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セッション96 亡骸

「お前の兄弟の亡骸って……」


 ネフレンは冥王ヘルが憑依していた肉体を自分に譲る事を条件にイタチに味方した。ヘルの器は『プロジェクト・シュリュズベリィ』という計画によって生み出された人造人間であり、三護の器、ネフレンの肉体もまた同じだ。とはいえ、兄弟かと問われば兄弟だと断言して良いのかは少し疑問だ。


「いや、兄弟だよ。余達は同じ(いでんし)を元にして生まれたのだから」

「へえ、そうなのか?」


 僕が聞き返すとネフレンは頷いた。


「一〇〇〇年前、大戦よりも更に前にシュリュズベリィという名の英雄がいた。幸運にもその血を手に入れた北条共和国は三つの計画を打ち立てた。

 一つ目、英雄を完全再現しようという計画。

 二つ目、英雄の力を自軍の兵士達に宿そうという計画。

 三つ目、英雄の不完全なる再現に手を加え、実力だけでも英雄に匹敵しようという計画。

 その三つの計画をひっくるめて『プロジェクト・シュリュズベリィ』と名付けた。三つ目の計画で七人の人造人間(チルドレン)が生み出された。――それが余達だ」

「その計画に三護やロキが関わっていたのか」

「そうさ。結果として一つ目の計画と三つ目の計画は頓挫。共和国は二つ目の計画だけを推し進めて、戦力を強化していく事にしたけどね」


 そうだったのか。以前、『プロジェクト・シュリュズベリィ』について三護から少しだけ話を聞いた。しかし、それはここまで詳しくはなかった。

 英雄シュリュズベリィ。僕と同じ一〇〇〇年前の人物――否、僕よりも古い世代の者。そんな人間がいたとは想像だにしていなかった。僕が知らなかったという事は歴史の裏で戦っていたという訳か。そんな人間の血が人工的にとはいえ今日にまで繋がっているとは。


「余達七人は同じ血から生まれた。半分は同じ血なんだ。兄弟と言っても過言ではあるまい」


 流れる血の温かさを確かめるように、ネフレンが自分の右手を見る。


「計画の失敗に伴い、余達は死んだ。……いいや、余達の死をもって計画は失敗したのだ。その後、余達の亡骸はそれぞれ研究員達の預かりとなった。ロキが入手した亡骸は二体。その一体に冥王ヘルが、もう一体に『暗黒のファラオ』が憑依した」


 そして余が生まれたのだと目の前のファラオは言う。


「余は兄弟達の亡骸全てを集める。そして『真なる蘇生魔術』を行い、兄弟達を生き返せるんだ。それだけが――それこそが余の生きる理由だ」


 そう言ってネフレンが右拳を握り締めた。拳の中に決意が込められている、それが伝わる力強さだった。


「『真なる蘇生魔術』とは大きく出たのう、ネフレン=カ。――否、三号よ」


 台詞と共に三護が邸の奥から現れた。その手には黒い布に包まれた何かを持っていた。大きさは幼児程度で三護は軽々と片手で抱えている。


「『真なる蘇生魔術』が『大きく出た』ってのはどういう事だよ、三護?」

「人間には土台不可能な御業(みわざ)だからじゃ。この世のありとあらゆる存在は死ねばその魂は霊脈へと還る。霊脈に還った魂は分解され、ただの情報となり、この星の記録の一つとなる。そこから死者の魂をサルベージする事は人類にも人外にも出来ん。神でさえも極一部の例外を除いて出来ん。出来て精々、死者の再現か死体の復元くらいよ」


 蘇生と称される方法は大抵が紛い物に過ぎないと三護は断言する。

 なお、不死者(アンデッド)化はそもそも蘇生ではない。あれは生者や死後何らかの理由で現世に留まった魂が、不死者という別の存在に変わっただけだ。芋虫が(さなぎ)を経て蛾になるのに近い。


「それでもなお挑むか? 人造人間(チルドレン)三号」

「無論。不可能など諦める理由にはならない。余は未来永劫兄弟達との再会を望み続ける。其方の器もいずれ余が貰い受ける」


 未来永劫。その単語を口にしたネフレンの目は真っ直ぐながら歪んでいた。歪んだ意志を真っ直ぐ貫いていると言うべきか。恐らくはこれが彼の狂気だろう。桜嵐と同じ狂愛だ。桜嵐がシスコンだったのに対してネフレンはブラコンだったという訳だ。


