第6話 救出作戦
地下11階に出現したそのモンスターは、全長5メートルを越える巨人であったという。
オウガのゴウバヤシですら3メートルなのだから、5メートルと言えばそうとうな大きさだ。赤黒い筋肉が隆起し、腕は六本、顔が二つ。腐乱臭を漂わせ、その腕それぞれに大きな剣を持っていた。見る者を圧倒する、恐ろしげな威容。ある程度戦いに慣れ、自らの姿に慣れてきたとはいえ、元はただの高校生であったクラスメイト達が恐慌に陥るのはあっという間だった。
小金井ですらそうだったという。勇敢に立ち向かおうとしたのは、ゴウバヤシと剣崎、そして辛うじて、佐久間と竜崎だ。怪物は、恐ろしげな姿に違わぬ実力を持っていた。剣の一振りは、床と壁に亀裂を走らせ、衝撃波が剣崎や佐久間を身体を吹き飛ばす。
パニックに陥った生徒たちは、地下10階へ連なる階段へと殺到した。とは言え、地下10階も強力なモンスターが跋扈する危険地帯だ。連帯感や理性を失ったクラスメイト達が、突破できるような場所ではない。
加えて、敵モンスターも狡猾だった。団結して戦おうとする4人より、逃げ出そうとする多数の方が獲物として殲滅しやすいと考えたのか、ゴウバヤシ達を無視して他の生徒を追おうとしたという。真っ先に足止めにかかったのは剣崎だ。ゴウバヤシも自慢の膂力で応戦しようとしたのだが、それを引き留めたのは佐久間だったらしい。
『ゴウバヤシくんは、小金井くん達をお願い』
あの恐慌状態に陥ったクラスメイト達を一喝し、無事に拠点まで連れていけるだけの力のある生徒は限られている。竜崎とゴウバヤシ。その二人が先導役に必要だ。ゴウバヤシは珍しく躊躇したらしいが、最終的には彼女の言葉に従った。それが正しいことを理解していたからだ。
佐久間と剣崎が二人でモンスターを足止めし、竜崎とゴウバヤシが逃げたクラスメイト達に合流する。
『クラスメイトを置いていくなんて出来ない』
竜崎は二人を置いていくことに強硬な反対を見せたが、最終的には、ゴウバヤシが強引にその腕を引っ張っていった。彼の甘っちょろい我儘を聞いている余裕も、それを諭している余裕もなかったのだ。大を取るか小を取るか。事態はそこまで切迫していたのである。
ゴウバヤシは、まずなんとか小金井に落ち着きを取り戻させ、拠点への帰還を最優先に迷宮の階段を駆け上がっていった。結果、パニックに陥ったクラスメイトは一人も欠けることなく、無事に戻ることができたわけである。
だが、佐久間と剣崎の2名は、いまだに迷宮下層から帰還していない。
竜崎はショックを受けてすっかりナーバスになり、小金井はその怒りを彼にぶつけている。今はこうした状況だ。
本来、地下10階までで止めておくべき迷宮探索を、雰囲気に流されて続行したのは竜崎の判断だ。だが、責任の所在だけを彼に求められるかというと難しい。地下10階と11階で、それほどモンスターの強さに劇的な変化が訪れるとは、誰だって予測できないからだ。10階の時点で、安全率は十分にとっていたはずである。
しかし彼の判断が、多くのクラスメイトを危険にさらし、佐久間と剣崎を今なお地下に置き去りにしてしまったのは、それもまた事実だ。
「わかってるのかよ、竜崎! おまえが弱いくせにしゃしゃったりするから、さっちゃんが……」
「そこまでにしろ、小金井」
見かねたゴウバヤシが、ようやく小金井を制止にかかる。
「なんだよゴウバヤシ! また竜崎の肩を持つのか!?」
「俺は、そこまでにしろと、言ったぞ。小金井」
「うっ……」
はっきりと睨みつけられ、小金井はようやく黙り込んだ。あの、クラスの隅っこで目立たなかったチビガリ小金井の時に比べれば、かなり強く自己主張するようにはなったものの、まだこうしたところで気が弱い。
