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クラスまるごと人外転生 ―最弱のスケルトンになった俺―  作者: 鰤/牙
第一章 あなたが魔王になった日
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第5話 骸はかく語りき ――はじめてのたたかい――

「今日はこの辺にしておくか!」


 地下10階、ワニ型のモンスターを討伐したところで、竜崎邦博ドラゴノイドはそう言った。


 この日は、小金井ハイエルフゴウバヤシオウガ佐久間サキュバスの3人に加え、さらに何人かのクラスメイトを連れて迷宮下層へと潜っている。彼らは小金井やゴウバヤシの巧みな連係に感嘆し、その後ろで必死に支援しようとするサキュバスさっちゃんに癒されていた。


 地下10階は現在、探索が済んでいる一番深い階層だ。更に下へ進む階段も見つかってはいるが、より強力なモンスターが潜んでいる可能性もあるので、彼らは安全を重視しここで探索を打ち止めている。

 そこに、他のクラスメイトを連れて来ようというのは竜崎の提案だ。地下10階に出現するモンスターがどれほど強力なものなのか、どのように戦えば倒せるかなど、それを見せておいた方が良いだろうという提案によるものだった。ゴウバヤシはクラスメイトを危険にさらすことを渋ったが、小金井が賛成し、結局さっちゃんは意思表示をしなかったので、2対1で提案は可決された。


「大したものだな」


 剣崎デュラハンが、目を見開きながらつぶやく。元の世界では剣道少女だった彼女は、転移してきてからも武闘派として鳴らしている。実力はゴウバヤシらに及ばないものの、最強パーティに次ぐだけの戦闘能力は有していた。

 クイーン紅井の取り巻きのうち、春井ハーピィの方もついてきている。他には白馬ユニコーン鷲尾グリフォンなど。五分河原ゴブリン奥村オークのコンビは2人で独自の探索をするのが好きなようなので顔を見せていない。杉浦スキュラ花園アルラウネといった、拠点での仕事があるメンバーも欠席だ。


「なぁ、竜崎、もっと下には潜らないのか?」


 鷲尾が声をあげる。鷲尾はもともと、竜崎たち貴族男子グループの取り巻きだ。彼に意見をすることで、クラス内での立場を保とうという心算なのか。だが、それを見透かしたかのように、春井がクスクスとあざ笑うような声をあげ、続いて他の女子たちも笑った。


 笑っていない数少ない女子の一人、剣崎は、脇に抱えた顔を難しくしかめる。


「それはどうなんだ。鷲尾、聞いていただろう。この先はまだ……」

「なんだよ剣崎、ビビってんのか? こっちはこれだけの人数がいるんだ。平気さ、なんとかなるだろ」

「ふーん、そうかー。それもそうだな」


 竜崎は、ちらりと最強パーティの面子を確認する。ゴウバヤシ、小金井、それにさっちゃん。そのいずれもが、肯定的な態度を取っているわけではない。竜崎はこまった笑顔を浮かべた。彼らが頷かない以上、探索を強行することはできない。


 だが、鷲尾は更にゴネた。ここで意見が突っぱねられれば、春井たちにさらに笑われるからだ。

 最終的に、竜崎は『危なくなったらすぐに逃げる』という条件で折れることになる。ゴウバヤシや小金井も、渋々ながらその決定に頷いた。グリフォン鷲尾は翼をはためかせ、自慢げに胸を張る。ハーピィ春井はつまらなそうに鼻を鳴らして、視線をずらした。


 かくして一同は、地下11階まで降りることとなったのである。





 朽ち果てた重巡洋艦。どこから入ったものかと考えていたが、意外にも侵入はあっさりできた。ちょうど人間一人が出入りできるくらいの穴が、底の方に空いていたのだ。これが、乗組員たちが意図的に空けたものなのか、大戦中に敵海軍の魚雷で空けられたものなのか、それとももっと別の要因で空いたものなのかは、わからない。


「なんかお化け屋敷みたいだね!」

「姫水、耳元で怒鳴るな……」


 凛がテンションあがった声で言うたび、どうも頭がキンキンする恭介である。脳みそはないのに。何故だ。


 当然、巡洋艦の中は薄暗かったが、瑛が松明代わりになってくれた。床には錆びついた金属の塊が、ゴロゴロと転がっている。このうちの幾つかは、かつて有用な兵器だったのだろうが、今となっては見る影もない。

