表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第1話 少女

「アンちゃん、アンタ一人旅かい?」


 私が馬車に揺られていると、不意に同席していたヒゲを生やした男が話しかけてくる。


「……女です」

「おっと、そりゃ悪いな。マフラーしてるんで、どっちかわからなったんだ。そんで、嬢ちゃんは一人旅かい?」

「はい。あなたもですか?」

「いんや、俺は兵士として徴集されててな。今日から暇をもらったんで久しぶりに息子と女房に会えるんだ」

「そうですか。それはよかったですね」

「だろ? だから、少し話し相手になってくれねえか? このままだと嬉しすぎて歌でも歌っちまいそうだからよ」

「はい。私で良ければ」


 私の返事に、嬉しそうに歯を見せて笑う男性。

 その姿は、兵士として徴集されていた時代ではありえなかった笑みだろう。


「そういえば嬢ちゃん、名前は?」

「『ミコト』です」

「いい名前じゃねえか。紹介が遅くなって悪いが、俺はリキって言うんだ。それと……」


 リキは言葉を不自然に止め、カバンの中をあさる。


「これが、俺の女房と娘だ。娘……ミウって言うんだけどな。来月15になるんだが……いかんせん反抗期でな。俺は屁をこく自由すらなくなっちまったよ」

「はは、大変そうですね」

「そう思うだろ? でもよ、どんなに憎まれ口叩かれようが俺はミウが可愛くて仕方ねえんだ。不思議だろ?」

「ふふ、そうですね」

「ミコトちゃんは今年で何歳になるんだ?」

「……17です」

「……そっか。色々大変だとは思うが、頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

「ああ、それと。ミコトちゃんはどこか目的地とかはあるのか?」

「……『世界樹』です」

「……そうか、『世界樹』か」


『世界樹』。それは、この地球に突如根を張った大木。

 大きさは世界樹の名に恥じぬ大きさで、世界を覆ってしまうほどだ。

 なんでも、世界樹のふもとは戦争のない緑あふれる世界なのだとか。


「しかし、そりゃまたなんでだ?」

「……小さいころからの夢なんです」

「そうか。じゃあ、一つだけ忠告しておこう」


 リキが不意に真面目な顔をしてこちらを見つめる。

 私もそれにならって、リキの目を見つめる。


「ここらへんは追いはぎが多い。しかも、ただの追いはぎじゃねえ」

「……というと」

「なんでも、弱ったふりをして助けさせ、そのお礼と称してアジトに連れ込んで物を盗む」

「それは……」


 私の言葉を遮るように馬車が急に止まる。


「おい、どうした!」

「申し訳ありません。急に、人が飛び出してきたもんで……」


 御者の言う通り馬車の通り道である場所には、一人の老婆が立っていた。


「お願いします! 一滴でいいので、どうか水を!」

「噂をすれば、だ」


 ……この人がその俗なのだろうか?

 しかし、どうもそんな感じは見受けられない。


「ケッ、のどが渇いてる癖に叫び声だけは一丁前だな」


 リキが吐き捨てるように言う。

 確かにその通りだ。ここまで演技が上手いとなると、そうとう稼いでいるのだろうか?


