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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第7話 新たな力

「剣崎さん、大丈夫?」


 ようやく物陰に逃げ込んだところで、佐久間祥子サキュバスが言う。剣崎恵デュラハンは頷くのが精一杯だ。とはいっても、首から上は基本脇に抱えているので、腕で抱えなおして前後に動かさなければならなかったが。


 竜崎ドラゴノイドゴウバヤシオウガがクラスメイトを連れて脱出してから、かなりの時間が経過している。1時間か2時間か、あるいはそれ以上の時間が経過しているのかは、剣崎恵にはわからなかった。

 あの強大なモンスターに真っ向から立ち向かうことは、自殺行為に等しい。佐久間もそう判断したらしく、足止めに徹した。興味が逃げた生徒に向かないよう、適度に攻撃を加えて挑発する。もちろん、自分が殺されないようにしっかり逃げる。遠距離からまた攻撃を加える。それを繰り返しているうち、佐久間と剣崎は、すっかり迷宮の奥まで入り込んでしまった。


 10階から上へ連なる階段は狭く小さい。あのモンスターが上へ向かうことはできないだろうから、目的はほぼ達成したことになる。


「後は……どうやって逃げるかだな……」


 剣崎は苦しげな声を出した。


 奥まで入り込んでしまった、とは言うが、この地下11階自体は非常に単純な構造をしており、迷う要素はない。だが、かえってそれゆえに、モンスターに見つかりやすいマップでもあった。今も、獲物を探し求めたあの巨人が、地響きを立てながら歩き回っている。


「ここから10階の階段まで、一気に……。は、無理だよ、ね……」

「さすがに厳しいな。どう見ても、直線距離で500メートルはある」


 そう言いながらも、佐久間は生還をあきらめてはいない。その顔立ちに、しっかりとした意志の炎を宿している。まるで、烈火のごとくに。


 この娘は、こんなに強い子だったか、

 剣崎は、姿のすっかり変わってしまったクラスメイトを見て、そう思った。


 佐久間祥子は、決してクラスで目立っていた子ではない。どちらかと言えば地味で大人しい、自己主張をあまりしない女子生徒だった。眼鏡をかけ、校則をきっちり守ったスカート丈で華やかさはなく、いつも図書室で本を読んでいるような、そんな子だった。

 剣崎も、4月のクラス替えて彼女の前の席だったということ以外、ほとんど接点がない。ろくに言葉をかわしたことさえ、なかったのである。


 そんな佐久間が、トリップ以降露骨にちやほやされるようになった状況に対し、剣崎は苦い思いがあった。


 確かに彼女は強い。だがそれ以上に変わったのは、そのルックスだ。

 それまでの地味さとは一変、すべての男を虜にするような妖艶な顔立ちと、扇情的なボディライン。そしてそれを包み隠そうともしない、破廉恥な衣装。風紀委員の立場からも苦言を呈したくなるような、ひどい恰好だったが、当然男ウケは良かった。

 しかしそうした変化を、佐久間自身が喜んでいたわけではない。少なくとも、剣崎にはそうは見えなかった。


 だからこそ、姿が変わった彼女を持て囃し、ちやほやする男子生徒に対する不信感を募らせていたのである。


 引っ込み思案な佐久間が、嫌がりながらも迷宮探索に駆り出されている。剣崎に見えたのはそうした光景だ。だが、あの大型モンスターに襲われたとき、ゴウバヤシにはっきりと意見を出し、指示を飛ばした彼女を見て、剣崎は彼女に抱いていた同情や庇護心、苦い思いなどを、尊敬へと変えたものだ。


「剣崎さん……、どうしたの?」

「いや、佐久間は立派だと思ってな」


 しばらく休んで、体力が回復する。剣崎はゆっくりと立ち上がった。


「立場が人を成長させるのか。あるいは、そうした佐久間の隠れた力のことを、今までずっと知らずにいたのか」

「ええ……。私、大したことないよ……」

「謙遜するな。あそこでゴウバヤシ達を先に行かせる判断も、その上でなお生きて帰ろうと考える意志も、立派なものだ。私は支持する」

「生きて帰りたいのは……、そんな立派な理由じゃないし……」


 佐久間は少し恥ずかしそうにもじもじしながら、そんなことを言った。

 好きな男でもいるのか。今のクラスの男子は完全に人外魔境と化しているが。この様子だと、だいぶ前から思いを寄せていたのだろう。とりあえず、小金井ハイエルフ以外なら許す。小金井はダメだ。あの男は、クラスの中で一番危険なにおいがする。