「ま、話に聞けばさ」
そこで口を開いたのは、吸血鬼に転生したクイーン紅井だ。彼女だけは食堂の机に腰かけ、自らのネイルをいじっている。
「竜崎だけが悪いわけじゃないんでしょ。小金井も、ゴウバヤシも、それにサチもさ。誰か一人がしっかりしてれば起きなかったわけでしょ」
サチ、というのが佐久間祥子のことを示しているのだとは、みな数拍の後に気付いた。
クイーン紅井の言葉は手痛い。第三者だから言える、冷静で突き放したひとこととも言えた。小金井は、的を射ているが無責任な台詞を、しかもネイルを弄りながら放つ紅井に、恨みがましい視線を向ける。紅井ははまったく怯まず、その切れ長の瞳を、やや鬱陶しそうに小金井へ返した。
「なに? 文句ある?」
「いや、紅井の言うとおりだ」
二人がぶつかる前に、ゴウバヤシがそう口にした。それまで黙り込んでいたカオルコも、彼に同調する。
「そうね。誰か一人が悪いわけじゃないわ。まず、二人を助けに行くことを考えましょう」
「問題は、誰が助けに行くかだ」
ゴウバヤシは腕を組み、食堂をぐるりと見回した。
話を聞く限り、件のモンスターはかなり強力だ。生半可な実力では、かえって足手まといになる。加えて、そんなモンスターのいるところに取り残された佐久間と剣崎が、果たして無事にいられるのかという疑問が、鬱屈した諦念となって食堂に蔓延していた。
「ひとまず、俺は行く。竜崎、おまえはどうする?」
ゴウバヤシは宣言し、竜崎を見下ろす。彼は顔を上げ、何かを言おうとしたが、その言葉は紅井に遮られた。
「やめといたら。死なれても困るし」
はっきりとした、しかし残酷な物言いだった。そして続いて、こうも言ったのだ。
「あたしも行く。それで良いでしょ」
「紅井がか?」
「なに、悪い?」
意外な申し出ではあるが、紅井の実力は既に多くのクラスメイトが知るところではある。安心できる人選ではあった。一同の視線は、クラスに残る最後の実力者である、小金井に向けられた。あれほど竜崎に啖呵を切ったのだから、すぐに志願するかと思ったが、その表情には迷いがある。
「そう、じゃあ来なくていいよ」
紅井は、自分のネイルに息を吹きかけながらそう言った。冷たい言葉を吐く彼女は、自らのおめかしに常に熱心で、小金井の方を見もしない。
「偉そうなこと言ってた割に、度胸は大したことないね。まあ当然か。イケメンになっても中身はあの小金井だしね」
「言いすぎよ。明日香」
「そう? ごめんねカオル」
カオルコが叱責し、紅井は意外にも素直に謝罪したが、その相手は小金井ではない。小金井は何かを言い返そうと紅井を睨むが、言葉は出てこないようだった。ゴウバヤシは大きく溜め息をつき、そうして足元で膝を抱える竜崎を見た。彼もまた、視線を伏せたまま何も言おうとはしていない。
「なんか、大変なことになってきたねぇ」
その様子を見ていた杉浦が、野次馬の中でぽつりと呟く。
「ねぇ、ウツロギく……あれ?」
振り返ってみると、そこにいるはずの空木恭介がいない。
「火野くん? すらりん? あれ、どこ行ったんだろ……」
火野瑛も、姫水凛も、そこにはいなかった。杉浦は不思議そうな顔を作って、首をかしげるのみであった。
「危険だ、恭介!」
拠点を出、階段を下りて行く恭介を、瑛が追いかけてくる。
いや、恭介だけではなく、凛も一緒だった。スケルトンの身体にスライムの筋肉を貼り付けた、いわば合体状態で、地下2階の通路を迷うことなく進んでいく。
「佐久間が下にいるんだろ。ぐずぐずしている暇はないじゃないか」
