第5話 観測者
私は茶色いレンガの家に囲まれた場所で夜風に当たっていた。
この街は平原に位置していて、夜風も気持ちいい。コンクリの地面も、その風に冷やされているのか、触るとひんやりしてて気持ちいい。
こらからどうなるのだろう。
私は彼女とどう向き合っていけばいいのだろうか?
わからない。
同年代の女の子となんてどう話せばいいのだろう。
今は彼女は寝ているが、だからこそ不思議だった。
何故見ず知らずの私をあそこまで信用できるのか。
もしかしたら私が悪だとしたら、もう二度と目覚めることはないというのに。
……それに、彼女はいったい何者なのだろうか。
『死なない』。その言葉が頭の中で鳴り響いている。
それに、彼女のピンク色の髪も気になる。彼女は一体どこの出身なのだろうか。
……駄目だ。わからないことが多すぎる。
その答えを探すように歩き回っていると、何者かに呼び止められる。
「お兄ちゃん、何してるんですか?」
「……キミこそ、こんな遅くになにしてるの? 夜は危ないんだよ?」
「……お母さんと喧嘩したの」
……なるほど。それでこの少年は家に居づらくなって家出という形で家を出た、といったところだろうか。
「そっか、じゃあお姉ちゃんと一緒に謝りにいこ?」
「……やだ」
「でも、お母さん心配してるよ?」
「やだ!」
そう叫んでから、来た道へ走り出す少年。
……しょうがない。この街に危険がないとはいえないし、おいかけるとしよう。
だが、その後私がその少年を見つけた時は、物言わぬな死体となっていた。
「聞きましたか? ミコトさん。昨日の事件!」
「うん。だって、第一発見者が私だからね」
「……ああ、どうりで昨日から今まで姿が見えなかったんですね。お疲れ様です」
全てを察した顔でコーヒーを注いでくれるリーナ。
結局、私が事情聴取から解放されたのは、発見した次の日の夕方だった。
「それよりも、まだこの話には続きがあって……」
「え? もしかして、あの子が生きてたとか?」
「違います。なんでも、ここ最近少年少女を狙った犯罪が多いらしいんですよ。今回死んだ彼が七人目だとか」
……七人も殺すなんて、よほど子供に恨みを持っていたのだろうか?
「おっかないですねー。もしかしたら、私も狙われちゃうかも! なんて……」
「大丈夫だよ。私は狙われなかったし」
「……ふふふ、私があなたと同じ年齢に見えますか……うふふふふ」
薄気味悪い笑みを浮かべて笑うリーナ。
……もしかして、実は私よりも年上なのだろうか?
「それはさておき、リーナはこれからどうするの?」
「……どうするの、とは?」
「だから、逃げるのか逃げないのか。私は少しだけその犯人を追ってみたいと思う」
「あなたが残るのなら私も残りますが……でも、何故ですか?」
「……それが、『正しい事』だと思うから」
「正しい事、ですか……」
驚いたような顔でこちらを見つめるリーナ。
……なにか、間違ったことを言ったのだろうか?
