第83話 三方の思惑
書籍化しまーす。
「あたし達、ここに連れてこられてからどれくらいになるのかな……」
ぽつり、と、蜘蛛崎糸美が呟く。
彼女がいるのは、牢屋というにはあまりにも豪華な部屋だった。広々とした間取りに、アラクネの身体には大きすぎるほどの、キングサイズのベッドが置かれている。他にも机や椅子、クローゼットが完備され、居心地で言えば重巡分校はもちろん、元の世界で暮らしていた自家の部屋よりも優れているかもしれない。
「さぁ、1週間くらいは経ってると思うんだけどな」
部屋の片隅でうねうねと触手をうねらせながら、触手原撫彦が答えた。
2人が軟禁状態にあるこの部屋は、神代高校2年4組と敵対関係にある“血族”の居城の、その一室である。
2年4組を襲った、突然の転移事故。バラバラに散った彼らに追撃をかけるように、血族からは刺客が放たれた。蜘蛛崎と触手原は、ある月の夜、どこともわからぬ砂漠の上で血族に囲まれ、そして敗北した。結果として、この城に連れて来られたのである。
その時、2人の心を支配したのは、当然ながら絶望だ。
命が奪われる可能性があった。そうでなかったとしても、血族の手で“因子”を注入され、力と引き換えに彼らの操り人形とされる可能性があった。いずれにしても、もうまともな状態で他のクラスメイトとは再会できないだろうし、ともすれば、二度と元の世界の地を踏むことなく、この異世界で命を散らすかもしれないと、2人はそう思ったのだ。
だが、蜘蛛崎と触手原を待っていたのは、この比較的豪華な部屋での軟禁という、あまりにも手ぬるい結果だった。自分たちよりも圧倒的な力を持つ血族に見張られているため、脱走を試みることこそできないが、食事はちゃんと1日3回用意され、何か物資を要求すれば、手配してくれることすらある。
「なんだろうな。心象の問題かな」
触手原は、クローゼットを開けて中を確認しながら呟いた。
アラクネである蜘蛛崎の体型に合わせた衣装が、いくつか並んでいる。それどころか触手原に合わせたものすらあった。これは即席で用意されたとは考えにくいから、元からこの城には、モンスターの為の服が保管されていたということである。
「俺たちに優しくして、油断させて、心象を傾けさせてから、手駒にする気なのかも」
するりと触手が伸びて、触手原はハンガーのひとつを取り上げた。ローパー用のタキシードである。どこに需要があるのかは極めて謎だ。
「小金井だって、そうだったのかもしれないし」
「その名前、出さないで」
蜘蛛崎はぴしゃりと言った。
「あ、悪い」
触手原は素直に謝る。
「やっぱまだ怒ってるよな」
「怒ってるっていうか、不愉快……」
キチキチキチ……と、蜘蛛崎の下半身が軋むような音を立てた。
最初に血族の手に囚われた小金井は、一度蜘蛛崎をひどい目に合わせている。というか、触手原も割とひどい目にはあった。
当時、小金井は蜘蛛崎と付き合っていて、彼女と触手原を含めた数人のパーティでダンジョンの探索を行ったのだ。だが、下層で出会った恐るべき怪物を前に、パーティは散り散りになり、小金井は自分だけが助かるために小部屋へと逃げ込んだ。逃げ遅れた蜘蛛崎は小部屋の扉を叩き、泣き叫びながら助けを求めたが、そこに返ってきた小金井の言葉は、心無い罵声だったのである。
思い出すのも、不愉快。蜘蛛崎の言葉はわかる。触手原だって、あの当時の小金井の態度を思い出せば、同じ気持ちになった。
しかし、小金井はどうしたのだろう。彼も血族にとらわれているのだから、この城にいてもおかしくはないのだ。会ったら蜘蛛崎がどんな態度をとるかわからないし、会わないに越したことはないのだが。彼も、自分たちと同じように軟禁され、居心地の良い生活を送っているのだろうか。
触手原がそんなことを考えていると、大きな扉をノックする音が聞こえる。
『食事の時間だ』
短めの言葉。もうそんな時間かと思う。蜘蛛崎は、その多脚をカシャンカシャンと動かしながら、部屋の扉へと向かった。
