03.(最高だ)
*
一方、砂浜では。賞金稼ぎたちが武器を、装備をどうするか。ヤマブキを除いて未だ決着はついてなかった。
ゴールとロジャーは膝を抱え顎を乗せ、背を丸めて、三角坐りで海を見ていた。
「銭がねぇってのは辛いな」ゴールが云った。
「ああ、辛いな」ロジャーが同意する。
「おい、ライト」ゴールが訊ねた。「お前は何をしているんだ」
彼は砂浜に這いつくばって、貝殻を集めていた。「何って、貝貨です」
「お前は一体いつの時代の人間なんだ」
「オー、ライト」ルーシィが感じ入った様に云った。「着眼点は悪くないわ」
「ですよね!?」パァッと青年の瞳が輝く。
「でも残念だわ」悲しげに首を振る。「ニコニコ・ルーシィ・ファインテックでも、貝貨の取り扱いはしていないの」
「もっと早く云って下さいよ!」ライトは両手いっぱいに貝殻を抱えていた。おほっほほっ、とルーシィは良い声で笑った。
「アイツはホントに性格いいな」とゴール。
「ああ」とロジャー。「最高だ」
あれ? ゴールは思った。なんか意味が違ったように聞こえたぞ?
その時、これまで黙っていたクリムがふと口を開いた。「……魔法、かける」
ライトの手から貝殻が落ちた。「濡れないように、ですか?」
クリムはこくり、と頷いた。
しかし、「クーリームーちゃん?」ルーシィが呼びかける。
「おねーさんは、あんまりオススメしないかなぁ」と、クリムの胸の布片を指差し、「アミュレットの術式と魔術とがぶつかるんじゃないかなぁ」
ダークブラウンの瞳がルーシィを見つめた。ルーシィは肩をすくめ、「エーテルとマナ。まぁ、やってみないと分からない、そうでしょう?」
クリムはぷいと顔を背け、賞金稼ぎたちが並べた道具の前に立ち、両手を胸の前で重ね、一拍の後、パッと、前に突き出した。
ぽうっと紅色の淡い光が、ゴールの、ロジャーの、ライトの道具を包み込み、やがてそれは陽炎のようにふわりとかき消えた。
「おお! なんだよ、できたのかよ!」ゴールが嬉しそうに身を乗り出した。
こくりとクリムは頷いた。「武器の周りに保護膜みたいな感じ」
「さすがだぜ! 森の賢者は何処かのメタルとは違うな!!」
刹那、顔面に長耳エルフの拳と、脇腹に不確定金属生命体の肘が入った。
「お前の、顔が、気に入らない」エルフが低い声で云った。「それにわたしはフクロウじゃない」
「いつも一言、余計なのよ」何処かのメタルは吐き捨てた。
「お前ら容赦ねぇ……」ゴフッと嘔吐いた。
ところがである。「これでは切れないでゴザる」しゃがんでロジャーの伝説の剣を棒切れで突きながら、ヤマブキが云った。
クリムは小首を傾げ、「膜で包んだから」
「そうね」とルーシィ。「ゴール、あなたの玩具も撃たない方がいいわよ?」
ゴールはその意味に気がついた。「弾が詰るってことか! 使えねぇ!」
「水に濡らしたくなければ、それ以外にない」とエルフは静かに答えた。
「えっ」ライトが目を見開いた。「一体何だったのですか!?」
賞金稼ぎの間に、微妙な空気が流れた。
ヤマブキは立ち上がると、ぱたぱたと尻をはたいて砂を払った。「まぁ……そう都合の良い話はないでゴザルな」
ゴールは自分の腿を打った。「……くそっ!!」
「ゴール?」
「……う、うんち」
ハッ、とルーシィは鼻で笑った。
「なぁ、ゴール。もう諦めようじゃないか。ライトもそれでいいな?」
ロジャーに促され、うっ、とゴールは言葉に詰り、しかしルーシィを見遣り、ぐぬぬと歯を食いしばりながらも、言葉を振り絞った。
「お代は後払いだ! 預かりやがってくださいませ、この野郎!」
おほっほほっとルーシィがまた良い声で笑った。「さっきより相場が二倍になりました」
「お外道さんめ!!」
おほっほほっ。おおっほっほっほっ。
ルーシィの高笑いが夏空に響き渡る。
*
「ほんに、あいつら何しよるねん」
港の男たちの顔は依然、渋い。
「だいじょうぶですよぉ」
かわいい女給が何故か請け合った。
「そうかそうか」
港の男たちの鼻の下が一斉に伸びた。
「そうだそうだ」
誰かが、かわいい女給のかわいいエプロンの紐を引っ張った。
「お客さん、困りますぅ」
「よいではないか、よいではないか」
はらり、とエプロンがかわいい女給の体から滑り落ちかけた。胸の膨らみで、どうにか引っ掛かっていると云った按配だった。
「よいではないか……!」
ガタッと男たちは椅子から立ち上がった。
「ほんとにぃ、困りますぅ」
