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第55話 戦闘準備

※現在4章を読みすすめている方へ

 平素より人外転生をご愛読いただきありがとうございます。

 この4章なんですが、8月18日あたりを目処に一気に改稿を行う予定です。

 改稿といっても細かい展開の修正や入れ替え、冗長な描写の削除がメインになり、全体の流れに変化はありません。

 そのまま、道中の草花やらキノコやら植物やらに、地道な聞き込みを続けながら進軍すること数時間。

 恭介たちがたどり着いたのは、デルフ島の集落から少し離れた場所にある建物だった。


 他の集落で見かけるものとそう変わらない木造建築だが、規模はかなり大きい。犬神響が運び込まれたのは、この家なのだという。確たる証拠は今のところ存在しないが、さりとて確かめようもない。茂みに隠れながら、一同はじっと建物を眺めた。


「すぐにでも突入したいところだけど……」


 と、凛が言う。


「ああ……。当初の予定通り、集落に引き返して救出部隊を呼びに行く」

「“トキ”のことも報告しなきゃいけないね」


 犬神の無事のことを考えれば、本当はそんなことをしている暇だって惜しい。だがこればかりはクラスで決めたことだ。恭介たちでは正面からの突破しかできないし、潜入任務ともなれば、影から影へ移動できる猫宮の方がよほど優れている。


 ともなれば、急いで帰ろう。恭介がそう言いかけた時である。


「あの……ウツロギくん……」


 花園華が、なにやら決意を秘めた眼差しを、恭介たちへと向けてきた。


「私たち……。ここに残ろうと思うんだけど……」

「なに?」

「吸血鬼たちがこの後、家から出てくるかもしれないし……。それに、私たち、移動速度がそんなに速くないから……」


 触手原と茸笠も身体を縦に揺らして頷いている。


 確かに、移動速度の問題は大きい。飛行可能な瑛と、強靭な肉体を手にした恭介と凛ストリーム・クロスならば、通常の人間の2倍近いスピードで進軍が可能だが、アルラウネ、ローパー、リビングマッシュルームは、いずれも足の速さは人間以下だ。彼らを置いていくかどうかで、かなりの差が生じる。

 申し出自体はありがたいことだが、目の前には吸血鬼の潜んでいる家があるのだ。そこにクラスメイトを放置していく、というのは……。


「心配するな。いざとなれば、触手が守ってくれるさ」


 触手原がそう言うと、密林の中に潜むカラフルな触手たちがうねりながら姿を現す。


「恭介、ここは彼らの言い分に甘えよう」

「瑛……」

「救出部隊も、身軽で移動速度の速いメンバーを中心に編成されている。僕達が急げば、往復で1時間もかからないはずだ」

「……わかった」


 最終的に、恭介は頷いた。


 ここに残る3人は、いずれも密林の中に身を隠すのが上手いモンスターだ。自分から仕掛けに行かない限り、そう見つかるものではないだろう。1時間ですぐに引き返し、救出部隊を突入させる。

 気になることと言えば、その後、おそらく、吸血鬼たちとの戦闘になることだ。あの家の形から見て、吸血鬼はこの島民たちと何らかのつながりのある存在である。その吸血鬼と交戦することは、島民たちから見て決して歓迎するべき事柄ではない。竜崎が上手に、酋長たちを説得できればまた別なのだが。


 得られた“トキ”という名前が、果たして事態を上手い方向に転がしてくれるか否か。


「まずは急ごう。花園たちは、ここでじっとしていてくれ。絶対だぞ」

「うん」

「任せろ」

「凛、瑛、全速力で集落まで引き返す。行くぞ」

「よっしゃ」

「ああ」


 言うなり、恭介の身体は木々の間をすり抜けるようにして、素早く駆けだした。


「ああ、待ってくれ姫水!」


 後ろから、触手原に声をかけられた。恭介は思わず、足を止める。恭介の身体に纏わりついた凛が、そのまま尋ねた。


「えっ、てか、あたし?」

「ああ、おまえだ」


 触手原は、神妙な声でこう告げた。


「犬神の服は置いていけ。どうせ戻って来るんだし」





 結局のところ、酋長たちからそれ以上の情報を引き出すことは、その段階ではできなかった。竜崎たちは一度話を打ち切り、その後は交易会についての相談ごとを進めた。ベルゲル酋長の目から、竜崎たちへの疑いが晴れることはなかったが、それでも、この相談そのものについては、滞りもなく終わったのである。


