第56話 原尾の怒り
※現在4章を読みすすめている方へ
平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。
この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。
改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。
丘間カオルが彼女たちに出会ったのは、小学校低学年の時のことだった。カオルも別に、当時からオカマだったわけではないのだが、まあ素質はあった。幼稚園の頃から女の子に混じってままごとをやる方が好きだったくらいである。家事上手な母親の背中を見て育ち、小学1年生になる頃には、裁縫も料理も見よう見まねである程度こなす程度の女子力を身につけていた。
身体を動かすことも嫌いではないが、それでも校庭で泥だらけになってサッカーや鬼ごっこに興じるつもりには、あまりなれなかったカオルである。彼はある日、教室の隅で大人しく本を読んでいる佐久間祥子と、その隣でぼーっと窓の外を眺めているだけの紅井明日香に声をかけた。
最初に話した話題がどんなものだったかは覚えていないが、まぁ、その頃からの付き合いだ。
カオルの口から言えたことではないが、紅井明日香は当時からそうとう変わっている子供だった。
なんというか、何事においても、決して全力を出さないのだ。彼女が本気で、必死で何かをやっているところなど、見たことがない。記録の上では紅井よりも足の速い男子はたくさんいたが、彼らが歯を食いしばって全力疾走している横で、涼しい顔をしながら少し後ろを走っているのが、紅井明日香という娘だった。
ま、本人がそういうスタンスなら、それも良い。
紅井も変わりものだったが、カオルだって相当老成していた少年だったので、彼女に本気を出すよう入れ知恵をしてみたことなど、一度もない。
ただ、子供の頃というのは“本気を隠す”のもそう上手くはなかったから、何度かトラブルも発生した。
いつのことだったか、男女混合でのサッカーがあったのである。まだ高学年にもなっていないころだ。男女の身体能力差が、さほど顕著ではない時期だからこその混合サッカーだったのだろう。
その日、佐久間祥子は体調不良で見学だったのだが、そんな佐久間と紅井、カオルはこんな約束をした。
『相手チームから3点取る』、だ。
少しでもサッカーに詳しければ、それがどれだけとんでもない約束かわかったことだろうが、それだけの知識は当時の自分たちにはなかった。
ゲームスタート直後、普段から気だるげな様子を見せていた紅井明日香は、いきなり機敏に動いた。それでも表情は涼しいままだったから、決して本気を出していたわけではなかったのだろう。ボールの蹴り方は素人丸出しだったし、ドリブルも上手かったわけではないが、それでも地元のサッカー少年団に所属している男子からボールを奪い取ると、誰の追走も許すことなくゴール前まで運んでいき、一発シュートを叩き込んだ。
それが、1点だ。
他の児童たちが、教師すらも唖然とする中、紅井明日香は無表情のまま、佐久間とカオルにブイサインを決めた。
まったく同じやり方で、更に2点。紅井明日香はあっという間に、約束の3点を奪取した。
問題が起こったのはその後だ。
紅井は明らかに手を抜き始めたのである。
フィールド上で露骨にサボっていたわけではない。ボールは取りに行くし、パスは回す。だが、明らかにその動きは先ほどに比べて手を抜いていた。いや、何の前情報もなく見ていれば、ひとりの少女が一生懸命慣れないサッカーに興じている、微笑ましい光景に見えたかもしれない。
だが、先ほどの神がかった動きを見てしまえば、手抜きと断じざるを得ない。
結果、紅井のいるチームは5対3で敗北した。相手チームの5点のうち4点は、地元のサッカー少年団に所属する男子がもぎ取ったものだ。
それは確か体育の授業でのことだったわけだが、授業が終わったあと、紅井に近づく男子が一人いた。彼女に翻弄され、なんとか食らいつこうとし、それでも追い付けず、紅井が手を抜き始めた後半戦から単身4点奪取のハットトリックを達成した、あのサッカー少年団の児童である。
