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第61話 蒼海を朱に染めて(中編)

※現在4章を読みすすめている方へ

 平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。

 この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。

 改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。

「しかし子供の骨か。見ていてあまり気分のいいものではないね」


 猫宮たちは、引き続きトキの家の家探しを続けている。主な調査場所は地下の洞窟だが、地上部にあった書類資料なども、改めて確認している最中だ。トキ―――調べていくうちに朱鷺原と言う名前であることがわかったが、朱鷺原はおそらく、このデルフ島の島民たちとある程度密接な関係にあったことが伺える。同時に、島民たちを欺き、定期的に犠牲者を出していたことも。


 彼が悪逆非道の吸血鬼であった、ということを証明しなければ、立場が悪くなるのはこちらのほうだ。


 ひょっとしたら、“悪逆非道の吸血鬼”というのは、彼のほんの一側面でしかなく、深く掘り下げれば本心の部分で島民たちとの交流を楽しんでいたのかもしれない。が、そこを深く掘り下げてやる義理はない。犬神がひどい目に合わされていたのは確かで、彼が子供を手にかけていたのだって、事実なのだ。


「犬神、おまえ、大丈夫か?」

「ああ、なんとかな……」


 触手原が、壁にぐったりと背中を預けた犬神を気遣っている。犬神の方は疲れてこそいるが、五体はそろっているし目立った外傷もない。リング付きの猿轡を噛まされていた経緯だけは不可解だったが、彼女によればそれは“唾液を回収するため”であったらしい。

 人狼の唾液には、吸血鬼を弱体化させる成分が含まれているとのことで、おそらく朱鷺原たちは、それを対紅井用の秘密兵器として運用するつもりだったのだろう。勝手に唾液を採集されて勝手に使われる犬神の心中は察するにあまりあるが、そこで掛けてやれる言葉は、口達者な猫宮の語彙をもってしてもそう多くない。


「そうなると、心配なのは紅井の方だぜ」

「ポーンが5人……か。あまり考えたくはない数だな」


 茸傘や籠井なども、そのような会話をしている。


 確かに、紅井は心配だ。紅井だけではなく、分校の守りについている原尾やカオルコなども。恭介や凛を向かわせているし、彼らなら複数体のポーンを相手にしても負けたりしないだろうが、それより早く紅井の元にたどり着かれる可能性はある。

 こうした時、遠距離での連絡手段がまったくないということの不便さを痛感させられる。高校にいたときのように、SNSや通話を使ってさっくり情報交換、とは、いかないものだ。竜崎やゴウバヤシなどに連絡が取れれば、もう少し場の持たせようはあると思うのだが。


 歯がゆい思いをしてしまうが、いまは、ここでできることをキチンとやるべきだ。頭を切り替える。


 ふと、猫宮は、この洞窟の先には何があるのだろう、と思い始めた。

 この地下室は、島の中にある天然の洞窟だ。潮の香りが強いことを考えると、おそらく海に繋がっているはずだが。


「猿渡、ボクと一緒にちょっと洞窟の奥までついてきてくれ」

「おう、任せな。待ってましたと目に涙だぜ」

「キミだけじゃ不安だな……。籠井も頼む」

「おう」


 口数の少ないガーゴイルの籠井(しかし犬神を取り巻く一連の出来事でムッツリだと判明している)は静かに頷き、それを受けた猿渡は露骨に唇を尖らせた。


「猫宮さん……。気をつけてね」


 花園が心配そうな顔で告げる。


「ああ、大丈夫。危なそうだったら、すぐ戻るさ。みんなは、朱鷺原の証拠になりそうなものをもう少し探しておいてくれ」


 それだけ言って、猫宮はカギ尻尾をピンと水平に伸ばし、洞窟を歩き始めた。


 潮の香りもするのだが、それだけではない。猫宮の鋭敏な聴覚は、洞窟の奥から聞こえる小さな波の音も捉えていたのだ。おそらく、外につながる穴は、海中にあるわけではない。つまり、飛行が可能なら、海側から回り込んで、この洞窟に入れる構造なのだ。それが少し、猫宮には気がかりだった。