 とにかく今は、生きて帰る。


 竜崎やゴウバヤシ達は、救出に戻ってくるだろうか。可能性はどちらとも言えない。だからこそ、ここは自分たちの力で脱出しなければならないのだ。


「……っ! 剣崎さん!」


 急に佐久間が、表情を険しくする。剣崎は振り返ったが、顔は脇に抱えていたので見えなかった。改めて身体ごと振り向く。


 こちらを見下ろす、二つの虚ろな顔。六本の腕に構えた蛮刀が別々に動き、獲物を見つけた歓喜に打ち震えている。不揃いの牙が覗く口から、だらりと涎が垂れてきた。


 あのモンスターだ。


「くっ、見つかったか……!」


 剣崎は剣を引き抜き、佐久間を庇うように後退した。


「佐久間、私の顔を持っていてくれ」

「う、うん……」


 デュラハンの身体は実に不便だ。頭を首の上に乗っけても、すぐにポロリと落ちてしまうので、思うように戦えない。視界の概念を、最初から考え直さなければならないほどだ。まだまだ、修行不足を実感する。

 佐久間は、背後から魔法での援護射撃を行ってくれた。このまま後退すれば、階段からは更に遠ざかってしまう。だが、目の前の怪物の股下、あるいは脇をすりぬけて、階段まで走って行くのは困難だ。ここは退くしかない。そう考えていたときである。


「「おおりゃああぁ―――――ッ!!」」


 弾丸のように突っ込んできた〝それ〟が、モンスターの側頭部に叩き込まれた。





 少し、時間は巻き戻る。


 戦闘を最小限に抑え、地下へ、地下へと進んでいく。恭介は、スケルトンにもらった剣を、背中に挿していた。正確には、凛に挿した形になるのだが。彼女は『うええ、剣の錆がしょっぱい……』などと漏らしていたが、他に持ち運ぶ方法がわからないので、ガマンしてもらうしかない。

 先ほどのスケルトンを除けば、アンデッドモンスターにはほとんど遭遇しなかった。恭介と凛は、不思議そうに周囲を見渡した後、その視線を並走するウィスプへと向ける。


「……どうした、二人とも」

「いや、ひょっとして、ほとんどモンスターに遭遇しないのは瑛のおかげなのかなって」


 生物は、元来火を恐れるものだ。加えて、アンデッド系のモンスターが火属性を弱点とするのは、元の世界のファンタジーゲームではよくある話であった。不気味に輝く瑛の灯火が、モンスターを遠ざけているという可能性は否定できない。


「そういえば、さっきのスケルトン達も、あたしには攻撃してきたけど火野くんにはたじろいでたね!」

「ああ、やっぱりそう見えるか?」

「この世界にも属性相性ってあるんだねぇー」


 時折、凛の口から飛び出す言葉には、微妙にゲーム経験の豊富さを思わせるものがある。クラスのアイドル、陸上部のエース、県下最速のトップスプリンターとは言え、やはりゲームはするのだろうか。恭介は、プレイするゲームの好みでも微妙に小金井と合わなかったりしたので、凛からそういう単語を聞くたびに、妙にうずうずしてしまう。


 いや、今は、とにかく、瑛の炎だ。死霊の王ワイトキングもまたアンデッドである。瑛の力をもって死霊の王を威嚇できるのであれば、佐久間サキュバス剣崎デュラハンの救出は一気に楽になるはずだ。


「もうひとつ、隠れ能力って可能性もあるよねー」


 凛はのんきな声でそう言った。恭介は首をかしげる。


「隠れ能力?」

「いや、この場合は違うのかな。とくせい? パッシブ能力?」


 考え込むような言葉が、頭の内側に響いてきた。


「キャラごとにさ、ダンジョンでのエンカウント率を下げる能力とか、アイテムを見つけやすくなる能力とか、そういうのが設定されてたりしない? 火野くんのがそれなのかも」

