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第74話 4人の冒険者

 どう説明したものだろうか。恭介は腕を組んで首をかしげた。

 血族がユニコーンである白馬を狙っている理由は、恭介たちには明白だ。だがそれを、一言で説明するとなると難しい。悩んでいると、冒険者のレスボンはこう続けた。


「じゃあ質問を変える。おまえ達はなんだ? なぜ俺たちと意思疎通が取れる? モンスター同士の共生関係にしては、さすがに奇妙だ」

「う、うう〜ん……」


 これも、答えにくい質問だ。自分たちが、元は人間で、異世界から転移してきた来訪者トリッパーであると、正直に言って信じてもらえるのだろうか。あるいは、正直に言って良いものなのだろうか。

 しばらく悩んだ末、恭介が思い出したのは、2ヶ月前の拠点におけるセレナとの交流である。最初、恭介たちは彼女とまともな情報交換を行おうとはしなかった。それが空気を停滞させていたのは事実である。もっと早い内に、自分たちの事情を説明できていれば、展開もまた違っていたかもしれない。


 この際、目の前の冒険者達がどれほど信頼できるかは、置いておくべきなのだ。


「俺たちは来訪者トリッパーだ」


 恭介ははっきりと言った。


「元は人間だ。転移の際、モンスターに姿を変えられて、こんな格好になってる。人間の姿に戻って、元の世界に帰るために、マスター・マジナという賢者が住む森を目指している」

「来訪者……?」


 レスボンは訝しげに首を傾げる。


「来訪者って、あの来訪者か。冒険者ギルドの知り合いにも何人かいるが……。姿を変えられるっていうのは珍しいパターンだな」

「次はこっちの質問だ。赤い月の血族レッドムーンを知っているか?」


 いきなり、踏み込んだ質問をしてみる。

 恭介たちがグランデルドオ騎士王国を発ったのは2ヶ月前だ。その時点で、血族は旧大陸の各地に出現していたと聞く。だが、その後の展開について、詳しいことは聞かされていない。人口の密集地帯を避け、迂回する形で海を渡っている内に2ヶ月。人類と血族の戦いに、何か変化はあったのだろうか?


 恭介の質問を受け、まず反応を見せたのはレスボンではなくフィルハーナだった。彼女はぴくりと表情筋を動かし、しかしそれ以上は態度に出さない。


「知っている。人類の敵対種だな。特性は吸血鬼に似ている。中央帝国にたびたびちょっかいを出しているが、戦線は膠着している」

「戦力的には互角なのか?」

「どうだろうな。レッドムーンも本気を出してはいないはずだが、帝国も全力で応戦してるようには見えないんだよな。だからまぁ、小競り合いなんだよ。連中がどうかしたか?」

「それ、『質問』にカウントされるか?」


 恭介が尋ねると、レスボンは思いっきり苦笑いを浮かべた。


「意地悪な奴だな。まぁそれでも構わないさ」

「多分、そっちが知りたいことにも答えられると思う。多分、あんた達に白馬を捕獲するよう依頼してきたのは連中だ。俺たちがこっちの世界に飛ばされたのも、こんな姿に変えられたのも、元を正せば血族の仕業になる」

「へえ」


 レスボンは目を細める。彼はここで話を一度中断し、後ろのフィルハーナに向き直った。


「どう思う?」

「彼らが来訪者だというのは、にわかには信じられませんね。否定材料もありませんけど」


 フィルハーナは肩をすくめ、もっともなことを言う。


「来訪者を召喚し、戦力として活用する研究自体は昔からありますので、レッドムーンがそれを行い、戦力の補填を行おうとしているのであれば、自然な展開ではないでしょうか。ただ、依然として彼らの目的は謎のままで、帝国や冒険者ギルドでも議論の対象になっています」

「目的って、侵略とかじゃないの?」


 白馬が横から口を入れた。恭介も頷く。紅井から話を聞く限りでは、元の世界で敗れ、この世界に逃げ込んで、侵略のために中央帝国に攻め込んでいるように感じられたのだ。

 だが、フィルハーナはかぶりを振る。レスボンに話して良いか、視線で確認を取ると、小さな咳払いの後に、また得意げになって喋り始めた。


「侵略にしては戦力運用が雑すぎます。個々の能力は非常に高いのですが、かつての修羅央沙や冥獣魔の侵攻に比べると、全体の戦力がかなり小規模なのです。帝国の〝皇下時計盤同盟ダイアルナイツ〟や、ギルドの〝五神星〟も、一切動いていませんからね」