「私は話をするつもりだったのだが」


 紅井明日香の身体は、相変わらずの無表情のまま、そう告げた。


「そちらが乱暴な手段に訴えるというのなら、それに応じよう」


 佐久間は唇を噛んで、睨み返す。


 紅井の口を借りて、よく言ったものだ。上から押さえ付けるような物言いには、不快感しか覚えない。

 目の前であんなことをされれば、こちらが阻止しようと動くなど、わかりそうなものだ。それでなお、余裕の態度を崩そうとしないのは、圧倒的な実力差を盾にした自信の現れなのか。その態度が、より一層こちらを不快にする。


 ポーンの1体は紅井の血を持って逃走している。


 ここは海上にある群島国家の中の、ひとつの島でしかない。如何に吸血鬼がタフで強靭な生命体であるといっても、翼を広げて海を渡ることなどできるのだろうか。先ほど“王”は、島の南側に船を手配してあると言っていた。そこまで逃げおおせれば、あのポーンは1人でも出航するだろう。南側といえば“トキ”の住まいがあるはずの場所だ。恭介たちに連絡さえ取れれば、きっとなんとかしてくれる。

 なんとかしてくれる、はずなのに。

 それを伝える手段がないのが、もどかしい。


 目の前にはポーンが3体、そして、時間制限付きで“王”に身体を乗っ取られた紅井が1人。


 ゴウバヤシが、佐久間を庇うようにして前に立つ。

 彼は今のところ、ほぼ無傷だ。相手のポーンは2体が手負い。後ろでようやく起き上がった原尾と力を合わせれば、決して打破できない戦力ではないかもしれない。だがそれはあくまで、“ポーンのみ”であった場合の話だ。戦闘能力の未知数な紅井を相手に、どれだけ持たせられるかわからないし、そもそもこちらの勝利条件は、この場で戦いに勝つことでは、ない。


「ところで、あの座敷わらしはどうした?」

「気配をくらませています。またどこからか不意打ちを仕掛けてくるかもしれませんが……」


 気が付けば、座敷わらしの御座敷はいつの間にか姿を消してしまっている。正面からぶつかって勝てる相手ではないので、そこに関しては佐久間も、むしろホッとしていた。

 だが、“王”は小さく鼻を鳴らすだけだ。


「ならば構わない。お前たちは、そのファラオを相手にしなさい。オウガとサキュバスは、私がやろう」

「はっ」


 3人のポーンは、そう言って、こちらの背後に立つ原尾に狙いを定めた。既に重傷を負っている原尾では、彼らの相手は無理だ。なんとか割り込まねば、と行動しようとするも、“王”が素早く、こちらににじり寄ってくる。


「明日香はよく、人間の友人の話を私にしてくれたよ」

「くっ……!」


 掴まれた腕を払おうとするが、佐久間のものよりも細い腕から、信じられない握力が発揮されている。


「君は、“サチ”の方かな。話を聞く限りは、もう少し、気の弱い子だと思っていたよ」


 とても紅井の声帯から発せられているとは思えないような、ねっとりとした、肌にまとわりつくような声。不快感は湿気の強さから来るものだけではないだろう。乗っ取られた紅井の目は虚ろだが、声音にはどこか、品定めをするような色合いが滲んでいる。

 ゴウバヤシは、それを黙って見ているわけではなかった。全身から黄金の闘気を弾けさせ、“王”へと勢いよく殴りかかる。だが、“王”はそれすらも、わずかなノックバックと共に、片手で受け止めた。


「私は明日香に、早く君たちに声をかけこちら側へ引きずり込むべきだと、何度も言ったのだが、彼女は頑なにそれを拒み続けた。驚いたよ。あれだけ私に従順だった明日香が、歯向かうなど初めてのことだったから」


 紅井が、従順。


 それは、普段の彼女をよく知る佐久間からすれば、とうていイメージにそぐわないちぐはぐな形容詞であるように思えた。紅井明日香は決して誰かに支配されることを良しとしない、気だるげではあるが、気高い意識の持ち主であったはずだ。その彼女を“従順”と言い切れる“王”に対し、底知れぬ違和感が増していく。


 “王”は、片腕でゴウバヤシの拳を受け止めたまま、ぐい、と佐久間の身体を引き寄せた。


「それでも、あの明日香の我が儘だから、私は聴き続けてあげたつもりだ。しかし明日香は約束を反故にした。その罰の何割かは、身をもって償ってもらうつもりだが、当然それだけでは足りない。彼女は強い娘だからね。君にも協力してもらいたい」