「どう思う?」


 竜崎は、集落の片隅で仲間たちにそのように相談した。


 話し合い自体は一時的に休憩だが、午後からはまた他の島の酋長たちを招いての話し合いがある。昼食を出すので、この集落に留まると良い、と、ベルゲル酋長からは言われた。どちらかといえば、竜崎たちを重巡分校へ返さず、この集落に引き留めておきたいというような意志が感じられた。


「酋長さんは嘘をついてるけど……。吸血鬼の存在を知ってるわけじゃない、んだよね……?」

「ああ、だがこちらのことを疑ってはいる」


 佐久間は形の良い顎に手をやって、真剣な表情で考え込んでいる。


 この集落にいる生徒は、竜崎、里見、佐久間を3人に加え、犬神救出班となる猫宮、猿渡、籠井、烏丸、そしてゴウバヤシの5人。合計8人だ。聞き込みによる捜索部隊が、恭介たち5人。分校に残っているのが、紅井、原尾、カオルコと、杉浦たち数人の拠点要員で、残りの面子は交易会の準備の為、商品を広場へと運び込んでいる。

 猫宮は相変わらず集落の子供たちに人気があってもみくちゃにされているし、猿渡はよせばいいのに子供たちに野球を教えようとしてドン引きされているが、他の面子は竜崎たちと頭を突き合わせて相談していた。


「やはり、その酋長に何かを吹き込んだ人物というのが、吸血鬼と見て間違いはないだろうな」


 ゴウバヤシが腕を組んで言うのに対し、一同は頷く。


「ってことは、酋長さんが竜崎くん達をここに引き留めておきたいのも、その吸血鬼たちの指示ってこと?」

「だとすれば、本当はここにいるべきじゃない……。どこかに手を回すべきだけど……」


 その吸血鬼の目的とは、何なのか。そこがまずわからない以上、迂闊には動けない。


 大本命は重巡分校だ。一応、あそこには原尾を配置してある。ポーン程度の戦闘能力を持つ相手ならば迎撃は容易い。

 捜索部隊には、恭介と凛、そして瑛がいる。現時点での2年4組の中では最強戦力と言える。

 戦力面で不安があるのは、生徒の半数近くを割いている交易会の準備だ。だが、吸血鬼がここを襲撃するメリットは想像できない。仮に小金井のように生徒たちをさらおうと考えているにしても、商人や他の島民もいる交易会の会場を襲撃し、姿を現すようなことをしてはマイナスだ。酋長に何かを吹き込めるポジションにいるのなら、尚更である。


 この時点で竜崎たちは、相手の吸血鬼が複数いる可能性については、あまり考慮はしていなかった。


 デルフ島は決して広いわけではない。加えて、吸血鬼が関与していると思われる例の失踪事件も、1ヶ月から2ヶ月に1人だ。この島に潜んでいる吸血鬼は、おそらく1人だろうという憶測が、無意識のうちに立てられていた。


 さて、ちょうどそのあたりである。


「ぎゃーっ!」

「な、なんだっ!?」


 集落の片隅から悲鳴があがったので思わず顔をあげると、密林の中から、青いスライムを全身に纏ったスケルトンが、炎の塊を伴って飛び出してくるところだった。誰だ、と問うまでもなく恭介である。


「ウツロギ!」

「待たせたな!」


 ずさぁっ、と砂煙をあげながら、飛び出した恭介が着地した。


「随分カッコイイ登場の仕方を覚えたな……」

「いや、まぁ、うん。瑛の仕込みかな……」


 恭介は、ちらりと真横を飛んでいる瑛を見る。


 集落に残っている島民たちは、恭介のことをちらちらと気にしている様子だ。あまり密談ができそうな雰囲気ではない、と思っていたが、すぐに猫宮が『ちゅうもーく!』と叫んで芸を始めたので、みんなあっという間に視線をそちらに向けてしまった。さすがに、舞台俳優を目指す女は違う。


