第6話 過去
私たちは逃げるようにあの街を出た後山道を歩いていた。
あんなことがあっても、私の目に映る景色は美しかった。
山という高いところから見渡す平原。そして、その少し離れたところを見ると森が広がっていた。
景色を見るのは、私の唯一といってもいい趣味だった。
この趣味は、旅に出なかったら発見しなかっただろう。
次の街はそう遠くない山の中で、街というよりも村みたいなものらしい。
三合目あたりだろうか? 不意にリーナが振り返りこちらに話しかける。
「……ふう、この年で山登りはこたえますねぇ」
「リーナ、キミは一体何歳なの?」
「ご想像にお任せしますね」
はぐらかされてしまった。
見た目は私と同年代だが、話したくないとなると3ケタ入っているのだろうか?
それはともかく、実際この山は登りにくかった。
道も整備されておらず、人が入った痕跡もない。
本当にこの山には人がいるのだろうか?
そして、私にはもう一つ気になることがあった。
「もう一つ聞いてもいい?」
「どうぞ。私の年齢と旅の目的以外なら」
「なんでキミは私と旅をしているの? ずっと生きていたのなら、一人であそこまで行くこともできたよ?」
「……お恥ずかしい話ですが、私は最近外を歩き始めたばかりなんですよ」
「え? 歩き始めたってどういうこと?」
「言葉のとおりです。私は人間に捕らえられるのが怖いあまり、山奥に引きこもっていたんですよ」
「……そっか」
私には何も言うことはできない。
私にも、目の前で仲間を殺された思い出があるからだ。
「……あ」
「どうかしたの? もしかして、忘れ物とか?」
「違いますよ。私、ミコトさんのこと何も知らないなぁって思いまして」
「……私の過去が知りたいの?」
「はい! よろしければ、是非!」
そう言って岩に座って足をぶらぶらさせるリーナ。
よろしければ、とは言っているが私に拒否権はなさそうだ。
「……わかった。少し長くなるけどいいかい?」
「はい。覚悟してます」
「わかった。それじゃあ、話していくね」
私は、中東生まれの父と西洋生まれの母の間で生まれた。言うなればハーフだ。
この白い髪は母ゆずりで、茶色の目は父譲りだと母は言ったが、私にはよくわからなかった。
私は、どちらかというと愛されていた方だと思う。
私には弟がいたが、『姉だから我慢しろ』と言われたことは滅多になかった。そのくらい、母と父は私に甘かった。
もちろん、私はそんな彼らが大好きだった。……いや、今も大好きだ。
だが、世間はそんな私に対しての風当たりは強かった。
肌や髪の色で、様々な差別を受けてきた。
そして、その差別はいつの間にかいじめに発展していた。
私は母から『正しい事』の教えを守ってただ弟を守りながら耐えていた。
だが、そんな私に飽きたのか、いつの間にか標的は弟に向かい、最終的には弟は殺されてしまった。
その時の感情は覚えていないが、『正しい事』をしろといった言葉が頭の中を渦巻いていたのは覚えている。
だから、『正しい事』のため、いじめにかかわった連中全員をこの手で射殺した。
その時の少女に、すがすがしさなど微塵もなかった。
何故なら、少女は彼らを殺したのち間もなく警察に捕まったのだから。
「悪は彼らだ」「私は『正しい事』をしただけ」。
少女の言葉は、すべてどこ吹く風だった。
少女は投獄された後、たくさんの男に乱暴された。
少女は私が反抗して彼らを殺すよりも、彼らに服従して大人しく生きていくことを選んだ。
そんな地獄が続いたある日、少女たちは戦場に連れてかれた。
機械が少女が以前住んでいた街で暴れまわっているらしい。それで、兵が足りなくなったので、少女たちの手を借りる。
……つまり、そういう事だ。
少女たち死刑囚は体中に爆弾を巻きつけられ、特攻を余儀なくされた。
次々と死んでいく男たち。だけど、少女の目は『死』という希望しか見ていなかった。
次は私の番。そう思って少女が特攻しようとしたときに、少女は何者かが機械達を壊滅させたと聞いた。
また、生きてしまった。そう思って、少女は膝から崩れ落ちた。
たとえ涙が出なくても。たとえ喉が渇いて声が出なくても。
少女は誰かに助けを求めるように泣き続けた。
そんな時に少女は一人の何故かマフラーを巻いた脱走兵に出会った。
「一緒に逃げよう」。そう言って彼は少女の手を引いて走り出した。
追手は来なかった。多分、長引いた戦闘で疲弊しきっていたのだろう。
そのあとはその兵士に引き取られ、私は銃の使い方や体術を一通り教えてもらった。
他にも、マフラーは戦友の遺品という事や、昔戦争に行く前は妻がいた、という話も聞かされた。
今思えば、彼はずっと耐えていたんだと思う。
しばらくしてから私は自宅を訪れた。
だけど、どんなにノックをしても誰も出てこなかった。
鍵をこじ開けて中に入ると、そこにはたくさんの落書きと、家族の死体が横たわっていた。
一度は心を殺したと思ってた私だったが、流石に耐えきれなかった。
私は以前のように膝から崩れ落ち、今度は涙をこぼして泣いた。
しばらく泣いてから、自分の部屋に戻った。
そこには、家族が生きていたころと何ら変わらない世界が広がっていた。
耳をすませば、家族の笑い声が聞こえてきそうな、そんな世界だった。
もう、帰れない。私に対してその事実だけが胸に突き刺さっていた。
切ないような、悲しいような。
そんな思いで一杯だった。
私はその空間の扉を閉じて兵士の家に戻ると、彼は部屋で横になっていた。
私は起こさないように夕食を作り始める。
だが、作り終ってもいつまでも起きてこない彼に私は何か嫌な予感を覚えていた。
私は大声で彼をたたき起こした。だが、彼はもう何も言わぬ死体となっていたのだ。
彼の残した手記によると、軍にいつ見つかるかといった不安や、仲間内で自分だけ生き残ってしまった罪の意識に駆られての自殺だった。
そして、最後のページに私に謝罪の言葉が書かれていた。
私は一夜にして2度も家族を失った。
私はその悲しみに耐え切れずに、今度こそ心が壊れてしまいそうだった。
……だけど、その謝罪の言葉の下に、ある文が添えられていた。
「ミコト。お前は、血なまぐさいこの家を捨てて戦争も何もない『世界樹』を目指してほしい」。
そう、にじんだ字で書かれていた。
私は、その手記を本棚に戻すと、彼の死体にかかったマフラーを巻き、拳銃と金を持って外に出た。
そのあとは、決別の意味も込めて家を燃やした。
もう二度と後戻りはしない。
「……『正しい事』を為すためにね。これで、おしまいだよ」
私が話し終えると、涙のにじんだ瞳でこちらを見ているリーナがいた。
「ミコトさん! 私、あなたの友達ですからね!」
「え? あはは、ありがとう」
私がそう答えると、リーナが急に抱き着いてきた。
「ミコトさん! 大丈夫ですよ! もう私があなたを一人にしませんから!」
「……うん、ありがとう」
「ミコトさんは目の死んだ人間なんかじゃありません! あなたは、くじかれても前に進もうとする素敵な人です!」
「わかった、わかったから! 苦しいって!」
どんどんリーナの抱きつく力が強くなっていく。
正直なところ、かなり苦しくなってきた。
……でも、やっとわかったよ。
私が故郷を捨てて『世界樹』を目指した意味が……やっと。
私はマフラーをそっと撫でて空を仰ぎ見る。
そう、私は……『正しい事』を成すのだ。