蜘蛛崎が扉に手をかけると、ワゴンに昼食を載せたメイドさんが、黒甲冑をまとった血族に見張られながら入ってくる。食事を運んでくるのは毎回メイドさんであり、見たところどうやら、人間であるらしい。ポーンに見張られているのが恐ろしいのか、あるいは目の前にいる怪物たちが恐ろしいのか、恐怖に硬直した身体の動きはぎこちない。
この城には、血族と人間が両方いる。人間はさらってきたものか、あるいは元からこの城で働いていたものか。すべての人間を血族化させない理由は想像がつく。血族はその生命活動を続ける上で吸血行為が必要不可欠であり、人間はそのための、いわば血液袋だ。
メイドさんは、テーブルの上に食事を並べていく。だが、蜘蛛崎が何かやさしい言葉をかけようとしても、びくりと身体を震わせるだけだった。
その時、触手原は、ポーンの他にもう1人、見かけない見張り役がいるのに気がついた。
いや、ひょっとしたら、見張り役ではないのかもしれない。おそらく女性と思しきその人影は、廊下の壁の方に背中を預け、フーセンガムを膨らませていた。まるで軍の特殊部隊のようなスーツをまとい、肩には無骨なライフルをかけている。そう、その装いは明らかに、触手原たちと同じ世界のものだったのだ。
だが、彼女は人間ではないし、血族でもない。一目見てそれはわかる。
額から伸びた一本角は明らかに人外のそれであるし、そして何より彼女の異形性を象徴するのは、たったひとつしか存在しない、大きな目であった。
隻眼ではない。単眼だ。顔の上半分を、大きな瞳が覆っている。真ん中にレンズスコープの設けられた特殊なゴーグルを額につけており、それはなるほど、彼女の特徴的な顔付きに合わせて用意されたものであるらしかった。
クラスメイトの異形には見慣れた触手原でも、人間の身体に大きな単眼のついたちぐはぐさは、ちょっぴりギョッとしてしまう。それは蜘蛛崎も同じらしい。廊下に立つ一ツ目女と視線があって、彼女も身体を硬直させていた。
ぱん。膨れ上がったフーセンガムが破裂する。一ツ目女は、口元にべったりと張り付いたガムを引っペがしながら、口元に小さな笑みを浮かべた。
メイドさんはその間に配膳を終え、空になったワゴンを持って廊下へと引っ込む。そうすると、一ツ目女は触手原と蜘蛛崎にギョロリと視線を向けてから、廊下をつかつかと歩いて行った。メイドさんはワゴンを押したままその反対側へと向かい、ポーンがばたんと扉を閉める。
「……なんだったんだろう、あの人」
「さあ……」
蜘蛛崎の言葉に、触手原は触手を振って応じるしかない。
「まぁ、ヒトじゃないけどな」
このジョークをぶっぱなすのも、えらく久しぶりな気がした。
「改めて、この城に残った現在の戦力の説明をする」
大広間でホワイトボードを引っ張り出し、アケノは平坦な声で言った。
「ナイトのスオウとグレン、ビショップのシンクが死亡。ルークのレッドが現在療養中で、動ける“駒”は、もう1体のルークであるシャッコウと、ビショップの私だけだ」
小金井は頷く。“駒”というのは、元の世界から代々“王”に付き従っていきてきた、エリート血族の総称である。こちらの世界の標準的な戦士のものと比べても、戦闘能力はかなりのものを誇るが、そのことごとくが2年4組のクラスメイト、それもほぼ空木恭介の手で潰されている。
唯一、現在恭介に勝てるのは、シャッコウのみだ。紅井明日香と交戦し重症を負ったレッドは、いつ快癒するかもわからない。
「そしてそこに、“ハイエルフ”。お前が入る」
ホワイトボードに、アケノはマーカーで書き入れた。
「あのう、アケノさん」
「なんだ」
「その呼び方、雑じゃない?」
「雑だが、小金井。だが呼び方はこれで通す。正確にはハイエルフ・ブリード。我が血族が誇る、生物兵器としてのお前の名前だ」
そして、と、アケノは続けた。
「追加の戦力がいくつかある。六血獣だ。今、招集をかけて呼び寄せている」
「招集? 世界にばらばらに散ってるの?」
