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02.(ご安全に)

「ひ、酷いでゴザる……」

 頭に風呂敷包みを乗せ、スク水姿にされた女剣士はその場にしゃがみ込み、えぐえぐと両手に顔を埋めて泣き出した。


「やりすぎだろうよ……」

 装備を腰まで着込んだゴールが同情的に云えば、「ハ?」ルーシィはヤマブキから引っぺがした白いフンドシを指先でくるくる廻し、「ハァーア」でっかい溜め息を吐いて見せた。


「ヤマブキ」泣いてる彼女の横に屈み、「ほら、スク水の上からなら装備していいから」


「ホントでゴザるか!?」泣いてたカラスが瞳を輝かせた。

「ホントでござる」


 スク水に、サラシ巻きそして締め込みフンドシの女剣士が誕生した。「どう!? 強そうでゴザろ!?」


 良く分からなかったが、何となく皆、優しい気持ちになって、「ああ、強そうだ」


 こうして全員、スク水の装備を終えた。


「次はこれに各々、自分の名前を書いてもらいます」ルーシィは白い布片を手にしていた。


「で、どうするんだ?」

 さっそく布片に名を書き終えたゴールが訊く。堂々たる体躯に似つかわしい、力強い筆致であった。


「胸に貼ります。あ、ヤマブキ。あなたはサラシの上じゃなくて……そうね、お腹の水着ところに貼って」

「了承でゴザる」


「成程」とライト。「これは護符ですね?」

「正解」とルーシィ。「アミュレットよ。これには身体の周りに空気の層が作れる術式を施している」そしてゴールを見遣り、「溺れる心配はしないでいいのよ」


「……信用していいんだな?」不安な気持ちを抑え切れずにいるゴールに、「ええ、勿論」とルーシィは請け合った。


「でも、行きと帰りの空気の配分は良く考えてね。深く潜るのなら、戻りは特に時間を掛けるように」

「そうか」ゴールは納得したようだった。


「どのくらい持ちますか?」とライトが訊ねた。ルーシィは、うーん、と軽く唸って、「二時間と云う所かしら」


「そうか」胸に、汚いクセ字で名の書かれたアミュレットを貼ったロジャーが云う。「実質、水中活動は一時間未満か」

「そうね。他にも水の中でも話しができるわ」


 なんとも便利なアイテムだな。ゴールは自分の胸に貼ったアミュレットに触れた。それからふと、長耳エルフを見た。


「くりむ」と書かれた文字は、上手い下手という問題でなかった。そうか、こいつはヒト族でないからな。エルフ族はどんな文字を使うのだろうか。


「文字はない」小さな声でエルフが応えた。彼女は、ナチュラルに嘘を吐いた。

「そうなのか」心中を見透かされたようで、居心地の悪さを感じた。彼は、イノセントに信じた。


 そんなこんなで、各々の名を書いたアミュレットを貼り付け、いよいよ水中装備が完成した。

「あ、道具は置いていって」


 ルーシィの言に、「丸腰はウマくねぇな」ゴールはにやっと白い歯を見せ、腰のガンベルトから黄金の二丁拳銃〝ヘル・アンド・ヘヴン〟を抜いた。「俺とこいつは、離れられない運命なのさ」