授業が終わり、佐久間と親しげに話す紅井の後ろに駆け寄ると、彼は紅井の肩を叩き、その後、振り向いた彼女の頬を思いっきり引っ叩いた。
男子は即座に教師に手を引かれ、職員室に連れていかれたのだが、紅井はその時初めて、『手を抜かれることで怒る人間がいる』ということを知った。
一番大きかったトラブルはそれくらいか。その後も小さなトラブルをいくつも重ねて、紅井明日香は自分の力の隠し方が、どんどん巧妙になっていった。結局、カオルはこの歳になるまで、紅井が全力を出している姿というのを、見たことがなかったのである。
「ま、そんな明日香だから何かあると思ったけど、まさか吸血鬼だったとは思わなかったわね」
海洋連合国家アルバダンバの空は、今日も快晴だ。日は高く昇り、渚には涼しげな波が打ち寄せている。海鳥の鳴き声は聞こえないが、まるで南の島にバカンスにきたようなロケーションだ。もちろん実態は、そんなロマンチックなものでもない。
重巡分校の甲板で船縁に背を預けながら、丘間カオルは言った。
「そんなところよ。どう? 退屈しのぎにはなった?」
「興味深くはあった」
そう言って胸を張るのは、ファラオの原尾真樹である。
カオルと原尾は、現在重巡分校の護りを任されている。正確には、分校の中で休んでいる、紅井明日香の護りだ。カオルも原尾も、自らその役を買って出たわけだが、両者とも互いに密接な友好関係を築いているわけではない。何か興味深い話をしろと原尾が無茶振りをしてきたので、カオルは紅井との昔話を始めたというわけである。
「しかし……その紅井も今、本気など出せないほどに……弱り切ってしまっている……」
「みたいね。あんな明日香を見るなんて、初めてだわ」
紅井は今、人間の血を吸えないことによって起きる“渇血症”を患っている。血液の中を霊的な不純物が循環していることで、全身に不調をきたす吸血鬼特有の症例だ。
その紅井を、この島にいるという吸血鬼に襲撃されてしまっては危険である。ということで、カオルと原尾の2人が、彼女の護衛を申し出たというわけだ。
「紅き月が隠れ、その力が失われる……。凶兆か吉兆か……。我にはわからぬ……」
「相変わらず詩的ねぇアンタは……」
言いながら、カオルは佐久間のことを思い浮かべた。
佐久間祥子は、いま、竜崎について島の集落を訪れている。海上キャラバンのウェルカーノ氏やベルゲル酋長を尋ねるためだ。もし、話がこじれた時に佐久間が《魅了》を使えれば保険になるということで、最終的には彼女自身も同行には前向きな姿勢を示したが、まあ、佐久間は見ず知らずの相手に《魅了》を使えるような性格ではないだろうな、と思う。
とは言え、知っている顔なら使って良いかというと、また別の問題だ。結局、意識のどこかに不純物を介入させる行為であるので、やっていることは一時的な洗脳に近い。人間的な倫理の話をするなら、それこそ知り合いに使ってはいけないような能力だ。
その点において、佐久間は自分の中である程度の折り合いをつけたはずだが、結局このままでは、サキュバスとしては半人前なわけで……。
「(ま、良いわよね。サキュバスとして半人前でも)」
冗談半分でけしかけてしまったのはカオルなわけで、そこに責任を感じたりはする。
だが、いろいろ考えてみた結果、やはり佐久間は誰かに《魅了》を使える性格ではない。サキュバスである、という前提条件をすっぱり忘れて、魔法攻撃要員として戦闘に参加したほうが、彼女の為であるように思える。
恭介との協力技だって、獲得したわけであるし。
「丘間よ……」
そんなことをぼーっと考えていたカオルに、原尾が呼びかけた。
「何よ。いや、良いんだけど、アンタ結局アタシのこと“カオルコ”って呼ばないのよねぇ……」
「悪しき血の気配が漂っている……」
「はっ……?」
「備えよ。敵である」
原尾の言葉が終わるか終らないかのうちに、不可視の力がカオルの身体を突き飛ばした。
彼の言った“敵”の攻撃によるものではない。原尾自身の念動力だ。先ほどまでカオルがいた地点を、赤黒い稲妻が霞めていく。原尾は右手にアンクを持ち、それを宙に掲げたまま、黄金のマスク越しに宙に浮かぶその人影を眺めていた。
