第59話 臨戦
※現在4章を読みすすめている方へ
平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。
この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。
改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。
海洋連合国家アルバダンバでは、年に2回開かれる大陸との交易会は大イベントとして扱われる。今年は海上キャラバンに不幸があったため商品の数は少ないが、キャラバンに同行してきた2年4組の持ち込んだ品々が、その代替として機能することになる。
交易会はデルフ島の北西部にある大きな海岸で行われる。現在、キャラバンの商人や生徒たちが商品を運び込んでいる最中だ。その間に、酋長たちはデルフ島で会合を行うことになる。竜崎やウェルカーノ氏もそこに列席し、交易会の詳しい段取りを決める。
交易会は多くの島民の前で行われるが、それに先駆け、実は商品のやりとりはある程度ここで行われる。交易会は、いわば各酋長の威厳を示し、海外の希少な品々を部族に持ち帰るための儀式であって、買い付ける段階で手間取ってしまっては醜態を晒すことになる、というのが、まぁ主な理由だ。
「里見、とりあえず誰かが嘘をついていたら、また尻尾を引っ張ってくれ。頼むぞ」
「………」
サトリの里見耶麻子は、こくり、と首肯を示す。
里見は基本的には無口な娘だ。自己主張をしない、というわけではないし、感情表現のバリエーション自体は比較的豊かなのだが、注意深く見ていないとなかなかそれに気づけない。クラスメイト全員をしっかり観察している竜崎だから、こうして難なく意思疎通ができているようなものだ。
「難しい顔をされておりますのう」
ベルゲル酋長の家に入る直前、後ろからそのように声をかけられた。
振り返ると、そこには海上キャラバンのリーダーであるウェルカーノが立っている。
「ウェルカーノさん」
「………」
竜崎がぽつりとその名前を呼び、対照的に里見は竜崎の背中に逃げ込んだ。
体格は小柄で、枯れ枝のような老人だが、矍鑠とした印象はある。肌も日焼けしていて健康的だ。こちらのことを疑っているわけではないが、常に一線を引いて安全を取ろうとするウェルカーノを前にすると、どうも竜崎もやりにくく感じる。
「午前中の話し合いでも少し気になっておりましたが、そちらにいるのはサトリオニですな」
ちらり、とウェルカーノは、里見に視線をやって言った。
「悟り鬼……?」
「おや、違いましたか。200年ほど前でしたか、東の海をわたってこの大陸に修羅の軍勢が攻めてきたとき、サトリオニと呼ばれる魔物が混ざっていたと聞きますが」
そうだったのか。竜崎は、セレナから託されたモンスターメモを思い出していた。
2年4組の生徒が転生したモンスターの中には、滅多に見られない希少種や、名前と姿が伝承でのみ伝わる魔物がいくらか散見された。その中でも、里見や烏丸のような和製妖怪の類は、該当種がほとんど発見されていないのだ。
果たして、自分たちが転生したモンスターというのは、こちらの世界をベースにしたものなのか、元の世界の伝承をベースにしたものなのか。どちらだとしてもあまり説明がつかないので、少し不思議に思っていたのである。
「人の心が読めると聞きますからのう。腹の探り合いには適しておるでしょう。リュウザキ殿の駆け引きと合わせると、恐ろしいものです」
「俺はあまり、政治とか、駆け引きとか、得意な方じゃないんですよ」
そのタイミングで、あっさりと心根を口にしてしまったのは、意外と疲れがたまっていたからなのだろうか。
「しかし、40体以上の魔物を率いている身であれば、苦手とばかりは言っておれんでしょう」
「そうなんですよ。辛いところです」
この老人は、一体どういうつもりで、こんな話をしているのだろう。
竜崎は、相手の真意を測りあぐね、少し警戒する。