「まさか。モンスターに転生した上に、そういう能力がついたりするのか?」

「モンスターごとの種族特性かもしれないじゃん! ウィルオウィスプはエンカウントしにくくなる!」


 さすがに発想がゲーム的すぎる。もちろん、わかりやすく言えばそういうことになるのかもしれないが、その〝エンカウントしにくくなる能力〟というのは、例えば先述した〝生物は火を恐れる〟〝アンデッドモンスターは火に弱い〟という基本設定を踏襲した上で、ゲーム的につけられるものではないのか?


 恭介は懐疑的だったが、瑛は何やら考え込んでいる。


「瑛、信じてるのか?」

「いや、姫水の妄言を信じるわけじゃないんだが」

「ひどい」

「僕も少し、気になることがあってね。ただ、仮説の域を出ないので、まだ黙っておくよ」


 そうこうしている内に、一同は10階から11階へと向かう階段を駆け下りて行く。


「恭介、姫水、先に言っておくけど」


 瑛の声は緊張感に満ちていた。


「なんだ?」

「今回の目的は、あくまでも佐久間と剣崎を連れ帰ることだ。死霊の王に余計な攻撃を加えるなよ」


 恭介は、ふっと笑うように息を漏らす。笑うための表情筋も、息を漏らす肺もなかったが、その辺は凛が頑張ってフォローしてくれた。


「わかってる。俺たちだってそこまで迂闊じゃないさ」





「「おおりゃああぁ―――――ッ!!」」


 水色の弾丸が、死霊の王の側頭部へと着弾する。それが大したダメージになっていないことは、反応を見ても明らかだった。渾身の跳び蹴りだったのだが。


 死霊の王が、六本の腕を振り上げ、攻撃を仕掛けてくる。恭介と凛は、キックのめり込んだ頭部を蹴りたてて、迷宮の床に着地する。見上げれば見上げるほどに、大きい。全長5メートルだったか。数値の上ではピンとこなかったが、目の当たりにするとそれを実感する。たった5メートルでも、これだけ大きいのだ。

 大きくて強いものは、恐ろしい。それはすべての生物が本能的に感じる事実だ。だが、ここで手をこまねいては、いられない。


「ウツロギ……くん……?」


 声のした方に視線を向けると、そこには相変わらず布面積の薄い服に身を包んだ佐久間祥子サキュバスが、胸(大きい)に手を当てながらこちらを見ていた。そして、その彼女を庇うように、首なし騎士デュラハンが立っている。こちらは剣崎。良かった、二人とも無事だ。


「なんてこった!」


 凛が叫んだ。


「つるぎんの首がない!」

「それは元からな」

「あっ、そうか……」


 いや、元からではないが。


 剣崎恵の顔は、やはり佐久間が持っている。剣崎は、じっと恭介と凛の方を見つめ、こう呟いた。


「……凛、か?」

「やっほう、つるぎん」


 うにょん、と恭介を包む凛の身体から、彼女用の〝手〟が伸びる。ちょうどそのタイミングで死霊の王が剣を叩きつけてきたので、恭介は跳躍しながらそれを回避した。おちおち挨拶もさせてくれない。

 次の瞬間、佐久間が抱え込んだ剣崎の言葉から、叱責がまろび出た。


「おまえ達、こんなところで何をしているッ!」

「な、何って……。俺たちは二人を助けにだな……」

「そんなことではない!」


 びしり、と首なし騎士の指先が、恭介と凛に向けられる。


「男と女が、公衆の面前でそんな親しげに肌を重ね合わせるなど……破廉恥極まりないッ!」

「あー……さすが風紀委員……」

「あたしもウツロギくんも肌ないんだけど」


 そろそろ慣れてきたとはいえ、男の身体を女が文字通り包み込んでいるのだから壮絶だ。人間時代ではほぼ実現不可能だったプレイであろう。これは断じてプレイではないが。しいて言うなら、イソギンチャクの中で生活するクマノミとか、そんな感じだ。


