第11話 人形
ジェノに連れられて城へ入ると、私たちはそのままジェノが使っている部屋へ招かれた。
その城は砂漠の中央にあるらしく、道中はずっと砂漠を歩かせられた。
城の外装は、白い石造りの高さが5メートルくらいあるとても大きい壁に囲まれていて、とてもよじ登って入ることはできないだろう。
「言っておくが、俺はお前らを歓迎するために招いたんじゃねえ。座るなら床にでも座ってろ」
「……言われなくても座るつもりはありません」
「ああ、そうかよ。さて、それじゃあ本題に入るぞ」
ジェノはそう言って椅子に座り、こちらに向き直る。
「お前ら、『世界樹』目指してるんだろ?」
「……何で知ってるの?」
「あ? そんなの、俺が『観測者』だからだよ。まあ、人間のガキにはわからねえか」
私はその言い方にすこし不愉快になるが、そんなことを気にしていてもしょうがない。
「リーナ。テメエはなんで『世界樹』を目指してやがる?」
「……言いたくありません」
「答えろ。言っておくが、今すぐお前らをこの城から消すこともできるんだぜ?」
……そういえば、私もリーナが『世界樹』を目指している理由を知らない。
「……家族を探しているんです」
「え? それって、世界樹に関係あるのかい?」
「ある……とは言い切れませんが、昔『観測者』達は人間に『世界樹』へと連れていかれた……と聞かれましたので」
リーナが話し終えると、急にジェノが笑いだす。
「そいつは大正解だぜリーナ。俺達の家族はみんな世界樹にいる」
「……本当ですか!」
「ああ。みぃんな元気に『世界樹』のふもとで肩並べてお前が来るのを待ってるぜ」
ジェノが目を細め微笑む。
リーナはその言葉が単純にうれしかったのか、少しだけほおが緩んでいた。
だが、次の瞬間ジェノは目を見開き、口も限界まで口角が吊り上がる。
「ああ。元気だぜ? 人間たちに管理されてるからよお?」
「……え?」
リーナは一瞬理解できなかったのか、目を点にしてジェノを見つめていたが、すぐに何かを理解したのか膝から崩れ落ちる。
一方私は、その言葉が意味することを知らないので、ただ立ちすくむだけだった。
「俺たちは死なねえからよ。脳だけホルマリン漬けにされて今も実験材料にされてるんだろうよ」
「……なにを、いってる?」
「俺も『世界樹』に行った事あるけどよ、ありゃ大爆笑もんだったぜ? 勝手に俺たちの血を使って不死になった馬鹿が今も『助けてくれ』とうめいてるんだぜ?」
ジェノは自分の言葉にこらえきれなくなったのか、急に笑い出す。
「でもま、『世界樹』は島国に位置してるから、ティースの爺さんが助けに行くなんてことは滅多にないってのになぁ?」
「……それを見て、笑って帰ってきたのですか?」
「当たり前だろ? 馬鹿が踊ってくれてるんだ。笑ってやるのが情ってもんだろ?」
「ふざけるな!」
リーナはついに怒りがこらえられなくなったのか、懐から短剣を取り出しジェノに突きつける。
だが、それをジェノは人差し指で抑え込み、そのまま手首を握ってリーナと対面する。
「待ってたぜ? お前が手を出すのをよ」
「え……?」
「おい、テメエら! こいつは俺の命を奪おうとした反逆者だ! 牢にぶち込んどけ!」
ジェノの号令に反応したのか、部屋の前にいた兵士がぞろぞろと入ってくる。
「待ちなさい、ジェノ! まだ話は……!」
「ああ。続きは玉座の間でな」
私たちは縄で縛られた後、玉座の間に通された。
玉座は暗幕がかかってよく見えないが、すでに王は座っていた。
「その者たちが、余に反逆を企てた者たちか」
王の者であろう声が部屋に鳴り響く。
その声は男とも女ともとれない……どちらかというと少年のような声だった。
「はい、そうですよ? 俺が『席に座ってくれ』ていったとたん、すぐに切りかかってくるんですよ?」
「ジェノ、貴様……!」
「おお、怖い。このままだと、枕が血まみれになっちまいます」
