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第63話 友達だから

※現在4章を読みすすめている方へ

 平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。

 この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。

 改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。

 地下洞窟は、足場もよりゴツゴツとしたものに変わってきた。この辺りまで来ると、人の手はまったく入っていない。別に抜き足差し足で歩いているつもりもないのだが、猫宮の歩き方は足音を立てない。肉球の消音機能がばっちり生きているのだ。

 一方、ガーゴイルである籠井の足音は、大きく反響している。ハヌマーンの猿渡も靴を履いているので同様だ。彼らは特に言葉をかわすわけでもなく、黙々と進んでいたが、急に籠井が声をあげた。


「……猫宮、これ、どこまで行く気だ?」

「海に出るまで……と、言いたいところだけど。少なくともボクの耳や鼻を信じる限り、そう遠い場所ではないはずだからね」


 と、言ってはみたものの、あまり歩く距離が長すぎるようなら、引き返すことも考慮に入れてはいる。


 朱鷺原を倒すことには成功したが、状況が良いかといえばそんなことはないはずだ。吸血鬼5体による重巡分校の襲撃がどのような展開を迎えているのか、猫宮たちにはわからない。竜崎の話し合いだってそうだ。前者はともかく、後者に関しては朱鷺原のアジトで彼が吸血鬼である証拠を見つけ出さねばならない。

 現状、もっとも有効なのは、やはり高く積み上げられた子供の骨だ。なぜ、骨だけを処分せずに残しておいたのかは定かではないが、朱鷺原があれを地下に隠していたという事実をもって、島民には納得してもらうしかない。


 しばらく歩き進めたあたりでのことである。


「猫宮、情熱的な灯火だ」


 どこか間違えた熱血青春系ハヌマーン猿渡風太が、謎の形容詞と共に前方から差し込む光をそう表現した。


「どうやら、外につながるところにようやく出そうだね」

「波の音もずいぶんはっきりしてきたな」


 ぐねぐねと蛇行する通路を進む歩調が、少し強くなる。入り組んではいるが、一本道なのはまあ幸いと言えた。


 差し込む陽光、波音、そして潮の匂い。

 3人はやがて、少し広い場所に出た。猫宮のたてた予想通り、そこは洞窟の出入り口である。広場の大半は海水で満たされており、そこから更に海の上を進んでいくことで、外に出られる構造のようだ。おそらくここは、切り立った崖にできた横穴なのだろう。デルフ島の南側はやや高い崖であったように、猫宮は記憶している。

 洞窟の壁にはフジツボや海藻などが張り付いており、満潮時にはもう少し水かさが増すことを示している。広場から外へ抜けるための短い通路自体、満潮時には水で満たされて閉じてしまいそうだ。


 まあ、それだけなら、まだ良かったのだが。


 3人の目に飛び込んできた異物は、洞窟の陸地部分に置かれた、一隻の船舶である。


「これ、クルーザーか?」

「だね」


 それは、アルバダンバの伝統的な漁業用カヌーとは大きく異なる、エンジン搭載型の大型ヨットであった。洞窟の床にはゴム製のコロが敷かれており、陸揚げ時に船底が傷つかないようにしている。


「詳しいことはわからないけど、手入れはしっかりされているようだね」

「ここにずっと放置してるわけじゃない、ってことか」

「それに、コロの敷かれている範囲が広い。多分、クルーザー自体があと何隻かあるんだ」


 猫宮の指摘通りだ。猿渡と籠井は考え込んだ。


「じゃあ、残りのクルーザーは……」

「ボクの想像だけど、このアルバダンバ自体が、“血族”の移動経路の中継地点なんだ。海はクルーザーを使って移動して……ああ、見てよこれ。ガソリンもちゃんとある。いや、これは軽油かな?」


 横には、未開封の一斗缶が高く積まれている。


「クルーザーってそんなに遠くまで行けるもんなんなのか?」

「さあ? 原尾か箱入に聞けばわかるんじゃない? あいつら金持ちだから、船の1台2台はもってそう」

「しかし、なんだな……」


 猿渡は腕を組んで、一斗缶の山とクルーザーを交互に見比べる。


「元の世界とこの世界を交互に行き来できるってズルいな」

「それね」


 猫宮も悔しがるより、呆れの方が先に出てしまう。

 ナイトとビショップが拠点に使っていた古城からも、大量の“元の世界の道具”が押収された。ゲーム機やテレビ、発電機が主なものだが、大量の調理器具は杉浦を喜ばせたし、つい最近―――こちらの世界に転移されたあとに発売された週刊誌などが見つかったことにも、一同は驚いた。

