3.
青年は、広く世界を旅する船の乗員でした。
大嵐に飲まれ甲板から投げ出され、幾日も海を漂い続けて意識が遠のいたその後、気づけばここにいたのだと語りました。
巫女は話に頷きながら、いつ以来とも知れない人との会話に浮き立っていました。
そうして彼が走れるようになるまで、走って逃げれるようになるまでの間だけだと自分に言い聞かせて、ここで養生するようにと勧めました。
幸い、島の人々が洞の入口より奥にやって来るのは稀でしたから、青年を匿うのに大きな困難はなかったのです。
外へ出れない二人は、一日中、互いについて語り合いました。
娘の境遇は青年を義憤に燃え立たせ、彼女の歌声は深く心を惹きつけました。
青年のする広い広い世界の話は、きらきら眩しい玩具箱のように巫女の心を魅了しました。
──海の向こうへ行ってみたい。彼と世界を巡ってみたい。
いつしか彼女はそう思うようになりました。
けれど。
彼女は自分の足をそっと撫でます。それは、どこへも行かれない足でした。
青年はそんな寂しい仕草に気づかない振りをして、彼女の心を楽しい方へと導きました。
年若い二人の間に慕情が生まれ、やがて恋と燃え上がるまで、さして時間は要りませんでした。
我知らず娘の歌は、日に日に切ない響きを帯びるようにとなりました。
胸に満ちる恋の調べが誰の耳にも明らかになった時、巫女の住処は暴かれました。青年は島の人々に見つけ出され、娘の罪は白日に晒されました。
青年は抗いました。言葉でも、両の腕でも。
でも、多勢に無勢でした。
こんなにも愛してきたのにと、人々は裏切りを悲しみ、憤りました。
海神様も、やはりお嘆きに違いないと考えました。きっと、我々以上にお怒りだろうと信じました。
そうして、以前と変わらぬ有り様が繰り返されました。
巫女は幾重にも縛られ、海へ投じられ。
恋人は幾つにも刻まれ、土の下に埋められ。
二人の痕跡は、世界のどこからも失せてしまったようでした。