表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

第7話 狼少年

「さて、着きましたよ! 目的地に!」


 大声ではしゃぐリーナ。

 その姿を見ていると、こちらも思わずほおが緩む。


 私はそんなリーナを横目に周りを見渡すと、ふとあることに気付く。


「……家の一部が鉄でできてる?」


 その一部以外は木で出来たいわゆるログハウスなのだが、柱や屋根など一部だけが鉄でできている家がちらほら見受けられる。


「本当ですね。一体、なんで……」

「資源の有効活用さ、お嬢さんたち」

「うひゃあ!」


 急に話しかけられたのか、リーナは驚いて小さく悲鳴をあげ後ろを見る。

 私もそれに続いて後ろを見ると、好青年そうな男性が丸太を担いで立っていた。


「や! お二人さん、旅の人かい?」

「はい」

「こんなところまでよく来たね。何もないけど、ゆっくりしていってくれよな」

「ご丁寧にありがとうございます!」

「うん、元気があって結構だね! それじゃあお兄さんは仕事に戻るよ!」

「あ、待ってください。ここら辺で宿ってありますか?」

「宿……ああ、あるよ! ついておいで!」



 私たちは青年に連れられて一軒のログハウスにたどり着く。

 青年はというと軽く挨拶をして仕事へ戻っていった。


「……この家は看板が鉄でできてるんだ」

「資源の有効活用……らしいですからね」


 私たちは一通り荷物を持ち、宿の中へ入る。

 内装は、外から見えたのと同じで、木一色に、ちらほら窓があるといった感じだ。


 私は木でできているカウンターの向こうにいる女性に話しかける。


「いらっしゃいませ。旅のお方ですか?」

「はい。二名で」

「かしこまりました。何泊ですか?」

「一日です」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 その女性は私たちの部屋と思われる鍵を取った後、宿の奥へ進んでいく。

 私たちもそれを追いかける形で歩いていると、そっとリーナに耳打ちされる。


「……宿って、普通鍵渡されて終わりじゃありません?」

「……そうかな?」

「そうですよ」


 ……客が少ないから大事にされている。と口に出すのは失礼なので言わないことにした。


 そんなことを言っている間に、突き当りの部屋に案内された。


「ごゆっくりどうぞ。鍵はここに置いておきますね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 客室の内装は、ベッドが二つにクローゼットが一つ。そして机と椅子が窓際に二つずつといった、いかにも簡素な感じが見て取れた。