「冷静になるんだ! ゴウバヤシ達でも敵うかわからなかった相手だぞ! 君たちでなんとかなると思っているのか!?」
「連れて帰ることくらいはできる!」
「姫水、君も同意見か!?」
そこで、恭介はぴたりと足を止めた。
恭介も、凛の考えていることはわかっている。だからこそ一緒に向かうことにしたのだ。だが、それは凛の口(そんなものはない)から直接言わせてやるべきだろう。そのために、恭介は足を止めた。
「うーん、あたしはねぇ」
と、凛は言う。
「さっきの船の戦いの時思ったんだけど、あたしとウツロギくんなら、結構器用なことができると思うんだよね」
恭介の身体を支えにすることで、凛は比較的自由自在に変形ができる。体積だけでなく、密度を操作することで質量や硬度を変化させることも可能だ。くわえて、通常であればバラバラになってしまうような恭介の骨を、組み替えて別の関節構造をすることまで、出来ていた。
この器用さは、単純な戦闘能力では測れない強みだと、凛は続ける。
「だからあたしも、ウツロギくんと同じ意見だよ。多分、ゴウバヤシくん達じゃできないようなことが、あたし達だとできる」
「そういうことだ。倒すんだったら、ゴウバヤシ達がやってくれる。でも佐久間と剣崎を助けようとするなら、急がないとダメなんだ」
瑛はすぐには答えなかった。単なる火の玉であるので、感情もわからない。だが、微かな舌打ちをした後、渋々ながら賛同してくれた。
「まったく。だから僕は君たちみたいな人間が嫌いなんだ」
毎度の悪態も、オマケでついてくる。
「俺たちもう人間じゃないけどな」
「昨日は好ましいとかホモっぽいこと言ってたのに……」
「うるさい。早く行くぞ!」
そう言って飛んでいく瑛の身体は、勢いよく燃え上がっていた。感情の機微は、どうやら炎の強さに反映されるらしい。そう考えるとウィスプというモンスターは、クールに見えて実は激情家という火野瑛の性格にぴったりであるようにも思えてくる。
「そういえばさ、ウツロギくん。いっこ聞いときたいんだけど、良い?」
「ん?」
瑛を追いかける形で進む中、凛の言葉が頭に響いてきた。
「さっちゃんとつるぎん、どっちの名前を聞いて走り出したの?」
「なんだそれ」
「彩ちゃんに、二人が下層に残されてるって聞いて、いきなり走り出したでしょ?」
先ほどの食堂でのことだ。佐久間と剣崎が取り残されているという、杉浦の発言。あれが行動のトリガーになったことは間違いない。だが、凛の聞き方は、ちょっぴり意地悪で、いやらしかった。
「やっぱさっちゃんかなー。急に綺麗になったもんね」
「あまりふざけたことを言うなよ。割と深刻な状況なんだぞ」
「う、ごめん……」
何故いきなりこんなことを聞いてきたかは知らないが、彼女たちの命がかかった状況でする話ではない。走りながらそれを嗜めると、凛は素直に謝罪した。
「佐久間の話をするなら、綺麗か綺麗じゃないかなんて関係ない。あいつとは図書室仲間だった」
「図書室? ああ、さっちゃん図書委員だったもんね」
「気になるのか?」
「ちょ、ちょっとね……」
人間時代の佐久間祥子とは、図書室で何度か好きな本について語り合った仲だ。それだけと言えば、それだけの関係でもあるのだが。小金井、瑛とは同じオタクグループで一緒くたにはされていたものの、好みの傾向が合致していたとは言い難く、思う存分好きなものについての話ができたのは、佐久間だけだった。
恭介は小説が好きだ。ウェブ小説を小金井から勧められることはあったし、ラノベもよく読んだ。だが、一番好きだったのは児童書である。高校の図書室ではあまり見られないような、ハードカバーの児童書を大量に注文したのは恭介だった。
