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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第8話 嵐の予感

「おおりゃああああぁーっ!!」


 恭介の拳に纏った炎が、勢いを増して死霊の王ワイトキングに襲い掛かる。拳が直接触れるか触れないかの直前になって、腕がぴたりと固まった。瑛による制止だ。


「言っているだろう! 姫水の時みたいには戦えない!」

「っとぉ、そうだった……!」


 恭介が今纏っているのは、ウィスプとなった瑛の身体だ。言わば火の玉であり、気体である。

 凛の身体は半液体であり、また密度の操作によって固体に匹敵する硬度と重量を得ることができていた。すなわち、凛と合体した姿は物理攻撃に適した姿であるが、瑛と合体した姿はそうではない。全身に纏った炎で、中距離から敵を狙う。そうした戦法に適した姿なのだ。


 死霊の王は、炎の精霊イフリートのように燃え盛る恭介の身体を、鬱陶しそうに払う。恭介は、飛びのくようにしてそれを回避した。動きに合わせ、瑛がブースターを噴かせる。


 凛の時とは、違った素早さがある。いわば今の恭介は、全身がブースターであり、スラスターだ。瞬発力は非常に高い。さらに、おそらく制御はすべて瑛にブン投げることになるものの、これを活かせば……、


「飛ぶぞ、瑛!」

「君の無茶振りはいつものことだな!」


 振りかざされた蛮刀を、十分引き付けてから、ジャンプする。炎が勢いよく噴射され、恭介の身体が宙を舞った。

 全身から噴き出す炎が、恭介の身体を空中へと押さえつけ、固定する。死霊の王の視線は、完全に恭介に釘づけとなった。振り回される六本の剣撃を、三次元的な動きで回避していく。恭介は、両の手のひらを合わせ、その間に炎の球を生み出した。力を込めると、瑛が魔力を供給し、炎の球はどんどん大きくなっていく。


「瑛、俺の合図で奴にぶつける!」

「よし、わかった。名前をつけよう」


 クールな声でとんでもないことを言い出した。


「プロミネンスボールだ、恭介」

「ま、まあ別に良いけど……。瑛、ひょっとして楽しんでるのか?」

「これくらい楽しませてもらってもバチは当たらないだろう。……来るぞ!」


 2本同時に繰り出される蛮刀の一撃を、恭介はひらりと避ける。まだだ。もっと引き付ける。


 恭介は、あえて死霊の王を挑発するように、顔の周りを飛び回った。そのまま背後に抜けると、死霊の王は完全に、凛たちから背を向ける恰好になる。階段の前では佐久間が、なけなしの魔力で防壁の準備をしながら、凛と剣崎がたどり着くのを待っている。もうすぐだ。もう少し。


「瑛、俺が『プロミネンス』って言うから、一拍置いて『ボール』で撃つ! それで良いな!?」

「もちろんだ。君のタイミングくらいわかっている」


 凛と剣崎が、ようやく階段の入り口までたどり着いた。3人の視線が、こちらに向く。まずは佐久間が先導、続いて凛、剣崎と階段を昇っていく。

 彼女たちの姿が見えなくなるところで、恭介は急降下、死霊の王の股下を抜ける形で移動し、肥大化した炎の球を振りかぶる。


「プロミネンスッ!!」


 その一拍で、完全に呼吸が重なる。死霊の王の身体が、ぐるりとこちらを振り向いた。


「「ボォ―――ルッ!!」」


 一瞬の隙をめがけ、回避不能の光球を発射する。


 果たして、炎の球は、正面から死霊の王の身体に着弾した。込められた高密度の炎が弾け、轟音と共に死霊の王の身体を焼いていく。爆裂は視界を覆うほどのものであり、死霊の王の悲鳴すらも飲み込んだ。巨体が衝撃に耐えきれず、背面側に倒れ込む。