そう、宙に浮かぶ、人影だ。
黒い甲冑を纏い、赤い翼を生やした悪魔。
「アカハネ……!」
カオルは絞り出すような声で言った。
「ファラオにインキュバス……。要注意モンスター1体、注意モンスター1体、か……」
赤い翼の悪魔、レッドムーン、すなわち吸血鬼だ。それが今、原尾とカオルの目の前、重巡分校の上に浮かんでいる。
それは、まあ良い。想定内だ。連中が来るかもしれない、という予測をたてたうえで、自分たちはここにいた。
ひとつ、問題があるとすれば、
「5人ですって……!? 聞いてないわ……」
カオルは、わずかに声を引きつらせながら呟く。
そう、そこには、黒い鎧に赤い翼を生やした吸血鬼が5体、雁首を揃えて並んでいたのだ。
聞くところによれば、あの黒い鎧に赤い翼を生やした吸血鬼たちは“ポーン”と呼ばれる、吸血鬼の中でも最下級の兵士だ。だが、過去に一度交戦した際、自分たちはまるで歯が立たず、ゴウバヤシは自分を逃がして重傷を負った。
それだけではない。恭介の身体を一度粉砕したり、小金井を連れ去ったり。戦闘要員数人が束にかかっても、まるでものともしないような強敵。それがポーンなのだ。“兵士”である以上、その数が複数いるというのは当然ではあるのだが、しかし、それが、5人……。
「無駄だとは思うが、念のために勧告する」
宙に浮かぶ5人の吸血鬼のうち1人が、手を挙げて厳かに宣言した。
「無駄な抵抗は止め、我らの軍門へと下れ。悪いようにはしない」
やはり、そう来るのか。連中はまだ、こちらの身柄を押さえることを諦めてはいないのだ。
原尾は、左腕を背中に回し、右腕に持ったアンクを掲げたまま、何も言おうとはしていない。カオルは、そんな原尾をちらりと見てから、精一杯の虚勢を張って5人のポーンを見上げた。
「その前に聞かせなさい。アンタ達、5人も雁首揃えて、アタシ達の分校に何をしに来たのかしら?」
どれだけ強気な姿勢を見せても、おのずから限度はある。これだけのポーンに同時に襲撃を受けることは、想定の範囲外だったのだ。多くの生徒たちは分校を出払ってしまっており、まともな戦力には期待ができない。
それでも、カオルは虚勢を張った。
ポーンの一人は、ふっと笑ってこう答える。
「知りたいなら答えてやっても良い。我らの目的、それはクイーンの身柄の奪還だ」
「ふうん、そうなの……」
予想的中、といったところだろうか。この状況においては、あまり嬉しい話ではない。
「だったら……お断りよッ!!」
カオルは、右手に集中させていた魔力を、叫びと共に発動させた。
「《邪炎の凶爪》!!」
放たれた黒き炎を、しかしポーンは右腕を振っただけでいともたやすく掻き消した。
だが、カオルの攻撃はその時点で終わらない。彼の魔法発動と機を同じくして、甲板に潜んでいた複数の小悪魔達が、やはり四方八方から5人のポーンめがけて魔法を発射した。カオルは更に短めの詠唱を行い、続けざまにもう一発、攻撃魔法を叩き込む。
攻撃魔法による多方面からの十字砲火。だが、もうもうとあがる煙が晴れた時、そこにはやはり無傷のポーン達が立っていたのである。
「はっはっは、やはりこの黒甲冑はご機嫌な魔導具ですなぁ」
ポーンの1人がえらく調子のいい態度でそう言った。
「さすがはビショップ・アケノの謹製だ。攻守において実に優れている」
「もっとも、この鎧がなくとも、目の前の雑魚を片づけるのにそう手間はいらんがな」
呑気に会話をするポーン達からは、こちらを警戒する素振りがまったく感じられない。当然だろう。悔しいが、警戒する必要がないのだ。彼我の実力差は圧倒的であり、更に数でも相手が優位とあれば、打つ手などまるでない。
だが、
「原尾くん、何ボーッとしてるの。やるわよ」
ぐっ、と拳を握って、カオルはポーン達を睨みつけた。効くとは思えないが、まず《魅了》を試す。ポーンの1人、たまたま目があったその1人に狙いを定め、自らの魅力を最大限に引き出しその双眸に込める。相手の脳内に、自分の意識をするりと入り込ませる。
だが、ポーンが不敵な笑みを浮かべた一瞬、魔力が全身に逆流するような感覚があって、カオルはその意識をとばしかけた。思わずよろけ、船縁に手を預ける。
「《魅了》は効かんよ」