 血族は、かなり頻繁に、ホイホイと世界の間を移動できるのだ。それ自体は福音ですらあるが、どのみち猫宮たちは“元の世界に戻るだけ”というわけにはいかない。元の世界に戻るためには、人間の姿にも戻らなければならないわけで、言うなればそこも“ズルい”。


「まあ、この軽油はもらっておきたいな。使い道あるかもしれないし」

「俺たちやってること完全に強盗だな」


 そんなぬるい会話をしている時だ。猿渡が、はっと顔をあげた。


「風が呼んでる……」

「なん……ひえっ!?」


 猫宮の身体を抱き抱えるようにして、猿渡が飛び跳ねる。直後、黒い光弾のようなものが、洞窟の床に炸裂した。


「うひゃあっ、なんだ!?」

「敵だ!」

「そりゃあわかるけどね! 猿渡! 言っておくがそこはボクのお尻だ!」

「猫を抱き抱えるときはこうするもんだろう!」

「ボクは猫だが女の子なんだよ!」

「2人とも、真面目にやれ……!」


 ムッツリ系ガーゴイルの籠井が、2人の様子をチラチラ見ながら声を押し殺す。


 いまいち緊張感の欠けるやり取りだが、敵襲があったのは事実だ。3人が視線を同じ方向へと向ける。洞窟の外側から、ひとつの影が勢いよく飛び込んでくるのを見て、まずは籠井が前に出た。防御能力に長けたガーゴイルの身体で、弾丸のようなそれを正面から受け止める。


 が、


「ぐうっ……」


 その籠井でも、思わず苦悶の声を漏らすほどの衝撃。襲撃者は更に拳を振り上げ、その籠井を正面から叩き伏せた。


「血族……! ポーンか!」


 猫宮が声をあげる。黒い甲冑をまとった、赤目の男。間違いなく吸血鬼だ。


 5体全員が重巡へ向かっていると思っていたので、ここで遭遇することは考慮外だった。まずい、と思いながらも、すぐに胸元に開けられた大きな傷を確認する。その血族は、手負いだったのだ。

 やや肥満気味の中年。あまりパッとしない見た目の個体だが、見覚えのある顔をしている。だが、猫宮は記憶の糸を辿るよりも、まずこの状況をどうするかということを考えていた。猿渡も金属製の長い棍を取り出して、バットのように構えている。


「どけ!!」


 血族の男は叫んだ。


「ここからどけば、見逃してやる! さぁ、どけ!!」

「………」


 猫宮は考える。もし、相手が無傷の状態で、あるいは、声を一切荒げずにそう言っていたのなら、猫宮は素直に退いていたかもしれない。ポーンと正面から戦い、むざむざと殺されたり連れ去られたりしては、お話にならないからだ。


 だが、状況が違う。


 目の前のポーンは手負い。そして、明らかに何かを焦っている。

 わざわざ海の外からこの洞窟に入ってきたことを考えると、このポーンの狙いは、間違いなくクルーザーだ。そしてこの焦りよう。ポーンには、猫宮たちを実力で蹴散らしているだけの時間的余裕がないのだ。

 いかに手負いとは言え、先ほどの籠井をあっさり叩き伏せた実力を見れば、戦闘能力的な優位はあちらに傾いている。それでも、このポーンは実力行使の手間を惜しんでいる。早くクルーザーを使って逃げ出したいのだ。逃げなければ、致命的な不利を被るから。


 ならば、自分たちがするべきことは、


「猿渡!」

「待ってましたと目に涙!」


 棍をブォンと素振りして、猿渡がポーンに飛びかかる。


「くそっ……!」


 ポーンが拳を握って猿渡を殴りつけんとするが、間に籠井が割り込んでいく。


 黒い甲冑に覆われた拳は、鉱石でできた籠井の肌を叩くが、貫くことはおろかヒビを入れることさえかなわない。その隙に、猿渡の振り下ろした棍がポーンの顔面を打ち据えた。


「《影方刃シャドウスクエア》!!」


 猫宮も自らの影を切り取り、刃状にして発射する。


「唸れ青春魔球!」


 猿渡は長い滞空時間の間に風をかき集めボールを作り出した。


疾風剛弾ブラスブラスター!!」


 だが、ポーンは力任せに籠井の身体を突き放すと、影の刃も風の弾丸も、ガントレットに覆われた右腕でかき消した。

 あの甲冑の力は恐ろしい。猫宮は歯噛みをした。魔法的な攻撃が、あれを貫通したという情報が、今のところ一切ないのだ。物理的な防御力も相当なものだが、加圧状態のストリーム・クロスによってぶち抜くことに成功した、という報告は存在している。


