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 カウンターの奥の壁には、ある貼り紙がしてあった。


 【求む 騎士団事務員】


 それはここから近くにある国境の砦の事務員募集の貼り紙だった。

 

 この世界に義務教育など無い。

 字が書けても名前だけとか、必要なことしか書けないとか、それすら出来ないという者も多い。

 事務員になる条件として字が書ける、計算が出来ることが条件だが、この条件を満たせる者は少ないだろう。

 でなければこの貼り紙がこんなに色褪せているわけが無い。


 (いける!これならいける!)


 前の世界での職種は一般事務。こちらの世界の事務仕事がどんなものか分からないが、たぶん出来るはず。

 ちなみにこちらの言葉も文字も日本とは違う。でも何故か話せるし読めるし書ける。

 アビーに聞くと、異世界人がこの世界の言葉で苦労した話は聞いたことがないと言うので、もうそういうもんだと納得した。というかこれぐらいのチートがなきゃやってられない。


 給料もそこそこ良いし、砦に住込みとある。

 希望に目を輝かせ貼り紙の文字を目で追う彩純あすみだが、ある条件に目を止めるとピタリと固まった。


 【性別・男】


 この時の自分は少しおかしくなってた。

 後に彩純がこの日の話をしたときに語っていた言葉だ。


 「ふふふ。男。いいじゃない。なってやろうじゃないっ!」


 こうして彩純は胸まであった髪をバッサリと切り、残りの金で男物の服を買い込み、砦へと向かった。








 「採用」



 彩純が砦に着き、門番に採用試験を受けたい旨を伝えると、すぐ中に通された。

 しばらくすると二メートル近くありそうな大きな男が入ってきて先ほどの台詞を言ったのだ。


 「……は?」


 部屋に入ってきて彩純が書いた履歴書の様な紙を読むには読んだが、採用試験も質問も何も無く即採用とは一体どういうことだ。


 「名前はエリアス。歳は十八。ウェーズ村出身。教会前に捨てられていたので出自は明らかでない。読み書きは教会で教えを受け、ついでに計算も出来る。間違い無いな」


 「は、はい」


 出身村と、なぜ読み書きや計算が出来るか砦へ来る途中で考えたものだ。


 歳は本当は二十五歳だが、男として働くのならサバを読まなければこの見た目の言い訳が出来そうにないので十八歳とした。

 日本ではデカ女と言われた一七三センチの長身は、こちらの世界では女性の中なら埋没する高さだし、男としては低い身長になる。男性としては華奢な身体に、見た目もくりっとした大きな瞳に白い肌は男らしいとは言えない。

 アビーにも十代にしか見えないと言われたので、それならばと十八歳にしたのだ。

 ……本当は十五歳ぐらいに見えるとアビーには言われたが、さすがに十歳のサバ読みは抵抗があり十八歳と自称するのが限度だった。


 ただ名前だけは全く考えておらず、咄嗟に学生時代のあだ名(江里口彩純えりぐちあすみを縮めただけ)を思い出したのでそれにした。


 そもそもなぜ異世界人であることを隠すのか。

 それは単純に珍しいからだ。

 この世界で稀に何らかの偶然で異世界人が迷い込むことがある。こちらの世界の人たちは異世界人が現れればすぐに国が保護する。それは異世界の知識が欲しいからだ。

 だが一度保護されたが最後、国にずっと飼い殺されることになる。飼い殺されていることに気づかず、甘い言葉で近づいてくる国が用意した伴侶役と、そうと知らずに恋に落ち結婚をして死ぬまで縛られるのだ。

 しかも異世界人が迷い込んできたのは一番新しくても百年以上前だとか。これはもし自分が異世界人だとバレたときが恐ろしくて仕方ない。

 こういった裏事情込みでアビーからどうしたいか聞かれたのだ。


 国に飼い殺しされると分かって保護されるか。

 自力で生きて行かねばならないが自由を取るか。


 普通はこんな右も左も分からない異世界で選択するなら保護されることだろう。飼い殺されると分かっていても安全・安心な生活にはかえられないと。

 

 だが彩純が選んだのは後者だ。


 彩純には家族がいない。中学生のときに両親が事故で亡くなり、親戚には誰も引き取りたくないと言われ親の遺産や奨学金で高校を出て、それから一人で生きてきた。

 だから誰かの世話になることが極端に苦手なのだ。

 自分の力で生きて行く方法があるなら、そちらを取りたかった。





 「それだけ出来れば上出来だ。制服は後日になるから先に部屋に案内する」


 即採用、即入居だった。


 「え、あの、いいんですか?自分で言うのもあれですけど、もっとよく考えた方が良くありませんか?」


 「読み書きが出来て計算が出来れば正直誰でも構わん。それすら出来る奴がいなくてうちの事務員は人手不足に悲鳴を上げてるからな」


 「……はぁ」


 仕事内容によってはこの砦の内情など筒抜けになるだろうに、こんか簡単に決めてしまっていいのだろうか。もし自分がスパイだったらどうするつもりなんだろう。彩純が首を捻っていると、向かいにいた男が懐に手を入れ、次の瞬間には彩純の目の前にナイフが突きつけられた。


 「 !! 」


 「この程度が避けられないのでは密偵と疑うはずもない」


 「…分かりました。余計な心配だったようですね。ではこれからお世話になります」


 ペコリと頭を下げ、彩純は男に挨拶をした。


 「では部屋に案内する」



 そうして連れてこられたのは三階のとある一室。


 「事務員用の部屋は全部で四室。ここと隣、向かいの二室だ。人数が増えれば相部屋になるが、相部屋になるほど事務員が増えるとは思えん」


 「分かりました。では俺はこの部屋を一人で使わせてもらっていいんですね」


 「ああ。一階と二階は騎士たちの部屋になる。が、お前はあまり近寄らない方がいいかもな」


 「……?何故ですか?」


 「砦は男所帯だ。つまり皆女に飢えてる。そこにお前の様な者が現れたらどうなるか分かるだろう」


 「…俺は、男、ですよ…?」


 女とバレた?彩純の背中を嫌な汗が流れる。


 「お前は十八のくせに女の様に細いし背も低い。加えて顔もこの辺では見かけない珍しさもある。女がいないのなら男でも構わないという奴もいるんだ。そういった奴らのいい餌食になりそうだよ、お前は」


 「そ、れは…困ります」


 本当は困るどころの話ではない。襲われるのはもちろん嫌だが、そんなことされたら女だとバレてしまうではないか。


 「とはいえうちの連中にそんな事する奴がいるとは思えんがな。だがもし何かあれば俺に言え」


 「……はぁ」


 (俺に言えということは、この男は砦では上の地位にいる人物なのかしら)


 「ちなみに俺の部屋はこの階の一番奥の部屋だ。何かあれば駆け込んでこい」


 「一番奥の部屋って……」


 「ああ、言い忘れていた。俺はこの砦を預かる団長のランスロット=ローゼンバーグだ」




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