 ここで追撃を加えようと思うほど、恭介は愚かではない。凛たちは逃げた。目的は果たしたのだ。


 死霊の王が立ち上がる前に、恭介と瑛は、階段に向けてまっすぐに飛ぶ。背面に展開する炎の翼は、まるで不死鳥のようであった。





「ウツロギくん、火野くん、すごいすごい!」


 地下10階にたどり着いた恭介を、凛がぽよんぽよんと身体を波打たせつつ出迎えた。瑛との合体は解除され、今の恭介はただのスケルトンだ。

 この10階もモンスターが跋扈する危険エリアであり、安心はできない。だが、ひとまずの窮地は脱したのだ。これくらいは許されるべきだろう。死霊の王も、狭い階段を通って上の階層に逃げた獲物を、追いかけようとはしないようである。


 もちろん、感心しているのは凛だけではない。


 佐久間も剣崎も、それぞれ興奮した態度で二人を出迎えてくれた。


「大したものだな。ウツロギ、最初に探索に行ったときとは見違えるようだ。おまえなりに訓練を積んだのだろう」


 これは剣崎だ。訓練を積んだというよりは、新しい身体に適した戦い方を見つけた、という方が正しいかもしれない。


「すごい! すごいよウツロギくん! ウツロギくんと、火野くんが、が、合体……!」


 これは佐久間だ。この喜びようはなんだかちょっと特殊な性癖を感じる。

 だが、さすがに自分に向けられる視線のうすら寒さに気付いたのか、彼女は急に赤くなって顔を伏せてしまった。そのままもじもじとしながら、やや伏し目がちな視線を、恭介へと送る。


「え、えっと……うん……。助けに来てくれて、その、ありがとう……」

「ああいや、別に気にするなよ。無事で良かった」

「う、うん……」


 恭介が正直な言葉を継げると、佐久間はやはり顔を赤くしたままもじもじする。


「わ、私、その……ウツロギくんが助けにきてくれるなんて思わなくて……」

「ああ、なんか頼りないしな。ガッカリさせたか?」

「ううん、すごくうれしかった。ウツロギくん、昔からすっごい優しかったし……」


 ようやく顔をあげてはにかむ佐久間。恭介は急に照れくさくなって視線を逸らした。


「別に優しいとかそんなんじゃ……って、うわあ!」


 視線を逸らした先で、姫水凛が2倍、いや、3倍近く膨れ上がっていた。まるで七輪の上の餅だ。


「ひ、姫水!? どうした、なんか怒ってるか!?」

「べぇっつにぃ~?」


 そう言いつつ、決して広くない通路である。圧迫された剣崎の身体がじたばたともがいていた。


 さて、そんな時である。


「佐久間、剣崎、無事だったか!」


 通路の先の方から、聞きなれた声が響き、数人の生徒が走ってくるのが見えた。


「ゴウバヤシ、小金井……それに、紅井か……!?」


 高飛車で怠惰なあのクイーン紅井が、こんなところにまで姿を見せるとは。恭介は驚いた。


 間違いなく、事実上のクラス内最強チームである。佐久間と剣崎を助けるために来たのだろう、ということは想像がついた。表情はそれぞれだ。ゴウバヤシは驚き、小金井は険しい顔をし、そして紅井は退屈そうにしている。

 彼らは当然、ここにいるのが佐久間と剣崎だけでないことに気付いた。恭介、凛、そして瑛の姿を認めるや、ゴウバヤシがやや困惑したような声を出した。


「ウツロギ……。それに姫水に火野……」

「よっす。ゴウバヤシくん」


 人間時代、ゴウバヤシと同じ人気グループにいた凛が、いつもの調子に戻って挨拶した。

 恭介も、付き合いの長い友人に片手をあげる。


「よう、小金井」

「あ、ああ……うん……」


 小金井は険しい表情を解かず、曖昧な返事をした。そのまま、視線を佐久間に向ける。


「さっちゃん、ウツロギ達に助けられたの?」

「ああ、うん。そ……」

「違う」


 佐久間の言葉に被せるようにして、瑛が言う。やけに棘のある言い方だった。


「僕達は、偶然迷宮をさまよって、彼女たちに出会っただけだ。僕達みたいな奴らが、佐久間や剣崎で叶わなかった相手を、倒せるわけないだろう」


 恭介や凛には、そして佐久間や剣崎にも、瑛が小金井に対して露骨な警戒の意を露わにしていると感じ取れる。決して真実を告げようとしない態度。かつて同じグループに所属していた者に対する態度ではない。恭介は違和感を覚えたが、そこをこの場で言及するのは避けた。


