セッション87 死闘
理伏達の様子も見てみる。
先程まで敵対していたのに第三戦力の登場によって共闘するというステファの状況は、理伏も同じだ。しかし、理伏側の連携はステファ達と比べて非常に拙かった。
ステファーヌ派や『星の戦士団』が秩序的な組織なのと違って、『貪る手の盗賊団』が無法集団である事が原因だ。法に従う事を厭う彼らである。協力などというルールなど守れる訳がない。結果、積極的に互いの邪魔になるような事はしないものの、それぞれ勝手に動いては敵に挑んでいた。信頼関係は皆無だ。
そんな有様で、『膨れ女』己則天を討ち倒せる筈がなかった。
「五連『上級氷結魔術』!」
則天を中心に吹雪が吹き荒れる。森の中に雪玉が入り乱れ、極寒の大気が忍と盗賊の心身を凍らせる。しかも、それが五連続だ。通常よりも五倍の時間で吹雪が続く。一発目の吹雪を耐えられた者でも二発三発と重なる内に血肉が凍結する。
則天が速攻を重視して詠唱を破棄し、その分威力が下がっているのが幸いだ。が、それも五連続となれば何の慰めにもならなかった。
吹雪がやむ。ようやく晴れた間隙を縫って彼らは一斉に攻撃を再開した。忍達が苦無を、盗賊団員達がナイフを投擲する。四方八方――否、全方位から放たれた刃はまるで檻だ。一切の逃げ場はなく、このままでは逆ハリネズミの如き有様となってしまうだろう。
――則天が普通の人間だったならば、だが。
「二連『上級流水魔術』」
則天を中心に渦巻きが二重に現れる。円を描く流水が防壁となり、刃物を弾き、呑み込み、受け流した。刃物は一本たりとも則天に届いていない。
「三連『中級氷結魔術』」
渦巻きの内側から則天が三つの氷花を撃つ。氷花は渦巻きを喰らって巨大化し、盗賊団員達へと飛んだ。直撃を受けた団員達が潰され、砕けた氷花の破片が周囲に飛び散る。破片とはいえ巨大化した氷花の物だ。大きさは一メートル以上もある。即席の剣と化した破片に団員達の血肉が抉り取られた。
さっきから則天が動く度に十数人が蹴散らされている。まるで小さな戦車だ。……否、全方位に砲弾級の火力を叩き込む様は要塞と同レベルだ。則天の脅威は要塞が人型になって歩き回っているに等しい。
「則天――!」
そんな人間要塞に風魔忍軍は果敢に挑んでいく。彼らにとって則天はただの敵ではない。ゴブリン事変――則天に唆された男によって起きた事件。村を襲撃され、同胞を何人も殺された惨劇だ。あれから幾日も経ったが、今でも恨み骨髄だろう。攻撃の手を緩める事はない。
「五連『上級疾風魔術』」
そんな風魔忍軍に対して意趣返しのように則天は風の魔術で迎撃する。風刃が苦無を叩き落とし、接近した忍達を切り刻む。中には全身を刻まれてもなお前進し、則天に肉薄した忍者もいたが、
「ハハ、甘いネ」
則天を殺す事は叶わなかった。
傷だらけの状態で放つ忍者刀に十全な威力などある筈もなく、強靭な則天の肉体を切り裂く事は出来なかった。帝国最強の防御力とまで謳われる則天の肉体だ。精々皮膚を裂く程度で肉を断つまでには至らなかった。
則天が扇を振るう。扇から放たれた黒刃が忍の首を刎ね飛ばした。
「そぉくてぇぇぇぇぇん――!」
そこに理伏の咆哮が響いた。
見れば、理伏は刀を大きく振りかぶっていた。まるで野球のバッターのような構えだ。忍にあるまじき即応性のない姿勢だが、高められた魔力はこれまで理伏が戦ってきた中でも最大だ。
あれこそは理伏の新必殺技。憎き仇を打ち倒す為に習得した風魔忍軍の奥義だ。
「『上級疾風魔術』×『剣閃一斬』――忍術『時津風』!」
かくして理伏は奥義を解き放った。