 ねっとりとした声は言葉遣いこそ丁寧だが、それは有無を言わさぬ脅迫でもあった。

 いや、彼はその気になれば力尽くで佐久間を連れ去ることができるはずだ。それを考えれば脅迫ですらない。絶対的な権力者が口にする、言葉だけに譲歩の体裁を残した、決定事項。王の言葉はすなわちそれなのだ。


「どうかな」

「嫌です」


 はっきりと言った。これは、自分だけの意志じゃない。紅井だってきっとそう答える。

 紅井明日香はいま、答えられない。だから、自分で答えるのだ。


「そうか」


 “王”は短く応じた。紅井明日香の虚ろな表情は、変わることがなかった。


「ならば、」


 “王”がそう言いかけた時、重巡分校の艦体が、大きく揺れた。


「むっ……」


 甲板にいた一同は、大きくバランスを崩す。その瞬間、ゴウバヤシが吠えた。


「うおおおおああああああああああッ!!」


 丸太のような両足が甲板を蹴りたて、空中でダイナミックな屈伸運動を行う。きりもみ回転しながら、大きく折り曲げた膝を、まるでロケット砲のように打ち出す。全身のバネを余すところなく使った、スクリュー式のドロップキックが、紅井の横っ面を思い切り張り倒した。

 直後、佐久間の腕を掴んでいた力が緩む。佐久間は思い切り振り払い、距離を取ろうとした。“王”は再度、佐久間をつかもうと手を伸ばすが、どこからともなく飛んできた蹴鞠によって、その手を弾かれる。


 回転の結果、うつぶせに落下しかけたゴウバヤシは、その両腕を床につき、また跳ねるようにして甲板に着地した。


「ご、ゴウバヤシくん、プロレスラーみたい……」

「匿ってもらった際、その女騎士に手ほどきを受けてな」


 この世界の騎士はドロップキックを使うらしい。


 ゴウバヤシはそのまま身体を反転させ、原尾を取り囲む3人のポーンに向けて、勇猛果敢に打って出た。手負いの、片腕を失ったポーンを横合いから殴りつけ、原尾を庇うようにして構えて立つ。佐久間は、“王”を見た。頭を抑える様子や、痛がる様子はない。当然か、あれは紅井の身体を遠隔操作しているだけにすぎないのだから。


 いや、おかしい。


 ただ人形となった紅井を遠距離から操っているだけなら、ゴウバヤシのキックをくらったところでビクともしないはずだ。あれは、外部から衝撃が加わったことで、一瞬だが紅井の身体が、“王”の支配を脱した証拠ではないのだろうか。

 そうだ。忘れてはいけない。目の前にいるのは“王”ではなく、紅井明日香なのだ。あの、常にクールで優しかった、佐久間の自慢の親友なのだ。


 ならばきっと、声は届く。


 絶対に取り戻す。そして、彼女の血も、決して“王”に渡させはしない。


「あまり、私を怒らせないほうがいい」


 “王”が、静かに告げる。


「それは、」


 佐久間は虚ろな紅井の目を見て、しっかりと言った。


「あなたが、怒りたくないから言ってるんです。私なんかに怒る自分を、格好悪いと思うから……」

「雄弁は身を滅ぼすぞ……!」


 “王“の言葉に強い怒気が滲んだのと、分校のタラップが勢いよく降りたのは、ほぼ同時だった。なんだ、と問うまでもなく、タラップを蹴り立てて蹄の音が駆け上がってくる。直後、ボールのようなものが勢いよく、“王”に向けて投げつけられた。それは、御座敷の蹴鞠ではない。


 人の頭だ。


「佐久間ぁぁぁぁぁぁッ!!」


 叩きつけられた人の頭が叫び、同時にユニコーンに跨った首なし騎士が、剣を掲げて“王”へと斬りかかる。


 風紀委員の剣崎恵だ。それだけではない。彼女がまたがっているのは白馬一角、続いて、半馬賢太郎に腰掛けた魚住鱒代も急行する。会場の設営に向かっていた生徒たちだ。すると、先ほど、分校の艦体が大きく揺れたのも……。