ポーンの1人が自慢げに言った。
「黒甲冑の抗魔力、抗呪力は圧倒的だ。こちらから心を開き、相手を受け入れようとしない限りは、《魅了》は効かん」
「くっ……」
虎の子まで封じられては、いよいよ打つ手がない。
しかし、後ろに紅井がいる以上、ここで道を譲るつもりもない。カオルはもう一度、突っ立ったまま動かない級友に叱咤をとばした。
「原尾くん!」
「姦しいな丘間よ……」
やや鬱陶しそうな声を出して、原尾が言う。
「我もまた、悪しき血の軍勢に抗いし者……。ナイルの恵みが築く四角錐の障壁……。ピラミッドパワーの力を見るが良い……」
「ぴ、ピラミッドパワー……?」
首を傾げるカオルだが、その瞬間、彼は原尾が周囲に張り巡らせたバリアのようなものの存在に気付いた。
ピラミッド状に展開されたそれは、空気に溶け込むような透明度の高い色合いだが、確かに顕現している。5人のポーン達は、余裕ぶって降りてこなかったのではない。原尾の結界を前に攻めあぐね、降りてこられないのだ。
「凄いじゃない……」
「だが、もう持たぬ」
原尾が告げるのと、展開されたピラミッド状の障壁に亀裂が入り始めるのは同時だった。
「………っ!!」
ぱりん、と冗談のようにバリアが割れる。瞬間、ポーン達は勢いよくこちらめがけて急降下してきた。
「迎撃するわよ、原尾くん!」
「是であるが否でもある」
「へっ……?」
原尾は右手に掲げたアンクで不可視の力場を生み出し、ポーン達の急降下を一瞬だけ食い止める。その直後、カオルの身体は宙にふわりと浮かび上がり、どこからともなく飛来してきた黄金の棺桶に、スポンと放り投げられた。
「あ、ちょ、ちょっ……原尾くん!? 原……」
ばくん、と棺桶の蓋が閉まる。カオルが、内側からガンガンと叩いても、当然のようにビクともしない。
「敵は脅威……。汝に、我が口となり耳となることを勅す。伝えて参るが良い」
カオルを閉じ込めた棺桶を、原尾が島に向けて発射させるのと、急降下してきたポーン達が、一斉に原尾に向けて襲い掛かってきたのは同時だった。吸血鬼たちの鋭利な爪が、原尾の全身を彩る装飾具や包帯を、次々と引き裂いていく。
吸血鬼たちは、そのまま一気に船室めがけて飛翔していくが、原尾はアンクを掲げ、船室に繋がる扉の前まで瞬間移動を行った。突き出された1体のポーンの腕を、念力の壁で迎撃する。
ポーンの1体が舌打ちをした。
「何の真似だ……?」
「なんびとも、我が友輩の眠りを妨げることなかれ」
紅井が今、休んでいる船室。そこに連なる扉を、原尾は念力をもって完全に封鎖したのである。
「死ぬ気ですかね。邪魔をしないなら生かしておいて差し上げようというのですよ」
そう呟くポーンの声は、少し苛立っていた。
ポーン級吸血鬼が、5体。如何にアタリ種族のアタリ能力を引き、そしてそれを自在に使いこなすことのできる原尾真樹と言えど、真正面からぶつかって処理できる数ではない。だが、原尾はこの勝ち目のない戦いに臨むにあたり、まず救援を求めるためにカオルを棺桶に閉じ込めて逃がし、次にせめてもの時間稼ぎをしようと通路を封鎖しにかかったのである。
死ぬ気か、というポーンの問いはもっともなものだ。この圧倒的な実力差を前に、こうもあからさまな反抗の意を示すことは、すなわち首を跳ねられても文句が言えないということである。
だが、原尾は胸を張って言った。
「我は原尾。月の出と共に魂の眠りに就き、日の出とともに新たな命を授かるもの。原尾は死なぬ。下賤な血族どもよ、我が友輩の眠りを、妨げることなかれ」
5体のポーン達にはとうていあずかり知らぬことではあったが、ここで言う原尾の“友輩”とは、必ずしも紅井だけを指していた言葉ではない。
彼がその安眠を守ろうとしているのは、食堂に安置された仏壇の主だ。彼にとって、重巡分校の船内とは、今は亡き級友鷲尾吼太の、黄泉の眠りを約束する御陵のようなものなのだ。そこに土足で踏み入ろうとする不埒な連中を、原尾真樹は決して許さない。
無論、あの時鷲尾が死んだときに味わったような無力感を、もう一度ここで味わうつもりもない。紅井の身柄も、鷲尾の魂の安寧も、原尾は身を挺して守ろうというのだ。
「かかって来るが良い、下賤の者よ。我は原尾。原尾の怒り、その身を以って知れ」