「ウツロギくん、それ、片利共生ね。あたしとウツロギくんは相利共生だから、イソギンチャクとヤドカリ」

「ん、そうか……」


 お気楽能天気娘かと思ったら、凛は妙なところで博識だ。


「とは言えつるぎん、誤解だよー。あたしはただウツロギくんと合体してるだけで……」

「が、合体!?」

「違うぞ剣崎、合体といってもアクエリオンとかゴーダンナーみたいなものじゃない! もっとこう、ガンバスターとかグレンラガンとか、そういう健全で清らかな合体だ!」

「何をわけのわからないことをくっちゃべっている!」


 そんなやりとりをしている間にも、恭介と凛は死霊の王の攻撃を必死に回避していたりする。佐久間は佐久間で、顔を真っ赤に染め、やけにもじもじとしながら『が、合体……』『ウツロギくんと姫水さんが……』『合体……』などと呟いている。これは非常によろしくない傾向であるような気がした。


 死霊の王に、真横から小さな火炎弾が叩きつけられたのは、その時だ。


「恭介ぇ―――――ッ!」


 ぴゅーっと飛んできた瑛の声は、怒りに打ち震えていた。


「君は! バカか!? 僕が! あれだけ! 君は! まったく!!」

「あぁ、うん。ごめん瑛……」


 ウィスプの身体は、これ以上ないほどに膨れ上がっている。これは相当カッカしている証拠だ。だいぶ離れた位置にいるはずの佐久間と剣崎も、熱さを感じるのかじりじりと下がっている。

 怒りのエネルギーで火炎弾も強化され、死霊の王は炎を嫌がるのか少し後ずさった。大きく開けた通路に、向けての、通り道が確保される。恭介は、即座に佐久間と剣崎に合図を送った。二人は頷き、死霊の王の攻撃が当たらないギリギリの位置を、まっすぐに駆け抜けて行く。


「恭介、これは貸しだ!」

「俺、おまえに借りいくつ作ってたっけ」

「昨日までの時点で99822個だ!」

「うわあ、生まれた時からの付き合いだとしても1日16個……」


 凛は計算も早いようだった。優等生だった。


 とは言え、そろそろ呑気におしゃべりしている時間もない。ここから階段に向けては、縦にも横にも広い通路だ。遮蔽物は少なく、死霊の王にとってもっとも適した戦場であると言える。恭介と凛は、佐久間と剣崎を追いかけるようにして走るが、ずしん、ずしんと鳴る地響きのような足音が、すぐ後ろまで迫ってくるのを感じた。


「ウツロギくん!」

「わかっている!」


 凛の叫び声に応じ、恭介は立ち止まって振り向いた。佐久間と剣崎が驚く。


「ウツロギくん!?」

「凛、何を……!」


 右の拳をぐっと握りしめると、密度が集中し重量と硬度が増すのがわかった。合図はある程度打ち合わせてある。まずは足止めだ。


「ジャンプだ、姫水!」

「おうっ!」


 恭介の足の骨が、逆関節状に組みなおされ、次の瞬間には高く跳躍する。さらに天井を蹴っての加速。顔面めがけて、渾身のパンチを見舞う。


「おおりゃッ!」


 が、手ごたえはない。2つの顔、4つのくぼんだ眼窩に納められた不気味な瞳が、一斉にこっちへ向けられた。


「今だッ!」


 恭介の合図で、凛が背中の剣を引き抜いた。恭介の腕ではない。ちょうど肩のあたりから生えた、彼女自身の腕だ。突如生じた第三の腕は、その剣を自在に振り回し、四つの目の内の一本に突き立てる。


「ヴオオオオ………!」


 それは、死霊の王が初めて漏らした苦悶の声だった。同時に、瑛が火炎弾での援護を行い、その隙に恭介と凛は距離を取る。足の骨の形状はいつの間にかもとに組みなおされていた。


「ウツロギくん! 姫水さん!」

「二人とも、早く逃げろ!」


 恭介はじりじりと後退しながら叫ぶ。死霊の王に、わずかではあるがダメージは通っている。今、怯んでいる隙に、走り抜けるしかない。そのまま彼女たちの方を向き、足を動かす。瑛もすぐに追いかけてきた。

