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01.(スク水を着てもらいます)

   全員でスク水を着る話


「今日は、全員にスク水を着てもらいます」とルーシィが云った。


 不確定金属生命体の彼女は、白く輝く砂浜と、燦々と降り注ぐ陽光に配慮して、銀色の豊かな肢体の表面を艶のない荒い梨子地にしている。


 浜辺には、海を背にして五人の賞金稼ぎが横一列に並んでいた。沖には置き忘れたかようにひとつの岩が突き立っており、彼女にはそれが六人目の影に見えた。


「あ?」拳銃使いのゴールデン・ゴールが不満たらたらの声を上げた。


「ん?」ルーシィは手のひらを鏡面仕上げに変えると、「うおっ、眩しッ」ゴールに向けて夏の日差しを反射させた。


「他に文句がある人は?」

 不確定金属生命体がぐりっと並ぶ面々を見た。


 ロジャーは何も云わなかった。冒険者ライト・ボーイは苦笑した。長耳エルフのクリムの顔には表情らしい表情はなかった。


「それは……絶対でゴザるか?」

 女剣士のヤマブキ・イブキが、不安げに云った。垢抜けないイモくさい女であった。


「絶対でござる」不確定金属生命体は無情に応えた。その横でゴールは、「目が! 目が!」うるさい。


 横一列に並ぶ賞金稼ぎたちから、そっとクリムは距離を置いた。


 むさいおっさんふたりに胡散臭い若造そして絵に描いたような田舎女の中にあって、褐色のエルフの姿は対比するかのように淑やかな空気をまとい、場違いな幼女めいた趣ですらあった。


   *


 Splash out Crackbrained Swimming Wears──通称、スク水。深い海のような紺色のそれは、水辺で真価を発揮する最強の装備。


 この最強の水中装備を更に強化したものをニュー・スタイル、すなわち新スクと呼び、鳴り物入りで紹介されたが、云うほど機能に差はなかった。


 だが、新スクの登場により、従来型はオールド・スタイル、すなわち、旧スクと呼ばれる事となる。


 やがてこれが、旧で充分でないか、むしろ旧の方が良いのではないかと、新旧を巡る争いに発展し、幾つかの領地が焼かれたが、物語とは関係ないので割愛する。なに、少し、蛮族が蛮族らしい振る舞いをしただけだ。