ウェルカーノはこの1、2週間の付き合いを見る限り、善意の人間だ。同時に、その行動理念は商人としての本能に忠実である。誠実を是とするが、相手を決して心の底からは信頼しない。ビジネスの相手としては優秀だが、こちらの弱みを見せられない分、顔を合わせていると息が詰まる。
「ベルゲル酋長は、あなた方を疑っております」
ウェルカーノが、声をひそめてそんなことを言った。
「……どうして、そんなことを教えてくれるんです?」
「あなた方に貸しを作っておきたい。儂の立場から、酋長に対してあなた方を庇うことができます」
尻尾をぎゅっと掴んだままの里見は、しかしそれを引っ張らなかった。
「キャラバンの方でも、あなた方がレッドムーンの一味であると疑う者がおりましたが、儂はそうは思っておらんのです。今回の交易会で、売上の一部をこちらに回してくれる代わりに、我々がヴェルネウス王国へ指定した資材を運び込むという、約束がありましたな」
「ええ」
「あれの売上の割合を、もう少し増やしていただければ」
やはり、里見は尻尾を引っ張らない。ウェルカーノはこちらを騙そうとしているわけではないのだ。
ここで嘘を疑わなくていいというのは、心理戦において非常に気が楽だ。ストレスにならない。
となると、あとは単純にリスクの話になる。
重巡分校は、このアルバダンバを発ったあと、ヴェルネウス王国へと向かうつもりだ。大陸の南東部、三日月状の端っこに飛び出た半島であり、北に獣王連峰や密林、冒険者自治領があるため、帝国の勢力がもっとも及びにくい国家のひとつだ。
あそこでしばらく停留し、ウェルカーノ商会から資材の納入があってから、再びキャタピラユニットを建造して北を目指す、という流れを考えている。だが、おそらくそのためには、資金が必要となる。
この交易会は、その資金作りも兼ねてのものだ。交易によって得た商品を、海上キャラバンに買い取ってもらう。そのうちのいくらかを、資材の手配料としてキャッシュバックするつもりだったのだ。ウェルカーノは、そのキャッシュバックを増やせと言ってきている。
だが、これは願ってもない提案だ。
竜崎としては、まずこの島に潜んでいる吸血鬼と、ベルゲル酋長に繋がりのあるトキという人物の関係性をハッキリさせなければ、それより話を進めようがない。今、この島のどこかで戦闘が発生している可能性がある。その結果として、トキを倒すことになるかもしれないのだ。
誤解が解けないままトキを倒してしまえば、関係の悪化は防げない。恭介たちが頑張っている今、竜崎にできることは、その戦いの結果を悪い方向に持っていかないようにするための、努力だ。
「(結局、政治なんだよなぁ…‥)」
竜崎は額を掻きながら、目を閉じた。
「わかりました。ウェルカーノさん」
「話が早くて助かりますのう」
ウェルカーノは、そこで初めて、歯を見せてニッと笑った。抜け歯が多いが、残っている部分は綺麗な白色だった。
「実は、犬神の居場所はもうわかっています。救出部隊を向かわせていますが、最悪、既に戦闘が発生しているかもしれない」
「あまり穏やかな話ではありませんのう」
「そこでなんですが、ウェルカーノさん。トキという名前の人物に心当たりはありませんか。酋長と馴染みの深い人物のようなんですが」
竜崎の問いに、今度は老人が目を細める番だった。
「直接会ったことはないのですが、トキハラ、という名前なら聞いたことがあります。10年くらい前からこの島で暮らしている、ベルゲル酋長のご友人だそうで」
「「うおおおおりゃあああああああッ!!」」
凛とぴったり呼吸を合わせ、恭介の拳が正面の吸血鬼を捉える。
「ぐうおっ……!」
顔面を殴り飛ばされ、トキの身体は大きく跳ねた。壁に激突し、そのまま力なく床の上を転がる。
エクストリーム・クロス。スケルトンに転生した空木恭介のフェイズ3能力によて、恭介と凛が完全に“ひとつに”なった姿である。見た目は男とも女ともつかない、水色の髪をした人間の姿をしている。これは、恭介の足りない部分を、凛が補うから、と言った、その決意を表したイメージの姿でもある。
