第2話 正義
あれから私は、しばらく平原を歩き続けて私が乗っていた馬車の目的地である街にたどり着いた。
出発した時が深夜だったため、すでに辺りは明るくなっている。
テントで出来た店。そして、白いレンガによってできている家。
正直なところ、朝日がそれに合わさってものすごくまぶしかった。
「……あれ? ミコトちゃんじゃねえか」
「あ、こんにちは。昨日はどうも」
「『昨日はどうも』じゃねえぞ。ったく、俺を無視して勝手についていきやがって……」
「……すいません」
「まあ、無事ならいいんだがな。俺も助けに行こうとしたんだが、御者が追いはぎにビビって馬を走らせちまってよ。んで、今日朝早くミコトちゃんを助けに行こうとしたんだが……まあ、見ての通りだな」
「いえ、こちらがリキさんの制止を無視したのが悪いので……」
「なんにせよ、生きててよかったじゃねえか! ところで、追いはぎはどうしたんだ?」
私は苦笑して言葉を濁す。
追いはぎといえども殺人は犯罪だ。もう二度と牢屋に入るのはごめんだ。
「ま、感動の再開だ。ちょっくら座って、話でもしようや」
「はい。わかりました」
「……俺の娘も、もうちょいミコトちゃんのように素直ならなぁ……」
その言葉の後に「ま、そこが可愛いんだけどな」と言葉を付け足す。
私にはその感情はよくわからない。
「そういえば、なぜこんな朝早くに?」
「朝食後の運動だ。なんでも、年食ってからは油断が死を招くらしいからな。女房にどやされちまったよ」
そう言って豪快に笑うリキ。
なんとなく、この人なら老後も大丈夫だろう。そんな気がする。
「さあてミコトちゃん。ちょっと長いかもしれねえが、少しだけ話に付き合ってくれねえか?」
「はい。なんでしょうか?」
「ミコトちゃん。キミは歴史に詳しかったりするかい?」
「……いえ。あまり詳しくはないです」
「そっか。じゃあ少しだけレクチャーするとしよう」
リキはそう言うと座ったまま体をこちらに向け、少し咳払いをする。
「大昔、『機械』に頼り切った時代があったことは……もちろん知ってるよな?」
「はい。なんでも、移動や会話。そして世界中の情報伝達すべてが機械で行われていたとか……」
私の持っている拳銃も、その時代の頃の技術を参考にして作られている。
今からすればオーパーツもいいとこだが、性能は十分で、構造もそこまで難しくないため私は愛用している。
「ああ。その後も順調に機械化が進んでいく……はずだったんだが、どこぞの馬鹿共がそれをすべて台無しにした」
「その馬鹿共というのは……」
「今はとっくに逝っちまってるし、残党もすでに土の中だ。だが奴らという制御するものがいなくなっちまった以上、今も機械は大暴れ、という訳だ」
機械と人間の戦いは最近ではない。少なくとも、私が生まれるころにはすでに機械と人間は対立していた。
だが、その戦争ももとはといえば人間のせい。というのは初耳だ。
「でも、なぜ急にその話をしたのですか?」
「ああ、そうだったな。中東に向かうんだったら気をつけたほうがいいぜって言おうとしたが……よく考えたら『世界樹』は逆方面か」
「……そうですね」
「さてと、俺はそろそろ帰るとするか。ここは活気はあるが、その分治安も悪いところは悪いから気をつけろよ」
「はい。ありがとうございます」
私が礼を述べるのを聞いた後、リキは少しだけ微笑して歩いてきた方向に帰っていく。
私はそんな彼に背を向けて、宿がある場所に向かっていった。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
私は宿の従業員に部屋まで案内された後、鍵を閉めてベッドに横たわる。
客室の様子は、一言で言うとボロい。
板張りの床はギシギシと音を立て、レンガで出来た壁に近づくと、隙間風を感じることが出来た。
「……中東、か」
私の生まれ故郷は中東だった。
母は西洋生まれ、父は中東生まれのハーフだ。
そのため、ほかの皆より肌の色が白く、いじめられていた。
だが、母からの「正しいことをしなさい」という言いつけを守り、私は一切抵抗しなかった。
私一人が犠牲になることで、いじめっ子を傷つける事をしないためだ。
だが、段々無反応な私に飽きたのか、次の標的は私の弟だった。
弟は私よりも泣き虫で、どんどんいじめはエスカレートしていった。
けれども、いじめっ子四人と私の弟一人。犠牲にするのはもちろん数の少ない方だった。
私は弟の助けも聞き入れず、ただただ奴らの加虐心がおさまるのも待っていた。
待っていた。待っていた。長い間待っていた。
そして、最後には弟は奴らの加虐心によって、撲殺された。
そして、ようやく間違いに私は気付いたのだ。
「犠牲者をなるべく少なくする」というのが『正しい事』なのではなく、「犠牲者を出すものを排除する」というのが本当の『正しい事』なのだと。
そして……私は初めて人を殺した。
簡単だった。指を手前に動かすだけなのだ。
だけど……裁かれたのは、私だった。
正しいことをしたはずだった。だけど、大衆からは間違って見えたらしい。
最初は納得いかなかった。だけど、次第に諦めがついてきたのだ。
『正しい事』はいつの時代も理解されないのだと。
私がため息をつくと同時に、お腹の虫が鳴る。
「……お腹、空いたな」
元々この宿には食事のサービスはない。
……値段に目がくらんだのだ。後悔しかしていない。
私はカバンから拳銃と財布を取り出し宿から出た。
「朝食……いや、もう昼食か。うわあ、流石にもう人が混んできてる」
この街には飲食店は多いのだが、その分人が混む。
私が列に並んだとしても、弾き飛ばされて終わりだ。
諦めて、私は朝通った路地裏にあるパン屋に行くことにする。
あそこなら並んでいたとしても、ここよりはまともそうだからだ。
「……少し、買い過ぎたな」
私は紙袋いっぱいに入っているメロンパンを両手で支えながら、宿への道を戻っている。
……ここら辺ではメロンパンは珍しいのだ。それがセールとなれば、買うしかないだろう。
決して衝動買いではない。財布を考慮してのことだ。
ふと、そこの曲がり角から男の者らしき怒号が耳に入る。
……そういえば、路地裏は治安が悪いってリキが言ってたっけ。
「やめてください! 金は、金は必ず支払います!」
「ふざけるなよ? 散々人から金せびっといて、誰が手前なんざ信用すると思うんだ!?」
……確かに、治安は悪そうだ。
見ると、二人の男女が一人の中年を囲んでいた。
だが、彼らは別に無差別に人を襲っているのではないだろう。彼らを殺しても、それはいい事にはなりえないだろう。
「おいクソガキ、何見てんだ?」
「あ、すいません。すぐ退きますので」
「ちょっと、そんなのどうでもいいって! はやく金返させて、一緒に中東に向かお?」
「あの、中東っていますごく危険で……」
「うっさいなぁ。アンタになんか言ってないって。アンタもクソ親父と同じ事いうワケ?」
……これ以上は無駄だろうか。
私は踵を返し宿へと向かうことにした。