 だが、リーナはログハウスに興奮しているのか、ベッドではねている。

 楽しそうだが、壊したら怒られるのでやめてほしい。


 私は窓際にある椅子に座り、外の景色を見る。

 窓から見た山は木に覆われていて、それを夕日が照らし出している神秘的な風景だった。


 私は居てもたっても居られなくなり、客室から飛び出した。

 窓越しではもったいない。どうせなら直に見たい。

 そう思ったからだ。


「あ、ミコトさん! どこ行くんですか?」

「いいから、ついてきて!」


 自然と笑みがこぼれる。

 実は、私は生まれて初めて山からの景色を見たのだ。


 私たちは宿から飛び出すと、目の前の景色に圧倒された。

 夕日がちょうど山の正面にあり、木々がゆらゆらと燃えているようだった。


 しばらく見惚れていると、不意に声をかけられる。


「お姉ちゃん達、もしかしてお客さん?」

「え? もしかして、キミはここの子?」

「うん」

「そっか。一泊だけど、よろしくね」


 私が手を差し出すと、少年はそれを無視して俯く。


「……はやく、この村から出てね」

「……? なんでかな?」

「この村には、狼が出るんだ。それも、旅人を狙って……」


 ……狼がログハウスに入れるとは思えないのだが、どうも冗談ではないらしい。


「大丈夫ですよ! こう見えても私、腕っぷしには自信がありますから!」

「……そう」


 少年はリーナの言葉に力なく返事した後、どこかへ去って行ってしまう。


「……狼、ですか」



 私たちは夕食も風呂も終え、それぞれベッドに横たわっていた。


「……ミコトさん。まだ起きてますか?」

「うん」

「……狼の話、覚えてます?」

「……うん」

「あれ、どう思いますか?」


 私はリーナの問いに答えるために体を起こす。


「……嘘じゃないと思う」

「それじゃあ、どうしましょうか? 狼にあげるエサなんて持ってませんし……」

「大丈夫。徹夜は慣れてるから、見張ってるよ」

「そんな! 駄目ですよ、体に悪いです!」

「……じゃあ、一時間交代で見張ろうか。それなら文句ないだろう?」

「……わかりました」



「……それじゃ、交代しましょうか」

「……ん。おやすみ」


 私はリーナに起こされて拳銃を握る。


 正直、あれから四時間たったが一向に襲われる気配はなかった。

 やはり杞憂だったのだろうか……? そう思って油断していると、部屋の扉が叩かれる。


「……なんでこんな時間に?」


 時刻は三時を回っていて、とても用事を言いに来る時間帯には見えない。

 私は拳銃を持って扉を開けると、そこには昼間の少年が立っていた。


「……お姉ちゃん。逃げて」

「……え?」

「はやくにげて」


「にげてにげてにげてにげてにげてにげて」


 気が狂ったように「にげて」とつぶやく少年。

 私はとっさに距離を取り、銃口を向ける。


 その騒ぎに気付いたのか、リーナも目を開ける。


「……どうか、しましたか?」

「わかんないけど、多分不味い状況だと思う」


 私の言葉を聞いた後、リーナは私の視線を追う。


「……ああ、そういうことでしたか」

「どうする? もしかして、この子も感染者の……!」

「血は入っていますが、この様子だとごく少量でしょう。たぶん、今夜今夜しばりつけておけば明日には治るでしょう」


 そう言ってリーナは素早く少年の後ろに回り込み、手足をどこからかとりだした縄で縛る。

 少年は、まだ理性を保っていたのか抵抗しなかったため、リーナが縛るのに時間はかからなかった。


「多分、狼って……!」

「ええ、この子でしょうね。でも、この程度ならまだ社会復帰も可能でしょう」

「……でも、なんで血を入れられただけでこんな」

「私たちの血には、人間にとっての自白剤の成分も多少は含まれています。強靭な精神を持ったとしても、すぐに気がくるってしまうでしょう」


 リーナは欠伸をしてから床に入る。

 私は……。


 銃口を少年に向けて『正しい事』を成す。


 私が銃口を引こうとすると、急に銃を握っていた手に激痛が走る。

 見ると、短剣の鞘が私の手に当たって落ちていた。


「……何をしているのですか?」

「……リーナ」

「確かにごく少量の血なら人間でも殺すことはできます。でも、あなたがそんなことする必要はありません」

「ここで仕留めないと、犠牲者は増えるんだよ?」

「そうだとしても、仕留めるのはあなたじゃありません」


 ……何故邪魔をするのだろうか。

 私は『正しい事』を成しているはずなのに。


「……もし、善意でやっているとしたらここではっきり言っておきます」


 リーナの口からは冷たく、私の予期していなかった言葉が吐かれる。


「あなたの『正しい事』は、ただのありがた迷惑でしかないんですよ」

「……なんだよそれ」

「正義を語っているのかもしれませんが、あなたのそれは自分の価値観を相手に押し付けているだけ。そこに善も悪もありません」

「なんだよそれ!」


 なんで……なんでそんなことを言うんだ?

 友達だと信じた私がバカだったのか?


「私はこうして生きてきた! それがすべて間違いだっていうの!?」

「……たかが10年ちょっと生きただけの小娘が人生を悟ったつもりですか?」

「たとえ十年でも、それが私の全てだった!」

「過去だけがあなたの全てじゃありません」

「そんなの……リーナに何が分かるんだよ!」

「わかりませんよそんなの。あなただって私のことがわからないのに、なんで分かってほしがっているんですか?」


 声を荒げる私に対し、静かに答えを返すリーナ。

 そんな彼女らと対照的に、月の光が窓から部屋に差し込み、幻想的な世界を作り出す。


「貴方の過去には同情します。でも、それとこれとは話が別です」

「……」

「最後に一つだけ質問させてください。貴方の『正しい事』とは、天国の母が誇れることなのですか?」


 ……何もこたえることが出来ない。


「本当は薄々気付いてたんでしょう?」

「……わからないよ。なにも……」


 私は瞳からあふれ出る涙を隠すように俯く。


「……なら、母さんが言ってた『正しい事』って一体何だったんだよ?」

「……一人だけ、その『正しい事』について教えてくれる人を知っています」


 月明かりが動き、ミコトの周りを照らす。


「その人物に会ってから、今後のあなたを決めてください。もし、変わらないのならそれでもいいです」

「……わかった。でも、一つだけ聞かせてほしい」

「なんでしょうか?」

「……なんで、そこまでしてくれるの?」


 私の質問にリーナはふっと笑い、こちらに一歩近づく。


「決まってるでしょう? 友達だからですよ」


 私たちが話し終えたころには、月明かりはどこかへ消えていた。


『正しい事』って、いったい何なのだろう……?

 私はそのことを考えて、ベッドに包まれて夜を明かした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