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セッション86 神父

 ステファが義腕に刺さったままのローランの剣を握る。深々と刺さっているせいで剣は容易には抜けず、二度三度と力を入れてようやく外れた。義腕は肘まで割れており、今にも分離して落ちてしまいそうだった。


「大丈夫かね? その義腕、さぞかし高値に見えるが」

「ええ、手痛い出費です……」

「壊したのは私だ。少しは貸してやろう」

「有難く頂戴します……」


 しょんぼりするステファにローランが助け舟を出す。確かステファの義腕は銀製の為、相当値が張る代物だった筈だ。奢りではなく貸しという形なのは少し厳しいが、代金を出してくれるのは正直助かる。


「では、伯父様。失礼します」


 ステファがローランの傷に手を伸ばし、治癒聖術を行使しようとした。その時だ。


「何だ貴様は……がっ!」

「お、お前は帝国の……ぐわぁ!」


 悲鳴が二人の耳に聞こえてきた。

 山の下方からだ。あちらには戦士団員達が詰めていた筈だ。悲鳴は一人二人では終わらず、十人以上もの数で続いた。連なるにつれて声はどんどん大きくなり、打撃音も加わった。何者かが戦士団員達を攻撃しながらこちらに近付いてきている証拠だ。


 ステファとローランが警戒の目を音の方に向ける。直後、村を囲んでいた団員達の五人が宙に飛んだ。彼らは為す術なく村の中に落下し、その身を転がせる。人垣を退けたその隙間から現れたのは、カソック服を着た一人の青年だった。


「こんばんは。今、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「『ナイ神父』……!」


 帝国幹部ナイが悠然と歩む。彼は団員達を蹴散らしつつ麓から登山していたが、とうとうここまで辿り着いたのか。


「何故お前がここに!?」

「貴女がたへの援軍と妨害も兼ねて――と言うだけでは説明不足ですね。イタチの要請に応じたのですよ。『ロキの身柄と引き換えに戦力を提供せよ』という要請にね。それに並行して、帝国の人間として私の手でロキの身柄の確保もしてしまおうと思いまして」

「なっ……!」

「感謝は必要ありませんが、認知はして下さいね。ここに来るまでに貴女がたの敵である『星の戦士団』を百数十人も撃破してきたのですから」

「何だと! 貴様、よくも我が部下を……!」


 自分の部下を害されたと聞いたローランがナイを睨む。烈火の如き視線を受けて、しかしナイは涼しい表情だ。そんな二人の間にステファが立つ。


「それは御苦労様です。しかし、もう結構です。『星の戦士団』とは私と伯父様との決闘により停戦を結びましたから」

「おや、そうでしたか。成程、決闘。騎士らしい行いですね。白黒はっきり付けるには良い方法です」


 微笑むナイの表情に嘲りはない。心の底からステファ達の決闘を良いと思っている顔だ。笑顔のまま彼は次の言葉を口にする。


「では、私のもう一つの目標――ロキの確保をしてしまいましょうか」


 空気が緊張感を増す。

 ナイの表情は穏やかなまま変わらない。敵意が迸ったのはステファの側だ。しかし、それでも彼らの緊張は破裂しそうな程だった。敵意も殺意もないまま漲るナイの戦意を肌で感じ取ったからだ。


「……させると思いますか? そもそも、ロキがどこにいるのか把握しているので?」

「いえ、それはまだ。しかし、大体の見当は付いています」


 ナイはステファ達――否、村全体に視線を巡らすと、


「貴女がたがこの村に駐在している理由……それは忍の仕掛けた罠を避けたり、戦い易い場所を確保したりしているだけではありませんね?」


 確信を持ってそう発言した。


「…………。……どういう意味ですか?」

「ふふ、しらばっくれますか。貴女がたの役割は恐らく見張り。この近くにロキを捕えている場所があるから、そこに近付く者を排除する為にこの村に構えた。そうでしょう?」

「……さあ? そう思わせる為の囮かもしれませんよ」


 ナイの推理にステファはとぼける。しかし、内心彼女が焦っているのを僕は知っていた。ナイの考えは的中していたからだ。

 彼女達がいるこの村は実は談雨村だったのだ。つまり、ロキを隠している洞窟はここのすぐ傍にある。ナイの言う通り、まさしくその警備の為にステファ達はこの村に構えていたのだ。

