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1話 テツと世界移動

 吾輩は転生者である。名前はもうある。"テツ"と言うーーーーー。











 目を開くと、そこには知らない路地裏の地面が広がっていた。

 目を開いた時には今まで、慣れ親しんだ天井か、知らない天井しか見えなかった僕にとって、それはとても新鮮なことであった。


 天井というのは単純なようでいて、おかしなものである。誰かが見ることも触ることもほとんど無いというのに、目を凝らしてよくよく見ると色んな文様で飾られている。時にそれは木目の中に埋もれた大小の節を目ん玉とした巨大な化け物のようで、ギョロッとこちらを見ている。別の時には煤でできた顆粒状の斑点が織りなす有名画家のグリザイユのようで、何か悲劇的な事を伝えているような気がする。


 いずれにせよ、天井とは素晴らしい。コストはゼロ、しかし多様性は家屋の数だけある。なんて芸術であろうかーーーそれこそ前世の僕が持っていた数少ない感想の一つだ。

 ………ただ、天井ばかり見ていた、という僕の境遇も関係しているのだが。



 しかし、どうだろう。路地裏の地面は。

 天井と同じく、いろんな文様に起伏、材質の違いも楽しめる。加えて雑草に様々な生き物ーーーねずみに虫、僕のような猫を含めてーーーが住んでいる。さらに腐った臭いを放つ室外機や貧乏人が建物の間に糸を渡して、ガーランドのように洗濯物を垂らす影が投影される。

 それ一つ一つが独立した世界ではないだろうか。種類もだいたい、家屋の数と似たような分だけある。素晴らしいという言葉では語り尽くせない素晴らしさだ。




「知っているか?宇宙ってのはなあ、ひとつだけってわけじゃ無いらしい。

 たくさんの宇宙があって、その宇宙ごと世界の仕組みは違うんだとよ」




 前世で僕が寝ているベッドの横から、そう教えてくれた人がいた。とても偉そうで、その時はふーんと、コーンスープの上に乗せられたパセリ程度の価値しか見出せなかったのだが、今は違う。路地裏こそ宇宙なのだ。宇宙物理学者は早急に研究室脇の路地裏を調べるべきである。




「テツ〜〜!何処なの〜〜?」




 飼い主の声が、宇宙の外側から聞こえる。


 不良猫である僕は飼い主に呼ばれないとその餌の元へは行かない。家の庭でスタンバイして餌が来るのを待っていてもいいのだが、それはそれで面倒だ。

 どうせ餌はくれるのであるし、せっかくの人生だ。たくさんの路地裏を経験せずして死にたくはないーーー決して飼い主に構ってほしい、って思っているわけでは無い。断じて違うのだ。



 僕は大きくあくびをひとつして、路地から飛び出していく。














 足の底を呆れ顔の飼い主に拭かれて、家の中で餌も平らげるともうする事がなくなってしまった。

 もう一度路地裏に行きたい、と思うのだがそうそう迷惑ばかりもかけてはいけない。僕の誠実な猫心が導き出した結論であった。




「うーん……」




 今は飼い主の部屋の中にいる。

 飼い主は現在、高校2年の女の子である。肩にギリギリ触れない程度のショートヘアで、クセがなく全体的に緩いカーブを描いている。猫の目、というより前世の僕の目から見ても醜いという容貌ではない。端的にいうと少しだけ可愛い。

 スタイルも悩むことはなさそうに見える。しかし毎日のように、姿見の前で二の腕の肉や、ふくらはぎを摘んだりさすったりしているのを見るとどうやら気にしているようだ。そんな肉、生き物として当たり前だというのに。


 彼女は学校の宿題であろうか、机に向かって勉強をしていた。しかし見ている限り何か書いている時間が2割、悩んでいる時間が8割といったところだろう。そのおかげで全く進んでいない。