かわいい女給はトレーを片手に持ち変え、空いたもう一方の手でエプロンを身体に押し付けた。身体の柔らかな部分が、あちこちで零れそうになった。
「困ったなぁ……!」
男たちの鼻の下がますます伸びる。
「お客さん、困ります」
黒服が来た。
「はい」
男たちは坐り直した。
*
賞金稼ぎたちの装備は全て不確定金属生命体の腹の中に納まった。
ルーシィは、彼らの装備を預かる前に、長耳エルフにマナを散らすよう云った。エルフは素直に従い、軽く手を振り、魔法で作った層を解いた。
「道具がないのは心もとないな……」ゴールが独り言つるのを耳ざとく聞きつけたルーシィが煽る。「その筋肉は飾り?」
「チッ、うっせーな」
「ゴール?」
「何でもございませんよ!」
ぷんすかとゴール。しかし、「まぁ、どっちにしても……水の中じゃ俺の得物は使えないからな」威力が激減するのだ。
「ゴール?」ルーシィが咎めた。「お下品が過ぎるわよ?」
「銃のことだぞ!?」
「まぁ、そう云う解釈もなくはないわね」
「……ったく。あの下品なメタルはなんなんだ」
「お互い様でゴザろ」ぽつりとヤマブキが口を挟んだ。
「ハイ、ゴール? 後宮勤めをご所望かしら?」
「鬼だ! 鬼がいる!!」
一方、ライトは何処で拾ったか流木を手にしてた。「自分はこれでもいいかな、と」
「預ける理由あったのかよ」ふんっとゴールは鼻から息を吐いた。
「勿論です」ライトはきっぱり云った。「やっぱり濡らしたくありません。それが塩水となればなおのことです」
「まぁ、そうだな」
でも、とライトは続けた。「もう少し短い方がいいですかね」
「オー、ライト」ルーシィは哀しげに首を振った。「短い事に馴れてはダメよ」
「その分を技能に割り振りますよ」
「オー、ライト。それなら協力するのに吝かでないわ」
ルーシィはライトから流木を受け取り、ベキッとぞんざいに折った。「どう?」
「え、まぁ、その……」
「何?」
「ありがとう……ございます」
「おい、ルーシィ」ゴールが咎めた。「ライトが困ってるぞ」
「うるさいわね」不機嫌にルーシィは応えた。
「確かに得物がないと云うのは」ヤマブキは細い流木を手にして、ぺちぺちともう片方の手のひらに打ち付け、「心もとない所がないこともないでゴザるな」ぺちぺち。「この程度のモノなら、拳の方がマシでゴザろ」
「おめーは、丁重に預かって貰ってるじゃねーか」ゴールは唇を尖らせる。「こっちは質入れ同然なんだよ」
「きちんと働いて、きちんと払うだけのことでゴザるよ」とヤマブキ。
「そうでござるよ」とルーシィ。
「女同士、仲良うございますね!」
「おい、ゴール。みっともないぞ」ロジャーに云われて、チッとゴールは舌打ちした。おほっほほっ、とルーシィがまた良い声で笑った。
「さぁて」ロジャーはぐるりぐるりと両肩を廻し、「そろそろ取りかからないと」次いで、膝に手を添え、ぐっぐっと足首の腱を伸ばし、「魔物退治の後に遊べなくなるな」絡めた両手を突き上げ、ぐいーと背筋を伸ばした。
「えっ」ライトが驚いた。
「え?」ゴールがライトを見た。
「え?」ヤマブキがライトを見た。
クリムはぼーっと沖合を見つめていた。
「えっ」その時、ライトは自分だけ心得違いしているのを知った。
賞金稼ぎとは。ひと仕事片づけてなお、遊ぶ気力体力の余力を残っているものなのだ。
自分には、まだまだ学ぶことがたくさんある。彼らとなら。まだまだ学ぶことができる。
ついていこう──。ライトは改めて心に刻む。ぼくは彼らについて行こう──。
と、云うわけで。
いよいよ魔物だか海獣だかを探す準備が整った。発見となれば即退治。と云うか。発見し、退治できねば報酬にありつけない。
*
「ぷはっ」
海面を割って、ふたりの若いマーマンが顔を出した。
物語と関係ないが、双子である。名を、兄はガンジス、弟はインダスと云った。ふたりはナイルの遠縁に当たる。
彼らは、まだ水中でエラと肺の呼吸を上手くできないでいる。
「けっこう深く潜ったぞ」
「手応えを感じたぞ」
ふたりは笑った。
「一番乗りになるだろう」
「皆はどこにいるのだろう」
ふたりは辺りを見廻した。
「自分たちだけか」
「戻って報告したが良いだろうか」
ふたりは顔を見合わせた。
「確証がないままではどうだろうか」
「なら、やることはひとつでなかろうか」
ふたりは肺一杯に空気を吸い込み──再び暝い海の中へと潜っていく。後にはひとつの海食柱が、波の間に取り残される。