恭介の表情は硬い。一同が固唾をのんで見守る中、吸血鬼トキのことを改めて睨んでいる。
ナイトのスオウすら瞬殺した姿である。目の前の吸血鬼を一人、葬る程度ならばわけはない。
恭介に拳を躊躇させたのは、トキの奇態な様子であった。
「ふ、ふふ……。ははは……」
笑っている。だがそれは、絶望から来る力ない笑いでもなければ、正気を失った者の口から出る哄笑の類でもない。自信をみなぎらせ、何かを確信したものだけが浮かべる勝者の笑みなのだ。
その場にいる全員が、訝しげな表情で、あるいは気味悪がるような表情で、トキを眺めている。
「……何を笑っている?」
「言うと思いますか? ふふ、ですが良いでしょう。どうせ殺されるのです」
トキの口調はやけに上機嫌だ。とりたてて特徴のなかった中年男の顔つきだが、今や愉悦に歪んでいる。
「今、私ははっきりと確信しましたよ。この戦い、どうやら我々の勝ちのようです」
ブラフの類か、あるいは本気でそう言っているのか。この段階では判断材料がない。恭介は拳をぐっと握って、改めてトキを睨みつける。
「……どうしました? 攻撃しないのですか?」
にこやかに笑うトキの真意が、恭介にはつかめない。
だが、
握った拳を相手に向け、ゆっくりとジークンドーの構えを取る。
如何にその真意を測りあぐねるとは言え、これ以上は相手の言うとおりだ。どれだけ待ったところで、トキの口から真実が語られることはない。この島で今何が起き、何をもってトキが自らの勝利を確信したのかわからないが、恭介にはここで彼を放置し、あるいは逃がすという選択肢は存在しない。
トキがベルゲル酋長となんらかの繋がりがあるのはほぼ確実だ。竜崎の話では、酋長は吸血鬼の存在を知らなかったはずだから、おそらくトキが一方的に酋長を騙し、丸め込んでいたのだろう。そんな男をここで逃せば、会議の場に逃げ込んで、妙な引っ掻き回しをしないとも限らない。分校を襲撃している5人の吸血鬼に加勢しないとも限らない。
今、ここで、倒すよりほかに道はない。
「恭介くん!」
凛が叫んだ。
「ああ、やるぞ!」
悠然と微笑んでいたトキだが、ボロボロになった黒甲冑から赤い翼を広げ、そのまま猫宮たちの方へと視線を向ける。殺されるだろう、と口では言っておきながら、強かに延命の手段を探っているのだ。
恭介が駆け出そうとした直前、トキの方が早く動いた。その身体のどこにそんな力が残っていたのか、という速度で、猫宮たちの方へと肉薄する。烏丸と猿渡が、それぞれの得物を構えて前に出た。だが、吸血鬼の膂力は、2人の抵抗をものともせずに叩き伏せ、鎖に繋がれたままの犬神に、手を伸ばす。
彼女を盾にする気だ、ということは、すぐにわかった。
だが、恭介の足は止まらない。拳を握り、振りかぶり、そのままトキに向けて疾駆する。猫宮が、犬神をかばおうを前に立つのを見て、恭介は叫んだ。
「猫宮! 俺たちに任せろ!」
「っ……!」
一瞬、仲間を背中にして避けることに顔を歪めた猫宮だが、すぐに頷いて飛び退く。
トキの腕が、犬神の首を掴んだ。そのまま、抱え込むようにして身体を盾にする。弱りきった犬神の身体は、ろくな抵抗もできず、されるがままであった。
「「エクストリームブロォォォォ―――――ウッ!!」」
恭介は止まることなく、掲げた拳を思い切り叩きつける。拳は、盾にされた犬神の胸元を貫こうかという瞬間、水のように弾けとび、搔き消えた。恭介の身体は、そこでぴたりと動きを止め、トキも犬神も微動だにしない。
地下室が完全に静まり返った、その直後、
「ぐはあっ!」
吸血鬼の男は、口から血を吐いて犬神の身体を手放した。液状化した腕から先が、トキの身体を食い破って飛び出す。それはすぐに、恭介の身体へと戻り、腕の形で再構築された。
支えを失って倒れる彼女を、左腕で受け止める。
『ふしゅうっ……!』