 船底から甲板を目指す形で、上へ上へと向かっていく。やがて廊下のような場所に出ると、左右にずらりと連なる扉が目についた。


「船員室だろうか」


 瑛が呟く。


「お宝があるかもしれない」


 凛が頷いた。


「あるかなぁ?」

「えー、RPGの基本だよ! 沈没船とか、ダンジョンにぴったりじゃん!」

「ここは沈没船じゃないし、これはRPGでもないぞ」


 ひとまず、手近な扉に手をかけ、押してみる。


「ん……」


 動かない。引いてみるが、やはり動かない。


「とびらは さびていて うごかなかった!!」

「そうだな」


 この分だと、他の扉も期待できそうにない。恭介と凛は、ぎしぎしと軋む床を踏みしめて先へ進んでいく。当然だが、人の気配はまったくない。やはり、ここに残っている船員はいないのだ。だが、残っていないなら残っていないで、せめてどこへ行ったかなどの手がかりは欲しい。日誌などが手に入ればいいのだが、船員室には入れないとなると、それも期待薄だ。


「ウツロギくん! あそこの部屋、扉壊れてるよ!」

「だから耳元で怒鳴るなって……」


 キンキンする頭を押さえながら、恭介は視線を動かす。頭から凛の一部が触手のように伸びて、方向を示していた。確かに、扉が壊れて中に入れるようになっている。


「位置的には船長室だな」


 瑛がぽつりと言った。


「じゃあ、日誌があるかもしれないね!」


 凛も元気よく叫ぶ。

 たまに彼女は、恭介の意志を読み取ったかのような発言をするのだが、これは合体の弊害か何かなのだろうか。だとすれば、恭介は凛の考えていることを読み取れなかったりするので、あまりにも不公平な話である。


 まぁ、良いか。


 恭介と凛は足並みをそろえるようにして、船長室の方へと向かう。薄暗い室内を覗き込み、少し遅れてやってきた瑛が中を照らし出すと、三人の口から一様に言葉が漏れた。


「あ……」


 そこに転がっているのは、人骨であるように見えたのだ。


 長い年月放置されたためだろう。風化しかけてはいるが、それでも人間の骨だ。旧日本海軍の制服を着ている。凛が悲鳴を上げなかったのは、骸骨を見慣れているためなのか、あるいはその光景があまりにも現実離れしており、リアリティを感じられなかったためか。


「船長さんかな……」


 凛がぽつりと言い、瑛がかぶりを振った。


「制服もボロボロになってるけど、階級章は大尉のものだ。巡洋艦の艦長となると、確か中佐以上のはずだから、この人は艦長じゃない」

「でも、船長室なんでしょ?」

「つまり、艦長がなんらかの理由でいなくなって、この人が代わりにここの指揮を執っていたってことか」


 恭介は呟き、さらに一歩踏み出す。この人は、人間だったのだろうかという疑問がある。恭介たちのように、怪物としてこちらの世界に転移してきたわけではないのだろうか。だとすれば、いくらかの武器があったとはいえ、心細い毎日だったことだろう。弾薬はいつかは尽きる。その時、代理のリーダーとして立っていたこの大尉は、一体どうしたのだろう。


「どうするの? ウツロギくん」

「……俺たちにできるのは、冥福を祈ることだけだよ」


 骨を故郷に埋めてやることすら、今の自分たちには叶わないだろう。


「恭介」


 不意に呼んだ瑛の声は、先ほどまでとは違う緊張感があった。


「どうした、瑛」

「見られている。いや、おそらく、囲まれている」

「囲まれている? 誰に」

「わからない。だけど、敵意のある誰かだ」


 そう聞いては、恭介も凛も穏やかではいられない。周囲に気を配り、視線を巡らせる。


「あ、ウツロギくん! 火野くん! あれ!!」


 凛が示した方向を、恭介と瑛は見た。そこに浮かび上がるのは無数の紅い光。いや、これは眼光だ。そう広くはない部屋の中、棚や机の影から、それらは一斉にこちらを見ていた。


