夢[1-1]
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目が覚めると、そこは檻の中だった。
どう言うこと?私は考える。昨日は、親や仲間と共に遊んだり、仕事をしたり、いつも通りの日常を淡々と歩んでいた筈なのに。……
よくよく見ると私は何も着ていない。つまりは裸だ。自分自身では太って居ないと思っている身体が、剥き出しの状態で外気に晒されている。
外は白ボケている。太陽の昇りきらない空だ。きっと私が誘拐されて然程も時は経ていないのかもしれない。そう思うと、すこしだけ安心感を感じれた。しかしそれと同時に不安感も――此処が何処か解らないのが悲しかった。同じような檻がある。察するに、荷物置場やらそういう類なのかも知れない。だが知らない。解らない。本音を言うと知りたくない。ただただ怖い。お父さんやお母さんは心配していないかしら?大学の友人は熱で休んだとでも思っているかもしれない。バイト先の店長は無断欠勤を怒るだろう。早く帰らなきゃ、帰らなきゃ、帰らなきゃ……しかしこんな20歳の非力な女の手で何が出来ようか?いや出来まい。初めて使う反語法がこんな文章だなんて、何ともやるせない。
「……」
人の気配を感じた。吃驚して横を見ると、其処には同じく裸にされている美しい誰かが居た。胸板が見えた。どうやら男であるらしい。彼は今目覚めた所のようで、ゆっくりと身体を起こしている。急所が見えそうになったので、サッと顔を背けた。……だが気になってまた顔を向ける。
目があった。怯えたような顔をしたその少年と見つめ合う。中学生か高校生か、そんなところだろう。髪の毛がもう少し長ければ女の子に見えそうだ。可愛らしい。
「……あの……」
彼が声を出した。声変わりの直前なのだろうか、出しにくそうな声だ。彼はゆっくりと状況を理解し始めたようで、私に問い掛ける。
「ここは、何処ですか?貴女は誰ですか?……此れから何をするんですか?何で何も着ていないんですか?貴女がやったんですか?」
……いや、何も理解していないみたいだ。しかも全てを私に責任転嫁している。私だって何も解らないのに。しかし当然だろう。自分より明らかに歳上の人間と見知らぬ場所で共に居るのだ。自分はそんな誘拐めいた事はしないという自信があるが、逆の立場なら絶対に勘違いするに違いない。私は彼が、マシンガンのように質問を浴びせかけるのを止めるのを見計らって、おずおずと口を開いた。
「私は、君が目を覚ます直前に目を覚ましたけれども、何も解らないわよ……?此処は何処?君は誰? ――そう聞きたいのは私も一緒」
閉口。
最早そうするしかないのであった。その内にこんなことをした犯人が出てくるさ、そう言おうとした時、目の端に何かが映った。
「シュウ-チャン、ヒトミ-チャン。ゴハンデースーヨ」
そう片言で言う者は……、大きなリボンを頭に付けた、大阪のオバチャンみたいな女豹だった……。
女豹は普通のサンドイッチを置いていった。至って普通のサンドイッチだった。タマゴサンドと野菜のが一人2つずつ。肉が無いのが気になるが気にしている場合ではない。腹が減っていた。二人してかぶり付いた。美味しかった。
無言で食べた。私と、シュウと呼ばれた少年は一言も交わさなかった。
口を開いたのは双方が食べ終わってから5分程経った頃だ。
「シュウ君……だっけ」
「ヒトミさん、ですか」
声を出したタイミングは殆ど一緒だった。あの大阪の女豹オバチャンの呼ぶ名前は本名だった。
「なんだか、夢でも見てるみたいだね」
シュウ君は頷く。まだまだ戸惑いは色濃いが、少しだけ、緊張は解けたようだ。
「でも、夢って言うには実感がリアルなんだけど……」
「明晰夢ってやつ。だと俺は思います」
明晰夢――自分が夢を見ていると認識出来ている夢を言い、その中ではある程度の行動の自由は保証されている事がある。此れもその類に違いない。妙に納得した。
「でも何でこんな世界何だろ、まるで私達……動物みたい」
「そして動物が人間みたい」
「バカらしい夢ね」
「そうですね」
何時しか日は昇り、周りが確りと見えるようになっていた。時折動いているように見えるのは、馬だったり猿だったり。見たこともないものも居た。
……どうやら此の世界は、人間と動物の立場が逆転しているようだ。
そして、暫く観察した結果、私達は動物園の見世物側に回ってしまっているというあまり想像したくない結論に至った。そして其れが真実であることを、身を持って知った。何故ならば――、開園時間が来たからである。……
開園時間――それは、私達が見世物になる事を表す。
隠れる場所もなく、続々と入ってくる「動物達」……彼らはこんな気持ちだったのかしら?人間程の知識は無くても、嫌悪感くらいは持っている筈だ。
「ちょっと動物の気持ちが解った気がする」
シュウ君も同じような事を考えていたようで、そう呟いた。最早彼に対する羞恥心などフッ飛んでしまっているのは、女としてどうかと思うが、そんな事よりも此の「人間と動物の逆転劇」の方に違和感を感じざるを得ないのだ。仕方がないと割りきるしか無いだろう。――それに、此れは只の夢なのだし。
気付くと面前に人だかり――ではなく、動物だかりとでも言えば良いのか――が出来ていた。犬の一家が私達をバックに、カメラで子供を撮っている。まるで人間じゃないか。……
「『あれが日本人なんだよ』
『ワアイ、撮って撮って!』
『良いわよ、ハイ、チーズ!』……ってマア、こんな会話でもしてるんだろうなぁ……俺もそうだったし」
シュウ君がしみじみと呟く。
「良く分かるね」
「只の想像ですから。『次はアングロサクソン人だ!』とか言いそうでしょう?」
シュウ君の其れを聞くと、本当に聞こえて来そうだ。
ワンワン、ニャアニャアと響く声は、
『すっげー!こいつがホワイトタイガーか!』
『次はお猿さん見に行こうよ!ねーえーママぁ』
『やだーっ、このフクロウかわいーっ!』
そう言う現実世界の人間と同じだ。複雑な気分だ。もう動物園に行けないなぁ。
日が高い間は、他の檻の中も良く見えた。目の前は満州人だとシュウ君は言った。世界史の先生が「満州人はつり目が多い」って言っていたというのを覚えていたらしい。他には、何て言う人種かは詳しくは解らないが、金髪の白人や、強そうな黒人、私達と同じ黄色人種が余すところなく居るらしかった。
そうして其れを推測しながらシュウ君と喋って気を紛らせ、一日が終わった。そして――、また別の一日が始まった。