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第57話 突入戦

※現在4章を読みすすめている方へ

 平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。

 この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。

 改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。

 ケット・シーという幻想生物について、猫宮美弥はそこまで詳しいわけではない。


 ただ、『長靴を履いた猫』のモチーフになったということは、何かの本で読んだことはある。と言ってもフランスではなくアイルランドの妖精だ。ライカンスロープのような“人と猫の中間体”みたいなものではなく、姿かたちはより猫に近い。

 猫宮は、自分がケット・シーに転生した時、そこまで衝撃は受けなかった。一時期子役として名を馳せ、今は舞台女優を目指している猫宮にとって、人生とはロールプレイだ。姿かたちが猫になったとしても、演じるべき自分を見失うことはあってはならない。


 この世界のケット・シーは、影にまつわる能力がある。黒猫のイメージを膨らませたものだと考えれば、それだけ外した力であるとも言えないか。影から影に移動したり、影をリソースとして魔法を行使したりできる。影は使いきってしまうと死んでしまうが、残しておけばもとに戻る。この世界の影は、生命力と直結した魔法的な現象だったりするのだろうか、と猫宮は考えたが、すぐに忘れた。授かった力ならば、有効活用すればいいだけのことなのだ。


 潜入任務ともなれば、まさしくその能力の活かしどころだ。


 犬神は神代高校におけるネコ派とイヌ派の派閥抗争においてはまさに目の上のたんこぶのような存在だが、同時に大切なクラスメイトでもある。


「(大切なクラスメイト、か)」


 《影渡り》によって屋内に入り込んだ猫宮は一人ごちる。


「(ボクもずいぶんとおセンチになったもんだ)」


 2年4組は良いクラスだった。委員長の竜崎を筆頭にして、気ままな生徒も多かったが、それでもまとまりの良い方だったように感じる。文化祭や修学旅行のようなイベントにおいてもきっちり団結力を発揮していたし、猫宮だってそんなクラスに手を貸すことは嫌いではなかった。

 それでも、クラスメイトのことを“大切”なんて言える精神性とは、ちょっと違うところにあった気がする。


 今、自分が買って出たのは、下手をすれば怪我をしたり、死んでしまったりしても当然の仕事なのだ。さらわれたクラスメイトを助けるために、敵地へと侵入する。モンスターに転生して高い能力を得たといっても、冷静に考えればどうかしているとしか言いようがない。しかも、決して仲のいいとは言えない、犬神響を助けるために。


 それでも、猫宮は自分のやっていることを、当然のことだと思っていた。

 猫宮だけではない。彼女がメンバーに選出した猿渡、籠井、烏丸の3人も、嫌な顔ひとつせずにこの救出作戦に参加してくれた。他の誰を指名しても、おそらく反応は同じだったことだろう。


 危機意識が麻痺してしまったのか。

 頭がおかしくなってしまったのか。


 猫宮美弥の冷静な部分が、疑問となって鎌首をもたげる。シニカリストを自称する猫宮としては、一晩考え込んでみたりもしたのだが、結局答えは出なかった。


「猫宮、どうしたんだ?」


 鴉天狗に転生した烏丸義経が、声を潜めて尋ねてきた。


「大したことじゃないさ」


 猫宮は目を閉じ、自嘲気味に笑顔を作る。


「思えば遠くにきたもんだ、ってね」


 自らの精神の変容を、そんな言葉で曖昧に誤魔化す。


 思えば遠くにきたもんだ。


 今までにあった様々な出来事が、少しずつ自分を含めたクラスメイトの意識を、変えて行ったのだろう。だから、こんな危険な作戦にも立候補できるし、参加してくれる。鷲尾のような犠牲者を二度と出したくない、という気持ちだってあるだろう。

 絆が深まった、とか、そういう言い方もできるが、結局どんな言葉を尽くしたところで、陳腐なものにしかならない。舞台女優を志すものとして、この世界には言葉で表現できる者の方が少ないということは、承知しているつもりだ。