「………!」


 瑛が、炎の身体を膨れ上がらせる。熱量が一気に跳ね上がり、凛が『あちち!』と悲鳴をあげた。

 肥大化したウィスプの炎が、薄暗かった船長室を一気に照らし出す。視線の主たちは、いずれも恭介たちに見覚えのあるシルエットを持っていた。凛が今度は悲鳴をあげる。


「五分河原くんがいっぱい!?」

「違う! あれはこっちの世界のゴブリンだ!!」


 そう、それはクラスメイトの五分河原の、今の姿と同じ小鬼たちだ。だが、陽気でパズル好きな五分河原とは違って、こちらのゴブリン達はどう見ても友好的とは思えない。

 おそらく、この朽ち果てた重巡洋艦を根城にしているのだろう。足元に転がる白骨化した大尉をはじめ、この艦の生き残りたちを殺害したかどうかまでは、わからない。だがうかうかしていれば、恭介たちもこの大尉と同じ末路を辿るのは明らかだった。


「逃げるぞ、恭介! 姫水!」


 瑛が叫んで、身体から炎の礫を弾き飛ばした。礫はゴブリン達に降り注ぎ、動きを牽制する。その隙に、恭介と凛は廊下へと躍り出た。駆ける足に、一切の淀みはない。


「あれ、五分河原くん連れてきたら仲良くなってくれるかな!」

「どうだろうな! 五分河原のコミュ力ならできるかもな!」


 外に躍り出て、元来た道を戻ろうとする。だが、


「ギイイイッ!!」


 通路の影から飛び出してきたゴブリン達が行く手を塞いだ。


「ひゃあっ」

「姫水、甲板だ! 甲板まで出るぞ!」


 一心不乱に両手、両足を振って廊下を駆けて行く。特訓の成果は確かに出ていた。障害物がたくさん転がる船内ではあったが、恭介と凛の速度は一切衰えない。あるいは、人間であった頃よりも早いのではないかと思わせるほどのスピードだ。

 スケルトンの身体に纏わせた、スライムという筋肉。それは、なまじ内臓などという余計な器官を搭載していないだけに、全身をスプリングとして万全のパフォーマンスを発揮できるのだ。


「(待てよ)」


 ふと、恭介は思った。


 走るだけで、これだけの力を発揮できるのだ。この力を殴りあいに活かせば、自分と姫水凛は、結構強かったりするのではないか? 何しろ筋肉と骨だけでできたような身体だ。どれほどの膂力が出るかはわからないが、それでもゴブリンくらいなら……。


「か、乾パンだかビスケットだかわかんないけど、なんか広いとこに出たよ! ウツロギくん!」

「ああ、ここが甲板だ!」


 凛の言う通り、二人はデッキへと躍り出る。艦首の向く方角には、拠点となる迷宮が潜む、あの岩場が見えた。


 後ろを見れば、ギイギイと笑いながらゴブリン達が飛び出してくるところだ。瑛の姿はない。別の方から逃げたのか、あるいは別の作戦を考えているのか。まさかゴブリンにやられてしまったことはないだろう。フィジカルな手段で、あいつにダメージが与えられるとは思わない。