「それで、余の兄弟は持ってきたんだろうね? その黒いのがそうかい?」

「そうじゃ。これが人造人間(チルドレン)二号の亡骸――冥王ヘルの器よ。まあ、察しの通り骨しか残っておらんでの。纏めたらこんなに小さくなってしもうたわ」

「そうか……」


 ネフレンの苦痛を堪えるかのように顔が歪む。だが、一言も文句は言葉にしなかった。一体どういう心境で小さくなってしまった兄弟を見ているのだろうか。


「全くイタチも頭が回る。いや、口が回ると言うべきかのぅ」


 三護が感心半分皮肉半分に苦笑する。

 ヘルの器はプロジェクトの報酬として三護が受け取ったものだ。それを譲れと言われても三護が聞く耳持つ筈がない。本来であればそんな交渉を受けないのだ。彼の狂気は魔術依存症(ジャンキー)。貴重な代物である程手放す事はない。

 故にイタチはネフレンに「三護にはこう言え」に提案した。


「『器を復元するから預からせろ』か。成程確かに。我の技量では復元は不可能じゃ。動く骸骨(スケルトン)にするのが精々よ。それも黒焦げの骨ではあまりに脆い。しかし、汝ならそれすらも可能と言うのか?」

「可能だよ。我がエジプト魔術は欠損したミイラの復元も会得している。骨からの復元は時間が掛かるけど、不可能じゃない」


 木乃伊(ミイラ)とは死体の一種だ。死体は身体の腐敗が信仰するよりも急速に乾燥すると長期間原型を留めている。

 古代エジプトにおいては死者の魂は再び肉体に戻ってくると考えられていた。また、魂と霊を別の物として捉え、肉体には霊が残り続けるとも信じていた。故にエジプト人は遺体を大切な物として扱い、遺体をいつまでも保存する為の技術――ミイラ作りが発展した。恐らく暗黒のファラオ(ネフレン)の魔術はその信仰に由来するものなのだろう。


「良かろう。貴重な献体じゃが骨だけでは得られる情報も少ない。血肉を復元してくれるというのであれば、一時的に汝に譲り渡そう」

「一時的なんて約束は守る気はないけどね。まあ、今はそういう事にしておこう」


 三護が黒い布をネフレンに手渡す。ネフレンはそれを大事そうに、心底大事そうに受け取った。


「ちなみに私に言う事はないの?」


 と三護の背後からヘルが忽然と現れた。今の彼は幽霊(ゴースト)なので、姿を消したり急に現われたりする事は容易いのだ。

 三護とネフレンとヘル、色以外は全く同じ顔の人間がここに三人も集まっていた。


「何もないな。其方は余の兄弟ではない。兄弟の似姿をしていようと、其方はロキの魔術(スキル)の一部だ。姿形が同じ程度では関心は湧かないよ」

「……あっそ。別に何も期待しちゃいなかったけど、何となく面白くないわね」


 冷淡とも言えるネフレンの対応にヘルが膨れ面を見せる。

 今のヘルの姿は器に影響されたものだ。スキルである本来のヘルに容姿や性別はない。それはヘルも分かっていた筈だが、それでも自分が気にも留められないのは気に食わないようだ。


「あ、良かった良かった。ネフレンまだいた」


 などとやり取りしているとヘルの妹ハクが現れた。パッと見は元気だが、目の下の隈がより一層深くなっているのが気になる。先日の国()りで間近で見たスプラッターが応えたのだろうか。


「どうした、余に用か?」

「うん。ヨルが昨日の一件でネフレンの事が気になっているっぽくてさ。あの()の為にネフレンとの連絡先交換したいんだけど」

「ふむ……」


 蛇王ヨルムンガンドがネフレンに懸想……? そんな事がありえるのか?

 確かに国()りの際、ネフレンがヨルムンガンドのピンチを救う所を見た。しかし、それだけで懸想をするのか。ヨルムンガンドのあの強さであればピンチになる事はそうそうないだろうし、滅多にないピンチを救われたとなれば、ときめくの無理もない展開かもしれないが。いや女心は分からんけど。


「まあ同僚(ロキ)の娘なら構わないよ。彼女も混沌の魔物(ニャルラトホテプ)となれば、魔物使い(モンスターテイマー)として無下には出来ないしね。魔導書は『文庫本版ネクロノミコン』しか持っていないけど、大丈夫だよね?」

「うん、通信機能があれば平気だ。有難う」


 二人がそれぞれの魔導書を近付けて、互いのリストに相手を登録する。ヘルとの扱いが違う気もするが、自分に好意を示す者が相手ならそうなるだろう。何気に敵国幹部の連絡先を手に入れたとんでもない場面だが、とりあえずは平和的な光景だった。

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