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 (心臓止まるかと思った……!! )


 自室に戻った彩純あすみは、いまだにバクバクとする心臓を押さえてしゃがみ込んでいた。


 (バレてない? バレてないよね? )


 だんだんと落ち着いてきた頭で先ほどのランスロットとの会話を反芻する。


 (たぶん、大丈夫…)


 後ろ姿しか見られていないはずだ。あの場で何も言われなかったのだから女だとはバレていないだろう。

 ようやく治まった心臓の音に耳を傾け、彩純は外したままだったサラシをもう一度巻き直す。


 グゥ~~。


 落ち着いた事で腹が空腹を訴え出した。

 先に風呂に行ったため食事を後回しにしたのを思い出して、彩純は最後に深呼吸をしてから部屋を出て食堂へ向かった。



 「なんだ。今日は一人か? 」


 ピークは過ぎたが、まだそこそこ人の残る食堂で彩純はダッドから食事を受け取りそう聞かれた。


 「はい。ブレットもユアンも休暇なんで」


 「そうか……あー…、あのな、一人の時はもちっと早く来い。できたら風呂に入る前に」


 「 ? …何でですか?」


 「ああ、まあその、なんだ…お前に特別に甘いの付けてやるから、先に来て食え」


 「…はあ。それは嬉しいですけど…。ダッドさんまで俺を餌付けしようとするんですか?」


 「餌付け? 」


 「何故かここの騎士の皆さんにもよく食べ物もらうことが多くて。餌付けでもされてるのかと思って」


 「おま、そりゃあ…。いや、何でもねえ。とにかく風呂より先に来るんだぞ」


 ダッドに念を押され、彩純は困惑気味に頷いた。

 それを見たダッドは安堵して一息つき、食事を持って席につく彩純を目で追いかけた。


 (団長……あれはマズいぜ)


 人手不足に喘ぐ事務に突如現れた新人事務員。

 まずその見た目で騎士たちの目を奪い、次にその性格の良さで騎士たちを籠絡していった。

 だが相手は男。どれだけ魅力的に見えようとも性別が男では踏み止まる者がほとんどだったが、それでも構わないという者が増えつつあるのはダッドも知っている。

 そこへきて今日のエリアスだ。

 風呂上がりなのだろう。いつもはサラサラの髪がしっとりと濡れていて、肌はいつもより赤みを帯びている。そして近づけば石鹸のいい香り。

 汗臭さが当たり前の騎士たちの中にいて普段からいい香りをさせていたが、今は風呂上がりのせいで一段といい匂いをさせ、いつもより格段に色っぽかった。


 女っ気のないこの砦であれは危ない。現に食堂にいるほぼ全ての騎士たちが横目でエリアスに注目している。既にエリアスに落ちている奴らは目に焼き付けるように。何とも思っていなかった奴らは目を瞠って。


 さらにエリアスを見ていると、手を合わせて何か呟き食事を始めた。毎回食事の初めと終わりに見る動作だがあれが何なのか知る奴は誰もいない。

 

 するとそこへーーー。


 「んあ? 今日はお前一人か? 」


 「ガレス? ああ、うん。みんな休暇中」


 ガレス=バウスフィールド。

 なんとこの砦がある領地を治める辺境伯の三男だ。

 代々国境でこの領地を守ってきたバウスフィールド家は他の貴族たちとは違い、男も女も剣を手に取り戦う一族だ。次男以下の男たちはみんな騎士になり、大体はこの砦の配属になる。

 輝くような金髪を短く刈り込み、緑の瞳は鋭い眼光を放ち、腕や足は太い大木のようだ。筋肉馬鹿が集まるこの砦の中でも一番の筋肉馬鹿は間違いなくガレスであり、団長を除いた騎士の中で一番の腕を持っているのもガレスだろう。


 そのガレスはエリアスを純粋に弟のように可愛がっている奴らの筆頭だ。


 「それなら一人で寂しいだろ。今日は俺がここで食べてやるよ」


 ニカッと笑い向かいの席に座るガレスだが、その際エリアスを見る他の奴らへ殺気を向けるのも忘れない。

 ガレスがいてくれるなら安心だろうと、ダッドは厨房の中へ戻ろうとし、そこで食堂の入口に誰かが立っているのが見えた。


 そこにいたのは団長ーーランスロット=ローゼンバーグがいた。


 団長は侯爵家の次男であり、一時期は近衛に配属され王太子殿下の警護もしていた輝かしい経歴を持つ。

 珍しい銀髪に紫の瞳、そしてこれでもかと整った顔はご婦人方には絶大な人気を誇っている。花形職である近衛だった頃はそれはモテていたそうだ。


 そんな団長が食堂の入口からひっそりと中を窺っている。その視線の先にいるのはエリアスとガレス。いや、おそらく見ているのはエリアスだけだろう。

 団長もガレスと同じ様にエリアスを気にかけているのは知っている。団長なのだから当然と言えば当然なのだが、やはり一人毛色の違うエリアスを心配しているのだろう。

 

 団長とガレス。この二人がエリアスを見ててくれているのなら自分が心配する必要はない。

 そう結論を出したダッドは今度こそ厨房に戻って行った。

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