第10話 思惑
私たちは砂漠の真っただ中、ただひたすらに歩いていた。
「リーナ。ケガはもういいの? 結構深い傷だったけど……」
「はい! 観測者は結構丈夫なんです!」
そういって元気そうに笑うリーナだが、私には服ににじんでいる血のせいで完全には納得はできなかった。
「それで、一体私たちはどこへ向かってるの?」
「今日は、昔私が人間から匿ってもらった街へ行きたいと思います。多分、そこの図書館なら『世界樹』の情報もあると思いますから!」
私たちが歩いてからしばらくしてついた町は、ボロボロなレンガの家が多い、さびれた街だった。
いや、さびれたどころか、人の気配すらない。
ただ風のこだまする、寂しい街。そう言った印象を受けた。
「リーナ。これは……?」
「おかしいですね。ここは、昔から活気のある栄えた街だったはずなのですが……」
リーナはそう言うが、そんな様子はどこにも見当たらなかった。
確かに昔は人が住んでいたであろう痕跡は残っているが、今は火との声すらしない。俗にいうゴーストタウンだ。
「集団で引っ越したとか?」
「それは……説としては少し弱いですね。集団で移動するような方々なら、レンガで出来た家なんて建てるとは考えにくいです」
「じゃあ、とりあえず二人で探そうか。手分けして……も考えたけど、少し危険すぎる」
「はい。私もそれがいいと思います」
結局、私たちは日が真上に上るまで人を探したが、誰一人としている気配はなかった。
「図書館の本、すべて破かれてたね」
「……盗賊ですかね? でも、それなら死体の一つは残っているはずです」
「……考えにくいけど、神隠しにあったとか?」
「多分、それが一番有力かと」
私自身神という存在はあまり信じていないが、そうとしか考えられないほど、きれいさっぱり人が消えていたのだ。
それに、この街からの情報源はすべて誰かが消し去ろうとしている。
この街の存在自体、なかったものにしてしまうかのように。
私たちが考え込んでいると、不意に後ろから叫び声が聞こえる。
「おいお前たち! ここで何をしている!」
「……人!?」
私が振り返ると、そこには全身を鎧でまとった男がこちらに槍を向けていた。
……いや、男ではない。男たちがこちらを囲むように槍先を向けていた。
「ここは我らが帝国の私有地! 何故貴様らはここに侵入した!」
『帝国』。その言葉に聞き覚えがあるか聞こうとすると、リーナは知らないといった風に顔を横に振る。
「待ってください! この街は、自治権が認められていたはずです!」
「昔は確かにそうだったようだが、今は違う! ここの者たちは全員、我が国に反逆を企てようとした!」
「そんな! ここに人たちは、そんな方は一人もいません!」
「我々は、反逆者の肩を持つ言葉など耳に入らぬ! 疑わしきは罰せよ、そう王は我々に命じられたのだ!」
私はその言葉に、ひどく既視感を覚えた。
人殺しの言葉は信じず、ただただ疑わしいと言っただけでその人を殺した、そんな恐ろしい存在を知っている。
心優しい少年を撃ち殺した、『私』だった少女を私は知っている。
だからこそ……私は彼らを許せなかった。
「あなた方は、自分が何をすれば正しいのか……それがわからないのですか?」
「……ほう、ピンクの髪の女の肩を持つのか?」
「違う。肩を持つとか持たないじゃない。私は、あなた方に自分で何が正しいのかもわからない愚か者なのかと聞いている」
今更改心したって、ルックやミウさんの彼氏さんは許してはくれないかもしれない。
だけど、私は彼らを許さない。それが、今に対する『正しい事』なのだから。
「貴様! 我ら騎士団を馬鹿にするか!」
「うるさい。早く質問に答えて」
私はしばらく騎士団の隊長らしき人物をにらんでいると、その間から見慣れた男が現れる。
「おいおい、やめとけよ。そいつらは一応俺の客人なんだぜ?」
「……ジェノ」
「……ジェノ様!」
ジェノは鬱陶しそうに掌をひらひらさせて私たちを囲んでいた騎士をどかしながらこちらに歩いてくる。
「ジェノ、何故あなたがここに?」
「あぁ? 『助けてくれてありがとうございます』だろ?」
「……クッ、助けてくれて、ありがとう……ございます」
助けられたのは事実なのだが、心底悔しそうに唇をかむリーナ。
それをみて愉快に思ったのか、ジェノは腕を組んで鼻で笑っていた。
「それじゃ、行くとするか。立ってるのも疲れてきたしよ」
「……待ちなさい。どこへ行くのですか?」
「ああ? テメエらも来るんだよ。客人なんだからな」
「ふざけているのですか?」
「その質問は心外だな。俺は生まれてから今に至るまでずっといい子ちゃんなんだぜ?」
私はリーナのわき腹を小突き、どうするか目線で聞こうとするが、リーナ自身も彼の思惑が分からないらしい。
何故敵である私たちを招き入れるのか。冷静に考えて罠なのだろうが、もし罠なら今ここで殺したほうが手っ取り早い。
「ま、今のお前たちに拒否権なんてないんだけどな」
ジェノが片手をかざすと、騎士たちが槍を構え治す。
騎士たちだけなら強行突破できたのだが、ジェノはそれを許さないかのように、腕を組んで見下している。
「……わかりました。ですが、ミコトには手を出さないでくださいね」
「ああ? 元々そんなガキに興味はねえよ。俺はお前と話したいことがあんだよ」
私たちは結局、彼らの目的もわからないまま連行されることになった。
ジェノは……いったい何がしたいのだろうか。
その時の私はその思いで一杯だった。