「花園たちの姿が見えないな」


 竜崎が視線を巡らせながら言った。恭介は頷いた。


「本人たちの希望もあって待機してもらっている。一応、報告することはいくつかあるんだ」


 そう言って、恭介は指をたてた。


「まずは、犬神のこと。犬神は、おそらく吸血鬼と思われる男2人組に連れ去られた。今は、集落から外れた木造の小屋に監禁されているみたいだ」

「2人組……?」


 竜崎は訝しげに眉を歪める。それは竜崎だけではなく、他の面子も同様だった。


「そう。2人だ。あいつらが吸血鬼だとすると、最低でも2人、この島には吸血鬼がいることになる」

「危険だな」


 ゴウバヤシがぽつりと言った。


「俺や竜崎でも、ポーンが2体、3体となると、1人での対応は難しい」


 それは、原尾にも言えることだ。重巡分校の護りに割いているのは、原尾とカオルコ。あとは戦闘能力にさほど期待ができないメンバーとなる。ここに2人以上の吸血鬼が襲撃してくるとなると、紅井を守りきれるかどうかは怪しくなってくる。

 佐久間が急にそわそわし始めた。おそらく、親友の身を案じているのだろう。


 だが、恭介は続ける。


「その吸血鬼の片方だけど、多分名前が“トキ”という」

「トキ……?」

「トキ……だけじゃなくて、トキノとか、トキハラとか、そんなんかもしれないけど……。犬神が残したメッセージによると、“トキ”だ」


 トキ。日本人らしい響きではある。


「ひとまずウツロギ。俺たちの方からも、いくらかわかったことがあるんだ」


 竜崎は、顔をあげて酋長との会話から得られた情報を、恭介たちに公開した。


 まず、犬神の失踪について、何かを隠しているということ。

 酋長自身は吸血鬼の存在を知らないこと。

 酋長はこちらに対し、何らかの疑いを抱いていること。

 その疑いは、おそらく何者かに吹き込まれたものであるということ。


 これらの情報を総合して、酋長は正体を隠した吸血鬼に、都合のいい情報を吹き込まれているのではないか、という憶測をたてたことなどだ。恭介、凛、瑛は頷きながら、それらの情報を反芻する。


「その酋長さんに情報を吹き込んだ吸血鬼が、トキって可能性はあるよねぇ」


 恭介の身体から、凛がうにょんと身体を伸ばして言った。


「ひとまず、午後の話し合いの席で、俺はもう一度酋長に揺さぶりをかけてみる。トキの名前も出そうと思う」


 竜崎の言葉に、サトリの里見も無言のまま頷いた。


 恭介たちがその吸血鬼の家を見つけたということは、これから戦闘が発生する可能性がある。吸血鬼が酋長に何かを吹き込めるような立場にいた場合、下手に情報を隠していては、不利に追いやられるのはこちらの方だ。

 もちろん、その気になれば竜崎たちは、力押しでこのアルバダンバの島民全員を黙らせるだけの力はある。だが、そんなことをしたいわけではない。


「ねぇ、ウツロギくん……」


 いつになく険しい表情で、佐久間が言った。


「なんだ、佐久間」

「その吸血鬼の人たち、どんなことをしようとしているか……は、わからなかったんだよね?」

「ん、ああ……」


 恭介は頷く。佐久間は、その表情を崩さないまま、今度は竜崎に向けてこう告げた。


「私、一度分校の方に戻る」

「それは構わないが……」

「明日香ちゃんと、ここで聞いたことをいろいろ相談してみる。トキ、って人のことも、もしかしたら知ってるかもしれないし……」


 とは言うが、おそらくそれだけではないだろう。


 佐久間は、吸血鬼が2人以上いて、その上で重巡分校が襲撃される可能性を懸念しているのだ。その場合、当然、原尾とカオルコだけでは襲撃を防ぎ切れない。佐久間が一人行って、何かが変わるというわけでもないだろうが、そこは矢も楯もたまらず、といったところだ。