「そ、そうか……。そりゃ、そうだよな」


 小金井はようやく安堵したような笑顔を見せる。それは、疑問が解消されたというよりは、望んでいた解答を得られた時に人が見せる、取り繕うような笑顔だった。

 小金井は瑛の言葉を信じたが、ゴウバヤシと紅井はどうか。

 ゴウバヤシは恭介と凛、瑛をそれぞれ順番に見つめ、難しい顔を作っている。


 一方の紅井は、


「サチ、無事で良かった」

「う、うん。ありがとう。明日香ちゃん……」

「カオルも心配してたよ」


 その親しげなやり取りを、一同はいっせいに凝視する。


 クラスのクイーン紅井と、元地味めがねっ子であった佐久間の、この親密な呼び方はどうなのか。更にいえば、クラス内の女子に強い発言力を有するカオルコも、その中に入るらしい。凛だけはそれを知っていたのか、ただたぷんたぷんと揺れているだけだった。


「剣崎と二人だけで切り抜けたんだ?」

「う、うん……」

「へえ、すごいじゃん」


 言いつつ、紅井の視線は一瞬、恭介の方へと向けられた。血を垂らしたような紅い瞳が、妖しい弧を描く。その微細な変化はほんの刹那であって、果たしてその場にいた何人が気づいたことか。

 だが、この欺瞞は、少なくとも紅井にはバレた。恭介は確信する。飄々として捉えどころのない、しかしクラスの絶対的頂点に君臨する彼女にバレたことが、今後どのように影響するのか、恭介には見当もつかない。


 いや、そもそも、そこまでして隠しとおすことなのか?


 恭介は瑛を見る。彼は、どうやら恭介の力、そして凛や瑛と合体することで増幅される力が露呈することを、秘匿しておきたい様子だった。

 その力そのものを、というよりは、おそらく、〝強力な力〟を手にしたという事実そのものをだ。


 クラスは安定期に入りかけていた。しかし、その矢先に、竜崎と小金井の衝突が起きたのだ。

 結果として、佐久間と剣崎は助かったが、あの醜態を大勢のクラスメイトの前でさらした竜崎が、今後もリーダーシップをとっていけるとは考えづらい。おそらく、今後はクラス内で大きな勢力の変化が起きる。

 その際、変化の中に取り込まれることを、瑛は嫌ったのだ。面倒ごとを嫌う彼らしくはある。


 ここにいる3人は、いずれもクラスに対して強い発言力を持つ3人だ。

 ゴウバヤシが竜崎を擁立して、再度竜崎がクラスのリーダーとして力を持つか。

 トリップ後、目覚ましい活躍を見せた小金井が、竜崎に代わってクラスをまとめあげるのか。

 あるいは、沈黙を保っていたクイーン紅井が、真の女王として降臨するのか。


 誰がトップに立つのか、恭介にはわからない。できることなら、穏便に済ませて欲しいとは思う。


「なぁ、ウツロギ」


 小金井が、以前のような人懐っこい笑顔で、恭介に語りかけてきた。


「なんだ、小金井」

「あんまり無理はするなよ。ここは地下10階だ。強いモンスターも結構いる」

「ん、ああ……」

「ウツロギは弱いんだからさ、な? 身の程っていうか、えっと、そう。自分のレベルにあった場所っていうか。探索はそういうところでやったほうが良いよ」


 それは、果たして、かねてよりの友人を気遣う言葉であったのだろうか。


 小金井の発言と笑顔に、少しばかり引っかかるものを感じながら、恭介はそう遠くない嵐の予感を覚えていた。






 それから数日、意外なことに、大きな変化というものはクラスに訪れていなかった。


 せいぜい変わったのは、委員長である竜崎邦博の扱いだろうか。小金井との衝突があってから、彼を見るクラスメイトの視線には、明らかな蔑みと嘲りが混じるようになっていた。みなが薄々感じ、しかし誰もが口に出さなかった為、胸にしまっておいた疑問。竜崎のリーダーとしての資質に対する疑問が、あの一件でクラス全員に共有されてしまったのが原因だった。