「なんだそのワクワクする単語」

「十傑衆とか四天王みたいなものでしょ」


 白馬の呟きに、雪ノ下が答える。あまりこちらの世界の事情に深入りはしてこなかったのだが、やはりそういった存在はあるらしい。

 つまり、帝国は最強戦力に相当するものを温存しているのだ。血族側も本気を出していないということではあるが、血族側がそのダイアルナイツとやらに対応できる力を残しているのか、恭介の立場から見てまったくわからない。


 紅井と激突したルークは、確かに今まで戦った相手とは比較にならないほどの強さを有していた。だが、あれだけの戦力が、血族側にはどれほど残っているのだろうか?


「もちろん、帝国側に被害がないわけではないのです。今後の血族の動向次第では、時計盤同盟も動くかもしれません」

「ギルドの5なんとかは?」

「五神星は、全員個人主義者なので……。礼金がないと動かないとか、強い奴と戦いたいとか、そんな人ばっかりなんで……」


 ここに来て不安になるのは、その中央帝国と友好な関係を築けるのか、恭介たちには判別できないところだ。セレナやその母親である女王の話では、帝国は現在、モンスターに対して非常に排他的になっている。恭介たちが、血族の手によって変質させられた来訪者であると露呈した時、その時計盤同盟の力がこちらに向かないとも、限らないのだ。

 だからこそ、恭介たちは大陸を東に直進するルートを避けた。


「お前たちがレッドムーンと敵対しているのはわかったが、あまり帝国には擦り寄らない方が良いな」


 考えていたまさにその内容を、レスボンの方からも忠告された。


「帝国の力は強大だが、利用できるものは強引に従属させて戦力を拡大してきた傾向がある。安全は保証されるが、自由は保証されないかもしれない」

「五神星の存在も、ネームバリューを押し出して冒険者ギルドが自衛するためのものですしね」

「なんか、結構複雑なんだな。どこも」


 あまり政治の問題に深入りするべきでは無いような気もするし、逆にこのあたりにはもっと詳しくなった方が良い気もする。

 結局、現時点ではあまり有用な情報が得られそうにはない。


「他に聞きたいことあるか?」


 恭介は、振り返って白馬と雪ノ下に聞いてみた。


「他に捕まえるよう頼まれた奴はいるか?」

「いる。ライカンスロープっつってたな」


 白馬の問いに、レスボンが答える。ライカンスロープ。獣人だ。つまり、犬神響だろう。


「他には?」

「聞いてないな」

「そうか……」


 白馬は顔を伏せた。それの意味するところは、恭介にも雪ノ下にもわかる。はぐれたクラスメイトは犬神だけではなく、その彼らの名前が挙がらないということは、既に彼らは捕らえられてしまった可能性が高い。

 空気が、一気に重くなる。


「こっちからも確認しておきたいのですが、」


 フィルハーナが手を挙げた。


「あなた達を転移トリップさせ、モンスターに姿を変えさせたのは、“赤き月の血族レッドムーン”と名乗る人類の敵対種ということで良いんですね?」

「ああ。ついでに言うと、連中も来訪者トリッパーだ。もともと俺たちの世界にいた」

「……なるほど」


 フィルハーナは、口元に手をやり、難しい顔で思索を始める。話しすぎたか、と思わないこともないが、現状、情報交換によって新しい道が開けるのなら、それに越したことはない。

 いま、恭介たちが一番気にするべきは、この大陸から如何にして脱出することだ。目の前の冒険者が敵対意志を示していない以上、彼らに縋ることが一番有効な手段ではある。


「レスボン、さっきも言ったけど、俺たちはマスター・マジナという人物に会いたい。その為には海を渡らなきゃいけないんだけど」

「おっと。こっちからも質問させろ。ちょっとこっちの方が話し過ぎてるだろ」


 恭介の言葉を、レスボンは隻腕で遮った。


「お前たちは、来訪者だと言う。だが最初に飛ばされてきた場所はこの新大陸じゃないな。冒険者ギルドの名前も、来訪者という単語も、マスター・マジナの存在も、旧大陸でなければ聞けないものだ。つまり、お前たちがこの新大陸にいるのは、不自然な状況になると思うんだが……」