「お前たちをこの世界に呼び寄せる前に、何度かモンスターを血族化させる実験を行った。その過程で生まれたのが連中だ。フェイズ能力は持っていない。野放しにして好き勝手やらせていたり、斥候として帝国側に放っていたり、この城の地下につなぎっぱなしにしていたり、まぁ、いろいろだ」
となると、つまり血族因子を得たモンスターだ。
人間が血族因子を得ることで圧倒的な力を得るように、モンスターにも血族因子を与えて強化する。それを量産しなかったのは、やはり吸血用の血液を用意するリスクとコストのことを考えてだろうか。
アケノはホワイトボードに、かつかつと名前を書き連ねていく。スレイプニル、ドレイク、サイクロプス、トード……。合計6つの名前を書いていく過程で、彼女はサイクロプスとトードのところをマルで囲った。
「トードはこの城でずっと働かせている。お前も会っただろう。この王国の“表向きの”主だ」
「ああ、あの、ヒキガエルみたいな顔の……」
血族が拠点としているこの城は、ある王国の王族が暮らす居城だ。それを、何年も前にこっそり乗っ取り、王を傀儡化することで、血族はまんまと城に収まっている。その傀儡化された王というのが、でっぷりと肥えたカエルのような顔の男だったのだ。
「サイクロプスは先ほど到着した。そんなところだな」
「なるほど……」
「あと六血獣には数えないが、捕獲したワイバーンにも因子を与え血族化させている。予備血液がないのでこいつは使い捨てだ」
思っていたより、戦力に余裕はあるらしい。小金井は暗澹たる気持ちになった。
小金井は翻意を持っている。血族側についたのは、蜘蛛崎と触手原の安全を確保し、血族の内情を内側から探るためだ。表面上だけでも追随する振りをしなければならないが、血族側の戦力が充実しているというのは、彼にとって愉快な話ではない。
「で、我々は、ここへ向かう」
くるりとホワイトボードをひっくり返し、アケノは地図を提示した。
「ここにお前のクラスメイトがいることが確認された。連中の捕獲を行う」
「えーっと、奪われた王片については、放置?」
「情報が少ないので様子見だ。そちらは今、シャッコウが飛び回って情報を集めている」
アケノは、小金井が王片の行方を知っていることを、知っている。だが彼女は決してそれを尋ねようとはしなかった。無言のうちに敷かれたルールがあるのだ。アケノは小金井の翻意を知りつつ、それを知らない振りをすることで、貸し借りをなかったことにしている。
実は数日前、2年4組の委員長である竜崎によってある広告がばらまかれた。それは、これからクラスメイトが落ち合う場所を指示しようというものであったが、幸いにしてというべきなのか、小金井にそこについての心当たりはなかったのである。
蜘蛛崎と触手原ならば、それを知っている可能性があったが、小金井は彼らへの尋問を断固として許さなかった。
だが、結局他のクラスメイトの居場所がバレてしまえば、同じことかもしれない。これも、あまり良い気分ではない。
「えーっと、わかった」
小金井は地図を見て頷いた。
「行くのは誰? 俺とアケノさん?」
「サイクロプスとワイバーンを連れて行く」
「俺、初対面のヒト、苦手なんだけど……」
「ワイバーンは凶暴な犬だとでも思っておけばいい。サイクロプスは知らん」
サイクロプスか。ひとつ目の巨人かな。頭はいいはずだが、野蛮そうだ。
小金井はそんなことを思いながら、じっと地図を睨む。
次の目的地は、ゼルガ剣闘公国。この国で、小金井はどのクラスメイトと再会することになるのか。いずれにしても、あまり愉快な気持ちには、なれそうになかった。
恭介たちは海を渡り、冒険者自治領ゼルネウスへとたどり着いた。
「んんんんんんーっ! 長い船旅だったなぁ!」
凛が思いっきり伸びをする。縦に5メートルばかり伸びるスライムの姿を見て、周囲の冒険者がぎょっとしていた。
ゼルネウスは、冒険者で賑わう大きな都市だ。モンスターコロシアムの文化があるゼルガ剣闘公国が近いこともあり、モンスターを引き連れた冒険者というのも比較的多い。恭介たちと共に海を渡った冒険者レスボン・バルクも、そういった目で見られていた。
