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セッション9 再々

 飛竜(ワイバーン)

 ヨーロッパに伝わる架空の生物。竜の頭、蝙蝠の翼、鷲の脚、蠍の尾を持つドラゴンとして知られている。





 飛竜が降下する。開いた口は人間など頭から呑み込める程大きく、それが自分に迫って来る様は恐怖だ。それを転ぶように身を捩じって躱す。がちん、と口が閉じた音が耳元でした。

 カウンターに刀を突き出す。だが、おっかなびっくり出した切っ先では致命傷には届かず、飛竜の腹を掠めただけで終わった。


「クソ……ッ!」


 前転から勢いのままに立ち上がる。その直後、


「危ない、藍兎さん!」


 ステファが僕の真横に剣を振り下ろす。見れば、吐息が掛かる程近くに飛竜がいた。斬られた頭部から血飛沫を上げつつ、飛竜が上空へ逃げる。危なかった。ステファが斬ってくれていなければ、今頃あの大口に噛み付かれていただろう。


「有難う!」

「いえ、仕留められませんでした」


 短く礼を交わし、武器を握り直す。

 怖い。命のやり取りはやはり怖い。全身が心から震える。

 だが、それ以上に興奮している。アドレナリンが過剰に分泌されているのが分かる。自身の最大限を発揮しようと肉体が脳を支配している。これが戦闘か。これが戦場か。

 ふとナイに目を向ける。


「『兎脚(トキャク)』――」


 悠然と佇むナイの姿を認識した直後、彼は飛竜の前に立っていた。彼と飛竜との間には数十メートルもの距離があったというのに、移動した瞬間がまるで見えなかった。まさしく瞬間移動だ。


「――『牛角双拳(ギュウカクソウケン)』」


 ナイの右の拳が飛竜を上から殴り付け、落とされた所を左の拳が突き上げる。双拳に挟まれた飛竜はへし折れ、大地に落下した。息の根を止めた飛竜はそのまま動かない。


「やっぱり強えな、あいつ。きちんとワイバーン倒せるんだから」

「悔しいですが、やはりレベルが違いますね。ワイバーンはCランクのモンスターです。Eランクのローパーよりも二ランクも上だというのに」

「二ランク上なのか、あいつら。成程、道理でナイがいてもローパー達と違って逃げ出さない訳だ」


 そんな奴らと戦闘しなきゃならないなんて、きついな全く。


「ほーら、藍兎もステファも頑張れ頑張れー!」


 馬車からシロワニの応援の声が届く。他の冒険者と違い、彼女だけは馬車内に留まったままだった。


「ていうか、お前も戦えよ!」

「えー。だって、わたしお金あるしー。馬車の格安サービス無くても困らないしねー」

「こ、このブルジョアが……!」


 まあ、シロワニはそもそも冒険者ではないのだが。

 だからといってそうやって休まれていても腹が立つ。


「あ」


 などと言っている内に飛竜の一匹が馬車へと向かっていった。剣も刀も届かない上空から急降下し、牙を荷台に突き立てんとする。


「海神。ダーグアオンを冠するもの。深淵の吼え声。我は災厄の心臓を穿つ。――『中級流水魔術(スプラッシュ)』!」


 シロワニの前の宙に魔法陣が浮かぶ。魔法陣から水流が柱となって迸り、飛竜を撃ち砕いた。飛竜の頭部丸ごと、水流が命中した箇所が木端微塵に吹き飛んでしまっている。凄まじい威力だ。


「ちょっとー。ちゃんとやってよ。こっち来てんじゃん」

「やってるよ! やっててコレなんだよ! 頼むから手伝ってくれよ!」

「しょーがないなあ」


 シロワニが馬車に乗ったまま魔術を紡ぐ。


「十連『中級流水魔術(スプラッシュ)』――『海王の砲撃戦(バトルシップ)』」


 宙に十個の魔法陣が浮かぶ。魔法陣から水柱が噴出し、飛竜達を数匹纏めて貫いた。身体の各部を抉り抜かれた飛竜達がバタバタと落下して行く。

 飛竜達が作り上げた血の海。つんと鼻を突く鉄の臭い。それを前にしてシロワニは口元を細め、


「――あは、やっぱり殺しは楽しいなあ」


 と恍惚の微笑を浮かべた。

 怖い。そして、やはり強い。

 最初に会った時に盗掘屋共を鎧袖一触にしてみせた事から分かっていたが、シロワニも相当強い。多分僕なんかじゃ掠り傷一つ付けられないんじゃなかろうか。つくづく彼女が今、僕達に敵意がない事にホッとする。


「興が乗って来た。もっともっと殺そう」


 馬車から降り、魔術を連発するシロワニ。彼女が魔術を放つ度、飛竜が蚊トンボのように落ちる。……もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。


「これで決着となりそうですね」


 ステファもそう思ったようで、剣を鞘に仕舞った。

 その時、気付いた。

 彼女の背後、飛竜が起き上がっていた事に。

 シロワニに胴を撃たれ、半ばで断たれた飛竜だ。致命傷の筈だが即死はしていなかったのだ。飛竜は鎌首をもたげ、ステファを狙っていた。ステファは気付いていない。


「SY――ッ!」

「……え?」


 飛竜がステファに飛び掛かる。そこでようやくステファは飛竜の接近に気が付いた。反射的に剣を抜こうとするが、間に合わない。


「危ないっ!」


 右手でステファを突き飛ばしながら、ステファと飛竜との間に割って入る。咄嗟に翳した左腕は躱され、飛竜の顎が胸部を捕らえた。肉を潰す音と骨が砕けた音が同時に響く。


「っ、藍兎さん!」


 僕の名を呼んだステファの声もよく聞こえず。

 飛竜ごと僕の体が倒れ、大地に仰向けになる。

 見上げた空の青さをきちんと認識するよりも先に、


「…………ちく、しょうめ」


 意識が暗闇に沈んだ。





 そして、意識を取り戻した。


「…………え?」


 理解不能な状況に自分の喉から間抜けな声が出る。

 今、確かに致命傷を負った筈だが……あれ?

 僕、生きているな?


「……えっと?」


 駆け付けたステファも怪訝な顔をして立ち止まっている。

 飛竜の顎を引き剥がし、自分の身体を確認する。

 傷はない。血塗れだが、肉も骨も無事だ。痛みもない。飛竜を見れば、既に事切れていた。気のせいか先程よりも萎んでいるように見えるが……?


「あの、藍兎さん。大丈夫なんですか?」

「あ、ああ……特に問題はねーな」

「そ、そうですか……。いえ、大丈夫ならいいんです! きっと噛み付く直前にワイバーンが息絶えたんでしょう。藍兎さんが御無事でホッとしました」

「あー……うん」


 笑顔を浮かべたステファにとりあえず頷いておく。

 そうなのか……? 確かに噛まれたと思ったんだが。まあ、本当に噛まれていたんじゃ僕が生きている理由が分からねーしな。ステファの言う通りなんだろう、きっと。

 見上げれば、空には一匹の飛竜もいなかった。地には飛竜の死屍累々。襲って来たほとんどの飛竜は討伐され、残りは逃げたようだ。


「もう一息で宿場です。宿場に着いて馬車を降りればようやくシロワニ達と一緒にいる理由がなくなります。頑張って下さい」

「えー、藍兎とお別れって事ー? 寂しいなあ」

「お黙りなさい、悪の帝国が。これ以上藍兎さんに近付かないで下さい」

「また喧嘩してんじゃねーよ、お前ら。人の視線があんだろーが」


 ったく、戦闘終了だというのに落ち着きのない連中だ。やれやれ。

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