「無事か、佐久間!」

「は、白馬くん。大変なの、明日香ちゃんが……」

「ああ、事情はなんとなく把握できてるぜ」


 白馬は鋭い目を、“王”の方へと向ける。


「紅井の身体が乗っ取られて、操られている……。そういうことだな」

「男が力尽くで女の身体を意のままにしようなど、風紀委員として見過ごせんな!」


 理解力が高い。助かる。


 タラップを踏み越えて、生徒たちが次々に重巡分校へと乗り込んでくる。多くの生徒たちは、ポーン達の戦いになだれ込んだ。魚住妹が精霊魔法で原尾の傷を癒し、全快したゴウバヤシと原尾が、3人のポーンを完全に分断する。状況は1対1にもつれ込み、胸に大きな穴を開けている、もっとも重傷なポーンが、奥村やゼクウといった武闘派と対峙する流れになる。


「明日香の、クラスメイト達か……」


 “王”は、穏やかな、しかし微かに苛立ちを押し殺した声で答えた。


「誰だか知らんが、観念しな」


 白馬は角をまっすぐ“王”につきつけ、言う。


「紅井はな。今時貴重なギャルで処女なんだ。おまえみたいな奴のいいようにされるかと思うと、それは世界の損失なんだよ」

「明日香をそんな目で見るな……!」


 白馬の煽りスキルもそうとうに高いが、状況が大きく好転したわけではない。ポーン達の対処はなんとかなりそうではあるものの、目の前の“王”は、紅井の力を十全に行使することができる。おそらく、本人が渇血症のために無意識にセーブしている力さえも。

 いま、優先するべきは、“王”を押さえ込むことではない。

 佐久間は、“王”の怒りが白馬に向けられているわずかな間に、大声をあげた。


「カオルちゃん! 魚住くん! 杉浦さん!」

「サチ、呼んだ!?」


 真っ先に飛び出してきたのは、大親友の丘間カオルだ。時間の猶予はない。口早に、指示を出す。


「ポーンの1人が、南から船で逃げようとしてる! 先回りして、船を壊して!」

「わかったわ!」


 おそらく、艦隊を揺らしたのはギルマンの魚住鮭一朗、スキュラの杉浦彩、そしてカオルが配下に従えているサハギン部隊だ。彼らは水中でこそそのポテンシャルを発揮する。海沿いの移動ならば、おそらくクラス内最高飛行速度を持つ、神成鳥々羽サンダーバードに匹敵するスピードで移動できるはずだ。


 南へ向け海沿いに移動していけば、必ず船は見つけられる。


 さすがに、この瞬間ばかりは、“王”にも焦りが見られた。


「行かせない……!」


 “王”が紅井の身体を突き動かし、追いかけようとする。しかし、


「明日香ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 空中から勢いよく急降下してきた影がある。“王”は、鬱陶しそうに、その影を払おうとした。

 ハーピィの春井由佳だ。春井は、その手が身体を掠めそうになる直前、更に叫んだ。


「ふざけんな、ふざけんなよ! アタシだって、明日香の友達なんだ!」


 一瞬、紅井の腕がぴたりと停止する。


「佐久間みたく付き合い長くねえし、ウツロギみたく力はねえけど、それでも!」


 紅井の腕が動く。春井は、勢いよく叩きつけられ、呻き声を上げた。


 ほんの一瞬。春井が足止めしたのはほんの一瞬だ。だが、その間にカオルや魚住達は分校を離れ、海上を勢いよく滑りだしていく。“王”はわずかに舌打ちをして、血色の翼を広げた。ギュンッ、と風を巻き上げてて、空へと飛んでいく。


「届いた……?」


 佐久間は呟く。


 あの一瞬、確かに春井の声は紅井に届いていた。ゴウバヤシの蹴りが、僅な隙を生んだように。紅井の身体が支配を逃れるのは一瞬だ。それでも、その一瞬があるなら、


 やりようは、あるのかもしれない。


「春井!」


 少し遅れて、蛇塚がやってくる。そう、紅井の友達は、何も自分だけではない。


「春井さん、蛇塚さん」


 佐久間は、カオル達を追い掛けに行く紅井の背中を見つめ、言った。


「お願い、力を、貸して」

次回は明後日、17日の朝7時です!

あと、好きな二軍キャラ(剣崎さんとか奥村くんとかピックアップの薄いキャラ)いたら教えてください。恭介凛瑛紅井さっちゃんあたりは一軍です。

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