セッション91 降参
この戦いも終わりが近付いてきた。『朱無市国警護隊』は壊滅し、『貪る手の盗賊団』は潰走した。『星の戦士団』は降伏し、『膨れ女』は死んだ。
残る敵は二人。ナイ神父と曳毬茶々だけだ。
その内の一人、ナイはステファと接戦を繰り広げていた。
「おぉあああああ――っ!」
ステファが左腕で剣を振るう。右の義腕は破損しているから左手で握るしかないのだ。逆手ではあるものの普段から盾を駆使している左手である。それなりに器用に動く。ある程度は剣を振る事も出来るのだ。
「ふっ!」
だが、それなりやある程度の技量ではナイには届かなかった。
ステファの剣をナイは拳で打ち抜く。ステファは怯まず更に幾閃もの斬撃を繰り出すが、届かない。悉く拳で返される。生身で真正面から刃に触れておきながらナイの手には傷一つ付いていない。拳を包む魔力が手甲の役割を果たしているのだ。
「そこ、甘い!」
ナイの手刀がステファの剣の腹を打つ。砕かれた剣身が幾つもの破片となって宙に散った。この剣はもう使えない。
「くっ……!」
剣を捨てつつ飛び退くステファ。着地すると同時に地面に落ちていた盾を拾う。そして盾を握った拳でナイに殴り掛かった。お得意の盾の殴打だ。
盾と拳が交錯する。やはり左手では盾の方が扱い易いらしく、ステファは先程よりもナイと格闘出来ている。
しかし、それでもまだナイには敵わない。帝国最強の武闘家である彼に生半可な技術は通用しない。ステファの戦闘スタイルは右手に剣、左手に盾を構えてこそ。左手だけの戦いでどうにかなる相手ではない。
「あぁあああああ――っ!」
だからといってステファは退く訳には行かなかった。
彼女の後ろには何十人もの人間が地に伏している。『星の戦士団』や大帝教会ステファーヌ派の面々だ。ナイに挑み、撃沈した前衛の者達だ。後衛に引き戻され、治癒を受けているが回復は遠い。今や前衛はステファ一人しか残っていないのだ。
ここでステファが倒れれば後がない。故にステファはたった一人でも奮闘しなくてはならない。だが、
「『牛角双拳』――!」
現実は非情だった。
ナイの右拳が盾を突き上げ、隙の出来たステファに左拳が叩き込まれる。甲冑が割れる程の一撃を喰らったステファは踵で地面に轍を作りながら後退りを余儀なくされた。
「では、とどめです――『旋鼠掌』!」
そんなステファにナイは容赦なく掌底を繰り出す。逃げようにもステファは先の一撃の衝撃と痛みで全身が一時的に麻痺してしまっている。逃げられない。
突如、ステファが横に突き飛ばされた。
彼女を押したのはローランだった。
「ぬぁあああああ――っ!」
「伯父様!」
ステファの代わりにローランがナイの掌底を受ける。奇しくも命中したのは左胸――ステファが先程の戦闘で切り裂いた箇所だった。この傷が決め手となってローランは今までダウンしていたのだ。
掌底と旋回する気がローランの左胸を抉る。甲冑が更に割れ、破片が飛んだ。重心と筋力が安定している故か、かつてステファが喰らった時のように弾き飛ばされる事はなかったが、たまらずローランは地面に膝を突いた。
「おや、あの傷で動けるとは思っていなかったのですが……ああ、『初級治癒聖術』の重ね掛けで傷の応急処置だけでなく、体力の回復もしたのですか。成程、それなら一瞬だけなら動く事も可能でしょうね」
「貴方、伯父様によくも……!」
伯父を傷付けられたステファが激昂する。盾を握る拳に力を込め、ナイへと向かう。
「――降参です」
しかし、彼女の突撃はナイに制止された。
「……は?」
「ですから、降参です。私の負けだと言ったのですよ」
両手を上げて降参の意を示すナイ。そんな彼にステファはただただ困惑するばかりだ。当然のリアクションだ。『五渾将』が自ら負けたという不可解さもさる事ながら、負けたというのにナイの態度はあまりにも飄々とし過ぎていた。
「あちらの空を御覧下さい」
「…………!」
困り果てるステファにナイは山頂方面の夜空を指し示す。
そこには巨大な球体が浮かんでいた。
直径一〇〇メートル……否、一五〇メートルはあるだろうか。表面は錆びた鉄の如き赤色に覆われており、荒廃した惑星を思わせる。一筋入った亀裂の中には一つの眼球があり、石の瞳で地上を見ろしていた。
「な……んですか、あれは……!?」
「恐らくは曳毬茶々が出したものでしょう。貴女が知らないとなるとイタチや三護のものではない。そして、私はあれが信長の仕業ではない事を知っている。となれば、消去法で曳毬しかありえません」
どこまでも落ち着いた口調でナイは言う。
「あれが落ちれば貴女がたのリーダーは死ぬでしょう。逆にあれが破られたならば曳毬茶々に次の手はないでしょう。あれ程の大技であれば余力など残りますまい。つまり、結果がどちらに転ぼうとも決着となります。ロキの奪還に私は間に合わなかった、という事ですよ。
だから、降参です」
「…………」
球体が醸す威圧感に飲まれたステファはナイに言葉を返す事が出来ない。ただ唖然とした顔で空を見上げるだけだ。団員達もステファーヌ派も皆、同じ様相を呈している。
「藍兎さん……」
ステファの口から小さく零れた名前は、頂上にいる僕の名だった。