 それでも、竜崎は辛うじてリーダーとしての立場を保てている。ゴウバヤシの影響だ。


 竜崎の友人たるゴウバヤシが彼を立てるため、クラスは形式上は竜崎に従っている。無論、リーダーに対する敬意が完全に形骸化してしまっていることは、竜崎もゴウバヤシもわかっていることであっただろう。

 それでも、クラスは竜崎に従っている。これは、ゴウバヤシが怖いというよりも、彼の代わりに立つリーダーがいないことに原因があった。誰もがはっきりと認識していたわけではないが、異世界トリップ以降、2年4組はサバイバル生活を行っている。そこでリーダーの背負う責任というのは、クラス委員長の比ではないのだ。誰もが、その重荷を無意識に忌避していた。

 要するに、竜崎に従ってさえいれば、すべての責任を彼に押し付けることができる。そうした無意識の共通認識の上に、祭り上げられたリーダーが、竜崎であった。


 自らがリーダーたらんとするものが、皆無だったわけではない。


 小金井だ。


 食堂で竜崎をやり込めて以来、クラス内での小金井の株は更に上がっていた。かつて竜崎の取り巻きだった鷲尾グリフォン白馬ユニコーンなどは、現在は小金井の方に取り入って、彼の周囲には現在一大グループが形成されつつある。

 小金井がクラスのリーダーたりえなかったのは、ひとえにゴウバヤシが効かせた睨みの為だった。


 結局のところ、小金井はゴウバヤシには逆らえない。実力的に小金井に対抗しうる数少ない人材だったということもあるし、単純に、睨み合いで小金井の勝てる要素がない、ということもあった。3メートルという巨躯に、オウガのルックスが放つ凄み、そして人間時代から持ち合わせていた冷静さと、トップグループとしてのカリスマ。


 勢いづき、調子にのった小金井が、竜崎の悪口を言ったり、他のクラスメイトにちょっかいを出したりしようとしても、ゴウバヤシが睨みを利かせれば、彼は黙り込まざるを得ない。

 ここ数日の小金井の行動は多少目に余り、彼を好ましく思っている生徒ばかりではない、という事実もある。だが、ゴウバヤシが小金井を上から押さえつけていなければ、彼は止まらなかっただろう。


 今のクラスは、ゴウバヤシ一人によってもっているようなものだった。





「ごっちそうさーん!!」


 今日も五分河原ゴブリンは元気に席を立ち、奥村オークと一緒に食堂を出て行く。食器は当然、置きっぱなしだ。


 恭介と凛、そして瑛は、相変わらず食堂の片隅でそうした光景を見守っていた。

 食堂の中央には、竜崎がいる。彼は、いまだに多くのクラスメイトが残り、騒がしい食堂をくるりと見渡して、明るい声でこう言った。


「あー、今日、これから食料探しに迷宮に潜ろうと思うんだけど、どうかな!」


 一瞬、食堂がしんと静まり返る。残ったクラスメイトの視線が、竜崎に向けられた。

 誰ひとりとして言葉を発しない。だが、それは静聴という殊勝な態度ではなかった。クラスのリーダー、竜崎がパーティメンバーを募集している。誰かついていってやれよ、自分は行かないけど、というような空気が、食堂全体を支配していた。恭介と凛が思わず立ち上がりそうになるが、瑛がそれを押しとどめる。


「今のクラスであまり目立つようなことするなよ」


 瑛は声を潜めてそう言った。


「でも、このままじゃ竜崎、針のムシロだろう」

「それに、こう、係とか委員に立候補する人が誰もいなくてクラスがシーンってなってると、無性に手を上げたくならない?」

「ああ、だから姫水おまえゴミ係兼カサ係なのか……」


 そんな会話をしているさなかにも、クラスの空気は硬直したままだ。

 竜崎も、自分のポジションをしっかり理解しているはずだ。誰ももう自分にはついてきたがらない。だが、〝リーダー〟という立場が求められているからこそ、それらしい言動を取らざるを得ない。手ごたえがないとわかっていて、彼はピエロを演じているのだ。