「……それ、知って何になるんだ?」

「質問してるのはこっちだぞ、ウツロギ。情報っていうのはそれだけで銭になるんだ」


 腕が片方なくなったから、稼ぎ方を考えなきゃいけないんだよ、とレスボンは続ける。


「冒険者ギルドでは情報の売買もやってるのか」

「自力でそれに気づくとは……天才か、ウツロギ」

「ひょっとして俺をバカにしてる?」

「まぁ気にするな。とにかく話せよ」


 恭介は微妙な気持ちになりながらも、レスボンの質問に応答した。

 自分たちが飛ばされた場所が、まず旧大陸の西側であることだ。セレナ達に迷惑がかかる可能性があったので、騎士王国のことは伏せる。この情報が売買される可能性も考慮して話さなければならない。

 そして、海を渡る最中、血族との戦闘の余波で、強制的に空間移動させられたことを話す。


空間災害スペティアル・ハザードだな。強大な力同士がぶつかると発生することがある」

「よくある話なのか?」

「そうでもない。それこそ、皇下時計盤同盟クラスの連中同士の戦闘じゃないと起こらない」


 紅井の素振りからして、あの空間災害は意図的に引き起こされたものだ。この時点で、レスボンの方には、恭介たちの仲間にダイアルナイツに匹敵する戦闘能力の持ち主がいることが明らかになっているが、それ以上、そこには触れない。

 紅井やルーク並の戦闘能力となると、どれほどの力が必要になるだろうか。

 恭介ではまず無理だ。雪ノ下の最大出力ならば、可能だろうか? 視線を向けると、彼女は口パクで『やらないわよ』と呟いた。そりゃそうだ。


「で、マスター・マジナに会いに行くんだったな。空間災害でこっちに飛ばされてきたと。旧大陸に戻りたいわけだ」

「そうなる」

「協力できるかどうかって話だと思うが、そいつは少し考えさせてくれ」

「わかった。無碍に断られないだけマシだって思うことにする」


 この情報交換で、得られた情報は大きい。だが、事態が好転するほどのものが得られたかというと、そうでもない。はぐれたクラスメイト達を探す意味でも、冒険者の協力が得られれば、それが一番なのだが。


「そういえば、白馬を捕まえるっていう血族の依頼は受けたのか?」

「そっちはまだだ。胡散臭かったからな。まぁ、おまえ達と戦闘にならなくて良かったよ。さすがに腕をもう一本持ってかれるのは、ゴメンだ」


 次は腕じゃ済まないかもな、とは、雪ノ下を見て思うことだ。


「こっちから聞きたいことはそのくらいだ、レスボン」

「わかった。じゃあ俺たちも中継キャンプまで引き上げるよ」

「気をつけろよ。血族の小悪魔インプ屍鬼グールがうろついてる」


 それだけ話して、恭介たちはレスボン、フィルハーナと別れる。

 砂浜を少し西に歩いてから、恭介は白馬や雪ノ下に尋ねた。


「話し過ぎたかな、俺」

「あんなもんだろ。それに、協力を得ようと思ったらどのみちあれくらい話さないといけないしな」

「気になるのは犬神さん達だわ」


 雪ノ下は白い袖を振りながら、やはり一番先頭を歩く。すでに汗や湯気は止まっていた。


「白馬くん、他には誰がいたの?」

「蜘蛛崎と触手原だ。連中の目的から言って、殺されてることはないと思うんだが」

「となると、捕まってるのね。小金井くんみたいに」


 小金井の名前が出るたび、恭介は苦い気持ちになる。救出を諦めたわけではないにせよ、彼が血族に捕らえられてから、すでに2ヶ月が経過しているのだ。


「敵として出てくるってことも、あるのよね。ウツロギくん」

「……ああ、わかってるよ」


 事実を突きつけるような雪ノ下の物言いに、恭介は少し苛立ちを露わにする。


「わかってるなら、良いわ」


 白馬の予想が当たっているならば、敵に囚われているのは小金井、蜘蛛崎、触手原の3人。クラスがバラバラになった瞬間を突かれた形だ。となると、他にもまだ、生徒が捕まる可能性がある。