 ここにいるのは、恭介と凛のみだ。つまり、やるしかない。


「姫水、殴り合いをやる!」

「え、ええっ!?」


 この提案には、さすがの凛も驚いた様子だった。


「な、殴り合いって……! この身体で!?」

「この身体でだ。力を貸してくれ。このままだと二人ともお陀仏だ」

「う、うん……。あたし、スライムとしてどうやれば死ぬのかいまいちピンと来てないけど……。ウツロギくんがバラバラになるのはヤだね!」


 ずいぶんと嬉しいことを言ってくれる。恭介は呼吸を整え(たつもりになって)、構えを取る。


「姫水は俺の動きに合わせてくれればいい」

「わかった。ウツロギくん、格闘技やったことあるの?」

「〝燃えよドラゴン〟と〝ロッキー〟シリーズはどれも5回ずつ見返した!」

「うわあ。なんかダメそう!」


 失礼な。ブルース・リーは魂の師匠だ。かくなる上は、見よう見まねジークンドーの技の冴えを、凛にもキッチリ教育してやるしかない。


「ギイイイイッ!!」


 ゴブリンが小斧を振りかざして跳びかかってくる。恭介は足を高く掲げ、迎撃態勢に入った。


「せいやっ!!」


 ぬちゃっ。


 スライムボディが、ゴブリンの頬に貼り付いた。


「うおおおおッ!? な、なんかくっついたぞ! やっぱスライムの身体では硬度に無理が!?」

「ご、ごめん! ついびっくりして……。捨てる捨てる!」


 恭介の足から手が生えて、何が起きたかよくわかっていないゴブリンを投げ捨てる。


「な、なんか、アレだな。〝寄生獣〟を思い出す……」

「なにそれ」

「漫画だよ。名作だぞ」


 あの作品の、主人公とその相棒の連携は大したものだった。恭介と凛だって、同じことができるはずだ。漫画は右手のみが怪物、恭介と凛の場合は全身という違いはあるにせよ。


「ウツロギくん、もう一度! 今度はパンチだよ!」

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫! 思いっきり殴ってみて!」


 ちょうど良いタイミングで、先ほどのゴブリンが飛びかかってくる。恭介は右手を大きく引き、そのまま勢いよく殴りつけた。今度は、確かな手ごたえがある。何か、硬いものを叩き折るような感触があって、ゴブリンの小さな身体は壁に叩きつけられる。


「やった、大成功!」


 凛が快哉を叫んだ。


「姫水、何かやったのか?」

「一時的に体積と密度をパンチの部分に集中させたの! 重くなって硬くなるから、威力も上がるかなって!」

「なるほど……」


 恭介は自らの、正確には、自分と凛の作った握り拳を眺める。


 どうやら凛はそうとう器用な真似ができるらしい。体積に関しては知っていたが、密度の操作までできるというのであれば、打撃を用いた直接戦闘にも十分耐えられる。

 いや、それだけではない。


 目の前にいるゴブリンの部隊は、ざっと数えて10匹前後。1匹は倒しても、まだこれだけいる。


「姫水、俺の指示通りに、身体を変形させながら戦えるか?」

「え、う、うん。やってみる」


 ゴブリンの部隊は、まだこちらを警戒している。攻めるなら、今だ。恭介は右手を思い切り振りかぶる。


「今だ! 右腕! 鞭!!」

「!!」


 凛の反応は素早く、そして正確だった。恭介の右腕に纏わりついた凛の身体が、ぐぅんと伸びて鞭のようにしなる。しなった腕は、ゴブリン達の不意を打ちながら、まとめてその身体に叩きつけられた。


「そのまま一匹掴んで!」

「うん!」

「左手はパンチの準備!」


 ゴブリンのうちの一体に絡みついた凛の身体は、しゅるしゅると恭介の方まで戻ってくる。こちらへ引き付けられる勢いにぶつけるようにして、恭介は左拳を握った。文字通り硬質化した鉄拳が、ゴブリンへと打ち付けられる。


「姫水、負担はないか!?」

「大丈夫! ウツロギくんが支柱になってるから、楽だよ!」


 ならば、良い。


 ゴブリン達が、今度はいっせいに攻撃をしかけようと跳びかかってきた。まずは避けなければ。恭介は飛び跳ねると、その右足を甲板に並ぶ砲塔へ向けた。すると、凛は指示を出すまでもなく、右足に纏わりつく身体を伸ばし、錆びた砲身へと引っ掛ける。

 そのまま、錨の鎖を巻きとるように、右足部分の身体を収縮させると、恭介と凛の身体は砲身の方へと勢いよく引っ張られて言った。


「この勢いを利用してジャンプする!」

「ジャンプだね! わかった!」


 次の瞬間、凛はとんでもなく器用なことをやってのけた。


「ごめん! ウツロギくんの骨、勝手に使うねー!」


 恭介の足の骨をまずバラバラにし、関節を逆向きにして組みなおしたのだ。いわゆる逆関節。鳥の足や、犬・馬などの後ろ足は、(厳密には違うものの)すべて逆関節構造だ。二足歩行には適さないが、その関節構造は強力なバネとなる。