 魔法攻めでも、時間を稼ぐことはできるだろうか。猫宮が2発目の詠唱を開始しようとしたときである。


「見つけたぜ!!」


 水しぶきが跳ねて、海中から別の影が飛び出してきた。





「っあ……!」


 “王”の放った黒いエネルギー体が、佐久間の身体を捉える。全身を灼けるような痛みが駆け巡り、草の生い茂る地面に身を投げ出してしまった。“王”は紋章に磔にされた春井と、地に伏した佐久間を眺め、鼻を鳴らした。


 紅井の身体は、全身を引きずるようにして密林の中を歩き始める。既に“王”による遠隔操作でも誤魔化しが利かないほど、力が消耗している状態にあるのだ。

 追いかければ、追いつける。

 ここで倒れているわけにはいかない。


 佐久間は草を掴み、地を這うようにしながら、なんとか立ち上がった。

 動き出そうともがいているのは、佐久間だけではない。


「くっ……そ……!」


 春井も歯噛みをしながら、紋章に磔にされた自分の身体を引き剥がそうとしている。


 もうかなりの時間が経過している。魚住たちは、船の破壊に成功しているかもしれない。これ以上、“王”を足止めする必要は、ないかもしれない。が、それでも佐久間はここで寝ていたくはなかった。春井だって同じ気持ちのはずだ。


 紅井明日香を、大切な友達を、一分一秒でも長く、好きにさせたくはない。


「う、らぁっ……!」


 春井は、ついに力任せに、紋章の拘束を引きちぎることに成功した。そのまま翼をひと羽ばたきさせ、つむじ風を巻き起こす。


「明日香……、悪ぃっ……!」


 友人の身体への謝罪。同時に、つむじ風は密林にびっしりと生える木々の枝を細断しながら、“王”へと向かう。“王”は振り向くことなく右腕だけを突き出し、そのつむじ風を握りつぶした。


 紅井明日香の、虚ろな顔が振り返る。


「まだ動けるとは思わなかったよ」


 その声には、先程までの怒気のようなものはすっかり消え失せてしまっていた。


「どうしてそこまでの力を振り絞れるのか」

「明日香が、友達だからに、決まってんだろ!」


 歯をむき出しにして威嚇する春井に、“王”は嘲笑を見せる。


「少なくとも、彼女の話にあがっていた子たちの中に、君のような子はいなかったはずだが」


 春井の表情が凍りついた。聞きたくなかった、とでも言うように。


「明日香はクイーンだ。生まれながらにその地位は約束されていた。人を惹きつけ、侍らせる才能もあった。友達だと思っていたのは君だけではないのかな」

「春井さん、聞いちゃダメ!」


 佐久間は叫んだ。


 紅井の身体はそろそろ限界に近い。“王”は、吸血鬼としての力を行使せず、春井を無力化させるつもりでいるのだ。前提条件に揺さぶりをかけることで、振り絞る力の源をくじこうとしている。春井も心のそこでは意識していた事実なのか、唇を噛み目を見開いていた。


「そちらのサチは、確かに友達かもしれない。明日香本人がそう言っていたからね。だが君は違う。いわば誘導灯に集まった蛾だ。明日香と対等な“友人”には、なれない」


 春井も、聞く耳を持たなければ良いのだ。だが、相手の言葉に耳をふさいでただ力に訴えられるほど、少女たちは割り切れない。目をそらしたかった事実を突きつけられ、春井の身体は小さく震える。


「春井さ……」

「るせぇ……」


 地の底から唸るような声を、春井は漏らした。


 それは、佐久間に向けられたものか、それとも“王”に向けられたものか。春井の漏らした声に憤怒が滲み、周囲の空気がカタカタと音を立て始める。木々が軋み、葉がざわざわと揺れ始めた。