「でもそれは、竜崎の身から出たサビだ」


 瑛の声は冷たい。


「あいつにもっと判断力や、つまらない意見をねじ伏せるだけの胆力があれば、こうはならなかった。別に、転生後の姿が強いとか弱いとか、そう言う問題じゃあない」


 それは、一方で正しい意見だ。結局、現状は竜崎自身の煮え切らなさが招いた結果ではある。

 瑛の言葉である以上、安全圏から攻撃するだけの正論でしかないが、それでも、正しい意見だ。


 がたん、とクラスの片隅で、一人の女子生徒が立ち上がった。

 口に鳥の骨をくわえたまま、白い髪をふわっとたなびかせて歩く。じゃらじゃらとアクセサリーの揺れる改造セーラー服は、神代高校のものだ。彼女は、クイーン紅井同様、転移後もほとんど姿が変わっていない、特殊な生徒だった。


「い、犬神……」


 竜崎は救われたような声を出す。


「一緒に、行くかい?」


 その言葉を受け、犬神響ワーウルフはぴょこんとイヌ耳を動かし、次にフンと鼻を鳴らした。


「行かない。アタシ、狩りは一人でするから。邪魔なだけだし」


 まぁ、そうだろうなと恭介は思う。彼女は転移後から一貫して一匹狼だ。食料を狩って杉浦スキュラに渡す以上、最低限の連帯感は持ち合わせているのかもしれないが、他の生徒とつるんだところは一度も見たことがない。まぁ、それは人間時代からそうなのだが。

 アウトローな不良少女。それが犬神だ。紅井と雰囲気は似ているが、両者は犬猿の仲のようで、互いに避け合っているような様子が見られた。


 改造セーラー服のアクセサリーをじゃらじゃら言わせながら、犬神は食堂を出て行く。


 くすくすくす、と一部の女子生徒の間に笑いが漏れた。それをきっかけに、食堂内では再び雑談が始まる。再び賑わいを取り戻し、誰ひとりとして竜崎を見なくなった。竜崎はがっくりと肩を落とし、食堂の隅の席に戻っていく。


「な、なあ竜崎……」


 見るに見かねた恭介が、結局彼に声をかけてしまう。


「ああ、ウツロギ……」

「俺たちで良ければ、一緒に行こうか……?」

「いや、良いよ……」


 竜人竜崎は、死んだトカゲのような視線を宙にさまよわせて、ふっと笑った。


「あとでゴウバヤシと二人で行くさ……。ありがとう、ウツロギ」


 良い奴なんだけどな、と恭介は思う。凛もなんと声をかければいいのかわからない様子だ。


 その直後、明るい笑い声と共に、食堂に入ってくるグループがいる。小金井たちだ。

 小金井は、触手原ローパーや鷲尾、白馬などの男子たちと親しげに言葉をかわし、一気に食堂中の視線を集めた。


「あー、あのさー!」


 良い笑顔を浮かべた小金井は、先ほど竜崎が立っていた場所に移動して、よく通る声で言った。


「俺たちこれから、地下5階くらいまで狩りに行くんだけど、誰か一緒に行かない? できれば女子がいいなー!」


 クラスの中でざわめきが起きる。しかしそれは、小金井の発言を無視するようなものではなかった。男子たちは苦笑いを浮かべ、女子たちも『どうしようか』などと言葉をかわしあっているのがわかる。先ほどの竜崎とはえらい違いだ。