「……あっ」




 ピロン、と控えめな着信音が彼女のスマートフォンから鳴った。

 勉強を一旦中止してスマホを手に取ると、タンタン、と画面をタッチして、何かを見る。その表情は、控えめにいっても嬉しそうでは無い。



 口を一文字に閉じて、少しだけ震わせる。瞬きが多くなる。



 僕は少し目を開けてその様子を遠目に観察していた。先程まですっと机の下に伸びていたスタイルのいい脚は、縮こまって弱々しい。あと動きが緩慢だ。

 彼女の世界に占める体積が、その感情とともに減っているようだった。




「……はぁ………。」




 彼女は大きく息をついて、スマホをベッドに放り投げる。スマホはポンッと一回大きくバウンドしてそのまま掛け布団に埋もれた。




 彼女は机に突っ伏して、泣いていた。声こそ出さないが、いくら猫になった僕でも悲しみを変換したエネルギーで肩を震わせて、何かに耐えるように手を強く握りしめている女の子の状態くらい、分かっていた。


 そして、何が彼女のスマホが伝えていたかも、何となく分かっていた。




「もう……やだよ………ほんとに…。」




 僕は机の下へ行き、その白い脚にすり寄った。




「にゃあぁあ」




 彼女に差し出された苦痛という、血でできたワインは彼女にしか飲むことが許されない。他の人に分けるためのグラスなど、この世界には存在しないのだ。この世界はいじわるなショットバーなのだ。


 だから、猫の僕まで路地裏なんぞに別の宇宙を求めることになるのだ。違う世界の理を見つけたくて。




















 僕は前世で、虐められていた。


 きっかけは他愛もない事だった。小学校3年か4年の頃、偶々仲が良かった友達が虐められているのだと知った。


 その子は学校の休み時間のたびにクラスのカーストが高い奴らに何処かへ連れていかれて、帰ってくると必ず生傷が増えていた。あるいは服がどこか汚れていた。もちろん偶然に偶然と、奇跡に奇跡が重なって彼が虐められていない可能性はあるかも………なんて事は、頭がそこまで良くなかった僕でさえ思わなかった。

 しかし、誰もそのことを指差して指摘しなかった。同じクラスの生徒はまだ分かる。みんな保身に走っていただけだ。それは誇るべき事ではないが、義務ではないのだから仕方がない。


 しかし、何故か学校の先生たちもその虐めに関して指導しようとしていなかった。こんなわかりやすい虐め、何で気がつかないのだと当時は憤慨したものだ。



 僕は子供ながらの正義を持っていた。だから虐められている彼をなんとか助けようと思った。



 方法を考えた。多分虐めを収めるには大人の力も必要だ、と思った。そして僕が虐めを防ごうとしていることも周りに知ってほしかった。誰かが守り始めれば、他の人も彼を守ろうとしてくれるだろうと期待した。


 そうして、僕はとある授業の最中に発表の振りをして手を挙げて




「○○くんは、虐められてます。やっているのは××くんと………」




 ーーー告発した。

 ○○くん、と言っているのは実際にそう言った訳ではない。前世で出会った人の名前だとか、具体的な月日だとかは忘れてしまったのだ。



 告発の最中は心臓の音がうるさかった。人生で初めて、人の前で堂々と喋った。周囲の人はみんな僕の顔に釘付けだった。虐めの張本人たちも同様で、間抜けな顔を浮かべていた。




「……分かった。その、そういう問題の話は後でするか今は授業を受けなさい。」




 先生のその言葉を最後に、僕の舞台は幕を閉じた。やってやった!、と思った。緊張と興奮でその後の授業は耳に入らなかったくらいだーーー。









 結局、先生の言っていた"そういう問題の話"は、行われなかった。


 そして虐めの標的は僕に変わっていた。




 机に書かれた罵詈雑言と青虫に齧られていたかのように千切られて穴だらけになった教科書を、傷だらけの身体で見ながら僕は成長した。その過程で、虐めの張本人たちは地元の富豪ーーーそれも少し良い噂のしないーーーの息子たちであることを知った。学校の他の生徒や先生が虐めを止めようとしなかった理由がそれであることも知った。