「……そうですね。その選択は間違ってません。ならば、私も手伝いましょう!」
「ありがとう。助かるよ」
「……それで、どうやって犯人を捕まえるんですか?」
「……」
「まさか、何も考えてないとか?」
……図星だった。
あわよくば私たちに釣られてこないかな? とは思っていたが、どうも年を取りすぎたらしい。
それに、今の私は複数で行動している。おびき寄せるのは難しいだろうか。
「……はぁ」
「……ごめんなさい」
「いいですよ。じゃあ、今日のところはひとまず帰りましょうか。体も冷えるといけないですし」
「……うん」
私はリーナを追いかけて宿に向かう。
その時に、近くの家の路地裏から耳を裂くような叫び声が聞こえた。
「……行こう!」
「はい!」
私たちが駆け付けると、そこには八つ裂きにされた子供の死体と……その犯人であろう少年が立っていた。
「なんで……!」と小さく息を呑むリーナ。
それはこの状況の悲惨さを語っていた。
そして、少年を目にした私は一つ気付いてしまう。
「……凶器を、持っていない?」
私が発した声に気付いたのか、その少年は振り向いて襲い掛かってくる。
それを迎撃するために拳銃の引き金を引き、肩に当てる。
だが、それでも動じずに突っ込んでくる。
「……ミコト、下がってください。こいつはあなたじゃどうしようもない相手です」
「……なんでそう思うの?」
「……その理由は、いつか必ず話しますので」
「わかった」
私はリーナの言う通り後ろに下がると、間一髪でその少年の攻撃を避ける。
……その時の威力は、明らかに人間の出せるものではなかった。
だが、それに力を入れ過ぎたのか、空気を斬った後大きくバランスを崩す。
そこにリーナがどこからか取り出した短剣を突き刺した。
「……おやすみなさい」
リーナはそうつぶやくと、短剣を抜き血を払う。
そして、少年の体は力なく床に倒れる。
「リーナ、これって……?」
「……それについては、そこにいる男から話してもらいましょうか」
「んだよ? 気付いてたのかよ」
声のする方向を振り向くと、黒いマントに身をまとった黒い髪の男が角から姿を現す。
「……ジェノ。何故この子に子供を襲わせたのですか?」
「あぁ? そんなこと知るかよ。大方そいつが生きているガキに嫉妬したんだろうさ」
腕を組んで壁に寄りかかるジェノと呼ばれた男。
その表情からは愉悦を感じ取れた。
「そんで、リーナ。そのガキは誰だよ? 目が死んでて正直気味悪いんだが?」
「……黙れ。私の友を侮辱するか」
「おお怖い」
リーナが低いトーンでジェノを黙らせようとするが、鼻で笑ってこちらを見る。
……目が死んでる? 私が?
いや、多分光の加減だろう。そんなはずはない。
「ガキ。お前こいつの正体が知りたいんだろ? 教えてやるよ」
「……」
「こいつらはな、永遠に死ぬことはないゾンビだ。バカな人類のせいで出来上がった、壊れたおもちゃなんだよ」
「そんな言い方……!」
「黙ってろリーナ。そんでな、なんでこいつらがこうなっちまったかわかるか?」
嬉しそうに目をほそめ、壁に預けていた体を起こして話を続けるジェノ。
「俺たちの血を流したからだよ。永遠に死なない『観測者』と呼ばれる種族の血を」
「……かん、そくしゃ?」
なんだそれは。聞いたことが無い。
それに、永遠に死なない? だが、先ほどの子は確かに……。
「嘘だと思うなら聞いてみるといいぜ? そこにいる、ピンク髪の『観測者』によお?」
愉快そうに笑い声を漏らすジェノ。
「……リーナ。そうなの?」
「……はい。私たちは、死ぬことはありません。たった一つの方法を除いて」
「それは何?」
「……『観測者』が『観測者』を殺すことです」
……本当に、そんな種族が……?
だが、そんな種族が生きていたとしたら、何故今日まで捕らえられずに生きてこれたんだ?
「だから、さっきのガキはリーナが殺した。永遠の生に耐えられず、気が狂っちまったガキをなぁ」
「お前も永遠に生きてみるか? 体の筋肉は腐り、友が先に死に、どんなに痛くても苦しくても死ぬことはできなくなるがなぁ?」
ついにこらえきれなくなったのか高笑いを始めるジェノ。
「さて、俺はここらでおさらばさせてもらうぜ?」
「……待て! 貴方は何故旅をしているのですか!?」
「あぁ? 前にも言っただろ? この世界の人類を殺しつくす為だってよ!」
その言葉を言い終わったときには、ジェノは消えていた。
確かにそこに立っていたはずなのに、本当に消えていたのだ。
「……ミコト。私の旅の目的、まだ言ってませんでしたよね?」
「……うん」
「聞いてください。今この世界を歩いている『観測者』は三人います。私とジェノとあと一人」
「それ以外の人は……?」
「……人間に捕らえられ、研究材料とされています」
……やはり、人間に捕まっている『観測者』はいた。
だが、死ねない……ということは今も生きているのだろうか?
「私は、彼らを探すために旅をしています」
「それなら、何で世界樹を?」
「……それは、ついたら必ずお話ししますので」
そう言って宿に向かうリーナ。
……『観測者』。彼らは一体何者なのだろうか?
私が彼らにできる『正しい事』はなんなのだろうか?