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「ほ、本当だ! 女がいる!」
「なんだと!? ……おおっ、可愛い…」
「おい、俺にも見せろ!」
「痛え! 押すな、馬鹿っ」
「えーと……」
「気にしないで下さい。さ、食器はあちらに片付けるんですよ」
「そうそう。ちょっと騒げば落ち着くからさ」
何だか出入口でむさ苦しい男たちの群れが出来ているが、二人は全く気にせず食べ終わった食器を手に立ち上がり、彩純に後片付けの仕方を教えてくれた。
「ちょっと待てお前ら! 誰だそのかわい子ちゃんは!」
(かわい子ちゃん……)
もしかして自分は男に見えていないのかもしれない。嫌な汗が背中を伝う。
「馬鹿ですか貴方たちは。彼は今日からここで事務員として働く同僚ですよ」
「女だったらここで働くのは無理でしょ」
「なっ……男……!」
「こんなに可愛いのに……!!」
彩純が男だと訂正され、群れを成していた騎士たちが床に膝をついて悔しがっているとーーー
「おい、こんな所で止まるな。入るなら早く入れ」
これだけのざわめきの中、声を張り上げてるわけでもないのによく通る声が聞こえた。
すると膝をついていた騎士たちがバッと立ち上がり他の騎士と一緒に左右に割れ、できた道から団長のランスロットが歩いて来た。
「いったい何の騒ぎだ……ああ。そういえば紹介がまだだったな」
そう言うとランスロットは彩純の隣に来てその背中を少し押し一歩前へと出した。
「お前らよく聞け。今日からうちの事務として働いてもらうことになったエリアスだ。見ての通り荒事には一切向いてない。いいか、やっと来てもらえた大事な事務員を傷つけるんじゃないぞ!」
「「「「 はい!! 」」」」
たかだか事務員一人にこれほど気合いの入った紹介がいるのだろうか。疑問に思いながら彩純も続けて挨拶のために口を開いた。
「エ、エリアスです。まだまだ不慣れではありますが、精一杯皆さんをサポートしたいと思います。宜しくお願いします!」
そう挨拶する彩純の横で、ランスロットが「これくらい脅しておけは変な気を起こす奴もいないだろ」と言った言葉は誰の耳にも届かなかったーーー。
砦の生活は当初心配していた窮屈さはなかった。むしろ快適と呼べるレベルだった。
部屋は個室だし団長の言葉のおかげで騎士たちにも乱暴に扱われることもない。ーー確かに最初は「女みたいだ」とか、「ちゃんとついてんのか」とからかわれ、遠巻きに見られたりしていたが、制服(事務員の制服も騎士服だった)が届き騎士たちと同じ格好になったら仲間意識が芽生えたのか普通に声をかけてくれることが増え、今ではむしろ不便はないかと気にかけてもらっている。この前はこっそり飴をもらった。
(この砦における私の位置ってどうなってんの…?)
さすがに飴をもらった時には頬が引き攣った。どんだけ子どもに見えているのだろう。これでもブレットと同い年だとみんな知っているのだろうか。しかもその後も立て続けにクッキーやら夕飯のおかずやら、ちょこちょこと何かしらもらうことが多くなった。
(餌付けでもされてんのかしら?)