「相分かった。この者たちの処分、貴殿に任す」
「わかりました。では、ミコト、リーナ。両名に死罪を言い渡します」
「ジェノ!!」
「裁判は終わりだ。あとは、牢に入って大人しく寝てろ」
裁判が終わると、砂漠とは思えないほど冷たい石床の地下牢に連れてこられた。
私たちはその地下牢の一室に放り込まれてから、何時間か経っていた。
「……リーナ。起きてる?」
「はい」
「……どうしようか」
「どうしましょうか」
よほどジェノの言葉がショックだったのか、心ここにあらずの返事しか返ってこない。
あの国王はおそらく子供で、ジェノの言い分をとりあえずひいきしているだけの傀儡に過ぎない。
だから、国王の気が変わって……ということはありえないだろう。
「ミコトさん」
「……え?」
「私、何で生きてるんでしたっけ?」
「え?」
いつも元気なリーナの口から出たとは思えないほど、とても暗く寂しい言葉が地下牢を包む。
「……どういう意味?」
「そのままの意味です。家族を救うこともできず、ジェノを止めることもできない。挙句の果てに、友達一人も守れないですよ?」
「そんなこと……」
「ありますよ。私は『観測者』の中で、一番何もできない落ちこぼれです」
その言葉に感情は込められてなく、ただ呟いているだけのように聞こえた。
「知ってますか? 『観測者』は身体が人間よりもはるかに丈夫で強力にできているんです」
「……うん。薄々は気が付いてた」
「だから、友達の力になれると思ってたんです。信じたかったんです。でも、結局は……」
「それ以上は許さないよ、リーナ」
私はリーナの寂しい言葉をせき止めると、床から起き上がりリーナの近くへ歩み寄る。
「リーナは私に私の『正しい事』が間違いだって教えてくれるきっかけをくれた。それが何でもないことだっただなんて、そんなことを言うのはリーナでも許さない」
「……ミコトさん」
「それに、私の過去を受け入れてくれた。聞いたうえで、友達だって言ってくれた」
私はまた更に強く一歩足を踏み出し、また冷たい床の温度を肌で感じる。
「力なんかなくたっていい。隣で笑ってくれさえすればいい。それが私の友達なんだ」
「ミコト……」
「だから、私の友達の侮辱は許さない」
「お美しい友情だねえ」
私の言葉に拍手しながら、一人の男が階段を下りてくる。
「……ジェノ!」
「よ。最後の挨拶はすんだか?」
「……うん。だから、リーナはこの言葉を忘れないで」
「……わかりました。じゃあ、また来世で会いましょう」
「そうか。そんな覚悟を決めたお前たちに朗報だ」
ジェノは懐から鍵を取り出すと、鉄格子の扉の鍵穴にはめて横に回す。
「お前ら、逃げろ」
「……え?」
「『世界樹』だろ? 目指せばいい」
「……罠ですか?」
「そんなものよりもっと面白いモンがあるんだよ」
ジェノはそう言って辺りをはばかるように腰を下ろし声を低くする。
「お前らの脱獄をよ、あのお人形のせいにすんだよ」
「……人形って、まさか!」
「ご名答。国王陛下だよ」
ジェノは先ほどの様な笑みを浮かべ、扉を開ける。
「あの人形の部屋に、俺の操り人形は嫌だ。って書かれた日記があってよ。だから、人形は捨てるんだわ」
「……なら、何故逃がすんですか?」
「国王の名前を有能な補佐を裏切った暗君として世に残すため」
ジェノはそれだけ呟くと、私たちを牢の外へ放り投げて、扉の鍵を閉める。
「そっから走れば外に出て次は平原がずっと続いてる。その先を歩き続ければ、『世界樹』までの航路がある国までたどり着くだろうよ」
「見て来いよ、『世界樹』とやらを」
私はその言葉を聞いた後、リーナの手を引き走り出す。
ここの国王には悪いが、まだ死ぬわけにはいかない。
多分、この行為は『正しい事』ではないと思う。
だけど、友達を助けられたのなら、それでもいい。と少しだけ思っていた。