 状況は、あまり良くないのだ。


「わかってるなら、良いわ」


 雪ノ下はもう一度、そう言った。その意味までは、恭介にはわからなかった。





「で、どう思う」


 3体のモンスターと別れた後、レスボンは改めてフィルハーナに尋ねた。


「彼らの話をどこまで信じるかですね」


 フィルハーナは冒険者だが、聖都フィアンデルグ出身であり、帝国の内情にもそこそこ詳しい。おそらく、赤き月の血族レッドムーンの名前が出た時真っ先に反応していたのは、それが理由なのだろう。


「彼らは最後に、レッドムーンが小悪魔や屍鬼などを配下に従えているというようなことを言っていました。屍鬼はここ10年で観測されるようになった新種のアンデッドです」

「連中が王片を使って生み出したとでも言うのか?」

「死霊の王のレプリカもありましたからね。だとすると、状況はかなり深刻です」


 人類の敵対種たるレッドムーンが、なんらかの形で神話戦争時代の遺物を所有し、利用しているということになる。王片はその多くが帝都に保管されているが、行方の明らかになっていないものも多い。


「帝国がギルドに探索要請を出してる王片はなんだっけ」

「死の王片と魔の王片。死の王片がレッドムーンの手に渡っていることは疑いようもないのですが……」

「魔の王片か……。確か小悪魔は魔の王の眷属だよなぁ……」

「デーモン種のように直系ではありませんが、そうなります」


 今回の情報交換は、予想以上に大きな収穫があったと言えるかもしれない。何しろ、帝国で掴んでいるかもわからないような重大な情報の断片を、入手することができたのだ。

 レッドムーンが王片の2つを保有しているともなれば、事態は思った以上に深刻だ。この情報が帝国に流れれば、中央帝国とレッドムーンの間で王片の争奪戦が発生しうるし、あのウツロギというスケルトン達も、否応なしにそれに巻き込まれていくことになる。


「この情報を、帝国に売り渡しますか?」

「ウツロギ達のことはともかく、レッドムーンが王片を持ってるって情報は流した方が良い気がするんだよなぁ。空間災害が起きたってことは、時計盤同盟や五神星級の敵がいるってことだろ」

「まぁ、そうですね」


 それに、フィルハーナがファクシミリで蒐集していたゴシップ記事だ。

 くだらない三文記事とバカにしていたが、もしかしたらあそこに記載されていた一部の情報は、ウツロギ達の仲間に繋がるものではないだろうか。

 もちろん、こちらの取り扱いに関しては慎重になるべきだろう。これが帝国に対して明るみに出た場合、帝国とレッドムーンの間で奪い合われるのは、彼らの身柄自身もということになる。


 王片と、モンスターの来訪者。

 あのトボけたスケルトン達はまだ気づいていないが、彼らは今、帝国とレッドムーンの間に巻き起こる台風の中心部に、なりかけているのだ。


「ところでフィルハーナ、あのユニコーンの言っていたことなんだが」

「……それ、レスボンに関係ありますか?」

「……そうね、ないね」





「はーい! みんな、しゅーごー! 集合だぞコラァー!」


 姫水凛は、自らへし折った切り株の前で、びよんびよん伸び縮みしつつ叫んだ。茂みをガサガサとかき分けて、壁野や烏丸たちが戻ってくる。御座敷がいない、と思ったが、彼は壁野の足元にちょこんと付いてきていた。


「ひ、姫水さん……? どうしたの?」


 大きな木桶にドングリをしこたま詰め込んだあずきが、恐る恐る尋ねてくる。


「どうもしないよー! ほらほらー、みんな帰るよー! ふしゃー!」


 どうもしないわけがない。凛のテンションがおかしくなっているのは、先ほど壁野と御座敷から受けた相談が原因だ。壁野は御座敷にもっと物をはっきり言って欲しいと言うし、御座敷は壁野にもっと素直になって欲しいと言う。心の問題の解決というより、恋愛相談みたいなものなのだ。


 姫水凛も(今はスライムとは言え)いっちょまえの女子高生であり、しかも世話焼きときている。原則として他人の色恋沙汰にアレコレ言うのは、そんな嫌いなことではないし、お手伝いだって喜んでする。

 だがこれは、状況が状況だ! 面倒臭い!