一方、佐久間は本なら何でも読むような文学少女だったので、恭介の話にもよく合せることができたのだ。
「児童書!」
凛は意外そうに叫んだ。
「ウツロギくん意外なの読むんだねぇ。落ち着いてて、大人びてるのに。あ、だからかな? なんか面白い話してよ」
「後でな!」
異世界に転移してからは、好きな本について語り合うこともできなくなってしまった。本のことを話しても虚しいだけだし、佐久間自身が引っ張りだこで忙しくなっていたからだ。だが、彼女を助けようと思うことと、そこに一切の関係はない。はずである。
「つるぎんは? なんか思い出ある?」
「剣崎か……。あいつ風紀委員だったからな。遅刻しそうになった時、竹刀持ったあいつに追い掛け回されたくらいかな……」
「あー、それあたしもある! あたしは逃げ切ったけど、ウツロギくんは捕まってそうだねぇ」
「ああ。めちゃくちゃ痛かったぞ」
なんといっても剣道少女だ。彼女がデュラハンに転生したというのは、まぁイメージ通りだ。下手をすればリビングソードそのものに転生していてもおかしくはなかった。
「……なんで俺がスケルトンで、姫水がスライムなんだろうな」
「んー? そりゃあ、あたしがフニャフニャしてるからじゃない?」
そういうものなのか。確かに、激情家の瑛が火の玉になったのだから、筋は通っている。
そういえば、四足歩行コンビの片割れである白馬は、人間時代『女は処女しか認めない』とか言っていたような気がする。つまり、そういうことなのだろうか。だとすると、スケルトンになった自分は、というか、サキュバスになった佐久間は、
「この話はよくないな!」
「? そ、そうだね?」
頭を無にし、佐久間と剣崎を助けることだけを考える。凛、瑛と一緒にさらに下層へもぐっていく。
モンスターの跋扈する迷宮だ。このまま何事もなくたどり着きたいところだったが、そうは問屋が卸さない。
「ああっ、ウツロギくん! お友達が!!」
凛のそんな声と同時に、目の前にモンスター達が現れた。ボロいキルト生地の衣服に、剣を携えた戦士たち。しかしそのいずれも、身体中の肉が腐り落ちたあとだった。ファンタジーゲームでよく見る、骸骨の剣士だ。
だが、同じスケルトンである恭介に友好的であるかというと、そんなことはない。彼らは剣を掲げ、ゆっくりとこちらへ迫ってくるところだった。
「俺、友達あんまいないんだけど」
「そんなナチュラルに哀しい告白されても……」
ちらり、と先を見ると、急ぎすぎた瑛が戻ってくるところだった。彼と協力すれば、この窮地も突破できるか。
スケルトンたちは、動きこそこちらより遅いが、連携は巧みだった。重巡にいたゴブリン達よりも戦闘に慣れている。すぐさまこちらを取り囲み、一斉に攻撃を加えようとして来る。恭介は、右の拳を強く握りしめた。恭介の動きに合わせて、凛が拳の密度を操作する。
「てェいッ!」
恭介の放った正拳突きを、正面にいたスケルトンがひらりと回避する。こちらの動きが硬直した隙をついて、スケルトンたちが剣を突き刺してきた。
「ひゃー!」
凛の悲鳴(?)が上がる。剣は、ぷすぷすと凛の身体に突き立てられるものの、スライムなのでダメージはない。むしろ、彼女は刃周辺の密度をガッチリ固めて、剣を抜けないように固定していた。ナイスフォローだ。
支柱となっている恭介の方にダメージがない限りは、凛も問題なく戦える。だが、敵のスケルトンたちはそれに気づいていないのか、さらにぷすぷすと凛めがけて剣を突きたててきた。やがて、恭介はハリネズミのようになってしまう。
「ま、待って、ウツロギくん!」
腕に纏わりつく凛に刃がつきたてられた時、彼女がそんな声をあげた。
