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 ランスロットと仕事を片付け、夕食の時間になり二人は事務室をあとにした。


 「団長は食べて行かないんですか?」


 どうせだから食事も一緒にと誘ってみたが、ランスロットの返事は否だった。


 「いや、俺がいると折角の飯も味わえないだろう」


 どうやらランスロットは他の騎士たちに遠慮して食事はいつも部屋に運んでもらっているようだ。自分がいると気兼ねしてしまうだろうからと。


 「そうですか……。ではお疲れ様でした」


 無理に誘うことはせず彩純あすみはそこでランスロットと別れて食堂に足を向けた。だが途中である事に気付く。


 (あれ……もしかして今ならお風呂に行ける?)


 砦にあるお風呂は共同風呂だ。彩純は入りたい気持ちをグッと我慢して普段は盥に水を張って身体を拭くだけにして、その中に頭を突っ込んで髪を洗ったりしている。女だとバレないためには仕方ないのだが、これが彩純にはかなり辛かった。


 それが今なら騎士たちはまだ訓練中だし、終わってもまず腹ごしらえが先なので彩純が風呂に入るくらいの時間は誰も入って来ないだろう。


 (今なら温かいお湯で思う存分、全身磨き倒せる…!!)


 その誘惑に彩純は勝てなかった。


 彩純はクルリと後ろを向くと、早足で自室にお風呂セットを取りに戻った。




 (はあ~幸せ~……)


 思う存分身体を磨き、水の量を気にすることなく髪を洗うことができた彩純はここが極楽か。と思いながらお湯に浸かっていた。


 (…まだ浸かってたいけど、そろそろ出なきゃ)


 後ろ髪を引かれながら、彩純は思い切って風呂を出る。

 脱衣所で手早く身体を拭き、まず下半身の衣服を身につける。次にサラシを巻こうと布を手に取るとーー



 ガチャ



 ドアの開く音がして彩純はビクッと身体を強ばらせた。


 「…? あ、ああ。エリアスか」


 それは先ほど別れた団長の声だった。


 彩純は下は服を着ているが、上はタオルを首に引っかけているだけの防御力ほぼゼロの状態。つまり団長に無防備な背中を全部見られているのだ。


 心臓が口から飛び出そうとはまさにこれのことだと、どこか冷静な部分で思う彩純だが、実際はサラシを持つ手は震えているし、嫌な汗が全身から吹き出ている。

 彩純は声が震えないように気をつけて口を開いた。


 「だ、団長もお風呂ですか?」


 「ああ。いつもは自室の風呂で済ますんだが、今なら他の奴らもいないだろうと思ってこっちに来たんだ」


 「そうなんですか。団長も気をつかって大変ですね。俺も今なら他の騎士の方たちがいないだろうと思って来たんですよ」


 「お前は騎士たちを避けてるのか? ……もしかして何かされたのか?」

 

 途端、ランスロットの声が鋭くなる。


 「ち、違います! ただ、騎士の方たちは鍛えていい身体してるので…貧相な自分の身体を見せたくないだけです」


 慌てて言い訳をすると、ランスロットがホッと息をついたのが分かった。


 「ならお前も今度訓練に参加してみるか」


 冗談で言っているのが分かる声色でそう言うと、ランスロットが風呂へ行く音だけが響いた。


 「……バレてない?」


 ドキドキとうるさい心臓を手で押さえ、彩純は足の力が抜けその場にしゃがみ込んだ。


 「…は、早く戻らないと」


 いまだ震える手でなんとか服を着て、彩純は力の入らない足を叱咤して逃げるように風呂をあとにした。



※※


 その頃一人風呂に浸かるランスロットは先ほど見てしまった彩純の後ろ姿ーー厳密には背中が頭から離れなかった。


 「ちょっと待て。何でこんなに落ち着かないんだ」


 男にしては華奢な身体。本人も気にしているようだったが、本当に女みたいな身体だった。しかもあれほど色が白いのも貴族の令嬢でもなかなか見かけないだろうし、キメも細かくとても触り心地が良さそうだった。

 染み一つない背中、髪から水の滴っていたうなじを思い出し、ランスロットは下半身に熱が集まるのを感じて慌てて頭を振る。


 「何を考えてるんだ」


 俺はノーマルだ。長いこと女と触れ合う機会がなかったからこんな事ぐらいで動揺してしまうんだ。


 (だが……)


 だが俺よりもアイツと接することの多い他の騎士たちや同じ事務員たちの方があの魅力を前に我慢が出来るだろうか。既に何人か落ちた騎士たちもいると聞く。


 アイツは健気だ。この砦に来てからの頑張りはちゃんと見ている。

 騎士たちとは全く毛色の違うタイプだからと最初は馴染めるか心配し、馴染んでからは逆に騎士たちが不埒な行動を起こさないか心配した。


 団長の自分が近くにいては緊張するだろうと、あまり近づきはしなかったが陰からいつも見守っていた。

 そこで見えてきたエリアスの性格は健気で謙虚で気遣いが出来る、凡そ騎士たちとは正反対の人物だった。


 アイツ自身の人柄の魅力に、そこいらの女より可愛らしい見た目、自分ですらクラっときてしまったあの色気はこの砦では脅威だ。


 もしかしたらそのうち血迷った誰かに襲われる日が来るかもしれない。

 団長である自分にとっては襲う方も襲われた方も、どちらも大事な部下だ。出来れば何も起こらないでほしい。


 でももしエリアスが襲われたら…。


 (ーー斬る)


 襲われ泣き叫ぶエリアスの顔が頭に浮かん途端、相手が誰であろうと迷いなく斬ると反射的に考えた自分に動揺して、ランスロットはその考えを打ち消すように勢いよく風呂を出た。

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