「あー……。じゃあ、あたし、行こうかなぁ……」


 女子生徒の一人が手をあげ、それにつられるようにして、2、3人が手をあげていく。


「よっし、決まり! 木岐野ききのさんは地下5階までいくの初めてだっけ?」

「あ、うん……。迷惑かな」

「大丈夫大丈夫。俺たちならそれくらい余裕だから。守ってあげるし! どっかのトカゲよりはよっぽど役に立つかなーって」


 その言葉を受け、鷲尾たちがゲラゲラと笑った。竜崎は対照的にどんどん落ち込んでいく。


「小金井くん、感じわるーい……」


 凛は珍しく嫌悪感を露わにしてそう呟いた。


「なんか、小金井、変わったな……」


 恭介も頷く。一抹の寂しさを滲ませた彼の言葉に対し、瑛の言葉は吐き捨てるようなものだった。


「恭介、小金井あいつは最初からあんな奴だったよ」





 いつものように、食堂に人がいなくなる頃には、恭介と凛はテーブルに残った食器を片づけ、いつものように杉浦に『邪魔だから行った行った!』と食堂を追い出された。今回は、竜崎もちょっとだけ下膳を手伝ってくれた。そのあたり、何もしない瑛は実に肝が据わっている。彼らしいので構わないが。

 竜崎は、下膳が終わると、そのままフラフラとどこかへ行ってしまう。ゴウバヤシと一緒に、狩りに行く準備なのだろう。竜崎にとってゴウバヤシという友人が残されたのは幸せなのだろうが、このままというのは、両者のためにもあまり良くないのだろうな、と、恭介は漠然と考えながら見送った。


「あたし達、これからどうするー?」

「いつもみたいに、迷宮の外で特訓かなぁ。瑛とも合体できるようになったし」

「そうだねぇ。あたしも必殺技欲しいしなー」


 凛は、妙に全身をキラキラ輝かせながらそう言った。表情のわかりやすいスライムである。


 必殺技、というのは、まぁ瑛と一緒に放ったプロミネンスボールのようなアレだろう。技名は恥ずかしいが、特定の攻撃パターンに名前をつけて、タイミングを合わせるのは悪いことではない。凛の柔軟な身体なら、いろいろと面白いこともできそうではある。

 瑛も珍しく乗り気な姿勢を見せて、こう言った。


「僕も新しい攻撃パターンをいくらか考えたい。恭介、あのスケルトンの剣を持ってきてくれないか」

「ん、ああ。わかった。取ってくるよ」

「じゃあ、あたし達さきに行ってるねー」


 凛と瑛が迷宮の出口に向かい、恭介は剣を取りに部屋へと戻った。多くの男子生徒が雑魚寝する共同寝室は、割とアイテムが散乱している。多くは迷宮探索に熱心な五分河原が拾ってきた、得体のしれないガラクタだ。恭介の剣もそれと同じ種類のものと見られているのか、誰かが触ったような形跡もなかった。


「む、ウツロギ……」


 剣を握り、部屋を出ようとするとき、ちょうど戻ってきたゴウバヤシと目があった。

 恭介は剣を握ったまま挨拶をする。


「よう、ゴウバヤシ。これから竜崎と食料探し?」

「ん、ああ。そうだ」


 ゴウバヤシは、腕を組み、恭介にこう続けた。


「ウツロギ、今少し、時間良いか?」

「ん、姫水たちを待たせてるから、ちょっとなら」

「ならなるべく手短に済ます」


 あのゴウバヤシから、恭介に話があるとは珍しい。恭介は自然とたたずまいを直した。


 ゴウバヤシ。名字のインパクトからついカタカナ的なニュアンスで呼んでしまうが、本名は豪林元宗ごうばやし・げんしゅう。寺の息子だ。拳法家でもあり、その技の冴えはオウガの卓越した身体能力を得てさらに磨きがかかった。ストイックな性格で、自分に対して非常に厳しい。教師からの評判も良かった生徒である。

 ゴウバヤシは、手短に済ますと言いながら、少し考え込んでから、このように言った。


「ウツロギ、俺たちは、何故このような姿で転移してしまったのだろうか」

「ん?」


 思ったよりも哲学的な質問がきてしまったので、恭介は一瞬答えに窮する。


「それって禅問答?」

「そんな形式ばったことをしているつもりはない。まあ、先に俺の意見を言おう」


 ゴウバヤシは組んだ腕をほどき、迷宮の高い天井を見上げた。


「これは、俺たちの心を反映した姿なのではないか、と思う時がある」

「確証はないけど、そうかな、って思うことはあるよな」


 それは奇しくも、かつて恭介が思ったことと同じだった。なので、素直に頷く。


「瑛はああ見えて熱いやつだし、姫水は考え方がすごい柔軟だろ。剣崎は騎士っぽいところあったし、紅井や犬神もイメージ通りだ。佐久間は……まぁ、うん。佐久間は、まあうん」