「どうした、姫水!」
「あの、もしかしたら……もしかしたらなんだけど……」
凛は、身体中の硬直をほどき、剣を床に落とす。何を、と恭介は思ったが、剣を手にしたスケルトンたちは、再び凛めがけて剣を突き刺しはじめた。恭介の本体には、一切刃が当たらない。凛は『やっぱりだ』と呟き、合体をほどいてちゅるんと床に落ちた。
するとスケルトンたちは、恭介を庇うように立ち、そのまま床に落ちた凛に向けて攻撃を開始したのである。
「このスケルトンたちは、ウツロギくんを助けようとしてたんだよ」
「俺を……?」
「うん。だって、きっと外から見たら、スライムがスケルトンを捕食してるように見えただろうし……あっ、あいたっ! ちょっ、だめっ! そこはっ」
スケルトンたちは、やや緩慢な動きで、剣をぷすぷすと凛に突き刺していく。
つまり、凛の言う通り『お友達』だったということか? 重巡洋艦にいるゴブリン達も、五分河原を連れていけば、穏便に済ませられた可能性があるのか?
飛んできた瑛も、何やら不思議そうにふよふよと浮かんでいる。
ぼーっと考えていると、凛が悲鳴をあげた。
「ウツロギくーん! ぼーっとしてないで助けてぇ!」
おっと、そうだった。スケルトンたちがよってたかって、クラスのアイドルに長くて硬いものを入れたり出したりしている。これを放っておくのは非常によくない。
しかし、どうすればスケルトン達にわかってもらえるのだろう。誠意か?
「あー、その、みなさん」
恭介は、自分を庇うように立つスケルトンの肩を叩くと、彼らは一斉にこちらを向いた。くぼんだ眼窩が恭介に向けられる。怖い。怖いが、自分も同じ顔をしているので、人のことを言えない。人ではないが。
「そのスライム、俺の友達なんだ……。気持ちは嬉しいけど、攻撃しないでもらえるかな」
スケルトン達はカタカタと口を震わせ、何かを相談している。何を言っているのか恭介にはわからないが……。
いや、
何故か、ニュアンスは伝わってくる。恭介の言葉を、他のスケルトン達に伝えているのだ。情報が伝播するに従い、凛を攻撃する手が停まった。
「やれやれ、酷い目にあった……」
凛はずるずると床を這いながら、恭介の足元に戻ってくる。
「驚いたな……。スケルトン同士、和解できるのか」
ふよふよと飛んできた瑛に、スケルトン達が警戒を露わにするが、恭介は彼も友人であるという旨を説明する。恭介も腕を組んで首をかしげた。
「同族モンスターとは心が通じるってことか? でもどうなんだ。今までそんな報告なかっただろ?」
「そりゃあ、アレじゃないかなあ」
凛がたぽんたぽんしながら言う。
「今まで迷宮に潜っていたのって、強いモンスターになった子ばかりでしょ? で、このあたりは弱いモンスターしか出ないんでしょ? そりゃあ、同族には会わないよ」
「ああ、なるほどな……」
スケルトンに転生した恭介が弱いのは当然だ。徒党を組んだところで、ゴウバヤシや小金井にあっさり倒されてしまうような種族なのだから。しかし、これはこの状況では非常にありがたい。迷宮に生息しているモンスターと意思疎通ができるなら、佐久間たちを襲ったモンスターのことも、ある程度情報を得られるのではないか。
「でも、良かったねぇ。スケルトンでさ」
凛がそんなことを言った。
「ん?」
「スケルトンは食べる部位がないから、食料として襲われることもないし、今後きちんと話を通しておけば、迷宮探索がやりやすくなるかもしれないよ」
「おお……。それもそうだな……」
恭介が感心していると、スケルトン達が顎をカタカタ言わせて何か話しかけてくる。意識を傾けると、やはり彼らが言おうとしていることが、ある程度理解できた。