 恭介の両足が砲身へと着地し、そのまま強く蹴りたてる。身体は、信じられないほどのスピードを持って、高く高く飛び上がった。


「うおおおおお! 痛い! 逆関節構造すごく痛い!!」

「じゃあ直しとく」

「いや良い! このまま下のゴブリン達を叩き潰す! ハンマーだ!!」


 自由落下の衝撃なら、確実に叩き潰せる。凛は身体の体積の大半を恭介の腕に寄せ、密度を集中させて巨大な鉄槌を練り上げた。


「いくぞ、姫水!」

「うんっ!」


 鉄槌を大きく振り上げ、固まって慌てているゴブリンの集団めがけて叩きつける。


「「おおおりゃああああ――――ッ!!」」


 轟音と衝撃。朽ち果てた重巡洋艦が大きく揺れ、甲板に穴が空く。船体が傾き、徐々に倒れて行く中、艦前方部を粉々に粉砕しながら、やがて恭介と凛の身体が大地に着弾した。


「……ふうっ!」


 いまだにもうもうと舞い上がる砂埃と、鉄の錆びがはらはら舞い落ちる中、恭介はゆっくりと立ち上がる。身体にスライムは纏っていない。落下の衝撃で分離してしまったのだ。その代り、姫水凛は彼の足元でうにょうにょと元気にしていた。


「あ、あたし達、勝った?」

「みたいだな……」


 恭介は、相変わらず出ているのか出ていないのかよくわからない溜め息をつく。


「恭介、姫水!」


 ちょうどその時、瑛の声も聞こえた。ちょうど上の方からだ。崩れ落ちた甲板を覗いているのだろうか。


「無事か!? 何があった!? いくら探しても君たちがいないから……ああいや、無事なら良いんだ! まったく、心配させないでくれ!」

「火野くんの慌てた声、あたし初めて聞いた」


 凛がぽつりと呟く。


「まぁ、なかなか可愛いところもある奴だろ?」

「うん、そうだねー」


 おそらく、恭介たちの退路を確保するため、一人でゴブリン達と戦っていたのだと思われる。一応役立たず組の一人ではあるが、単体での戦闘能力は恭介や凛よりは上だろう。物理攻撃がまったく通用しないというのは大きい。


「ところで姫水、」


 恭介は、足元の凛に視線を落とした。


「なぁに?」

「足の関節、元に戻してくんない……?」

「あっ」





 その後、恭介たちは拠点へと帰還する。帰り道、あの重巡洋艦のことを他のクラスメイトに話すかどうかということで、議論になった。


 恭介と凛は、話すべきだと言った。

 何しろ、元の世界の手がかりである。他のクラスメイトの方針が、こちらの世界でずっと過ごすにせよ、あるいは元の世界に戻るにせよ、あるいは決まっていないにせよ、あの朽ち果てた重巡の存在は、間違いなく新しい指針を定める一助になる。


 一方、瑛はもうしばらくの間秘匿するべきだと言った。

 現在、拠点のクラスメイト達はようやく落ち着きを取り戻している。今、余計な情報を与えて混乱させると、一致団結しかけたクラスが崩壊する可能性がある。そうした状況を提供するのであれば、全体がもう少し落ち着いてからだ。


「特に、今のクラスのリーダーは非常に危うい」

「竜崎くんのこと?」


 凛が尋ね、瑛が頷いた。


「転移前から思っていたが、竜崎はリーダーシップに欠けたところがある。コミュニケーション能力が高く、人当たりは良いんだけど、それだけだ。こちらの世界をサバイバルしていく上で必要な素質を備えているとは言い難いな」

「瑛は相変わらず人を見る目が辛いなぁ」


 恭介はのほほんと呟く。


「竜崎だって、その内ここでも立派なリーダーになると、俺は思うけどな」

「恭介がのんきすぎるんだよ」

「でもまぁ、おまえがそう言うなら、あの重巡の件はもうしばらく黙っていた方が良いかな。姫水も良いか?」

「うん! あたしも文句はないよ!」


 とまぁ、そのような形で意見が一巡し、あの重巡洋艦のことはしばらく秘密にすることになった。


 竜崎の危うさに関しては、恭介も把握していないわけではない。少なくとも彼の見る限り、竜崎を含めた最強パーティを支えているのはゴウバヤシと小金井、そして佐久間であり、竜崎は完全にリーダーと言う名のお荷物だ。今はまだ、彼の発言力が生きているから良いものの、誰かが竜崎の言動を認めなくなれば、その時点でクラスが空中分解を起こす可能性がある。