 そして、もともと淡水での装備を想定されて作られたことを今はもう誰も気にしない。


   *


「今日は全員にスク水を支給する」

 魔族の半魚人、つまりマーマンのナイルが云う。背後で寄せる波が岩に砕け、散った。


 蛮族どもが好む砂浜から離れた場所にある岩石海岸であった。


「似合うだろうか」

 今回の調査に参加した魔族たちは、不安を隠し切れなかった。


「似合わなかったら絶望的だぞ」「いや犯罪的かもしれぬ」「それより蛮族どもに見られたらどうするんだ」


「心配することはない」ナイルは頤に沿う位置にあるヒレをひくひくと動かした。「蛮族用の装備を元に、我ら魔族用に仕立て直した物だ」


 しかし仲間たちの懸念は拭い切れなかった様だ。ナイルは続けた。「ファラリス殿が用意してくれた」


 一転して、全員が手を上げ、「早く!」「着たい!」「むしろ着せて!」


 序列二位、サブマスターにしてギルドホール管理責任者の地位は伊達でない。ナイルもまた、〝ブル・ホーン〟ファラリスには絶対の信頼を置いている。


 ところがである。渡されたものが新旧混在していた為に、殴り合いに発展した。


「旧がいいんじゃ!」「うるせぇ、新でなくてなんとする!」「尻尾持ちに旧を優先してけろ」「前後ろになるだろがっ」「問題ないけろよ」


 争う仲間を尻目に、ナイルはささっと着替えた。やっぱ旧スクはいいなぁ。新スクじゃないよなぁ。この生地。この肌触り。この……水抜き。


 マーマンは。肺呼吸とエラ呼吸を併用するので、たまに溺れる。


   *


 海獣が出た──。


 様々な証言があった。

「デカい。とにかくデカい。黒くてクジラみたいで、テカってる」

「長い。めっちゃ長い。船の上をぐるっと跨いで、ヘビみたいに締めつけたった」

「硬い。甲羅みたいにガッチガチ。それでガツンってやられたんじゃ」

「あれは触手だべな。にゅるにゅるして」いっぱいある。「タコみたいだっぺ」何本も。「にゅるにゅる」


 様々な証言があった。

 繋ぎ合わせて想像図が描かれたが、それを見た者は皆、ごくりと唾を飲み込み、「魔物じゃ」と云い切った。


 漁師たちは「船が出せん」食うに困ると哀願し、商人たちも「船が出せん」、荷揚げ荷下しは疎か、接岸以前に港へ近づけないでいる。「海は無理だわ」富裕層の休暇旅行の予定から「浜辺で遊ぶ」が外される


 豊かで、美しい海として知られていた。


 海を前にして岩石海岸が左手に見え、泳ぐ潜るはもちろんのこと、海岸沿いを小舟で進み、青く光る海蝕洞を探索する。浜辺にパラソルを広げ、ビーチチェアの上でゆったりと身体を伸ばし、穏やかな潮騒に耳を傾ける。


 沖にはひとつ、誰かが崩し忘れたような海食柱が立っており、そこに夕陽が掛かる時、空と海が赤く燃え立つ。


 ふたつを分かつ境界の向うへ陽が落ちると、空一面に星が散り、月明かりで波が煌めく。


 風雅な海辺、優雅なひととき。青く輝く海も、白く輝く砂浜も、魔物が出るとなれば存在しないことと同じである。港町への勧誘文句も白々しい。


 このままでは干上がる。と云う次第で、「退治してけろ」賞金稼ぎへの依頼に繋がる。


   *


「着替え終わった男子は、その大切なモノを左寄せにしておきなさい。万が一にでも水抜きからコンニチワさせたら割礼します」


 ルーシィの説明が終わる前に、クリムはすっかり用意を整えていた。


「早いな!?」ゴールが驚く。

「下に着て来た」


「どんだけ楽しみにしてンだよ!?」

 するとクリムは。「別に」唇を少し尖らせた。


「ゴール。さっさと準備しよう」

 ロジャーに云われて、「お、おう」ゴールはシャツのボタンを外し始めた。「なんか気恥ずかしいな……」


「ゴールさん」ライトがさわやかに云った。「いい身体してますね」

「ひぃッ!?」

「何で隠すんですか。その厚い胸板、触らせて下さいよ」

「ひぃいッ!?」


 ルーシィは、クリムの絹のような長い黒髪を、頭のてっぺんで束ねてやった。夏の日差しで、髪は赤く灼けて見えた。


「はい、できた」

 ルーシィが頭の上の大きなお団子を、ぽんと叩くと、クリムは小さく頷いた。表情に乏しいエルフであったが、彼女から嬉しそうな波動を感じた。


 その頃、ヤマブキは。脱いだキモノを丁寧に畳み……畳み……畳んで風呂敷で包み、頭の上に乗せると白い帯で縛り、顎の下で結んだ。


「そんな格好で大丈夫なの?」ルーシィが訊ねた。

「落ち着くでゴザる」ヤマブキは、むふー、と満足げに鼻から息を吐いた。


「お風呂に入るんじゃないのよ?」

「分かってるでゴザるよ!?」


「俺……泳げないんだ」ゴールが打ち明けた。「怖いよ……怖いんだよ……」

「大丈夫だ」根拠もなく、ロジャーが励ました。


「ええ、怖くないわ」ルーシィもいつになく優しい。「水の中からたくさんの白い手がにゅっと出てきて身体を絡めてても、あなたなら大丈夫」

「やめろよ!?」


「大丈夫ですよ、ゴールさん」とライトも請け合う。「底の抜けた柄杓を渡すと助かるそうです」さわやかに云った。


「お前もおか育ちだろ……」げんなり。

「海は初めてですね」にこっ。

「怖くねーのかよ……」うんざり。

「興味はつきませんね」にこっ。

「おめーは強えェよ……」がっくり。


「ちょっとヤマブキ?」ルーシィが非難めいた口調で云った。「フンドシとサラシの上から水着を装備しないで」


「いや、でも」と哀願するヤマブキに、しかしルーシィは装備を引っ張り、「ダメなものはダメ」脱がし始めた。

「無理無理無理でゴザるうぅう!」


 無理じゃなかった。

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