無数の風刃が重なり合い、固まり、一つの巨大な刃と化す。集中した分、普通に魔術を放つよりも威力は格段に高い。城壁ならバターのように切り裂けるだろう。周囲の木々を引き千切り、大地を裂きながら巨刃が則天へと向かう。
眼前にまで迫る巨刃に則天は扇を閉じてかざすと、
「――『黒面黒毛狐九尾刃』」
九つの黒刃を繰り出した。
黒刃が次々と巨刃に激突する。が、巨刃の威力たるや凄まじく、黒刃を悉く蹴散らした。理伏の恨みが実体化したかの如き勢いだ。九つの黒刃を散らした巨刃が則天に届く。直前、則天は両腕を交差して防御態勢を取る。
巨刃が則天を斬る。威力に則天が後退を強いられる。が、
「……フフフ。やるネ」
額と両腕から血を垂らしながらも則天に嗤っていた。則天持ち前の防御力に加え、九つの黒刃によって威力を下げられた為、深いダメージにはならなかったようだ。
「はっはぁ! ようやく隙を見つけたぜ」
直後、五右衛門の哄笑が響いた。
忍軍や自分の部下達が死闘を臨んでいる陰で則天の隙を窺っていたのだ。そして、今こそが好機と見て則天の背後から襲撃したのだ。
五右衛門が両手を則天の脇の下から通し、首の後ろで組み合わせる。羽交い締めだ。
「いくらニャルラトホテプといっても無限の魔力は持ってねえだろ! このまま『悪食』でてめぇの魔力全部喰らい尽くしてやる!」
五右衛門の両掌の口は襟首に触れていた。あの口から則天の魔力を吸収するつもりだ。力の入れにくい体勢にされ則天は逃れる事は出来ない。則天の魔力保有量がどれ程か知らないが、このままであればいつかは則天の魔力も尽きるだろう。
だというのに、則天は嗤っていた。
「馬鹿ネ。わざわざ自分から毒花に触れるなんて」
「ああん?」
則天の態度に五右衛門が戸惑う。彼の無理解を則天は嘲笑し、
「『オマエは自分から死にに来た』って言ってるのヨ、間抜け」
ぎらつく目で五右衛門を見た。
則天の右腕がぐにゃりと歪む。肉が膨れ上がり、太さも長さも増す。あっという間に彼女の身の丈よりも大きくなった右腕は蛇のように曲がった。人体の関節を完全に無視した動きだ。
「…………あ?」
五右衛門の眼前に前腕の口が迫る。あまりにも異常過ぎる光景に五右衛門の思考は停止していた。そんな五右衛門を前腕の口は慈悲なく喰らった。彼の頭を一口で含み、凶悪な牙の揃った顎を閉じた。
どしゃり、と五右衛門の肉体が仰向けに倒れる。肩から上には何もなくなっていた。則天に喰われたのだ。傷口から鮮血が大量に溢れて地面に染み込んでいく。
「誰を相手にしていると思っているネ。混沌の化け物ヨ。ちょっとした肉体変形なんて訳ないネ。ま、変形には時間が掛かるから、動かない相手にしか使えないけどネ」
「そ、そんな……団長……!」
右腕の形状を元に戻しながら則天が嗤う。自分達のリーダーが目の前で死んだ事で盗賊団の動揺が走った。
「お、おい……これヤベーよ。逃げちまおうぜ」
「逃がすと思ったカ。皆殺しにしてやるネ」
「ひぃっ!」
怖気付く盗賊団員達に則天は悪魔の笑みを見せる。彼らの哀れな様子に彼女の嗜虐症が刺激されたようだ。魔力を漲らせながら彼らを怯えさせる為にあえてゆっくりと近付く。
その時だった。大砲の如き水流が則天を襲ったのだ。
「ッ! これは!」
命中の直前に則天が飛び退きながら自らの腕を盾にする。水流が則天に激突し、飛沫を散らした。今のはさすがの則天でも効いたらしく、かつてない苦悶の表情を浮かべていた。
水流が飛んできた方向より人影が現れた。金色の髪に蒼海色の瞳。残虐さを皮膚の下に隠した可憐な笑顔。夜闇の中でも輝いて見える程の美少女がそこに立っていた。
「御免ねぇ、則天。わたし、則天の敵になっちゃった」
「こぉの……! 小娘がァ!」
シロワニ・マーシュが戦場に間に合った。




