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07.(突撃)


   *


 巨大な海獣の登場には度肝を抜かれた。


「ああ、びっくりした」


 魔族たちは天高く吹き上がり、雨のように降り注ぐ海水を受けながら、それでも呑気に見上げるのだった。「立派ですねぇ」


 海獣は巨大で、なかなかええ姿をしておる。とくにあのぐねぐね、そして、にゅるにゅる。


「恰好良いのう」「強そうだ」「少し頭が足りなさそうなのが残念」

 好き勝手な批評を口々にし、「とりま、戻るべ」


 戻ることにした。


 調査団のリーダー、ナイルの待つ岸へ向かって魔族たちが泳いでいると、水しぶきをあげ、海面を疾走してくる何かが迫った。


 これに再び度肝を抜かれた。

「なんだ!?」「蛮族!?」「まさか!?」


「水の上を走るなど……あり得ぬ!!」


 あり得た。


「潜れ! 潜って、やり過ごせ!」

 見つかっては、ぶつかってはコトだ、と、全員、間一髪で海に潜ってやり過ごした。


 それはまさに跡白浪と走り去る。

 見上げる海面は、白く泡立つ航路のような何かが残った。


「まともじゃない……」

 水の中で、誰かが云った。


「まともじゃない」

 総意だった。


 海上では、ゴロゴロと空が唸っていた。風が巻き、重く厚い鈍色の雲が太陽をその後ろに隠した。


 辺りが一面、急速に暗くなっていく。


   *


「ゴール、バンバン撃ってくだされ! 拙者が突っ込む!」

「任せろ!」


 銃声を背に聞きながら、ヤマブキは迫り来る触手の一つを切り落とした。それはほんのさっき手にしたばかりの得物とは思えぬほど、彼女の手にしっくりと馴染んだ。


「凄い……!!」自分の刀と遜色ない。あの不確定金属生命体は一体どんな術を使ったのか。


 ヤマブキは海面を疾走した勢いのまま、迫り来る触手をかいくぐり、魔物の上に飛び乗り、頭と目される方へと駆け登った。


 フウウ──!

 魔物が声を上げる。嵐の晩の風雨が作る咽び泣きを思わせた。


 巨体がうねり、小さな身体が振り落とされそうになる。そのたび、パンッと、反対の位置に正確に弾が撃ち込まれ、見事にうねりが相殺される。


 ……さすがは拳銃使い。負けられぬ!


 ヤマブキはぬるぬるとする体表を駆け登り、勢いづいて跳躍、「貰った」鼻とおぼしき部位の下に刃を突き刺し、そのまま滑り落ちるように下顎まで体重を乗せて切り裂いた。


 フウウ──!


 魔物が身体をよじる。刀をズブリと深く突き刺し、振り落とされぬよう踏ん張った。血飛沫が雨のように降り注いだ。


 魔物の血でしとどに濡れ、「ハハハッ!」ヤマブキは高笑した。「恐ろしいか! こちらも存分に恐ろしいぞ!!」ぐいと、手の甲で目元を拭った。


 その時、魔物が口の中に突き刺さっているものが目に入った──串刺しされた男。


 ──ロジャー!?


 しかし、それは彼女の知る彼でなくなる。


 魔物を血を全身に浴び、鮮やかな紅に染まった中に、アメシスト色に輝く双眸を見た。


 ヒトの形をした骨が肉が、ゴキゴキと音を立てて変わっていく。手足は細長く伸び、胴はずんぐりと丸くなる。


 ──ンなっ!?


 アメシスト色の目がヤマブキを一瞥した。

 ヤマブキの背筋に、冷たいものが走った。


 それは恐怖だった。原始の、根源の、記憶の深いところから湧き上がったものであった。


 化け物が吼えた。


 キシャアアア──!


 全身を貫いていた棘と云う棘が砕け散った。


 化け物は咆哮を上げながら、魔物の口の中へ消えた。


 一瞬の事で、ヤマブキは己の見たものを疑った。戦いの興奮が見せた幻覚だ。


 だが、ヤマブキの思考の深部は、そんな誤魔化しを真っ向から否定する。


 子供騙しなど通用しない。


 しかし!

 こちらとて昨日今日の駆け出しではない!!


 ヤマブキは、問題をひとまず棚上げにし、目の前の魔物に注意を戻した。しかしそれでもなお、頭の片隅にはずっと化け物の声が谺していた。


「気をつけろ!」

 ゴールの声と銃声。ハッとした時は遅かった。「ンなっ……!?」


 魔物の触手が目前に迫った。間に合わない。ヤマブキの身体はあっけないほど簡単に振り払われた。


 刀から手が離れ、宙を舞う。


 ──これまでか。


 意識が暗転する最中に、悔しい、と彼女は思った。


 ──キシャアアア!


 最後に、化け物の声を聞いた。


   *


「ヤマブキ!」

 ゴールは銃を撃ちながら──こいつは弾切れのない親切設計だ!──落ちてくる彼女の身体を捕まえようと、海面を駆けた。


 頭上から海中から、触手がのたうち、それを避け、跳ねて、飛んで、掻い潜って、片足が沈む前にもう片足で海を蹴った。


 フウウ──!


 魔物が巨体を大きくよじった。再び暝い海の底へと戻ろうかとするように。


 その時だった!


 ──キシャアアア!


 腹が波打ち、内側から食い破られ、血潮の中から化け物が姿を現した!


「出やがったか……」

 ゴールはヤマブキの身体を抱え、今は魔物から距離を置いて海上を走っていた。


「キシャアア……」化け物は、赤く輝くマガタマを咥え込んでいた。


 魔物の魔物たるそれを失った巨大な海獣はいよいよもって苦しみのたうち、甲羅を被ったような頭頂を波間にそそり立つ離れ岩に打ち付けた。


 ガツン!


 海が破裂した。


 海食柱を囲んで、幾つもの水柱が突き立ち、振動が伝播し、激しく海面を泡立たせた。


 幾つもの波紋が生まれぶつかり、打ち消し合い、また重なり合い、やがてそれが海面を押し上げた。


   *


 浜茶屋〝海の家・メロウメロンズ〟に集まった男たちは、沖合で繰り広げられる死闘に釘付けとなった。


 そして誰かが口にした。

「なぁ、あの海は誰のものだ?」


 男たちの胸の奥で、燻っていたものに火が着いた。


「俺たちの海だ!」「化け物のものじゃねェ!」


「自分たちの海は自分たちで守るべきだ!」


 だが、「くそっ、船も銛も港に置きっぱなしだ!」


 しかし、「はい、皆さーん」かわいい女給がにこやかに云った。「ウチのお店ではぁ、水中装備、各種取り扱っておりまぁす」


「うおおお!」

 男たちがカネを渡し、かわいい女給から次々と水中装備を受け取っていく。

「お買い上げ、ありがとうございますぅ」


「うおおお!」

 男たちは先を争って脱ぎ出した。

「うおおお!」

 全員がスク水を装備した。


「お気を付けてぇ」

 かわいい女給の言葉に、

「うおおお!」三叉槍が掲げられた。


「うおおお!」

 浜の砂を蹴り、我先にと海へ入った。

「うおおお!」

 足が攣った。


「退却じゃ!」

 年かさの漁師が云った。「準備体操始め!」


「うおおお!」

 皆で準備体操した。


「身体は温まったな!?」

「うおおお!」


「突撃ぃー!」


「うおおお!」

 皆で海へ分け入った。


 一方的な殺戮となった。いつしか垂れ込めていた暗雲は消え去り、海は夕陽を溶いたように、魔物の身体から流れ出た血で赤く染まっていた。

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