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第8話 正義のヒーロー

 私たちは、尽くしてくれた宿に礼を言った後、山のふもとに向かって歩き始めた。


 少年はいくらかあの夜の事を覚えているらしく、私を威嚇すように陰からこちらを見ていた。


 ……やはり、私の『正しい事』は間違っているのだろうか。


 私は道中の事を思い出す。

『正しい事』をしたのに誰も私の事を認めてはくれなかった。

 私は本当に彼らに『正しい事』をしたのか。


 わからない。

 私は母の言いつけを守っただけ。

 何も間違ってないし悪くない。


 ……そんな思いが揺らぎつつあるのが、自分でもよくわかっていた。


 ルックがこれからも殺人を犯すなんて私にはわからない。

 ミウさんの彼氏が本当に中東の人たちに復讐を果たせるかわからない。


 だが、私は彼らを殺した。

 可能性がある、というだけで私は彼らを殺したのだ。


 それは間違っていたのか、間違ってなかったのか。

 それさえもわからない。


「ミコトさん、着きましたよ」

「……え? あ、うん」

「……昨夜の答え、見つかるといいですね」

「……うん」


 わからないから、私は確かめに行く。

 それは『正しい事』で構わないだろう?



 街の門をくぐると、そこには大きな町が広がっていた。

 見渡す限りの店や家に、無数の階段。

 緑に侵食された、石造りの町。

 そう言った印象を受けた。


「……気に入りましたか? ここは、私が以前住んでいた場所なんですよ。といっても、物凄い昔ですけどね」

「……え? じゃあ、私が会うべき人って……?」

「生きていますよ、ちゃんと。彼があなたが最後に出会う『観測者』です」


 私が驚いて何も言えずにいると、急にリーナは走り出して洗濯物を干している主婦に話しかける。


「あの! ここに、正義のヒーローさんがいるってきいたんですけど!」

「え? ああ、いるわよ。彼なら、今街のはずれの湖で釣りをしているんじゃないかしら?」

「ありがとうございました!」


 リーナは主婦に深々とお辞儀をすると、こちらに走って戻ってくる。

 そして、そのまま私の手を持って走り続け、門から街の外へ出た。


「こっちです! 彼ならきっとあなたを納得させられる!」

「……なんでそう思うの?」


 私の問いを待ってましたとばかりに悪戯っぽく笑うリーナ。


「だって、正義のヒーロー歴3000年の、スーパーヒーローなんですから!」



「あ、いました! おーい!」

「……驚いた。ひさしぶりだねえ、リーナちゃん。そっちはお友達かい?」


 振り向いたのは、顔を仮面で隠した黒髪の中年だった。


「……もしかして、その子はお友達かい?」

「……はじめまして」

「はじめまして。ごめんね、僕が昔見た物語の影響で、僕は仮面が外したくないんだ。だけど、そう警戒しないでほしいな」


 ……なんというか、ぼんやりしたただの中年の男性のように見える。

 だが、リーナの目には満ち足りた確信が見て取れた。


「……えっと、それでどうしたの? もしかして、ジェノの……」

「いいんですよあんな全身黒男! それよりも、この子の質問について答えてあげてほしいんです!」


 リーナは私の背中を軽くたたき、催促をする。


「……『正しい事』の定義って何だと思いますか?」

「キミ、中々難しい質問するね」

「……すいません」

「ああ、いや。攻めてるわけじゃないんだ。……そうだね、おじさんの意見でよければ、長くなるけど話してもいいかい?」

「よろしくお願いします」

「……あ、私は邪魔になるといけないので宿をとってきますね」


 私が軽くお辞儀をすると、彼は垂らしていた釣り糸を引き上げ、こちらを向いて話し始める。

 リーナはというと、駆け足で街へ戻っていった。


「……まず、キミは一人の男性が一人の女性を襲っていたらどちらを助ける?」

「それは、女性の方かと……」

「うん、まあそうだよね。それで、キミという強い存在が敵になってしまったら、今度は男性の方がピンチだ」

「それで、男性がヒーローに助けを呼んだら、どっちに着くと思う?」

「それは……」


 私はこたえることが出来ず、黙り込んでしまう。


「こんな風に、善悪なんて簡単に裏返ってしまうんだ。完全な悪も完全な善も、この世界にはないよ」

「……だから、今一瞬でもいい。多くの人が笑えるような事をする。それが、『正しい事』なんじゃないのかなあ?」


 ……誰かが笑うことが『正しい事』なのか?

 それならば、私はいじめていた彼らの笑顔を守ることが『正しい事』だったのか?


「もちろん、笑顔といっても誰かを蹴落として作った笑顔じゃないよ。キミ自身が望む形で笑顔を作り出すんだ」

「私の、望む形……?」

「うん。きっと、君が望む形で誰かを笑わせることが出来れば、それが君にとっての『正しい事』なんだ」


 ……私は、多くの人を『正しい事』を大義名分に殺してきた。

 それは私の望む形でも、誰かが笑顔になる結果でもなかった。


 それならば、私は本当に自分の価値観を押し付けているだけだったのか……?


「これは、あくまで持論だよ。キミがどう思おうと構わないし、忘れてくれたってかまわない」

「でも、迷ったときはいつでも聞きにおいで」



「どうでしたか? 良い話は聞けましたか?」

「……わかんないよ」

「そうですか。では、宿の方へ向かいましょうか!」


 私はリーナに手を取られ、宿へと連れてかれる。

 だが、私は元気いっぱいのリーナとは裏腹に、今までにないくらい重いものを背負って歩いている。そんな気がしてならなかった。


「着きましたよ。元、私の家です」

「……元って?」

「この街は古代の家をそのまま使っています。なので、私はこの家を出る時に、世話になった方に差し上げたんです」

「……その人は」

「死にました。人間ですから」


 私は、話すこともなくなり気まずくなって宿を見る。


 その宿も、緑に侵食されていて、白い石造りの家だった。

 だが、大きさはほかの家よりも幾分か大きい。


 リーナが宿の戸を開けると、すぐにその宿の主人であろう人が走って出てくる。


「二人部屋空いてますか?」

「はい。奥の部屋がちょうど一部屋空いています。ご宿泊ですか?」

「はい」

「わかりました。こちらが鍵となっております」


 私はその人から鍵を手渡され、奥の部屋へ歩き出す。

 少し奥に行ったところで、彼女は依然と同じように耳打ちをしてくる。


「……やっぱり、あの村はサービスが良かったんですね」

「……うん、そうだね」



「……変わってませんね」


 部屋に入った途端、寂しそうにリーナが呟く。

 内装は、白い壁に白い床。窓は張られていなく、小さい正方形の穴が開いているだけだった。


 リーナは奥のベッドに横たわり、天井を見つめながらこちらに話しかける。


「……そんなに小難しく考える必要はないと思います」

「……うん」


 私はもう片方のベッドに横たわり、リーナに背を向ける。


「……ごめん、少し寝るね」

「はい、おやすみなさい。夕方くらいになったら、彼にお礼をしに行きましょうか」


 私はマフラーをなでながら、眠りについた。

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