 あと少し。階段が目に見えて近づいてくる。あそこを昇り切れば。


 そう思った時である。


「ウツロギくん、危ない!」


 不意に響いた声は、頭の内側に直接叫びかけてきた。


 直後、恭介の身体は突き飛ばされる。骨の身体を覆い尽くす半液状の肉体が、一気に剥がれるのがわかった。一瞬何が起こったのかわからず、続いて理解が追いつく。凛の側から、強制的に合体を解除したのだ。そうして、スライムの彼女が、恭介を後ろ側から突き飛ばしたのである。


 どしん、という衝撃が後ろから恭介の身体を揺らした。迷宮の床にすっ転び、そのまま後ろを見る。


「姫水ッ……!」


 先ほどまで、恭介たちのいた場所には、死霊の王の蛮刀がめり込んでいる。床を叩き割り、瓦礫が飛散し、土煙があがっていた。姫水凛の返事はなかった。死霊の王が剣を上げると、床でぐったりとした凛の姿が確認できる。


 スライムである凛は物理的な攻撃に強い。一方、骨の身体でできた恭介は衝撃に弱い。

 凛は恭介を庇ったのだ。自分だけで剣を受ければ死ぬことはないと。だが、いかに物理的ダメージに強い身体であろうと感覚はある。感覚はある以上、痛覚もある。過ぎた激痛から心を庇うため、意識をシャットアウトする機能も、あるのではないか。凛は明らかに気絶していた。


「り、凛ッ……!」


 後ろで剣崎が叫ぶのがわかった。親しげな呼び名だ。凛は陸上、剣崎は剣道、どちらも運動部のエースとして親交が深かったのだろう。佐久間も、息をのんでいる。


 階段までの距離は、もういくらもない。走れば間に合う。だが、それができない。

 如何に凛が物理に強い身体をしていると言えど、死霊の王がそれだけを攻撃手段にしているとは限らない。


 スケルトン達は言っていた。アンデッドモンスターは魔力を喰らい、糧にするのだと。凛の身体を維持しているのも、そのモンスター特有の魔力であるとすれば。このまま放置すれば、彼女は生命エネルギーを吸収されて死ぬ。


「《邪炎の凶爪イヴィルフレア》!」


 直後、黒い炎が、恭介の背後から死霊の王へと吹き付けた。佐久間だ。


 地下に潜ってから今まで、おそらく数時間は戦い続けたであろう彼女の表情には、疲労の色が濃い。だが、佐久間は強い意志をその両目に宿して、死霊の王を睨みつけていた。佐久間だけではない。剣崎もまた、颯爽と駆け出し、凛のもとへと駆け寄っていく。

 弱点である炎を浴びせられ、死霊の王はわずかに怯む。その隙に、剣崎が凛に声をかけた。


「凛、しっかりしろ! 凛!」

「う、つ、つるぎん……?」

「急いで離脱するぞ。肩を……か、貸せないな……」

「え、えへへ……。ありがとう……」


 凛は、ずるずると床を這いながら移動を始める。だが、足が遅い。恭介が身体を貸さなければ。そう思い、駆け出そうとする恭介を、後ろから瑛が呼び止めた。


「死ににいくようなものだ、恭介」


 その声は、冷たく、静かだ。


「スライムほどではないにせよ、スケルトンの動きは緩慢だ。死霊の王のリーチ内に飛び込めば、一瞬でバラバラになるぞ」

「じゃあ、黙って見ていろっていうのか!」


 そんな、ありふれた言葉しか出てこない自分が恨めしい。

 その間にも、佐久間は背後から魔法攻撃による支援を行う。剣崎が凛につき、彼女を守るようにゆっくりと移動する。このまま見ていれば、佐久間の魔法攻撃が続く限りは、二人は安全に移動できる。その間に恭介のもとにたどり着き、もう一度合体して逃げれば、それで良い。