「では俺も行こう」


 そう言ったのはゴウバヤシだ。佐久間が驚いたような表情で顔を向ける。


「ゴウバヤシくんが?」

「うむ。本来なら戦力的にもウツロギが行くべきだが、ウツロギにはこれから、猫宮たちを案内してもらわねばならん。逆に言えば、ウツロギがいるなら、俺が無理にそちらについていく必要はないからな」


 恭介も頷いた。数人いる吸血鬼が、犬神を監禁した家にそのまま残っている可能性もあるが、その場合であっても恭介ならば大丈夫だ。エクストリーム・クロスの群を抜いた戦闘能力は実証済みである。


 ここにいる面子の新たな分け方は、つまりこうだ。


 竜崎と里見。

 この後開かれる、酋長たちとの会合に参加する。この組の役割は、酋長に揺さぶりをかけることだ。既に目的は“情報を引き出す”という段階から、次の段階へと移行している。2年4組に対する疑いを抱いている酋長に、こちらの持ちうる限りの“真実”をぶつけ、心象を傾けようというところだ。

 本来ならば、ここに佐久間を交える予定があった。彼女が自発的に《魅了》を使わないとしても、人間の警戒心を和らげるくらいの効果はあるのではないかと期待したからだ。だが、ここは本人の意見を尊重する。


 恭介、凛、瑛、猫宮、猿渡、籠井、烏丸。

 おそらく吸血鬼たちの家にとらわれているであろう、犬神の救出にあたる。吸血鬼たちが全員留守にしている可能性もゼロではないが、十中八九戦闘が発生するチームだ。状況次第では、恭介と凛のエクストリーム・クロスで手早く片づける必要がある。


 佐久間とゴウバヤシ。

 重巡分校に引き返し、紅井の護衛と得られた情報の交換を行う。酋長が竜崎たちを引き留めようとしていた理由が、吸血鬼たちを動きやすくするためであるとすれば、まず真っ先に狙われるのは分校の紅井だ。吸血鬼が複数いた場合、原尾とカオルコだけで迎撃できるか怪しいし、もっと言えば、この2人が加勢したところで状況がどれほど好転するかわからない。

 一番危険なポジションではある。


「犬神の救出が片付いたら、俺たちも分校の方に向かう」

「ああ、そうしたほうが良いな」


 恭介の言葉に、瑛も頷いた。


「さっちゃん、無理はしないでね」


 凛が言うと、佐久間は少しばかり苦笑いを浮かべて頷く。


「うん……。姫水さんや、ウツロギくん達も……なるべく早く来てね」

「まあ、3体くらいならば持たせるつもりだ。それ以上ならわからんな」


 この発言はゴウバヤシだ。頼もしい限りだが、1人で3体を相手取るというわけでは、ないのだろう。原尾やカオルコ、佐久間との連携が成立して、3人が限度ということだ。それも、相手がポーンクラスだった場合に限る。ナイト、ビショップ級を相手とした場合、おそらくその4人で1人を相手にするのが精一杯のはずだ。


「やっぱ、一番危険そうなのは分校か……」


 恭介の声は、少しばかり苦渋に満ちていた。

 戦力が割けない以上、偏りが出るのは仕方のないことだ。そして、恭介達にばかり負担が集中してしまうことも。竜崎は歯噛みをする。


 決して好ましい話ではない。だが、どうしても彼らの突出した戦闘能力に頼らざるを得ない事態というのは、多い。


「待ってるからね」

「ああ、任せろ」


 佐久間の言葉に、恭介は力強く頷いた。


「どうやら、ボク達がいない間に話は済んでしまったようだが」

「仲間外れになって集合写真の右上に納まるのも、それはそれで青春だ」

「別に仲間外れにしていたわけじゃないんだが……」


 ようやく、子供たちにもみくちゃにされていた猫宮と、猿渡が戻ってくる。


 一同は改めて互いに頷き合い、それぞれの配置につくべく行動を開始した。

 海洋連合国家アルバダンバ、デルフ島の島民たちは、まだこの島で起ころうとしている戦いのことを知らない。だが、戦闘の準備は、着々と完了しつつあった。

次回は明日朝7時更新です。

ようやく戦闘が起きそうな感じになってきましたね! 次回は原尾・カオルコ戦パートからやっていこうと思いもゎす。

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