 つまり、今の状況は大分不味い。ナイにロキを連れ去られたら信長の戦う理由がなくなる。そうなれば曳毬が倒せない。計画が第五段階に到達出来ないのだ。


「まあ、実際どうであるかは貴女がたを倒してから捜索すれば良いだけの事。……では、そろそろ始めましょうか」

「っ! 来るぞ!」

治癒聖術(ヒール)を使える者は伯父様の応急処置を。それ以外の者は一斉にナイに掛かりなさい!」

「ははっ!」


 ステファの指示にステファーヌ派が動く。否、彼らだけでなく『星の戦士団』もステファに従った。ナイという大帝教会の宿敵が現れた事、そして決闘によって団長を上回る者としてステファが認められた事からステファに追従する気になった様子だ。

 戦士団員達と前衛職のステファーヌ派が前に出て、支援タイプのステファーヌ派が後方から強化(バフ)を施す。治癒聖術(ヒール)を習得している者がローランの傍に立ち、怪我人に備えて待機する。即席ながら見事な連携だ。

 怒涛の如く迫る彼らにナイは微笑を絶やさない。


「――『蛇流拳(ジャリュウケン)』」


 ナイの双拳が蛇の如きしなやかさで繰り出される。否、拳だけでなく体の動きそのものが蛇のようだ。

 戦士団の十数もの剣を掻い潜り、ステファーヌ派の鎚矛(メイス)を躱して、ナイは的確に敵陣へと拳を当てていく。ステファーヌ派は『物理防御聖術(プロテクト)』、戦士団員達は全身甲冑(プレートアーマー)で身を守っていたが、ナイの技量の前では意味がない。皆、一撃で意識を刈り取られていく。鎧袖一触とはまさにこの事だった。

 しかし、それで挫ける彼らではない。気絶した同胞達を踏まぬように跳び越えて、第二波第三波とナイに波状攻撃を仕掛けていく。


「ふむ。素晴らしい闘志ですね。良いでしょう、私ももう少し本気を出しましょう」


 ナイが腕を前に出し、両掌をステファ達に見せる。肘を伸ばした状態だ。あれでは碌に拳を振るえそうにないが、何をするつもりなのか。


「――『飛龍一耶(ヒリュウイチヤ)』」


 ナイの両掌の中に魔力が急速に収束する。密度を高め、輝きを増した魔力は弾けるように砲撃と化した。魔砲が何人もの戦士団員達を撃ち砕き、爆ぜる。直撃を受けた団員達は即死し、周囲にいた者達も爆ぜた魔力に吹き飛ばされた。


 信じられない。こいつ、掌から竜の吐息(ドラゴンブレス)を放ちやがった。ニャルラトホテプとはいえ人間の身で、竜でないにも拘らず。これも武術の為せる技だというのか。


「改めて自己紹介しておきましょうか。私の名は『ナイ神父』――ナイ・R・T・ホテップ。帝国最強の武闘家です」


 あくまで涼しげに、しかし自信たっぷりにナイが言い放つ。死屍累々を前にして泰然自若に佇む様は、確かに最強を名乗るに相応しかった。


「おおおおお――っ!」


 崩れた陣形の合間を潜り抜け、ステファが疾駆する。剣は左手に握っていた。右腕は破損している為、盾を捨てて左手に装備したのだ。

 ナイがステファと向き合う。彼の右拳には魔力が集まっていた。否、右腕だけでなく全身から魔力が迸っている。まるで魔力の甲冑を纏っているかのようだ。


 ステファの剣とナイの拳が激突した。

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