レスボン達が冒険者ギルドのゼルネウス支部へと向かい、新大陸探索から帰還した旨を伝えることで、各種手続きは終わり、彼らのパーティは解散となる。探索の結果命を落としたウォンバットについてだが、彼の生前の意思により、彼に支払われるはずの分配がギルドを通して遺族へと送られる。
パーティが解散になると、魔術師ウェイガンは久々に師匠に挨拶へ行くと言い、聖職者フィルハーナも、実家に里帰りすると言って別れを告げることになった。結果、レスボンとその幼馴染であるレインが、恭介たちのところに残った。
「で、これからどうするんだ」
レスボンが恭介に尋ねる。
「いろいろ考えがあるけど、それはこっちのセリフだ。レスボンこそ、これからどうするんだ?」
「貯蓄を切り崩していろいろやるさ」
隻腕で肩をすくめながら、そう言って笑うレスボン。
恭介は、ちらりと後ろを振り返った。
彼と今行動を共にしているクラスメイトは、姫水凛、御手洗あずき、雪ノ下涼香、烏丸義経、御座敷童助、壁野千早、白馬一角、犬神響。意外と大所帯だ。一部を除けば立派なモンスター軍団といった様相であり、これが周囲の目をたいそう引く。彼らはこの冒険者自治領の雑多なふんいきを楽しむように、周囲をきょろきょろと見回していた。まるでおのぼりさんだ。
いかに冒険者自治領がある程度フリーダムな土地柄といえ、ここにほっぽり出されるのは、少々不安の伴う話ではあった。できることなら、もう少しレスボンと行動を共にしたい。
「ひとまず、ヴェルネウスにいる仲間のところへ行きたいんだ。ただ、そのためには、いろいろ足りない」
「路銀とかだな。なるほど」
レスボンは手を顎にやって頷いた。
その隣で、大柄な女戦士レインが、こんな提案を口にする。
「ひとまず、冒険者登録をしてはどうだ」
「ああ、良い手段かもな」
レスボンが頷く。それを聞いて驚いたのは恭介の方だった。
「そ、そんなことできるのか? モンスターだぞ?」
「モンスターが冒険者登録を済ませた事例がないわけじゃない。五神星のひとりである“叫竜星”ノイノイは、ワイバーンの変異種だ」
「そいつ、しゃべれるのか?」
「しゃべれない」
冒険者協会とは、予想以上にフリーダムなところであるらしい。
「まぁ、ノイノイの場合は、バックに優秀かつ有名な冒険者がいたので登録がスムーズに済んだらしいけど。俺たちはそれほどの力はないからな。でも、ユキノシタとイヌガミ、あとオザシキくらいなら、たぶん問題ない。あとは彼らが連れてるモンスターって区分にすればいい」
なるほど。恭介は頷いた。
「なぁ、そんな提案が出たんだけど、みんな、良いかな」
振り返り、愉快なモンスター軍団にそう告げると、彼らはやたらとテンションが上がった様子で次々に叫んできた。
「あっ、恭介くん見てよアレ! “ゼルメナルガ直送 お風呂用アヒルちゃんセット”だって! この世界にもあるんだねぇ! すっごいツヤツヤしてめっちゃキレイなんだけど、1個買えないかなぁ!」
「ウツロギ、すごいぞ! あそこに並んでるのトイレットペーパーじゃないか!? この世界にもトイレットペーパーがあるなんて、俺ちょっと驚きを隠せないぞ! って思ったけど、よく考えたら騎士王国のトイレ水洗式だったしペーパーもあったな!」
「おいウツロギ、さっきの女見たか? すっげぇ処女だった!!」
「聞けよおまえら」
さすがの恭介もちょっとイラッとした。
フィルハーナ・グランバーナは、疾走していた。
その走りは、まさに疾走と呼ぶにふさわしい。腕を組み、上半身を微動だにさせることなく、足の動きだけで駆け抜ける様はまさに韋駄天であるが、皇下時計盤同盟全体から見ればさほど速いというわけでもない。風となり、景色が溶ける中、フィルハーナは一路、中央帝国を目指していた。
皇下時計盤同盟第4時席“鉄拳聖女”フィルハーナ・グランバーナ。