 だが、佐久間も、剣崎も、疲労がかなり溜まっている。いつ倒れてもおかしくはないのだ。


「恭介、ここに向かう途中に言った、僕の言葉を覚えているか?」


 瑛が、やはり冷静な声で言った。


「瑛の……?」

「仮説があると言った。君が望むなら、その実証実験を今行っても良い」


 モンスターの固有能力、あるいは、それに関連づいた何かであったか。瑛の言葉からするに、それは現状を打開しうるものであるらしい。恭介が答える前に、瑛は更に続けた。


「ただ、僕の仮説が間違っていた場合、君は死ぬ可能性がある」

「瑛は?」

「僕は無事だ。おそらくなんともない」

「じゃあ、やろう」

「君ならそう言うと思ったけど」


 1も2もなく頷く恭介に、瑛は呆れたような声をあげる。


「まあ良いさ。恭介、これも貸しだぞ」


 そう言った直後、瑛の身体が恭介に向けて飛び込んできた。


 何を、と思った瞬間、恭介の身体に焼けるような激痛が走る。つい最近、似たような感覚を味わったことがあった。凛と初めて合体した時のことだ。あの時は、全身を締め付けるような圧迫感があったと記憶している。

 だが今回も、その時と同じように、痛みはすぐに引いていく。代わりに、恭介の身体を包み込むようにして、新たな肉体が構成されつつあった。


 いや、これは、


 炎だ。


 凛のスライムの身体が恭介の肉体となったかのように、腕にも、足にも、当然胸や腹にも、燃え上がるような炎がまとわりついている。全身から燃え立つ炎。炎を纏う骸骨の魔人。今の恭介の姿は、まさにそれだ。拳を握れば、炎が強く舞い上がる。感情を反映するかのように、火力が勢いを増していく。肋骨の背面から噴き出す火は、まるで不死鳥の翼か真紅のマフラーのようですらあった。


 凛との合体がスライムに捕食された人間なら、これは炎に焼かれて焼死する人間のようでもある。


「もっとマシな例えはないのか、恭介」


 頭に響くような、瑛の声があった。


「まあ良いさ。仮説は実証されたんだ」

「瑛、これは……」

「君の力だ」


 戸惑う恭介に、はっきりと瑛は告げる。


「ずっと疑問に思っていたんだ。君と合体した姫水は、明らかに従来のポテンシャルを越えた動きをしている。それは、単に君が支柱となり彼女の負担を軽減している、という言葉では追いつかないほどのものだ。つまり、君という個体の能力なのか、あるいはスケルトンという種族の能力なのかは知らないが……」

「合体したモンスターの力を増幅するとか、そういうものか?」

「そういうこと。まぁ、合成素材に最適なモンスターということさ」


 その例えも大概に酷いものだが。


 恭介の全身から燃え上がる炎を見て、死霊の王は明らかにたじろいでいた。やはり弱点は火なのだ。

 これならば、いける。恭介は、悠然と歩を進め始めた。一歩一歩、床を踏みしめるたびに、火の粉が散っていく。


 驚いているのは、死霊の王だけではない。凛も、佐久間も、剣崎も、一様の目の前で起きた現象に唖然としていた。無理もない。当事者である恭介だって。ここまで驚いているのだ。


「すごい……! ウツロギくん、かっこいい!」


 凛はテンションをあげていた。


「不純異性交遊は……いや、不純同性交遊……!? 校則ではどうだったか!?」


 剣崎は戸惑っていた。


「合体……!? ウツロギくんと、火野くんが……合体!?」


 佐久間は何故かめちゃくちゃテンションをあげていた。


「非常に心外な想像をされている気がするが、まあ良いさ」


 瑛は冷めた口調で言った。


「恭介、行動はすべて君に任せる。倒そうとは思うなよ。姫水と剣崎、そして佐久間が10階に逃げるまでの時間を稼ぐんだ」

「わかった。姫水の時と違って、身体が脆そうだしな!」


 右手をぐっと握ると、拳に纏った炎がいっそう強く燃え上がる。


 この炎を、死霊の王に思い切りたたきつける。恭介が床を蹴りたてると、炎がブースターの役割を果たし、彼の身体を一気に加速させた。

次の更新は本日19時を予定。

恭介(炎の魔人モード)と死霊の王の戦闘の行方や如何に。そして、クラスに新たな混乱を呼ぶ事件とは! お楽しみに!

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