でも私を餌付けする意味って…?と考えても全く答えが出なかった。
一方騎士たちにとって彩純は、突然できた弟や息子といった存在に感じていた。
いつも笑顔で接してくれて(日本人的営業スマイル)、食べ物を渡すと丸い目をさらに丸くし、その場で一口食べては美味しいと言ってくれ(日本人的気遣い)、国境を守る自分たちは凄いと褒めてくれて(日本人的お世辞)、すれ違うだけても「いつもお疲れ様です」と言ってくれる(日本人的ただの挨拶)。
砦には見渡す限りむさ苦しい男ばかり。そこに突然現れた彩純は砦のマスコット的存在としてみんなから可愛がられ愛されるようになった。
ただ中には、男にしては身長も身体付きも小さく、この辺りでは見かけない可愛らしい顔をしていつも笑顔でみんなを気遣う彩純に胸を高鳴らせている者も少なくない。たまに彩純が笑顔で挨拶をしながら通り過ぎた後、ぼうっと突っ立っている騎士が増えた。そんな時は周りの騎士たちが正気に戻れと一発気合を入れてやる光景がよく目につくようになった。
彩純は彩純で、砦は学校。騎士たちは生徒。そして自分は教師という気分を味わっていた。男子校で手のかかる生徒たちを一歩引いて見ている教師のようだと思ったのだ。
彩純の実年齢は二十五歳。その年齢から見たら騎士たちは同世代か年下が多く、そんな面子でバカ騒ぎしてるのを見ると「男って幾つになってもアホだなあ…」という妙に生温い目で見る様になる。
そうしたら騎士たちに対してはずいぶん寛容になり、何を言われても笑って流せる様になったのだ。
そんな心境になると、緊張が解けブレットとユアンとも敬語が取れ砕けた口調で話すようになり、彩純は砦の生活を順調に送れるようになった。
そんな感じで周りと打ち解けてきた頃…。
「休暇?」
「ああ。明日から三日ずつ交代で騎士たちが休暇に入る」
「へえ。だから最近みんなソワソワしてたのか」
「いや、あれは休暇が楽しみなソワソワじゃないと思うぞ」
「確かに。あれはソワソワと言うより挙動不審ですね」
「え? 何で挙動不審? 」
目を瞬かせて彩純は二人を見ると、二人は揃って溜め息をついた。
「いいか。ここは男だらけの砦だ」
「うん」
「結婚してる奴は家族が待つ家に帰る。だが独り者の騎士たちが休暇で向かう先なんて一つだ」
「うん……?」
「娼館だよ。そこで寝泊まりもできるし溜まった性欲も解消できる。一石二鳥だろ」
「あー……分かった。そういうことね。でもそれと挙動不審なのと何の繋がりが? 」
「……お前に知られたくないんだろ。娼館に行くって」
「……へ? 」
言われた意味が分からず間抜けな返答をしてしまう彩純。それを見たブレットとユアンはもう一度溜め息をついた。
「あのな。アイツら騎士たちにとってお前って可愛い弟みたいに思われてるのは自覚してるな?」
「う、うん…。いつも良くしてもらってありがたいよ」
「それでそんな可愛い弟に、これから自分は娼館に行って女を買って性欲解消してくるって知られるのは非常に気まずいわけだ」
「……はあ」
そんなもんなのだろうか?兄弟のいない彩純にはさっぱり分からない。
「普段家族のように接している貴方に自分が肉欲に溺れるところは見せたくないのでしょう」
「……はあ」
いまいち分かっていない彩純を見て二人はこれ以上の説明は諦めた。騎士たちもあまりして欲しくない話題だろう。
「ところで私たちの休暇は騎士たちの休暇が終わってからです。どこで何をするか、考えておいた方がいいですよ」
「うーん。俺はこの前まで街にいたから、特に街に行きたいとは思わないんだよねえ…」
「ならここに残りますか?別に必ず砦を出て行かなければいけない訳では無いですし」
「そうだなあ…それなら買い物だけして夜には戻って来ようかな」
「休暇までに考えれはいいだろ」
「もし街に泊まるなら、この書類書いといて下さいね」
そう言って手渡されたのは外泊届。
砦って学校と言うよりむしろ学生寮みたいだな。と考えを改めて彩純はフッと小さく笑った。
ガタガタガタッ。
バサバサバサッ。
「 !? 」
突然聞こえた音に驚いて彩純が顔を上げると、ブレットが椅子を倒していて、ユアンが書類の束を落としていた。心なしか二人の顔が赤い。
「え? だ、大丈夫!?」
彩純はユアンが落とした書類を拾いながら二人に目を向ける。
「いや、ごめん。何でもないっ」
「すみません。手が滑りました」
みんなで床に散らばった書類を集めながら、でも決して彩純の方を見ようとしないブレットとユアンに彩純は首を傾げつつ残りの書類を拾い続けた。