「さてと、屋内……って言っても、蒸し暑さはあまり変わらないわけだけど……」

「風通しをよくしたつくりではあるけどな」


 烏丸はきょろきょろと見回しながら言った。


「だが、集落にあった他の家に比べると、窓の数が少ない」


 籠井も静かに口を開き、呟く。


「そう、ボクも気になっていたんだ。当然、窓はあるんだけど……あまり多くはない」

「南の島にしてはずいぶん珍しいよな」


 猫宮の言葉に、猿渡が同意した。


 中に見られたくないものがあったのか、あるいは外に逃がしたくないものがあったのか。

 憶測は立てられる。いずれも確証のあるものではないが、ここに犬神が捕えられているという事実と合わせて、中に潜む吸血鬼の姿がより鮮明になっていくような感覚があった。


「おしゃべりはここまでだ。家主がいるかもしれないからね。慎重に、犬神を探しに行こう」


 猫宮の指示に、一同が頷く。


 忍び込んだのは、キッチンのような場所だった。古臭い窯があり、蓋のされた水瓶がある。このあたりでは珍しい、妙にしっかりした作りの棚が置かれていて、そこには調味料の入った瓶が、いくつか置かれている。


「(醤油、塩コショウ……。この辺のシーズニングに貼ってあるのも、全部日本語のラベルか……)」


 定期的に、元の世界から仕送りがあったということなのだろうか。羨ましい限りではある。


「(チキンラーメンまである。普段の食生活は人間と変わらないんだな)」


 キッチンからはそのまま居間に出られる。このアルバダンバでは地べたに座って食事をするのが一般的であったはずだが、居間にはやはり、しっかりした作りの机と椅子が置かれていた。椅子が3つほどあるところを見るに、定期的に島の客人を迎え入れたりしていたのだろうか。


 居間には発電機と扇風機が置かれ、更に元の世界のものと思しき書籍、それに電卓などが置かれていた。書籍はいずれも経済書だ。棚に納められた書類の中には、古臭いものも多い。

 これらもレッドムーンを探る上で、重要な手がかりになったりするだろうか。猫宮は手を伸ばすが、当然50センチメートルの彼女では届かない。察した籠井が、いくつかの書類をまとめて取ってくれた。


 手で軽く謝意を示し、書類を開く。


「(会社関係の権利委譲書……の、写しか)」


 どうやら、ここの家主は元の世界ではかなり良い暮らしをしていたらしい。

 が、何かの手がかりになるようなものではない。猫宮は肩をすくめて、籠井に書類を返した。


「(猫宮!)」


 風に乗せて、指向性を持たせた猿渡の声が、猫宮と籠井の耳にだけ届く。振り返ると、猿渡と烏丸が、部屋の奥の方で手招きをしていた。足音を立てないように移動すると、彼らは目の前にある扉を開け、その先を指で示していた。


「(地下への階段……!)」


 猫宮は目を見開く。


 地下室があるというのは少し意外だった。ひんやりとした空気に混じって、少し潮の香りが運ばれてくる。海底洞窟と繋がっていたりするのだろうか。少し逡巡はあるが、猫宮は一同を見回し、地下への階段に足を踏み入れる。

 籠井たちも頷き、それに続いた。


 緊張のあまり、ぴん、と尻尾が立つ。ぴりぴりとした空気が、ヒゲから全身に伝わるようだった。ネコのヒゲは感覚器官というが、この身体になって2ヶ月ちょっと。その話を身体で実感する機会は多い。

 壁はしばらく石造りのものが続いていたが、やがてゴツゴツとした自然の岩壁に変わっていく。やはり、元は海底洞窟だったのだ。地上に向けて穴を繋げ、そこに家を建てたというところだろうか。壁には海藻やフジツボがついていなかった。つまり、満潮時でも海水がここまで来るわけではない。


 やがて階段が終わり、薄暗い海底洞窟の下層部にたどり着く。


「く、暗いな……」


 ぼそっ、と呟く烏丸の声が、闇の中で大きく反響した。

 猫宮ケット・シーの目は闇に慣れている。数秒もすれば、地上となんら変わらない感覚で、視界を効かせられるようになる。ただ、光がなく、影が闇の中に溶けてしまっているこの状態では影魔法も使用できないので、あまり好ましい状態ではない。