「上等だッ!!」
5体いるポーンのうちの1体が、しびれを切らしたかのように、原尾に向かい飛びかかった。
一方その頃、恭介たちは猫宮たち救出班を連れ、花園たちの待つ屋敷前まで引き返してきた。花園、茸笠、触手原の3人はいずれも無事で、触手の中に身を隠しながら恭介たちの帰りを待っていた。
「大きな動きはないよ」
屋敷を見ながら、花園が言う。その全身にのたうつ触手が巻き付いていたが、特に嫌がる素振りを見せてはいない。植物にも蔦や蔓はあるから、その辺で親和性が高かったりするのだろうか。
「誰かが出てきたり、入って行ったり、ってことは、今のところない」
「そうか……」
あの屋敷の地下に、犬神が捕えられているのは間違いない。果たして彼女が無事かどうか、というのは実はまだ確証が持てていないわけだが、現時点でそれを議論するのは意味がない。無事でなかったとしても、ここで犬神を助けに行かないという選択肢は、恭介たちにはないのだ。
救出班のリーダーである猫宮は、周囲をきょろきょろと見回している。全長50センチばかりの小柄な猫宮であるからして、直立していても背の高い草に身を覆われてしまっていた。
「ところで触手原、キミが今持っているのは、犬神の服に見えるんだが……」
「ああ、拾ったんだ」
「フム。ということは、今、犬神は裸なのか……」
猫宮がそう呟いた瞬間、救出班の一同はピクリと身体を硬直させた。
「せ、青春だな……」
「そういうのはな、猿渡。思春期って言うんだ」
なんとも言い表しがたい表情で呟く猿渡に、恭介は軽く突っ込んでおく。
「ともあれ、ボクらはこれから屋敷に突入するので服を持っていけない」
「俺や凛も、戦闘になったら合体して突入するから、ちょっとな……」
この周辺には人の気配がないのだし、あの犬神であるから案外気にしないのかもしれないが、それでも救出した彼女を裸のまま外まで出歩かせるのは気が引ける。気が引けるし、多分恭介はそれを正視する自信がない。
「別に正視する必要はないんだよ、恭介くん」
「それもそうだな」
凛からの手痛いツッコミが飛んできた。
「犬神の無事を確認したあとで、花園に持ってきてもらうのが一番良いんじゃないか」
真横をふよふよと浮かんでいる瑛が、興味なさげに提案する。そんな彼を、籠井や烏丸は信じられないものを見るような目で眺めていた。
「火野……。おまえそれでも、健全な青少年か……?」
「そ、そうだけど……。一体どうかしたか?」
「よくそんな冷静で面白味のない提案ができるもんだ」
コミュ症気味の瑛であるからして、こうして害意のない生徒2人に詰め寄られるというのは、案外慣れていない。全身の炎の色合いが目まぐるしく変化していた。人間であれば、顔中に脂汗でも浮かんでいるのではないだろうか。
「まぁ、そんなところだね」
これ以上話を発展させても面倒くさいだけだと判断したのか、足元で猫宮リーダーが切りあげる。
「潜入後、吸血鬼との戦闘になったらウツロギ達を呼ぶ。合体状態で待機していてくれ」
「合図はどうする?」
「ボクが影魔法を使ってサインを出す。一時的に、ウツロギ達の影を借りるよ」
「構わないけど……。結構器用な真似ができるんだなぁ」
猫宮の使う“影魔法”は、同意を得た対象の影をリソースとして消費する特殊な魔法形態だ。かつてどこかの魔女が編み出したもので、ケット・シーをはじめとした一部の霊獣に、現在も伝えられているという。猫宮はケット・シーという種族に転生する際、モンスター技能としてこの影魔法を体得した。
ちなみに影を使いきると対象は死ぬので、あまり考えなしにホイホイ同意するのも考えものなのだが、まぁその辺は猫宮の匙加減を信頼しておくしかない。
「さて、これから突入を開始しよう」
猫宮は、いまだに犬神の裸体を想像して落ち着かない思春期3人組を前に、厳かにそう宣言した。
恭介たちは、密林の中、触手に隠れながら彼女の報告を待つことになる。
猫宮は、突入班を引き連れて屋敷の壁にそっと近寄ると、《影渡り》の能力で、音もなく屋内へと侵入していった。
次回更新は明日朝7時です
やっぱ色んなキャラを動かすとシーンの数が増えますねぇ……!