「錆びるわよ」とルーシィ。

「預かってくれ」


「オーケー」ルーシィが快諾する。「預かり料は財布の中身ありったけ」

「おい、ロジャー。立て替えてくれ」


 するとロジャーは。「ライト。立て替えの立て替えをしてくれないか」

「えっ」


 ライトはぐいぐいと道具(二丁拳銃と伝説の剣そして伝説の楯に革の鎧)を押し付けてくるスク水装備のゴールとロジャーを交互に見て、「や、ヤマブキさん」助けを求めた。


「立て替えの立て替えの立て替えをお願いできませんか」自前の道具、棍棒(木製)を差し出した。


「お断りでゴザる」ヤマブキは自分の財布をそっくりルーシィに渡していた。

「オー、さすがだわ、ヤマブキ」


「えへへ」嬉しそうにヤマブキは二振りのカナタをルーシィに預けた。

「任せて」彼女はそれをにゅるんと腹の中に仕舞った。「大切に保管するわ」


「おい、あのゴザる女、金持ちだぞ」

 ゴールがぐぬぬと歯を食いしばる。


「迷いがありませんね」ライトは、ふっと笑みをこぼし、「負けられません、ルーシィさん、これを!」

「オー、ライト。カラの財布は論外よ」


「く……っ」ライトは膝から崩れ、身体を折り曲げ肘を突き、振り上げた拳で砂を叩く。「ぼくだって、好きでお金がないんじゃない! 出来高払いが悪いんだ!」


 護符付きスク水、頭にお団子姿のクリムがライトの傍にしゃがみ、頭をナデナデした。


「おい、ロジャー?」

「なんだ、ゴール?」

「俺もナデナデされたい」


 ふたりは並んで膝を突き、伏せて拳で砂を叩き、慟哭する。「金が、金があれば!」


 ヤマブキが浜辺に突っ伏す男たちの間にしゃがんだ。それから両手を彼らの頭に乗せ、慈愛に満ちた顔で、「かわいそうでゴザるな」

 ナデナデ。


「いや、ヤマブキ。違う」ゴールは顔を上げ、その手を払った。

「失敬でゴザるな」ヤマブキは憤慨した。


「ヘイ、そこのアバズレ」ルーシィが冷たく云い放つ。「ロジャーから手を離しなさい」

「ひどいナリ!?」


   *


 いつまで経っても、海に潜む魔物の退治に出ない賞金稼ぎに、依頼人たちの苛々が募る。彼らは港町の住人であった。


 金は町の皆で出し合った。彼らは板張りに木組みの浜茶屋、〝海の家・メロウメロンズ〟で成り行きを見守ることにしていたのである。


 この店は、夏の間だけ砂浜に建つ、季節限定の食事処である。有り体に云えば掘っ立て小屋である。


 木造バラック構造は、海の上を滑る風が吹き抜け、心地よい。が、掃除を怠ると、砂で床板がジャリジャリする。


 魔物退治を依頼した男たちは、シャーベット・アイスこと、かき氷をシャクシャク食べていた。


「舌が青くなった」「俺は黄色だ」「赤はそれほどでないな」


 べぇっと互いに見せ合いププッと笑うおっさんたちだが、海辺へ顔向けると一転して笑みが消える。


 斡旋所(ロッジ)から紹介された賞金稼ぎたちは、浜辺できゃっきゃと戯れ合い、ちっとも仕事に取りかからん。


 ババを掴まされたか。

 男たちの顔は渋い。

 いや、チョイワルと云う意味でなく。

 苦虫を噛み潰したような顔である。


 物語とは関係ないが、苦蟲、つまりニガムシは、中央南部に生息する、小指の爪ほどの小さな虫の一種である。


 滋養に利くと云われ、乾燥させたものが高値で取り引きされてる。一方で、粉末状にすり潰されたものを吹きつけると、虎や熊、猪と云った猛獣除けになる。ヒトが吸うと命にかかわる。こともある。


 そうこうするうち、「たぁんと飲んで下さいな」かわいい女給が酒とつまみをドンドン持って来た。


 彼女たちは、特別に支給されたニュー・スタイルのスク水の上に、フリルの付いたかわいいエプロンを重ねていた。


 角度によっては、エプロンだけを身に着けたように見える不思議な装いだ。


 この浜辺で働くことは、取りも直さず危険で職場あるからだ。従業員への手当ては厚い。


 かき氷で腹を冷やした男たちは、次々とテーブルに並べられる酒とつまみを、ガブガブ飲んで、ガツガツ食べた。


「メインのぉ、お料理は準備中でぇす」かわいい女給が呼びかける。「のんびりお願いしまぁす」


 男たちは、かわいい女給にデヘデヘと鼻の下を伸ばした。賞金稼ぎ? 海獣退治? それよりメロン狩りのほうが楽しくないかい?


 男たちはメロン狩りに切り替えた。

「あーれー」

 かわいい女給がかわいい悲鳴を上げた。

「お客さん、困ります」

 黒服がやって来た。


 何人かが黒服に引きずられ、店の裏に連れて行かれた。鈍い音がした。湿ったものを強く打ったような音だった。


 男たちは震えた。

 打擲の音が止んだ。

 男たちは安堵した。

「おい、次」黒服の声がした。

 男たちは戦慄した。


 顔を腫らした者を交え、男たちは再びテーブルにつき、つまみをボリボリ齧り、グイグイ酒を呷った。


「あのケッタイな女剣士、なかなかええのう」「エルフもなかなかぞ」「子供じゃないか」「いや、あれは実際かなりのババアぞ?」「なお悪いわ」


 ぬはははっと下卑た笑いが響いた。


「お、俺は、あの金属の娘っ子がいい」

 おずおずと云った男に、「変態じゃ」全員が声を揃え唾棄しよる。


   *


「むっ」ヤマブキが眉間に皴を寄せた。

「魔物か」ゴールが反応した。


「いや」ぐりっとヤマブキは首を巡らせ、「何か別の……だが邪な感覚だった」寒気を抑えるかのように、両腕で自分の身体を抱いた。


「そうか」神妙な顔で応えながらも、ゴールはヤマブキの両腕の間からこぼれるものから目が離せなかった。こいつ結構デカいぞ?