「じゃあ、そろそろ良い時間だし、帰ろっかー!」


 テンションをあえてあげながら、凛は一同にそう呼びかける。みんなが『うーい』と応じ、ぞろぞろと丘陵の掘っ立て小屋へと移動を開始した。凛はニコニコと笑顔を取り繕い(顔はないのだが)、その列の最後尾につくと、次の瞬間すごい勢いで身体を伸ばし、列の中にいた一人を掠め取った。

 ぎゅるん、と伸びるスライムの身体。地道に積み重ねた鍛錬は、パニックホラー映画の如き挙動を可能にするのだ。


「うわあああああああ!」

「しっ! 烏丸くん、しっ!」


 茂みに引きずり込んだのは、鴉天狗の烏丸義経である。


「な、なんだ、姫水かよ。スライムかと思った……」

「スライムなんだよ! 烏丸くん、ちょっとあたしの話を聞いて!」

「な、なに? 俺、人間時代のおまえはちょっと良いかなって思ってたけど……」

「うん、ありがとう! そういう話じゃないから!」


 凛は人間時代それなりにモテた自覚があるので、この程度ではおじけづかないのだ。スクールカースト上位者の傲慢と言えばそのとおりだが、そんなことも織り込み済みでいきているのだ。女子の嫉妬やあらぬ噂を耐えるだけの心の強さが必要なのだ。


 いや、そんなことは良いのだ。


「烏丸くん、御座敷くんと仲良いよね?」

「ん。まぁまぁだな」

「御座敷くんってちーちゃんのこと好きなの?」

「あー……。まぁ、そうだな。その話したのもう3ヶ月前だわ」

「あー……。修学旅行中だったもんねぇ、あたし達」


 なんでも、バスが事故に合う前日、烏丸と御座敷は同じ部屋で好きな子について語り合ったのだそうだ。

 じゃあ烏丸くんの好きな子は誰だったの? なんて無粋なツッコミをするとややこしくなりそうなので、凛は黙っておくことにする。


「いやぁ、御座敷くんとちーちゃんの両方から、いろいろ相談されちゃってね……」


 ここで頼れそうなのは烏丸くらいのものだ。凛は、壁野と御座敷の両方から聞かれた内容を、とりあえず彼に話す。


「そうか……。姫水も大変だな……」


 黒い羽毛に覆われたクラスメイトは、やはり真っ黒な視線にめいいっぱいの同情を込めてそう呟いた。


「ウツロギが浮気するかどうかってときに……」

「マジでそれね。まぁ恭介くんに浮気するような甲斐性があったらあたしそんな苦労してないけどね。キャラ薄いしね恭介くん。っていうか別に付き合ってるって事実はまだなかったりするんだけどね。いやまぁそれは良いんだけど」


 今の凛は逆さまに振れば恭介への不満が大量に飛び出してくるが、そんなことを話している場合でもないのだ。


「まぁ、御座敷くんがちーちゃんに告白すれば、済む話だと思うんだよこれ……。あたし達が世話を焼けるようなことって、ある……?」

「夜中に呼び出してみたらどうだ? 互いの名前を使って。修学旅行っぽい」

「まーうん。そうかな……? そうかぁ……」


 烏丸の話では、御座敷童助の実家は高級旅館らしい。壁野千早は、実はその旅館の番頭の娘で、2人は幼馴染ということだ。御座敷がサッカーに目覚めたのは幼稚園の頃。壁野も昔は彼と一緒にサッカーを遊び、鉄壁のゴールキーパーとして活躍したらしいのだが、4年生にあがり、御座敷が地元のサッカー少年団に入ると、そうして一緒に遊ぶことも少なくなった。

 壁野も中学時代は女子バスケ部に入るなどして疎遠になったのだが、高校に進学してからは、いきなりサッカー部にマネージャーとして入ったらしい。明らかに御座敷を意識してのことなのだが、壁野は壁のように頑固だし、御座敷は滅多に自己主張をしないので、そこから先の進展はない。


「……烏丸くん、詳しいね?」

「まあな。これでも中学時代は新聞部だったんだ」


 新聞部であることとクラス内のゴシップに詳しいことはあまり関係ない気がするし、その彼が高校から体操部に転向した理由も謎が深いのだが、やはり凛は突っ込まない。


「新聞部はともかく、御座敷や壁野の話はよく聞くよ。俺、小6のときに京都から引っ越してきてさ。近所に御座敷の旅館があるから、家族づきあいは実は割とあるんだよね。ちゃんと話すようになったのは高校からだけど」