 竜崎の代わりに、クラスを率いることができそうな生徒ならば、いくらかいる。女子グループに対して強い発言権を持つカオルコ、竜崎の親友であるゴウバヤシ、そしてクイーン紅井だ。

 まずゴウバヤシが矢面に立つというのは無理だろう。彼にはどうしても竜崎の影がちらつく。ゴウバヤシの性格的にも、リーダーは向かない。

 カオルコも無理だろう。人望、発言力は高いが、転生後の姿にショックを受けてやや塞ぎ込み気味だ。カオルコ本人の名誉のために、何に転生したかは伏せておくが、クイーン紅井すら一目置く生徒である。それを考えると、非常にもったいない。

 そうすると一番カドがたたなそうなのは紅井だが、彼女は同時に、一番動いてくれなさそうな生徒でもある。


 そういう事情を鑑みても、竜崎にはリーダーを続けてもらいたいというのが、恭介の本音だ。


 やがて3人は、赤茶けた岩場にたどり着き、迷宮を見つけ、拠点に戻る。疲れたし、ゆっくり休むか、などと考えていると、食堂の方から、何やら言い争う声が聞こえてきた。


「………?」

「恭介」


 訝しげに首をかしげる恭介を、瑛が窘めた。


「あまり厄介事に首を突っ込むんじゃない」

「だけど、放っておけないだろ」

「……まったく。君は」


 ぶつくさ言いながらついてくる瑛は、良い友人である。そのやり取りを見て、凛がニヤニヤ笑っていた。いや、スライムだから笑っているかどうかなどわからないのだが、その身体の妙な震えは絶対に笑っている。伊達に身体を重ねているわけではない(語弊あり)。恭介にはわかるのだ。


 食堂に入ろうとした時、ひときわ大きな罵声が響いた。


「だから全部おまえの判断ミスなんだよ! 委員長風吹かせるのもいい加減にしろよ!」


 思わず身をすくめるが、恭介と瑛は、声の主が聞きなれた人物であることに気付いて、顔を見合わせる。


「この声……」

「まさか小金井か……?」


 既に他のクラスメイトが集まり、心配そうに事態の行方を見守っている。


 怒鳴り声をあげていたのは、まさしく小金井だ。端正な顔立ちを怒りに歪ませ、ハイエルフが竜人の胸倉をつかみ上げている。竜崎はあからさまに意気消沈していた。状況は、穏やかではない。ゴウバヤシや紅井、そしてカオルコといった発言権の強い面々が、やや目立つ位置に立っている。立場としては中立なようだ。


「恐れていたことが起こったな……」


 ぽつりと、瑛が呟く。どうやらそのようだ。だが、状況がつかめない。


 恭介は、一番近くにいる生徒に状況を尋ねることにした。


「なぁ、鷲尾。今どうなってるんだ?」

「……チッ」


 帰ってきたのは舌打ちだった。グリフォンも舌打ちできるらしい。瑛が溜め息をつく。


「人選が悪い、恭介」


 包み隠さない一言は鷲尾に睨まれたが、瑛はそのまま事態を見守っている杉浦に話を振った。いつも明るい杉浦だが、この時ばかりは緊張を隠せずにいる。


「竜崎くん達がクラスメイトを大勢連れて地下に潜ったんだけど、そこで強いモンスターに遭遇したらしいの」

「それは、竜崎の指示で……?」

「うん。正確には違うらしいんだけど、最終的に決めたのは竜崎くんみたい」


 だが、小金井があれだけ怒っているのは、単にクラスメイトを危険にさらしたという理由だけではないだろう。もっと別の、何かがある。


 恭介がそう考えていると、杉浦は衝撃的な一言を口にした。


「さっちゃんと剣崎さんが、まだ下層に取り残されてるって……」

明日の投稿に関してはまだ未定!

おそらく朝になるとは思いますが、追って活動報告で報告いたしますぞ!


6話は救出作戦開始! 当然、恭介たちも改めてダンジョンに挑みますぞ。そこで出会ったモンスターとは一体! お楽しみに!!

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