「ハイ、ゴール。割礼するわよ?」

「待て。お前はそれが何で、何処をどう処置するのか分かっているんだろうな?」


「根元から」

「生涯少年合唱団!?」


「オー、ゴール」ルーシィは嘆かわしいとばかりに首を横に振った。「あなたのかわいい双子のゴールデン・ボールは温存してあげるわよ」

「なお悪ィよ!?」


 ヤマブキの表情から険が薄れた。

「気配、消えましたか?」ライトが訊ねると、「分からぬ」ヤマブキは、はぁ、と小さく息を吐いた。


 そろそろと、ゴールはルーシィから距離を置き、「なあ、ロジャー」こそっと囁いた。「クリムって女でいいんだよな?」


 ロジャーは肩をすくめ、「エルフ族だな」

「エルフの女ってのは……違うのか」


「どうした?」

「あいつ、俺たちより、ずっと年上だよな?」

「エルフ族の寿命はヒトの二倍とも三倍とも聞いてはいる」

「だろ?」


「ふむ」ロジャーはクリムのアミュレットの貼られた胸に視線を向け、次いでヤマブキのサラシ巻きに移動させると、またクリムに戻した。


「ふむ」ロジャーは自分の股間の一物を水着の上からぐいと引っ張り、位置を直した。


 なんとなくそれを見てしまったヤマブキは、しかし目を離せないでいる自分に狼狽し、ひどく赤面した。


「ハイ、ヤマブキ。何を見てるの」

 不意にルーシィに問われ、「なんでもないでゴザる!!」しまった、力一杯否定してしまった。これではまるでやましいところがあるみたいでないか!


「本当に?」とルーシィ。

「本当に!」とヤマブキ。


「本当の本当に?」

「本当の本当でゴザる! ルーシィ! もうやめてくだされ!!」


 ヤマブキは両手で顔を覆ったが、下は首から胸元、上は耳の先まで赤く染まっていた。

 ルーシィは、ハッ、と鼻で笑った。


「なぁ、ゴール」ロジャーは胸の上から両手で弧を描き、「種族が違えども、些かみっともないンじゃないか?」腰から尻にかけてこれまたゆるやかで豊満な弧を描いて見せた。


「いや、俺にそんなつもりは、」しかし言葉は、尻すぼみになっていく。


「誰にだってひとつやふたつ、誰かにわざわざ指摘されたくないと思うところがないわけじゃぁないだろうさ」


「そう、だな……」ふぅっと大柄のガンマンは溜め息を吐く。と、つるぺたエルフが自分を見ているのに気付いた。


 その視線はまるで汚らしいものを見るようで、しかも怒気と殺気を孕んでいた。


 ゴールは、自分が自分を男であると信じる部分が体の中へ必死に潜り込もうとするのを感じ、ひどく気分の悪い汗をかいた。


   *


 一悶着あったが、魔族たちの用意は整った。


「よし」ナイルは満足げに頷き、続けた。「では、ふたり一組になって貰う」


 その言葉に、誰もがバディを求め、目配せ合った。今回の調査団への参加は志願制であり、たいていは仲の良い者同士で申し込みをしているので、取り立てて問題はない。


 そう、問題はない。ところがである。「ナイル殿」異を唱える声が上がった。


「なんだ?」ナイルが問うたのは、サラマンダーの眷族である、サンショウウオ族のハジカミであった。小さな目と、大きな口は、見る分には愛嬌がないこともない。


 ハジカミの身体は、ぬらぬらとテカった、くすんだオリーブ色で、ぽつぽつと白い斑点が散っている。

 あと、少しくさい。


 尾を持つ者で、運良くオールド・スタイルを手にした者は皆、前後ろに来て水抜きから尾を出しているというのに、こやつは何故か普通に着込み、背から尾をぐるりと前に廻して、腹の下の水抜きからぶらぶらさせよる。


「変態だ」誰かが云った。

「変態だ」皆が口を揃えて唾棄しよる。


 当人はそんな視線も陰口も気にした様でなく、長い尾を水抜きからずるりとぶら下げ、「余るですよ?」きっぱり、云った。


 余計なことを……と、誰もが思った。だが確かに余る。余るのだ。誰も口にしなかったが、余るのだ。ひとり。


 そうか……。ナイルは己の不出来を恥じた。ハジカミが体臭の所為で敬遠されることくらいあらかじめ予測できたことである。すまぬハジカミ。


 ナイルは代案を求めようと口を開きかけたが、当のハジカミは、にこっと笑い、「ナイル殿が」

「えっ」


 ナイルは知らなかったが、ハジカミのにおいは一部の者にとって「クセになる」くんくん。「あれはあかん」くんくん。


 すれ違いざま、つい嗅いでしまう。だから勿論、組む相手に困ることはなかった。だってあのにおい、独占できるんだぞ?


「あー……」

 ナイルは咳払いをして(わざとらしいとは自覚している)「わ、私は残る」


「えっ」

 今度は皆が驚いた。


 ナイルは続けた。「何かあった時に全員が水の中では良くないだろう」

「なるほど」

 皆は納得した。


 実にもっともらしい。だが、そのナイルが何故に率先し、水中装備を身に着けたのか。必要なのか。不要でないか。皆は一様に首を捻った。


 とは云え、今回の調査は、ナイルが直接指名されたのだから、そこはリーダーの、リーダーなりの理由があるのだろうと、誰もが了するに至った。


「皆、気をつけるのだぞ」ナイルが云った。「無理はするな、危険に挑むな、安全第一!」


「ご安全に!」皆が一斉に唱和した。


 そして準備体操を終えた彼らは、次々と波をかき分け、海の中へと入っていった。

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