習得させる形式。職業別に技を習得させる形式。カダスの神殿による転職システム。全て彼女の発案だ」

「…………!?」


 ネフレンが明かした事実にシロワニが目を丸くする。冒険者ギルドも術技もカダスの神殿も今やこの関東地方の基盤となっているシステムだ。否、術技に関すれば東北地方にも西日本にも影響を及ぼしている。列島全域が追随していると言っても過言ではない。シロワニの驚愕も当然のリアクションだ。


 関東地方の陰の支配者。時代の裏で糸を引く蜘蛛。それが今屯灰夜の正体だった。


「何故そんなシステムを作り上げたのか。それは――」

「――教導に都合が良かったからさ。戦争の為の兵士を量産するのにね」


 灰夜がネフレンの言葉を引き継ぐ。


「より強く、より多く、より安定的に。強くなる方法が定められているのであれば教え導くのに障害が少ない。体系化されているのであれば応用が利き、汎用性が高くなる。そして、システムに則ったものであるならば操作が容易い」


 そうやって彼女は関東地方に冒険者や傭兵を増やしてきた。強靭かつシンプルな戦力を増強してきた。帝国には固有魔術(ユニークスキル)の持ち主が多いのとは対照的だ。

 嬉しい誤算は、そんな中でも特異的な強者が生まれた事だ。古堅藍兎や桜嵐玻璃といった超人。システムを逸脱しないまま環境を圧倒する力の持ち主。事実、他者の協力があったとはいえ彼らは『五渾将』の内、二将も討ち取ってみせた。予想以上の、そして期待通りの成果だ。


「とはいえ、まだまだだ。まだ帝国と事を構えるには足りない。イタチの野望通りに関東地方を、そして東北地方も吞み込まなければ西日本(ダーグアオン)とは本格的に渡り合えない」

「そして最後には我が国を討ち滅ぼす――と?」

「いいや、そこまでは望んでいないよ。確かに勝ち戦の方が気持ち良いけど、ボクは負け戦でも楽しめる(たち)なんでね」


 狂気に満ちた笑みを灰夜が浮かべる。

 彼女は戦争それ自体を望んでいるのではない。真に望んでいるのは混沌だ。闘争と欲望に塗れた大混沌を彼女は望む。それを一番味わえるのが戦争だから、それを目指しているだけなのだ。

 愉悦。それが今屯灰夜の発狂内容だった。


「勝つか負けるか定まらない互角の戦いがしたい。それだけさ」

「……そうですか。では、皇帝陛下にそのようにお伝えしておきましょう。戦争狂(ウォーモンガー)のあのお方ならきっと今の言葉に狂喜して下さるでしょう」

「ああ、そうしておいてくれ」


 灰夜が左に動いて道を譲る。そんな彼女の前を『五渾将』は何事も起こさず通った。今この場で灰夜を殺しておけば後顧の憂いを断てると理解していながら、誰も彼女に手を出そうとしない。むしろ、まるでその後々の出来事を楽しみにしているかのような足取りの軽さだった。


 そのまま彼女達はカプリチオ覇王国を出て、自国へと帰っていった。

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