「そいつがどういうつもりだって、構うか……! 明日香は、あたしの、友達なんだよ……!」


 苦しそうな声を漏らしながら、それでも春井由佳ははっきりと告げる。


 おそらく、“王”の言葉は、客観的には正しい。春井由佳と蛇塚ラミは、常に紅井明日香の取り巻きとして認識されていた。取り巻きはあくまで取り巻きサイドキックスだ。女王クイーン・ビーと対等の存在にはなれないし、クラスのみんなも無意識のうちに、春井たちを紅井の下に見ていた。


「わかっていないな。言っただろう。明日香は……」

「てめぇみたいなのが!」


 言い終わらぬうちに、春井は更に叫んだ。風が勢いを増していく。


「てめぇみたいなのが、明日香の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!!」

「なに……?」

「明日香はあたしの友達なんだよ! 別に友情が欲しいから友達やってんじゃねぇんだ!! 独り善がりでも、そいつはてめぇに渡さねぇ!!」


 ざわざわと音をたてる木々は、抑えきれなくなった春井由佳の心境を、雄弁に物語る。春井は、一歩、二歩と進み、さらに声を荒げた。


「明日香! おい聞こえてんだろ明日香! あたしは諦めねぇぞ! 明日香が佐久間やカオルコやウツロギの方が信頼できるっつっても、あたしと蛇塚は、ずっと友達だかんな!!」

「耳障りなことを!!」

「明日香!!」


 春井は叫んだ。


「明日香ちゃん!!」


 佐久間も叫んだ。


 紅井明日香の身体は、そこで一瞬停止する。片手で頭を押さえ、浮かべた表情は苦悶に歪んでいた。それは、紅井本人の顔である。あの禍々しい意思の介入は、ない。


「春井……、サチ……」

「明日香!!」


 紅井明日香の意識が戻る。そのわずかな刹那。


 紅井の懇願するような視線が、佐久間へと向けられた。

 佐久間は頷く。力を使うなら、ここしかない。


 サキュバスの種族能力は《魅了》だ。相手の自由意志のひとつを押さえ込み、自分への好意を半ば強引に植え付ける。言ってしまえば、今“王”が行っていた遠隔支配と、本質的には何も変わらない。

 まるで鏡を見せ付けられるように。佐久間祥子はその行為の恐ろしさ、一種の醜悪さを理解していた。ましてそれを、想い人や親友には使うなどと。


 それでも、やるしかないのだ。


 あんな辛そうな紅井明日香の顔は、初めて見た。佐久間は紅井に視線を向け、力を込める。紅井は、佐久間と春井の方へ、助けを求めるように手を伸ばした。佐久間は手で、春井は翼でそれに応える。

 《魅了》が発動し、紅井の心の中に、佐久間の心がするりと入り込む。拒むような感覚は、なかった。紅井が、安堵の表情を浮かべ掛けた、その瞬間。


「あっ……」


 紅井の表情が変わり、佐久間の心が突き飛ばされる。横合いからいきなり入り込んできたその力が、佐久間から支配権を強引に奪い取ったのだ。苦悶を経て、再び虚無へ。

 紅井明日香の心が奪い返される。


「明日香!」

「無駄だ」


 いささか憮然とした声で“王”がつぶやく。


「いささか、君たちの心を侮り過ぎていたようだ。一瞬の隙をついて魅了を入れに来ることも想定外だった。が、どうやら私の支配力の方が優れていたらしい」


 佐久間は唇を噛んだ。支配権を横取りされたのは、躊躇があったからなのか。だが、《魅了》を使ったことのない佐久間には、加減の仕方がわからない。


 それでも、万事休すとは、決して思わない。

 春井だって諦めてはいない。佐久間は張り合うことが嫌いだが、紅井への友情が春井に劣っているつもりは毛頭ない。もとより二人で“王”を抑え込めるかは五分だった。賭けに走る以上、保険は張ったつもりだ。


 そしてそれは、どうやら間に合ったらしい。


「はぁぁぁぁぁっ! せいやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 木々の合間を抜けるようにして、炎を纏った魔人が、紅井めがけて急降下した。


「なっ……!!」


 紅井の身体は、辛うじて直撃を免れるが、肩のあたりを鋭い一撃が擦過する。

 着地した魔人は、全身に戦意を漲らせてジークンドーの構えを取る。


 魔人は言った。


「怪我はないか、佐久間、春井」

「ウツロギくん! 火野くん!」

「あたしもいるよぉー」


 魔人の右腕部分には、青く透き通った肉が張りつき、手を振っていた。

次回は明後日21日朝7時!!

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