 不意に、視界の片隅で身じろぎするような影が見えた。


「犬神……?」


 猫宮が声をあげると、陰はゆっくりと顔をあげる。地上からそそぐわずかな光を反射して、金色に輝いた。

 ケット・シーの目が、その少女の顔をはっきりと捉える。振り乱された銀色の髪。間違いない、犬神響だ。


「犬神、無事だったか……。助けに来たぞ!」


 裸のまま寝ころばされている彼女を見、下世話であると知りつつ身体を確認してしまう。暴行の痕跡のようなものは見られなかった。ほっとすると同時に、裸を見られたなら同じようなものかもしれないな、とも思う。

 いや、今はまず無事を喜ぶところだ。猫宮が犬神に駆け寄ると、後ろから猿渡達もついてくる。


「そこに犬神がいるのか? よく見えないぞ」

「見えなくて良いんだよこういう場合……。犬神、大丈夫か? ボクがわかるな?」


 わかるな、と尋ねつつ、猫宮は返事に期待していない。犬神は、口に猿轡のようなものをはめられていた。轡の真ん中は大きなリング上になっており、咥内から唾液がほぼ垂れ流しとなっていた。床がべったりと濡れているのはそうしたことなのだろう。まず痛ましいそれを、猫宮は外してやる。


「ねこ、みや……」

「酷い真似をする……。なんだってこんな……」


 ふと、犬神の顔の付近に桶のようなものがあることに気付いたが、猫宮はさして気にも留めなかった。


「猿渡、烏丸、犬神の手足についている鎖を頼む」

「くっ、鎖……!?」


 如実にうろたえる猿渡の声が聞こえる。


「待ってくれ猫宮、視界がロクに利かない状態だぞ。うっかり変なところを触ったらどうする!」

「ボクが女の子としてキミをしばくだけだが」

「そういうリスキーな賭けはしたくないぞ! いくら青春と言ってもなぁ……!」


 烏丸も言葉こそ発さないが、猿渡とほぼ同じ気持ちであるらしい。しかし、影魔法が使えない今、猫宮が鎖を切断することはできないし……、


 と、考えていたとき、猫宮の鋭敏な聴覚が、足音をとらえる。ぴん、と耳を張り、顔をあげた。


「(しまった……!)」


 家主が降りてきたのだ。こちらの喧騒を聞きつけてか、そうでないのか。おそらく後者だろう。だが、一度足音が止まり、その後少し速くなったところを考えると、どのみちもう感づかれている可能性が高い。

 犬神の耳もそれを察したらしい。2人が黙り込んだ様子を見て、男子たちもすぐさま緊張を取り戻した。猫宮や犬神達の前に集まり、階段の方へと視線をやる。


「ほう」


 降りてきた男は、闇の中でもはっきりと映える血色の双眸を持っていた。


「まさかとは思いましたが、獲物がかかるとは。イヌを生かしておくメリットも、結構あるものですな」

「ずいぶん慇懃な喋り方をするじゃないか」


 猫宮はあえていつものペースを崩さずに、そう応答した。


 こう暗くては、影を使った伝達手段で、外にいる恭介たちに救援を要請することはできない。だが、やりようなんていうのは幾らでもある。猫宮は、猿渡と烏丸を掻きわけるようにして前に出、尻尾で2人の足をぺちりと叩いた。2人は、すぐには猫宮の意図には気づかない。困惑の雰囲気が伝わった。


「その喋り方は会社経営で身についたのかい、トキ」


 あえて軽口をかましてやると、ぴたりと男は動きを止めた。


 やはり、この男がトキなのだ。そしてあの紅い目を見れば、吸血鬼であると気づく。今までに立てた憶測が、おおよそ当たっているということである。


「キミのことは、もうだいたいわかっているんだ。キミは巧妙に隠したつもりだろうが、犬神の残したメッセージもすぐに見つけられたしね。酋長にももう伝えてある。最近多発しているっていう行方不明事件もキミの仕業かな?」