 だが……。


「あ、おい! ミコトちゃん!」

「すいませんリキさん。母から『正しいことをしなさい』と言われ続けていますので、見捨てることはできないんです」


 私は荷物と水を持って馬車から飛び降りる。

 それを見た彼が私を制止しようと大声を出すが、私はそれを無視して水を差し出す。


「どうぞ。少ししかありませんが」

「ああ、ありがとうございます……」


 私が水の入った筒を渡すと、それを一気に飲み干す老婆。


「是非お礼がしたいので、どうか我が家に招かれてはくれませんか?」

「いえ、そこまでのことは……」

「駄目です! ここで貴方様に帰られては我が一族の立つ瀬がありません! どうしてもというのなら……」


 言葉を遮り、どこからか取り出したナイフを自分の首に近づける。


「もうこの世に留まってはおれません」

「……わかりました。私が行くことであなたの命が助かるのなら」

「ああ、ありがとうございます!」


 お礼をしながら、深々と頭を下げる老婆。

 その時の顔に、不自然に口角が吊り上がっていたのを私は見逃さなかった。



 連れてこられたのは、先ほど走っていた平原とは打って変わって深い森の中だった。

 その中に、ポツンと一軒家が立っている。


「どうぞ、狭い家ですが」

「いえ、おかまいなく」

「いえいえ、命の恩人をほっぽっておくなどとてもとても……」


 そう言って申し訳なさそうに笑う老婆。

 これが演技なのか、少し疑わしくなってきた。


 私は出されたお茶をすすりながら老婆の感謝の言葉を聞く。

 ……毒は含まれてはないらしい。体に異常はない。


「おばあちゃん、お客さん?」

「ああ、ルック。今日はとても大切なお客様がいらしてくれたんだよ」

「そうなの?」


 ルックと呼ばれた少年がこちらに向き、お辞儀をする。

 私もそれに対して少しだけお辞儀する。


「お姉……さん?」

「そうだよ」

「お姉さん。なんでマフラーしてるの? お外は寒くないよ」

「……ファッションだよ。気にしないでね」

「ふーん」

「こら、ルック! お客様に失礼でしょ!」

「いえ、気にしてませんので」


 私はもう一口お茶を啜る。

 正直なところ、かなり美味だ。多分、来客用だと思うくらいには。


「お気に召しましたか?」

「あ、はい。どうも」

「茶菓子もありますよ。遠慮せず食べてってください」

「あ、いただきます」

「お姉さん! 僕も食べていい?」

「うん。いいよ」

「ありがとう! いただきます!」



「それでね、お姉ちゃん! この前、おばあちゃんと一緒に魚釣りしたんだ!」

「そうなんだ。楽しかった?」

「うん! いっぱい釣れたよ!」

「そっか。良かったね」


 私は今食べている茶菓子を食べ終えると、椅子を引いて立ち上がる。


「それじゃあ、そろそろ私はここらへんで……」

「いえいえ、今日はもう遅い。こんな森の中で女の子が一人で歩いてたら、襲ってくれと言っているようなものです」


 確かに、話し込んでしまったらしく、外はもう暗くなっていた。


 ……そういえば、この二人は危なくないのだろうか?

 深い森の中に老婆と子供。襲われない方が不思議だ。


「泊ってってください。その方が、ルックも喜びます」

「……わかりました。お世話になります」

「お姉ちゃん、泊ってくの?」

「うん。もしかして、迷惑?」

「ううん。そんなことはない……けど……」

「ルック。変な事言うもんじゃないよ」

「……はーい」


 ……なにか、嫌な事でもあるのだろうか。


「ではお客様。こちらの部屋が空いてますのでどうぞこちらへ」

「あ、ありがとうございます」



 連れてこられたのは、ベッド以外物の置かれていない部屋だった。

 あるのはたった一つの小さな窓だけ。部屋というよりは、牢獄だ。


「それでは、おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」


 私はベッドに横たわりランプの灯を消す。

 そして、枕の下に拳銃を隠して横になる。


 ……私は、どうなるのだろうか。

 そう言った気持ちだけが、胸の中に渦巻いている。


 どれくらいたっただろうか。不意に、部屋の戸が叩かれる音がする。


「……お姉ちゃん、起きてる?」


 ……ルックだ。だが、声を忍ばせているあたり、様子がおかしい。


「……どうしたの?」

「……いいから、ドアを開けて」


 私は枕の下にある拳銃をポケットに隠し、扉を開ける。


「お姉ちゃん、荷物を持って早く逃げて」

「……そっか。やっぱりここは」

「ここはなんだい?」


 男の声が会話に割り込んでくる。

 その声を聴いて、ルックは目を見開き動揺し始めた。


「よおルック。まさかお前みたいな悪党が人助けするなんてなあ!」

「うるさい! もう、お前らの言う通りになんてしない!」

「ああ、そうかい。立派になったもんだな。俺よりも人を殺してる癖によ!」


 その言葉が終わると同時に、ルックは何者かに吹き飛ばされる。

 しばらくすると、男の声の持ち主であろう大柄な男が現れる。


「ま、そういうことだ。さっさと荷物を置いて消えたら、命はとらね……」


 一つ、私の手に握られているモノから乾いた音がする。

 その音が鳴り終わった後、男は地に伏せ物言わぬ死体になった。


「おねえ、ちゃん……?」

「ルックくん。もしかして、キミはこういう事をずっとしてたのかい?」

「えっと、その、強制されてて、あの、その、そうしないと、おばあちゃんをころすって、その……」

「そっか。だから仕方なく人を殺してたんだね。もしかして、おばあちゃんもかな?」

「ひ……う、うん! だけど、おばあ」


 もう一回、銃声が家に鳴り響く。

 いや、その音に駆け寄ってきたであろう老婆のも合わせると二回か。


 私は人殺しの言葉を信用しない。

 それが誰であっても、どんな奴であっても。

 それがたとえ、自分であっても。


 これで、ここの人たちに殺される人はいなくなった。

 だから……また一つ、『正しいことをした』のだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