 かつての僕と同じように、僕を守ろうとする人もまた現れ始めた。そういった生徒は大抵、妙に光のこもった瞳を持つためすぐに分かった。しかし、僕はそれを止めた。これ以上、同じ目に遭う人々を減らしたかった。



 しかしそのため、僕の虐めはエスカレートしていった。





 僕はそのことを知っていれば、あの虐めを止めようとしなかっただろうかーーーそんな仮定に意味はない。結局のところ、世界の流れに個人の力では逆らえないのだ。


 僕はどんな選択をしたとしても、きっと世界の濁流に流されて、どこかで虐めを止めようとし、失敗して、その後虐められ続けて、結果虐めの延長線上で国道を走る時速60kmのトラックの前に突き飛ばされて、殆どの生涯を動かない身体でベッドの上で過ごして死ぬのだろう。そう、猫の脳で自分に納得させた。

















 飼い主の彼女は、虐められていた当時の僕と同じ顔をよくしていた。


 家から出ている間、自然に過ごしているかのように周囲に見せるのに疲れて、帰るとすぐにベッドに倒れこむ。そして泣くか、布団を殴りつける。運が良いと泣き疲れてそのまま寝てしまうことができるが、悪いとその後にやってくる明日のパシリのためのメールに目を通さなくてはならない。


 辛そうで、けど辛いと相談できる相手がいない。


 虐めを本当に知っている人間でなければ彼女を理解してはやらないだろう。虐めを受けたことのある人間こそ、カウンセラーになるべきなのだ………

 いや、知っている僕でさえ彼女が何を考えているのかははっきりとは分からない。ただぼんやりと、こんな感じかな、と思う時はあるだけだ。





 例えば以前に一度、激しい雨の日に彼女は泥だらけになって帰ってきた時があった。


 その自慢の艶のある黒髪からポタポタと泥水が垂れ落ちていた。玄関にはその灰色の斑点がいくつも作られていた。

 制服は、原型を留めていなかった。上のシャツもスカートも、何色だったのかさえ分からないほど汚れていた。



 猫の僕も、その時は流石にビクッと身体をすくめてしまった。下からその顔を恐る恐る覗くと、いつもは白い彼女の頰が少し赤くなって腫れていた。

 彼女の眼の焦点が合っていないような気がした。しかし親にその姿を見られまいと思ったのか、ダッシュで彼女の部屋に向かっていった。その足取りは不安定であった。



 僕は気になってすぐさま彼女の後を追って部屋に向かった。


 彼女はタンスから出した白いタオルで乱暴に泥だけ拭き落としていた。そしてそれが終わると、糸が切れたかのようにベッドに倒れこんだ。

 いつもより、彼女は泣いていなかった。体に力が入っておらず、人形のように中身が空っぽになってしまったのではないか、と心配してしまうほど、彼女は空虚だった。


 彼女は冷静ではなかった。



 ふと、僕は彼女の机の上のペン立てを見た。シャープペンシルが1本、鉛筆が2本、ボールペンが赤、青、緑、黄が一本ずつ、定規が1本………カッターが1本。


 僕は、その時猫になって初めて、というか前世も含めて人生で初めて泥棒をした。

 盗んだものを口に咥えて彼女の部屋を出て、そのまま家を出て、それを路地裏に捨てた。別の世界であれば、多分それにも有効な使い方をしてくれる人がいるかもしれない、と思ったのだ。