 ぺらぺらと喋りながら、尻尾で猿渡たちをせかすように叩く。気づけ、気づけ。


「しかし、この部屋はともかく、地上部分の作りはあまりよくない家だね。風通しが悪いよ」

「よく回る舌ですねぇ」


 トキは呆れたような声で呟いた。


「舞台女優を目指していてね。アドリブは得意なんだ。キミにしか聞かせられないのは残念だけど」


 そこから数拍遅れて、ふわり、と風の吹くような感覚があった。

 気づいた! 伝わった! 猫宮はぐっと拳を握る。


 もし魔力を可視化することができたなら、風の精霊が階段の外に向けて作る、魔力の波を見ることができただろう。空気の振動を操作して、ここでの会話が階段の上まで運ばれていく。先ほど、猿渡と烏丸が声に指向性を持たせて猫宮を呼んだ時と、同じ使い方だ。


「地下にまで部屋を作っているとは思わなかったよ」

「まぁ、何かと入り用でしてね。他の島民には見せられないことも多いですから」

「その割には、ずいぶんとわかりやすいところに入り口があったけどね。居間の隅とか」


 吸血鬼トキは、しばらくの間、猫宮の話に付き合ってくれていた。こちらを侮っているのか、逆に伏兵の存在を警戒しているからなのか。


「そろそろ、おしゃべりは終わりにしましょう」


 だが、そこから更にいくらかの会話を交わした後、トキは唐突にそう言った。


「へえ、ボク達をどうするつもりだい」

「動きを封じ、少し眠っていていただきます。クイーンの身柄と一緒に、王への手土産になってもらおうかと」

「クイーンだって……?」


 猫宮ははっとしたように呟く。


「まさか、キミ達、紅井を……」

「ええ、あなた達から奪い返させていただく予定ですよ。見たところ、あなた方は凡庸な種族のようですが、それでもオマケの手土産としては十分でしょう」


 おおかた予想のついていたことではあるが、やはりか。吸血鬼は両手に黒い稲妻を纏わせながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。この中で一番耐久力に自信のある籠井が、ずいと前に出て猫宮の盾になろうとする。

 トキは、徐々に警戒を解きつつあるようだった。こちらから、外に救援要請をする手段がないと、考え始めているのだろう。


「ま、待て。待ってくれ……」


 猫宮は、怯えたような声を出して懇願した。


「あ、紅井を連れていくなら、今更ボク達に固執することはないだろう? キミの言った通り、ボク達はそんな珍しい種族でもない。見逃してくれたって……」

「フェイズ2でアタリを引く可能性もありますしね。そうはいきませんよ」


 にやりと笑うトキの表情をはっきりと見ることができたのは、おそらくこの中では猫宮だけだろう。


「猫宮、逃げろ……」


 籠井が、緊張感に満ちた声で言った。


「この場は、俺がなんとかする……!」

「あっ、籠井! 無茶は……」


 そう言って、トキに向かって突撃する籠井を、猫宮は制止しようとするが、遅かった。彼は正面からトキに組みつき、しかしあっけなくねじ伏せられる。小さな苦悶の声があがった。トキが腕に纏わせた黒い稲妻が、そのまま籠井に向かって放射される。


「が、がああっ!!」

「籠井!」


 ガーゴイルの頑健な石肌すらも、激痛から身を守るには足りないらしい。猫宮は、ぎり、と歯を噛んだ。


「随分と仲間思いなガーゴイルでしたが……」


 ずん、と籠井の背中を踏みつけながら、トキは言った。


「彼の気持ちを無駄にしましたね。そこでイヌを置いて階段まで走れば、一人くらいは逃げられたかもしれないのに……」


 そう呟く声には、完全に慢心が滲んでいる。彼は、完全にこちら側に打つ手がないと思い込んでいるのだ。

 猫宮は、そこで初めて、ふっと笑みを浮かべた。この土壇場で百戦錬磨の吸血鬼を騙し切れるとは、舞台女優の夢は、実はそんなに遠くないんじゃないだろうか。


「………?」


 トキが訝しげな眼で、猫宮を見つめる。


「どうしました……?」

「どうもしないさ。ただ、間に合った」


 直後、天井をぶち破るようにして、陽光と共にひとつの影が飛び出してきた。





「「ストリーム・キィィィック!!」」


 落盤の轟音と共に、恭介と凛の声が完全に唱和する。渾身の蹴撃が、黒い甲冑に身を包んだポーンの後頭部へと炸裂した。


 屋敷の方から、猫宮たちの会話が聞こえてきた時、恭介はすぐさまそれをこちらへの救援信号であると察知した。聞き覚えのない男との会話が、まるでスピーカーを通したかのように、はっきりと届くのだ。風精霊の力を使い、空気の振動を操作したものだろうということは、なんとなくわかった。