「京都から? 烏丸くんの実家も結構いいとこ?」

「ばーちゃん家が呉服屋だけど、そっちは伯父さんが継いでるからあんま関係ない」

「ふーん……。なるほどねー」


 凛はそこで、ようやく烏丸の拘束を解く。壁野たちはだいぶ前へ行ってしまった。追いかけないといけない。


「人に歴史ありって感じだね。そっかー。老舗旅館の幼馴染かー……」


 それはそれで、ロマンチックではある。昔はサッカー友達で、今はエースストライカーとマネージャーという、その関係もひっくるめてだ。まぁ、ちょっとはくっつけてあげたいな、という気持ちも、湧いてはくる。


「そう言えば、これは烏丸くんの主観で答えて欲しいんだけどさ」


 凛と烏丸は茂みの外に出て、壁野達を追いかける。


「あの2人、フィルターはどうなのかな」

「フィルター?」

「うん。あたし、もう2人ともフィルター切れしてるんじゃないかと思うんだよねぇ。こないだの冒険者戦もさ、烏丸くんと涼香ちゃんはすぐに助けにきてくれたけど、ちーちゃんと御座敷くんは動かなかったよね」


 そもそもフィルターが、具体的にどういうものなのか、という問題も、あるにはある。見たところ、効果には個人差があるようなのだ。人間らしい情動の一部、その中でも特に、モンスターとしての活動に支障のあるものを、極端に鈍くするものだということは、わかっている。

 時期的な話をすれば、次に誰がフィルター切れを起こしても、あるいは既に起こしていたとしても、おかしくはない。


「結局、壁野は頑なに自分の本心を閉ざしてるし、御座敷は滅多に自己主張しないから、わかんないよなぁ」

「ああ、結局はそこに帰結するわけね……」


 そんな話をしていた時だ。


 背後でがさがさという音がした。びくん、と烏丸は肩をすくめ、凛も全身を震わせる。音はすぐに止んだ。恐る恐る振り向くと、茂みの間から、何から怪しげな光が二つほど、こちらを覗いているのがわかる。金色の輝き。まるで月が砕けた、その破片のようだ。


 凛は、ぴんと来た。


「お、おい、姫水……」

「烏丸くん。静かに。たぶん、大丈夫。恥ずかしくて出てこれないだけだから」

「ん、お、おう……」


 どうして彼女がそこにいるかはわからないが、出てきたくないものを無理に引っ張り出すことはない。それでもそのうち、出てこざるを得なくなる局面は、あるのだろうが。


 ひとまず壁野たちに早く追いつこう。そう凛がそう言いかけた時である。


「きゃあああっ!!」


 森の奥、前方、すなわちその壁野たちが進んだ方角から、悲鳴が聞こえた。

 誰のものだ、と判断するまでもなく、凛が叫ぶ。


「あずにゃんだ!」

「何が出たんだ。クマか!?」


 野生動物の類ではない。凛は直感した。フィルター切れを起こしていたとしても、3メートル以上の巨躯を誇る壁野は、その威容から野生動物を一切近づけない。それ以外の明らかな害意を持って近づくものが、この森の中をうろついていたのだ。

 凛の意識の裏側に、先日交戦した冒険者たちの姿がちらつく。迂闊だった。彼らがここまで来るとは考えていなかったのだ。


「急ごう、烏丸くん!」


 凛が烏丸にそう声をかけるか否か、というタイミングで、背後の茂みから一人の少女が飛び出した。

 一糸纏わぬ、あられもない姿の少女である。彼女は、一瞬で両手両足を地面につけると、全身を白銀の毛並みを持つ狼に変えて、悲鳴のした方角へと一直線に走り始めた。


「い、犬神だったのか……」


 烏丸がぽつりと呟く。だが、凛の視線は、その犬神が走っていった地面へと向けられる。


「……烏丸くん、急ごう」


 凛はもう一度、烏丸にそう告げた。


「響ちゃん、傷を負ってる。しかも、結構新しい……。ほんの数十分前につけられたような奴だよ」


 犬神が疾駆した地面のその上をたどるように落ちていたもの。凛が、じっと見つめていたもの。

 それは、走る狼の身体から飛び散った、まだ乾く気配すらない、真新しい血痕だったのである。

次の話はまた近日中にー。

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