 彼女は、その数分後カッターを探し始めるものの、見つけることができなかった。














 今日は、あの日と同じように激しい雨である。


 午後4時。そろそろ帰ってくるであろう飼い主を待ちながら僕はいつもなら連発しているあくびを、今日ばかりはまだ三回しかしていないことに気がついた。


 窓を強く打ち付ける雨粒の音は、猫の僕としては何の感慨も感じない、いや、感じる事はあるのだが、全て他人事であった。

 こんな中、退勤や下校で傘をさしながら歩く人々に心底同情した。頑張って水たまりを避けようとするが、結局靴下まで濡れてしまい地面を踏みつけるたびに、ぐにゃと水が染み出すあの不快感。僕は10歳いくかいかないかくらいまでしか経験できなかったが、あれは本当におぞましい。



 玄関から、飼い主が帰ってきた雰囲気を感じた。



 トコトコと居間を出て玄関の方を見やると、彼女がいた。しかし雰囲気が違った。


 泥で汚れているわけではない。雨で頭からずぶ濡れだが、それもまだいいだろう。傘をさしてこなかったまでのことだ。いや、さしてこなかった理由は問題だと思うが………



 彼女からは正気がなかった。いや、あるにはあるのだが、それは狂気と呼ぶにふさわしいもののような気がした。

 彼女は疲れたようで、なのに興奮しているようだった。目は少し充血、というより血走り、息が荒い。美しいその顔が雨に濡れていて、でも確かにその中に隠されている涙があるのだろうと、猫目に気がついた。


 彼女は土足のまま家の中に上がり、ドカドカと自分の部屋に向かった。

 この時に限って、仕事に出ていて親がいなかった。親も彼女の様子には気がついていて、フォローや学校への対応をしていたのだが、ちゃんとした彼女の現場を、もしくは彼女の感情の渦を目撃できはしていなかった。なんて間の悪い世界なのだろう。



 彼女はすぐに部屋から戻ってきた。彼女の手からはバックが消えていたから、多分それを置いてきた、ないし放り投げてきたのだろう。


 そのまま、玄関に降りた。この雨の中、また家から出て行く、という行動が異常であることは僕にも分かった。

 彼女が玄関の戸を開けると、雨はより一層強くなっていた。バシバシッ、と雨粒は地面を跳ねて、外木の枝は大きく揺れていた。




 僕はダッシュで彼女の元へ向かった。




 なぜ僕はこんなに走ってあるのだろう?のんびり暮らす僕のライフスタイルを壊してまで。




 猫になって初めて、というか前世も含めて初めて必死で、全速力で走った。自分の体躯からは想像もつかないようなスピードが出た。彼女が止まっていて、僕だけが動いているような、そんな感覚だった。


 彼女はよく、僕の初めてを引き出してくれるな、と思った。




 玄関から出て行こうとする彼女の靴を噛みつけた。そして家の中へと引っ張った。




「んにゃぁああ」




 まずい、間抜けな声しか出てこない。


 僕は初めて、猫であることを呪った。何でこんなに声帯が限られた生き物なんだ、と。



 しかし、彼女は驚いたような顔を貼り付けて、動きを止めた。その表情は、場所に似合わず可愛かった。形のいい目が丸くなり、薄ピンクの唇が半ば開かれた、彼女の顔だ。可愛くない筈がない。