凛が息をつく。恭介の目の前で、血を吐いた男はそのまま仰向けに、冷たい石床へと放り出された。鎧は完全に砕け、胸部にはぽっかり穴があいている。内部から心臓を食い破ったのだ。さすがに、生きてはいまい。
吸血鬼は死体を残さないという。その身体は、さらさらと砂のように崩れ、地下洞窟にうずたかく積まれた灰の山となる。彼がそこにいた痕跡は其の灰と、床に流れ出た大量の血液しかない。
「(死んでも血は残るのか……)」
恭介は、床に残る血を眺めながら、そんなことを思った。
『あー、んー、おほん』
凛がわざとらしく咳払いをする。
『恭介くんはいつまで響ちゃんのカラダを触っているのかな?』
「ん、う? うおっと! すまん!」
肩を支えていた犬神を思わず取り落としそうになるが、そのまま改めて、彼女を床に寝かせる。手足の鎖はいつの間にか切断されていた。恭介たちがトキとやり合っている間、烏丸や猿渡がやったのだろう。
犬神が裸だ、ということを忘れていたわけではない。忘れていたわけではないが……。
「しかもウツロギ、君さっき、正面からガン見していただろう……」
少し離れた場所で、猫宮が腕を組んでいる。
「あれは良くないぞ」
「仕方ないだろ! 前見なきゃ戦えないんだから!」
なるべく、意識の埒外に放逐しようとしていた、犬神の身体のラインが脳裏にはっきりと想起されていく。
「い、犬神、悪かった……」
「ああ、別に良いよ……。それより、あたしの服ある?」
「花園に持ってこさせる。猿渡たちは呼びに行ってくれ」
猫宮に指示され、救出班の男子たちが名残惜しそうに飛び去っていった。
改めて、ぐるりと周囲を見回す。どうやらここは、天然の地下洞窟だ。棚や机などの調度品に加え、ランプなどが置かれているところを見るに、ここでもトキは様々な作業をしていたらしい。少し視線をずらすと、洞窟の奥には、小さな頭蓋骨が山のように積み上げられていた。
『……あれ、子供の骨、かな』
凛がぽつりと呟く。
「だろうな」
地面に座り込んだまま、犬神が頷いた。
「1ヶ月に1度、この男が吸った血の犠牲者だ。胸糞が悪ぃ」
「ここも探せばいろいろ出てきそうだが、捜索は猫宮たちに任せる」
恭介はそう言って、地上の方へと視線を向ける。
「俺たちは分校に向かう。トキが死ぬ前に言ってた『自分たちの勝ち』って言葉も気になる」
「ああ、気をつけてくれ」
『だいじょぶだいじょぶー』
猫宮は神妙な顔をして頷いた。凛が、恭介の方から腕を伸ばしてひらひらと振る。スライム形態の時と違ってリアルな腕が服の上から生えてくるので、見た目は結構気持ち悪い。
「分校に向かうなら、僕も同行しよう」
『ぎにゃあっ!』
いつの間にか聞こえた瑛の声に、凛が悲鳴をあげる。見れば、そこには相変わらずクールに燃える火の玉が、ふよふよと浮かんでいた。真っ先に降りてきた男子なので、犬神は露骨に顔をしかめ、胸のあたりを庇うようにして後ずさる。緊急事態が終われば人並みの羞恥心が戻ってくるらしい。
『響ちゃん、気にしなくて良いよ。火野くんは多分女体に興味がないから』
「誤解を招くようなことを言わないでくれ。実際、あまりないが」
こういう話をすると、瑛は自分よりも空っぽで欲がなかったりするのではないか、と恭介は心配になる。
「ひ、ひとまずわかった。ついてきてくれる分には助かるけど」
「まぁ、僕ができることなんて、今じゃたかがしれてるけどね」
「そんなことないさ」
小さく笑う恭介だが、すぐに表情を引き締めて高く跳躍する。天井に空けた穴から地上に出ると、ちょうど花園が犬神の服を抱えて階段を降りようとしているところであり、それに続こうとしていた男子勢が触手原の触手に縛られて恨み言をつぶやいていた。
次に目指すべきは分校だ。
あそこに向かった吸血鬼は、おそらく5人。いま分校に残っている戦力では太刀打ちができない。
急がなければならなかった。
次回は明日朝7時更新予定ですが、58話でご指摘頂いた不自然な描写の修正を行うので、更新できない可能性があります。7時に更新がなかったら翌朝だと思ってください。