恭介たちは、これからどこへ行こうとしているのか? スライムやウィスプと一緒に行動して、何をするつもりなのか? それは疑惑というよりも、同族としての純粋な疑問のようだった。彼らの思考は、人間と比べてもひどく単純かつ、純粋なものであるらしい。
「友人を助けにいくところなんだ」
恭介は説明した。スケルトン達は首をかしげる。
「サキュバスとデュラハンだ。地下11階に取り残されている。情報を知らないか? 5メートルくらいあって、腕が6本、顔が2つある……」
と、そこまで言ったところで、スケルトン達はいっせいに叫び声をあげた。いや、実際に声をあげたわけではないが、一斉に身体の骨を打ち鳴らしたのだ。
「ひゃあっ」
「怯えているのか……?」
凛が驚いたような声をあげ、瑛が訝しむようにつぶやいた。
恭介はカタカタと骨を鳴らすスケルトン達をなだめ、話を聞こうと努力した。彼らの怯えようは尋常ではない。それだけ、話にあがったモンスターが恐ろしい相手だということでもある。だからこそ、情報をできるだけ引き出さねばならなかった。
モンスターは死霊の王と呼ばれている。
聞けば、この迷宮は、当初何人かの生徒が予想した通りの地下墓地であったらしい。時を経るうち魔力が滞留し死者がモンスターとして蘇る。迷宮に生息するモンスターの半分近くは、そうしたアンデッドであるらしい。
死霊の王は、そうしたアンデッドモンスターの中でも別格の力を持つ個体だ。素体の違いか、あるいは蘇生に関与した魔力の違いか。それはわからないが、とにかく強力な個体として蘇生した。アンデッドモンスターは食事を摂らないが、定期的に魔力を摂取しないと命を保てない。死霊の王は迷宮内に生息するモンスターを殺し、その魔力を餌としているらしい。
「弱点とかは、ないのか?」
スケルトン達はかぶりを振る。まあ、そう簡単にわかるようなものではないか。
「習性としても、魔力のあるモンスターを狙う、くらいしかわからないな……」
「やっぱり、救出が最優先だ。魔力のあるモンスターを狙うなら、佐久間はなおさら危ない」
恭介は、スケルトン達に振り返る。
「ありがとう。この後、他の俺の仲間たちが通るかもしれないから、攻撃されないように気を付けろよ」
礼を告げ、去ろうとする。その恭介に、スケルトンの中の一匹が一本の剣を差し出した。
「ん?」
「………」
カタカタと歯を鳴らすスケルトン。それだけで、恭介は彼の言わんとしていることがわかり、その剣を受け取った。
「……くれるのか。ありがとう」
柄をしっかり握ると、骨の指先に帰ってくるしっかりとした手ごたえがあった。スケルトンというモンスター種族に最適化された剣なのかかもしれない。剣身にはほころびがあるし、業物と言えるほどの得物でもなかったが、武器があるというだけで心強い。
「ウツロギくん、あたし、あたしもウツロギくんも立派な武器だからね!」
「わかってる。姫水も頼りにして……うん。瑛も頼りにしているから、睨むなよ」
「睨んではいない」
凛が足元から纏わりつき、再び恭介と合体した。スライムの肉をまとった手で、再び剣の柄を握りしめる。しっくりした感触は、まだ手に吸い付いて変わらない。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
「わかった」
走り出した恭介と並ぶように、瑛が浮遊する。迷宮の下層に向かう風変わりな三匹のモンスターを、スケルトン達はカタカタと震えながら見守った。
次の更新は本日12時を予定。
死霊の王を前にして、恭介が新しい力を得る! お楽しみに!