それが彼女の名前だ。ゴールドランクの新米冒険者フィルハーナは、かりそめの姿でしかない。
帝国では、新大陸に存在する特殊な文明圏のことを秘密裏に掴んでいた。新大陸とは、神話戦争の時代の魔の王が逃げ込んだ場所であり、長きに渡り行方のしれなかった“魔の王片”があると目されていた場所のひとつだ。フィルハーナの使命は、冒険者協会に潜り込み、彼らの動きに警戒しつつ新大陸の調査を行う形となった。
が、それは結局、違う形で打ち切られることとなる。
血族が“王片”を狙っているという情報は、それにも増して重要なものである。フィルハーナはテレパスネットを介して、その情報を時計盤同盟の仲間たちと共有した。
「フィル姉!」
ふっとそんな声がかけられて、フィルハーナは走りながら上を向いた。
しゅたっ、という軽快な音がして、小柄な少女が着地する。着地の瞬間、フィルハーナはものすごい勢いで少女の影を追い越したが、その一瞬後には、少女はフィルハーナへと追いついた。
「あら、メロキー。お疲れ様です。任務の帰りですか?」
「任務っていうかちょっかいっていうか、まぁ、そんなところだねぇ」
メロキーと呼ばれた小柄な少女は、濃い桃色のショートヘアに、黒を基調とした軽戦士装束をしている。
「剣闘公国に“名無し”がいるっていうからさ、ちょっとつついてきたんだけど」
「ああ、私事だったんですね……」
「いろいろ収穫もあったよ。“喋る魔物”のこととかね」
ぴくり、とフィルハーナは表情をこわばらせる。
「南王国のクーデターはラン兄ぃが鎮圧したけど、あっちでも出てたみたいだね。で、ひとり仲間に抱き込んだって」
「聞いています」
「それもレッドムーンが絡んでるんでしょ? 今までは放置してたけど、思った以上にいろいろやらかしてるよねぇ……」
その情報は、フィルハーナも得ていた。
第6時席“剣暴術数”ランバルト・ゴーダン。ピリカ南王国で発生したクーデターを鎮圧する際、彼が抱き込むことに成功したのはヒノ・アキラと名乗るウィスプだった。彼からもたらされた情報によれば、アキラをはじめとした“喋る魔物”は転移者であり、血族の計画の巻き添えをくらって魔物に姿を変えたのだという。
血族は帝国と何かしらの形で事を構えるつもりでおり、元人間の魔物はそのための戦力として召喚したものだ。ただ魔物に姿を変えるだけでなく、その過程で特殊な能力が付与されるようになっており、アキラもその能力に覚醒していた。
話を聞くだに、恐ろしい能力である。アキラがその気になれば、街をひとつ焦土に変えることなど、容易いように思えた。
それだけの力を持つ魔物が、約40体。血族は彼らを配下に加え、戦力とすることをまだ諦めてはいない。
それは、王片と共に、今後の血族との戦いにおいて焦点となる存在であるように思えた。魔物が血族の手に多く渡り、そしてそれを血族の手によって強化され、戦力として投入された場合。
負ける、などとは思ってはいない。皇下時計盤同盟としての矜持がある。
だが、相当な被害が帝国にでることだけは、覚悟しなければならない。
それを未然に阻止するのが、今後の課題だ。“王片”と“魔物”。そのふたつの争奪戦が、帝国と血族の間で始まろうとしている。
「……ねぇ、フィル姉ぇ」
少女が尋ねてきた。
「なんでしょう。メロキー」
「フィル姉、本当に知らないの? “魔の王片”の行方」
「………」
フィルハーナは黙り込んだ。
彼女はひとつだけ、帝国に報告していない情報がある。
“魔物”のひとりである空木恭介が、魔の王片を保有しているという情報だ。あれは、冒険者パーティのウォンバットが命をかけて血族から奪取し、レスボンに託されたものである。そのレスボンが恭介に託した以上、フィルハーナは、帝国にそれを報告する気にはなれなかった。ウォンバットの命に義理立てをしたのだ。
「知りませんよ」
フィルハーナがにこりと頷く。
「そっか」
少女はそれ以上、追求してくることはなかった。
次回は8月26日朝7時予定です!!