 そして、僕に微笑んだ。久しぶりに見た彼女の本気の笑顔。目が細められ、小さなえくぼができた、彼女の顔だ。可愛くない筈がない。




「ありがとう」




 彼女は僕を優しく撫でた。僕は彼女の手に喉を鳴らしながら、少し安心した。




「でもね、死にたいの。私。」




 彼女は手を止め、僕を抱き上げた。

 僕は一瞬の隙を突かれて彼女の腕に捕まり、運ばれる。


 僕は精一杯暴れた。猫になって初めて、というか前世を含めて初めてこんなに暴れた。

 しかし、僕は飼育かごの中に入れられた。



 上から見下ろす彼女の顔は、間違った決断の顔だった。



 そのまま、家を出て行く彼女を、僕はーーー

















 見送れる筈がなかった。



 飼育かごは高さこそあるものの、天井はつけられてない。飛び越えられれば出ることができるのである。



 僕はかごの網目の部分に足を引っ掛けて、2点ジャンプするとすぐさまそのかごの壁の上辺にたどり着いた。


 そこから勢いよく地面に降りる。水泳選手の飛び込みのように、出来るだけ距離を稼ぎながら飛んで、着地する。そのまま無事も確認せず玄関に向かって走る。


 前脚を遠くに伸ばして地面を、蹴る。そして後脚でもつづけて、蹴る。


 彼女が乱暴に開けた玄関が閉じる直前、僕はその隙間から外に出た。



 外は明るい室内とは一転、地獄のような暗さであった。ザーザーと雑音が常に鳴り響き、目の前に広がる黒、黒、黒。でも今の彼女は、この先にあるものを渇望しているのだ。



 僕は道路に出ると、脇目も振らず走った。

 向かう先は交番であった。どこに交番があるか、ということはなんとなくわかっていた。


 塀の上、他の人の庭、大好きな路地裏。沢山の近道をして、交番にたどり着いた。




「おや?」




 突然ずぶ濡れで交番の中に入ってきた猫に反応したのは1人分の声。

 警察官は1人だけ、いかにも新米っぽい、ひょろひょろとした男だった。だが、優しそうで、かつ陸上選手のような体つきで体力だけはありそうだ。今はそれで十分。



 そう思って、彼に捕まる前にことを起こすため机の上にすぐさま飛び乗る。そして、何か文字やらハンコやらが書いてある重要そうな書類を口で咥えて、交番から走り出る。




「あっ!こらっ!!」




 案の定、警察官の男は僕についてくる。


 思った通り、なかなか足が速い。この雨の中、四足歩行動物と同じ速度で走れるとは、と感心する。



 ちゃんと彼がついてこれるよう、道路を走る。しかしすでにどこを走っているのかなんて、わからない。


 がむしゃらに走る。彼女の元へ。








 ………死にたいだなんて、何をいっているのであろう。

 人間は辛い現実から逃げ出したい気持ちが最高潮に達した時、決まってその言葉を口にする。僕も何度吐いたものであろうか。




 でも、そうではないのだ。彼女は死にたいんじゃなくて……違う世界を行きたいのだ。彼女がいる世界、現実じゃなくて、もっと別の世界。ただ、そちらに移動したいだけなのだ。




 世界を移動するなんて、そんな難しくて簡単なこと、死ななくても済むのに。













 彼女は、橋の上で見つけた。


 飛び降りる直前、僕が連れてきた警察官によって捕まって、彼女は泣き出した。

 僕が見込んだ警察官はやはり、新米であった。おどおどと彼女を慰めて、雨の中事情を聞いていた。


 僕はさっさと交番まで連れて行ってそこで話を聞けと終始思っていたのだが、僕の見込んだ警察官は雨も気にせず彼女の言葉一つ一つメモしているあたり、やはり誠実なやつだった。





 増流した川に飛び込みたかったのだろう。彼女にとっては、その底の方が辛くない、ただそれだけだった。


 けれど、もっと辛くない場所だってあるのだ。多分。路地裏とか。









 ふと、僕は周りを見渡した。何か見覚えがある。初めて来たであろう場所なのに…………。



 橋の先にある国道の交差点。特徴的な曲がった電柱と、橙色でコテコテに塗られた歩行者信号機を見て思い出した。その交差点のアスファルトには、過去の重傷事故を示す黄色の舗装がされていた。






 もう一度、彼女を見る。泣き崩れたその顔は、見覚えがあった。そう、妙に光のこもった瞳を以前持っていたような気がした。




「テツ」




 彼女は僕の方を向いていた。

 彼女は泣きながら、僕を呼んだ。




「ありがとう」




 ああ、そうか。そういうことか。

 僕はただ、未練があったんだ。死以外に世界を移動できなかったことに。だから、他の人の世界移動を手伝いたかったのだ。





 僕は警察官と話す彼女をできる限り目に残しながら、光の粒となって消えた。


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