「だとすれば、俺はなんだ」


 ゴウバヤシは、自分の手を見ながらつぶやいた。


「俺は、ここ数日、そのことをずっと考えていた。俺は寺の息子だ。親父殿たちのような立派な僧になるべく、心から鬼を追い出し励んできた。だが、俺の手にした姿は、〝鬼〟そのものだったのだ」

「いや、うん……。か、考えすぎじゃないかな……。きっと名前に合わせて適当に決まったんだよ」


 火野瑛はウィスプだし、姫水凛はウォータースライムだし。佐久間祥子はサキュバスだし、奥村がオークで五分河原はゴブリンだし。クラス内でもジョーク混じりでそういう会話をする生徒はいる。


「そうだろうか。思えば、今のクラスの状況も、俺の未熟さが招いたことと言えるかも知れん」


 それこそ考えすぎだ。恭介は言いたかったが、ゴウバヤシの真剣な表情を見ると言い出せなくなる。


 豪林元宗。ストイックで、自分に非常に厳しい。

 もし彼が、今の姿が自分の心の中の〝鬼〟を反映したものであり、その鬼のために今のクラスの状況を招いたと真剣に考えているなら、恭介がいくら言っても無駄だろう。ゴウバヤシはよくやっている。そんな言葉は、何の慰めにもならない。

 よくやっている。よくやりすぎていた。ゴウバヤシが、これ以上滅私してクラスの和を保とうと努力する必要なんて、ないのだとすら思う。


「本気でそう思っているなら、ゴウバヤシはどうするべきだと思う?」

「俺は、自分の中の〝鬼〟ときちんと向き合いたい」


 それは、彼がストイックでありすぎるが故の、我儘であると、恭介は察した。


「ウツロギ、あと2つ、質問がある」

「ああ、うん」

「先日、佐久間と剣崎を救ったのは、おまえで間違いないな?」


 ここで嘘をつくことは、恭介にはできない。静かに首肯を示す。


「正確には、俺と、瑛と、姫水だ。俺一人の力じゃない」

「もうひとつ。このクラスのリーダーには、誰が適任だと思う?」


 その質問を受けた時、恭介はゴウバヤシの真意を理解した。


「俺と竜崎の関係のことは気にせず、おまえが思った通りのことを、正直に答えてくれ」


 候補は、3人いる。


 竜崎邦博。

 小金井芳樹。

 紅井明日香。


 今のゴウバヤシの質問に対し、答えをあげるとすれば、この3人の中の誰か1人だろう。

 恭介の中には、迷いがある。恭介が、ここで自分の考えに正直に答えることが、どういう結果を呼ぶか。予想ができるからだ。おそらく、今現在、危うい状態で辛うじて形を保っているクラスに、更なる混乱を呼ぶことは、間違いない。


 だが、


 恭介はゴウバヤシを正面から見据えた。

 彼は、恭介を信じて、この相談を持ちかけてくれたのだ。であれば、恭介は真摯に、回答を示す義務がある。


 恭介は答えた。


 ゴウバヤシは、静かに笑った。


「ありがとう。空木恭介、感謝する」


 それだけ言って、ゴウバヤシは恭介に背中を向け、立ち去る。おそらく、竜崎と食料探索に出かけるのだろう。恭介も、その背中をじっと見送ってから、剣を携えて凛たちのもとへと向かう。




 翌日、たった一人でクラスを支えていた豪林元宗は、置手紙を残して迷宮を去った。

次の投稿予定は明日の朝7時!

ゴウバヤシくんがいなくなったことでクラスはどう変わってしまうのか! 明日更新予定の9・10・11話はクラス政治と恭介たちの更なるパワーアップが主流です。お楽しみに!

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