 なんらかの事情で影魔法が使えなくなったということなのだろう。その会話の中で、きちんと場所まで報告してくれたことから、それを確信した。恭介は凛をまとったまま駆け出し、壁を破って中へ侵入し、階段を探すのももどかしくなって、居間から地下に向けての岩盤を思いっきりぶち抜いた。


 そうして今、ストリーム・クロスの状態で、目の前にいる男、おそらくトキと思しきポーンと対峙している。


「待たせたな」


 と、言ったのは、恭介ではなく無理に低く渋い声を出そうとしている凛である。


「立てるか、籠井」

「ああ、助かった……」


 床に踏み伏せられていた籠井の身体を起こし、恭介が尋ねる。籠井は少し苦しそうだが、なんとか頷いた。


 籠井のほかにも、猫宮、猿渡、烏丸、そして犬神。全員いる。犬神は一糸まとわぬすっぽんぽんで、おまけに手足を鎖に繋がれていたが、それでも無事は無事だ。彼女がどれだけ辛い目にあったかは知らないが、その返礼は、これからする。


「ぐっ、ま、まさかスケルトンと、スライムが……」


 顔面に蹴りを喰らい吹き飛ばされたトキは、苦悶の声と共に立ち上がる。

 彼を睨みつけながら、恭介はゆっくりとジークンドーの構えを取った。


「スケルトンじゃないよ。空木恭介くんだ」


 凛がきっぱりした声で言う。


「スライムじゃない。姫水凛だ」


 恭介もそれに続いた。


「ウツロギ……!」


 やややつれ気味の表情だった犬神が、かすれた声で叫ぶ。


「吸血鬼の数はそいつを含めて6人だ……! 残り5人はいなかったか……!?」

「ボクらは見なかった」


 恭介の代わりに答えたのは、猫宮だった。


 同時に、先ほど下から聞こえてきた猫宮とトキの会話を思い出す。連中は、紅井の身柄を奪取するという話をしていた。で、あれば、ここにいない残りの5人は、既に重巡分校へと向かっている可能性がある、ということであり……。


「わかった」


 恭介ははっきりと頷く。


「さっさと片付けて、分校への支援に向かう」


 そう言った瞬間、肋骨の中、あるはずのない心臓が、ドクンと脈を打ったような感覚があった。


 それはスタンバイ完了の合図だ。あるはずのない心臓。虚無の心臓。空っぽの心臓。そこに、代替品の魂がするりと入り込む。徐々に速く、力強さを増していく鼓動の感覚は、決して錯覚などではない。やがて、どこからともなく吹き始めた風が、恭介たちの身体を包み込んでいく。


「行くぞ、凛!」

「うん! やろう、恭介くん!」


 空っぽの器に、なみなみと注がれていく水。やがて満たされた器から、力がとめどなくあふれ出す。


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」


 やがてあふれ出した力は、叫びとなって喉から漏れた。組み上げられていく無敵の肉体。2人の心と身体が、最小単位でひとつになる。目の前で何が起ころうとしているのか、その時点でようやく察知したトキが、右手に黒い稲妻を纏わせて突撃してくる。


「はァッ!」


 身体を纏う風を右手で払い、恭介はトキの拳を片手で迎撃した。


「ぐおっ……!?」


 トキが悲鳴をあげ、再び吹き飛ぶ。身体が勢いよく、壁に叩きつけられた。


「あれが……!」

「そう、これがッ……!」


 初めて目の当たりにする猫宮の、驚きに満ちた声。恭介は力強い声で応じる。


「これが、エクストリーム・クロスだ!!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 物語自体とても面白いですが、どうもこの特撮のノリについていけないんだ。なんか損をした気がします…
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